第三章 “恋”って何?
―――帰り道。
何となく並んで歩く5人の影が、私たちの前を歩く。
「あー美味しかった♪」
「お前食いすぎなんだよ」
「何よ!・・・・って、桜井が突っ込むのって何か珍しー」
「悪ぃかよ」
「別に悪くないけどさ、太一に洗脳されたんじゃないの?」
「そんなんじゃねーし」「洗脳って、どーゆー意味だよ!?」
桜井と堂本君の声が重なる。菜月が可笑しそうに笑った。
菜月は本当に男子と仲がいい。堂本君はいとこだからかもしれないけど、桜井みたいなほかの男子とまで、かなり親しくしている。これといって恋愛感情は感じられないから、ただ単に『友達』ってだけなのだと思う。
それでもやっぱり、そんな菜月が羨ましかった。
昔から、男子と付き合うのは苦手だった。
小学生のときから、男子としゃべる機会はほとんどなかった。隣に座っていても、遠足のグループが同じでも、必要最低限のことしか話さなかった。
そんな自分が嫌だと思ったことは、正直一度もなかった。たぶんそれは、周りにいる女子たちも同じだったからだと思う。
―――そう、菜月を除いて。
中学生になり、菜月と同じ雑用委員になってからは、男子と話す機会も増えた。と言っても、よく話すのは桜井と堂本君くらいだけど。
それでも、私にとっては大きな変化なのだと思う。
「明波ー、ねえ、明波?」
「・・・・・え?」
「どうしたの? ぼーっとして。あっもしかして、太一のこと考えてたの?」
「ちっ違うよ」
「隠さなくてもいいよぉ。明波が太一のこと好きだって、もう知ってるんだから。」
菜月には何でもバレてしまう。『好きなんでしょ? ねぇ』なんて問い詰められて、仕方なく白状しただけだ。誰にも言わないでよって言ったのに、次の日には同じ雑用委員の灯に漏らしていた。それから2人は、自称『恋のキューピッド』。
「また誰かにバラしてないでしょうね」
「んなわけないじゃん。灯で最後だよっ」
「・・・・・ならいいけど」
「でもさー、何であんなやつに惚れるわけ? あいつ良いとこなんか一つもないじゃん。」
良いところ・・・・・堂本君の良いところ? そんなこと、考えたこともなかった。ただ、好きってだけ。『かっこいい』って思ってから、それからずっと好き。
何で私は・・・・・堂本君を好きになったんだろう。
「ハハハッ」
「何言ってんだよ」
数メートル前を歩く、堂本君の楽しそうな声が聞こえる。
「へぇ、さっきは言い合ってたくせに、仲良くやってるじゃん」
言い合いのきっかけを作ったのはあんたじゃないの。
「男って、単純だよねー。悩みないって顔してんじゃん。羨ましいな」
菜月の蹴った石ころが、電柱に当たって跳ね返った。
「ねえ、思い切ってコクれば?」
「は? 本気で言ってんの」
冗談言ってどうすんのよ、と言いながら、携帯のストラップをくるくると回す菜月。菜月の携帯は、マスコットやら何やらがいっぱいついていて、一目見ただけではそれと分からない。
『コクれば?』菜月は簡単にそう言うけれど、今の私にそんな勇気はない。
「なっ菜月は、好きな人いないの?」
「いるわけないじゃん。うちの学校、イイ男いないもーん」
「ふーん・・・・・」
会話が途切れる。おしゃべり好きの菜月といて、会話が途切れることは滅多にないのだけれど。
「明波、変わったね」
突然、菜月に言われて驚く。私が・・・・変わった?
「太一のこと好きになってから。何か、変わった」
「どんな風に?」
「何ていうか・・・・・うまく言えないけど、とにかく変わった」
「何それ」
「でも、いいことだと思うよ。恋すると、人は変われるって言うし」
“恋”という実感が、未だにない。堂本君が好きということは自分でもよく分かっているけれど、それが恋なのかどうなのか、よく分からない。
ドラマや映画でみる“恋”とは、ちょっぴり違うように感じるのだ。
―――恋って、何なのかな。
これをほんとに、恋って言っていいのかな。