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ピピッ。
「んー、37.8度か……」
すぽっと抜いた体温計を見て、ゆーくんが難しい顔をする。私は上目遣いでそれを見上げた。
うー、頭ががんがんする……。
「わ、私、元気だもん……」
「だーめ」
ゆーくんの顔がぬっと近寄ってくる。
「今日は1日安静にしてなさい。いちおーおばさんにも連絡しとくね」
よしよし、と私の頭を撫でると、ゆーくんは携帯を馴れた手つきで操作し始めた。何回かのコール音のあと、ゆーくんが話し始める。
「あー、もしもし、おばさん? 俺、優人です。うん、今日入学式。……ありがとうございます。でね、花恋熱出しちゃってさ……」
私は熱でぼーっとする頭を起こして、くいっとゆーくんのシャツの袖口を引っ張る。
「ん、花恋どーした……あ、ううん。こっちの話。大丈夫、安心して。たぶんただの風邪だと思うから。うん、俺が責任持って面倒みるから。あ! 迷惑とか全然……うん、おばさんは気にしないで。はーい、失礼します」
ゆーくんは電話を切ると、
「大丈夫? 花恋、頭痛い?」
と優しい声で尋ねてきた。
私は首を横に振る。ふかふかした枕にうずまっているせいであんまり首が動かなかった。
「ゆーくん……学校、遅刻しちゃうよ?」
「大丈夫です。花恋は気にしなくていーの」
ゆーくんはふわっとやわらかく笑って、私の頭をくしゃっと撫でた。
「学校に欠席の連絡しなきゃね。あ、それと花恋、まだ何も食べてないよね? お粥作ろっか」
「ゆ、ゆーくん?」
「ちょっと待っててね」
また携帯を操作しながらゆーくんは部屋を出ていった。ゆーくんが閉めた扉の向こうから、ゆーくんの話し声が聞こえる。はい、入学早々すみません、風邪のため欠席します……。
それからしばらくして、扉が開いて湯気の立つ器をお盆に載せたゆーくんが入ってきた。
「お待たせー。卵、残りの1個だった。また買っとかなきゃね。花恋、身体起こせる?」
ゆーくんは高校の真新しい制服の上に、少しよれよれになった紺色のエプロンを着ていた。目にかかる長めの前髪は黒いヘアピンで留めている。
「花恋」
「うん……」
ゆーくんに手伝ってもらって身体をベッドから起こすと、寝ていたときにはよく見えなかった掛け時計の針が目に入った。
「ゆーくん……電車、もう間に合わないよ?」
「だから俺の心配はいいって」
「でも……」
「大丈夫、俺も休むから。学校にはもう連絡したし」
「え……?」
私が驚いていると、ゆーくんはいたずらっぽく目を細めて笑った。
「ちょっと声低くしてね、声変えて2回電話した。バレなかったと思うよ?」
「え、でもっ。今日、入学式だよ」
「花恋を置いてけるわけないでしょーが」
こつん、と額にゆーくんの拳が当たる。
「それより花恋、食欲ある? なんか食べて薬飲まないと」
ゆーくんの持ってきたお盆から、ふわっと優しい匂いが漂ってくる。くーっとお腹が小さな音を立てた。
「食欲、あるみたいだね」
熱のせいでどこかぼんやりした頭に、じわじわと恥ずかしさが込み上げてくる。
「だって、ゆーくんのお料理、美味しいんだもん……」
頬が熱くなったのは、熱のせいか恥ずかしさのせいか。言い訳みたいに呟いた私に、ゆーくんは優しく笑う。
「ほんっと作りがいあるよなー。花恋、いつも美味そうに食べてくれるから。ほら、冷めないうちにどうぞ」
ゆーくんがレンゲでお粥をすくう。そのまま私の口元まで近づけてきて「花恋」と名前を呼ぶ。
私は小さくかぱっと口を開ける。わっと巻き上がる湯気に肌をくすぐられた。
「……んんっ」
お粥を口に入れた途端、涙目になる。
「あ、ごめん……花恋、猫舌だったね」
よしよし、とまるでペットの猫を可愛がるようになだめられる。
ゆーくんは今度はお粥をすくったレンゲにふーっと息を吹きかけてから食べさせてくれた。ほどよい温度で、すっと飲み込めた。
ゆーくんの卵粥はとっても美味しい。少しだけとろみがついていて、ふわっと優しい味がする。
結局ゆーくんが用意してくれた分は全部平らげた。本当はあんまり食欲がなかったんだけど、不思議だな。ペロッと完食しちゃった。
「ほら、花恋。薬飲んで」
ゆーくんに言われて、差し出された錠剤を水で飲み込む。前は苦くて飲めなかったんだけど、口に入れた瞬間に水で流し込めば大丈夫だってゆーくんに教えてもらってからは平気。
「じゃーあとは安静にね」
「うん……」
横になって、ゆーくんに布団をかけてもらう。お腹いっぱいになったからかな、眠くなってきちゃった……。
「花恋、目がとろんとしてる。眠かったら寝な。俺のことは気にしなくていいから」
「で……も」
「お休み」
ゆーくんはベッドの淵に腰掛けて、そっと私の頭を撫でた。ぽんぽん。ゆーくんはやさしーなー……。
私はそのまますとんと眠りに落ちてしまった。
プロットもなしにいきなり書き出したラブコメです。いつ話が走り出すかわかりません(笑)
まずは1話を読んでいただきありがとうございました!