第二章 「好き」という気持ち
「へぇ、なかなか上手いじゃん」
私の書いたイラストを覗き込んで、堂本君が言った。
「そ、そんなことないよ」
火照る顔を必死に隠そうとしたけど、バレちゃった・・・・かな。
「もしかして・・・・疲れたか?」
「え?」
「何か・・・・顔赤いし。」
「あ、ううん。暑いだけ」
「だよなぁ、クーラーの1台くらい付けて欲しいよな」
良かった・・・・何とかごまかせたみたい。
「川添、この辺も何か描いてくれる?」
「あ、うん」
こういう何気無い会話が嬉しい。
堂本君は、本当によく話しかけてくれる。恥ずかしくて目を合わすことさえ出来ない私に、自然と接してくれる。
本当は、誰に対してもそうなんだ。堂本君はみんなに優しいから。
でも、そうは思いたくない。気づいてるけど・・・・認めたくないんだ。
認めちゃったら、堂本君が私の前からいなくなってしまいそうだったから。
「「終わったーぁ!!」」
看板係の私たち、そして書類係の菜月たちが声を上げたのが、ほぼ同時だった。
「あーでも、明日もあるんだぁ」
「いい加減雑用委員だけに任せんのやめてほしいよな」
そか、明日もあるんだ・・・・。
でも、堂本君に会えるんだから、悪くないかも。
「ねえねえ、これからみんなでお昼ご飯食べに行かない??」
菜月の提案で、時計に目をやる。時間はとっくに正午を回っていた。
「そうだな、もう12時過ぎてるし。場所は・・・・・」
「「やっぱ『まくら屋』でしょ!」」
『まくら屋』っていうのは、私たち虹ノ樹中の生徒たちに人気のお店だ。
名前が名前だけに、本当に『枕』を買いに来た人も何人かいるらしいが、ごく普通の飲食店。
一見喫茶店のようにも見えるけど、喫茶店よりもメニューが豊富で値段もお手頃。
幸か不幸か学校から少し離れたところにあるので、今のところ道草が先生たちにバレたという情報はない。
「こんにちはぁ〜」
「お、いらっしゃい」
いつもならたくさんの生徒たちで賑わっている時間帯だけど、さすがに夏休みはお客さんが少ないみたいで、今日も私たちのほかには誰もいなかった。
「マスター、もしかして、俺たち本日1組目?」
「・・・・まあな」
マスターこと桝田昴。『マスター』の愛称は、名字の『ますだ』と店の主人という意味の英語『master』をかけているらしいけど、一体誰が考えたんだろう?
昴って何だかかっこいい名前だけれど、正体は49歳バツイチの親父。マスターは「内緒だぞ」って言ってるけど、学校では有名な話だ。
「夏休みになると、虹中の生徒はほとんど来ないからな・・・・」
「そうそう、俺たちのおかげで儲かってんだし。な?」
「悔しいけど、そういうことになるな。それより、ご注文は?」
「あたしクリームソーダ!」「あ、あたしも」「俺コーラ」
「えっと、菜月と日向がクリームソーダで、真琴がコーラな。・・・・川添は?」
「えっ、私?」
堂本君に話しかけられるたび、ドキッとする。
鼓動が速くなるのが自分でも分かる。
「ああ、何にする?」
「・・・・じゃあ、私もクリームソーダにしようかな。」
「OK。マスター、クリームソーダ3つとコーラ2つ!」
「了解!」
「美味し〜!! さすがマスター!」
菜月が追加注文したオムライスを頬張る。
「いやぁ、照れるなぁ」
「マスター気持ち悪ぃ」
桜井が、メガネの奥で引いてるのが分かる。
「そうだよ、しかも菜月に惚れるなんてどんな趣味してんだよ」
「ちょっと太一、どーゆう意味?!」
「まあまあ。あ、菜月ちゃんおかわりいる?」
「いいのぉ!? マスター太っ腹!!」
「よーし、今日はサービスだ! みんな、いっぱい食っていいぞ!」
「マジかよ〜、赤字なのにいいの?!」
「そんなことは気にすんな。ほら食え」
あーだこーだ言ってるけど、本当はみんなマスターが大好きなんだ。
そして、マスターも、そんな虹中の生徒たちが大好き。
この『まくら屋』は、マスターにとっても私たちにとっても、かけがえのない場所。
ここで彼に一言。一言だけでいい。
「好き」
って言えたら、どんなに幸せだろう。
この気持ちを彼に伝えられたら、どんなに幸せだろう。
堂本君。
・・・・・・・大好きです。