第五章 恋のライバル
「やべー、宿題終わんねえよ!!」
堂本君のこの台詞から、今日も雑用委員の仕事が始まる。
「サボってるからだめなんだよ、太一は。あたしもう全部終わったよ〜」
そか。菜月は小学校のときから宿題を7月以内に終わらせると決めているらしい。すごいなー、なんて思ったけど、でも私には絶対無理だ。
「・・・・るさいなぁ、だったら手伝えよ」
「ダメに決まってんじゃん。宿題は自分でやるもんですよーだっ」
「チッ、まあ自分でやるしかねえか。・・・・・てか真琴が宿題終わってないなんて、なんか意外だな」
雑用委員の集まりにまで宿題を持ち込むってことは、そうとうヤバイらしい。みんなも口を揃えて「ほんと意外」と不思議そうにその光景を見つめていた。
「俺もいろいろ忙しいんだよな」
とキザっぽくいう桜井を“真面目”と決め付けるのは、どうやら間違いのようだ。
「仕方ないな、今日はみんなで勉強するか」
と言ったのはもちろん堂本君。
「えっ、でも今日の仕事は? まだ文化祭のスケジュール、全然立ててないよ」
「んなもん、『出来ませんでした』って言えばいいんだよ。どうせ今日はミムちゃんもいないしさ。帰っちゃおうぜ」
ミムちゃんっていうのは雑用委員・・・じゃなくて総務委員担当の女の先生だ。本名は三村友香で、普段は英語科担当の先生。完璧なスタイルと学歴の持ち主で、赤いメガネは男子生徒や男性教師から好評。・・・・・らしいけど、あの赤メガネは伊達だっていう噂もある。
「あんた三村先生のこと好きなくせに、そんなことしていいの?」
・・・・・えっ?
菜月の言葉に、思わず肩がビクッとなる。
「ち、違えよ!」
「照れなくてもいいよ、太一が三村先生目的で雑用委員になったの知ってるんだから。先生悲しむと思うな。ただでさえ英語出来ないあんたが、雑用委員の仕事サボったりしたら、もう失望だね。『堂本君、ひどいわ・・・・・』なーんて」
「菜月、冗談もいい加減にしろよ!!」
冗談? 堂本君はそう言ったけど、彼の頬の赤らみを見て、素直に冗談なんて思えない。
堂本君は、三村先生のことが好きだったの?
三村先生目的で雑用委員?
嘘でしょ? ・・・・・嘘だよね?
まともに立っていられなくなった。“あんた三村先生のこと好きなくせに、そんなことしていいの?”菜月の言葉が、胸にささる。
どうしたらいいか分からなくなって、私は思わず教室を飛び出した。
「明波!!」
灯の声も聞かなかったことにして、猛スピードで走り続ける。上靴のまま校舎を飛び出したけど、そんなことどうだっていい。
みんな、・・・・・バッカみたい。
気がつくと、学校から1km近く離れた公園に来ていた。こんなにも遠い距離を一気に走ったと思うと、自分でも驚く。
荒い呼吸を整えながら、傍のベンチに腰掛ける。小ぢんまりとしている上に誰もいないから、何だか寂しい。
みんな、バッカみたい。さっきまでそう思っていた自分が情けない。
大体、堂本君が誰を好きになろうと、私が口出しすることじゃないんだ。いくら私が堂本君のことを好きであれ・・・・・そう。初めから、覚悟しておかなくちゃダメだったんだよ。相手の気持ちを考えないで、ただ『好き』なんて言ったって、そんなの、ダメなんだ。
・・・・・分かってる。分かってるよ。
だけどやっぱり、堂本君が三村先生を好きになるなんてショックだった。
そりゃあもう中学生だし、綺麗で頭のいい先生を好きになることも不自然じゃない。
でもやっぱり・・・・・悲しいよ。悔しいよ。
こらえていた涙が、どっと溢れる。溢れ出した涙は止まらずに、次から次へと流れ落ちていく。
「あーきはっ」
後ろで声がした。振り返ると、灯が満面の笑顔で小さく手を振っている。
「もー、明波ったら走んの速すぎ。死ぬかと思っちゃったよ」
汗だくで荒い息をしたまま、灯は私の隣に腰掛けた。わざと明るく振舞おうとしているのは、私にも分かった。
「灯、無理しなくていいよ」
「え?」
「私のことは、気にしなくていいから」
「・・・・・うん」
私の最も苦手とする雰囲気、“沈黙状態”というやつが静かな公園を余計に静かにする。“静か”を通り過ぎて、“無音”って感じだ。
しばらくして、灯が口を開いた。
「明波、あたしさ」
「うん」
「堂本君、明波のことが好きだと思ってた」
そんなこと、あるわけない。でも、そうだったらどんなに幸せだろう。
「だから、今までずっと黙ってたんだけど」
灯はそこで言葉を切り、すぐに続けた。
「あたし、堂本君が好き」
・・・・・えっ?
「嘘・・・・・」
菜月なら、『なーんてね』ってごまかすかもしれない。でも、灯はそうはいかない。
・・・・・本気だ、灯は。
話が急展開すぎて、信じられないけれど。
「正直ね、明波と堂本君が両想いなら、しょうがないって思ってた。でもそうじゃないなら、これからは」
「・・・・・これからは?」
「あたしと明波は、ライバル同士ってことで」
いつもの灯じゃなかった。いつも菜月の後ろにいるような、どっちかっていうと大人しめの、いつもの日向灯ではなかった。
「あたし、負けないから」
負けないから、まけないから、マケナイカラ・・・・・
それって・・・・・
“恋の勝負”ってこと?
「でも、堂本君は三村先生が好きなわけだし」
私の弱々しい反論も、今の灯には通用しない。
「そんなこと、関係ないよ。私は、堂本君を振り向かせてみせる!」
―――振り向かせる。
私にも、出来るだろうか。
「・・・・・降参する気?」
堂本君が、好き。
好きだから、もっと一緒にいたいから。だから・・・・・
「負けないよ、私も」
私のその言葉を聞いた灯は、満足そうに笑った。