第一章 初恋
―――夏休み。
なのに私は、真夏の空の下を歩き、学校へ向かう。
宿題、プール、映画、夏祭り・・・・・
予定はいっぱいあるけれど、私にはもっと大事なものがあった。
「おはよー」
軽く挨拶をして、教室に入る。
「おはよ、明波」
「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「ううん、大丈夫。・・・・・じゃあ、始めようか」
今、私たち雑用委員の6人は、虹ノ樹中学校1年1組の教室にいる。
正式名は総務委員なんだけど、仕事が何かと雑用ばかりなので、雑用委員と呼ばれている。
今日の集まりも、文化祭の予算を立てるとかで会計をしなくちゃいけない。この学校には会計委員や美化委員というものが存在しないために、私たちの仕事量は半端なく多いのだ。
「あーあ、やっぱ雑用委員なんかなるんじゃなかった〜」
思わず声に出してしまい、自分で驚く。隣にいた小山菜月が、ぷっと吹き出した。
「そんなこと言ってるけど、ほんとは幸せなんでしょ。だって・・・・・」
「あぁぁぁぁぁぁ!」
慌てて菜月の口をふさぐ。本当のことがみんなに知られでもしたら・・・・・。
「どうした?」
向かいの席で黙々と作業をしていた桜井真琴が顔を上げる。メガネのレンズがきらりと光って、何だか怖い。
「な、何でもないよ〜」
「どーでもいいけどさ、ちゃんと作業してくれよ。早く帰りたいし」
「ご、ごめーんっ」
菜月の視線を感じながら、私も作業に取り掛かった。
ガラガラッ。
ドアの開く音がし、大きな木の板を持ってきたのは日向灯と堂本太一だった。
「持ってきたぞー! 文化祭の看板」
「えー、それも俺らの仕事?」
桜井が面倒臭そうに呟く。真面目に作業しているけど、本当はみんなと同じくらい嫌みたい。
「しゃーねーだろ、雑用委員なんだから。あ、これ絵描かなきゃいけねえんだっけ。・・・・・日向、お前絵得意?」
「あ、絵なら明波が得意だよ!」
すかさず菜月が口を挟む。・・・・・って、菜月ったら何を?!
「そうそう、明波ってすっごく絵上手いの!」
何故か灯も、話に乗っている。
「じゃ、看板作りは2人にやってもらお♪ 灯こっち来て一緒にやろーよ!」
嘘、嘘でしょ・・・・・。
「川添、構わねぇか?」
「え? あ、うん・・・・・」
顔が火照っているのが自分でも分かった。ニヤニヤと笑っている菜月たちをキッと睨む。
でも、ちょっとだけ感謝してる。だって・・・・・
堂本君と初めて会ったのは、入学式の日。式の後、春休みに引っ越した菜月の新しい家へお邪魔した時だった。
「さ、入って入って!」
建って間もないマンションはすべてが新品って感じで、築十数年の自分の家とは比べ物にならない。
菜月とは小学校も一緒で、昔から仲が良かったからよく遊んだ。世話焼きの菜月は私を自分の部屋に案内し、すぐに紅茶とクッキーを持ってきてくれた。
「なんか気ぃ遣わせちゃってごめんね」
「全然っ! こっちこそ忙しいのに来てくれてありがとう」
♪ピーンポーン♪
「菜月〜、ちょっと出てくれる?」
台所から、菜月のお母さんの声が聞こえる。「ごめんね」と席を立ち、菜月は部屋を出ていった。
「たいち!! どうしたの??」
玄関から菜月の驚く声。あまりに大きすぎて、こっちがびっくりしてしまう。
それにしても「たいち」って・・・・・誰?
「ちょ、今友達が来てるの!!」
もしかして・・・・・彼氏?
「今はムリ。帰って!!」
彼氏に対して、何というひどい言動・・・・・こんなの、普通の彼氏なら即別れてる!!
「だーかーら、さっさと帰ってって言ってんでしょ!!」
ダメだっ、これじゃ菜月のためにも良くない!
私は勢いよく部屋を飛び出した。でも、これが「超」がつくほどの大恥をかくことになるわけで・・・・・。
「菜月、もうやめな!」
「明波・・・・・。ごめんね、コイツにはすぐ帰ってもらうから!!」
「いいよ、彼氏でしょ。私妬かないから、入ってもらって。」
「え?」
「てかさー、何で彼氏いるって教えてくれなかったの? やるじゃん、菜月ィ」
「ちょ、ちょっと待って。明波、何か勘違いしてない?」
「へ??」
「コイツ、あたしのいとこ」
「俺、堂本太一。よろしくなっ!」
嘘ォ・・・・・。
「嘘ぉぉぉぉ!?」
恥ずかしさのあまり、その場に立ち尽くすしかなかった。私ったら勝手に彼氏って決め付けたりして・・・・・。
再び菜月の部屋。紅茶のカップが1つ追加されている。
「ぷっははははははははは!!」
「何もそんなに笑うことないじゃん・・・・・」
「そうだよ菜月、あんまり笑ったら可哀想だろ」
なんていいながら、堂本君も思いっきり笑っている。菜月に笑われるならまだしも、初めて会った、しかも男の子に笑われるなんて恥ずかしすぎる。
堂本太一。虹ノ樹中学校1年3組。菜月と同じマンション、しかも隣に住んでいる。
菜月のお母さんの妹の息子。つまり菜月のいとこだ。
「だ、だって、あたしと太一が・・・・・カップル? マジありえない!!」
「そ、それってどーゆー意味だよ?」
「あんたに彼女なんか出来っこないって言ってるの!」
「お前・・・・・言ったな!!」
2人の諍いに、私も思わず笑ってしまう。
『いとこ』なんていう都合のいい名前を使いながらも、傍から見れば本当に恋人みたいだ。
それに堂本君って、何だかカッコイイかも・・・・・
「明波! 明波ったら!」
菜月に耳元で怒鳴られ、ハッと我に返る。
「あ、ごめん・・・・・ぼーっとしてた」
「どうしたのよ、太一の方ずーっと見て。あっもしかして、太一に惚れた?」
「「違うよ!!」」
顔が真っ赤になり、とっさに否定する。・・・・・と、声が重なった。あの、堂本君と。
「え?」
思わず声がもれてしまう。
「いやっ、こんな俺に惚れるはずないよなーって」
「だよねー、こんな男に誰が惚れるかっつーの!」
「菜月に言われるとムカつくんだよ!!」
こうやって言い合いしている2人だって、すごく羨ましい。
惚れるはず・・・・・あるよ。
だって、私・・・・・
一目惚れしちゃったもん。
12年と9ヶ月間生きてて、初めてのこと。
―――これが私の、『初恋』だった。