第72話 過去を殺すピコハン
「は、離せ・・・」
ピコハンの口から出たのは弱々しい声であった。
それはそうだろう、首無し死体が背後から抱き付いてきているのだがその体から発せられる匂いは間違い無く父の物であったのだ。
ピコハンが力を込めればその腕は折れて解放される。
だが死体とはいえ実の父に抱きしめられたピコハンは行動に出る事が出来なかった。
「おいおい、父さんだぞピコハン」
ピコハンの言葉に返事をする床に落ちた生首。
とても現実とは思えない光景にも関わらずピコハンの頬を伝う涙は止まることを知らない。
「ギギ・・・ギギギギァアアアア!!!」
羽交い絞めにされて動けなくなっているピコハンに向かって生き残っていた最後の餓鬼が奇声を発しながら襲い掛かってくる!
父の腕に抱きしめられたピコハンはその餓鬼に反撃する事無く噛み付かれた。
「ぐっぐぐっ・・・・」
痛みを我慢しつつも食いちぎられた足から伝わるそれにこれが現実だと突きつけられたピコハン。
そして、食い千切ったピコハンの足の肉を咀嚼して嬉しそうに顔を歪める餓鬼と目が合った。
まるで闇の中へ意識が吸い込まれそうな真っ黒の眼球にピコハンは吸い込まれるように考える事を放棄しだす。
「そうだピコハン・・・お前も一緒に・・・3人家族で仲良く・・・」
父親のその言葉を聞いてピコハンは疑問を抱いた。
(3人家族?)
そう、それは父親が良く口にしていた言葉。
貧しくも毎日を楽しく家族で暮らしていたピコハンにとってその言葉は何よりも宝として心に残っていたのだ。
『ピコハン、貧しくも5人家族で頑張ってやっていこうじゃないか!』
そう、父親は妹と記憶に残っていない姉を含めて5人と昔は言っていたのだ。
だが今聞いた言葉は3人・・・
違う・・・
ダンジョンに喰われたから父は・・・
いや・・・待て・・・
ピコハンの脳裏に一つの答えが出る・・・
そう、玄武候補となる進化の過程で1人目はその記憶を完全に無くし、2人目はボンヤリと思い出す。
父と母が過去に親しい者をダンジョンに喰われたかは分からない。
だが姉に続いて妹も忘れている・・・違う・・・二人は俺達を・・・
「捨てたんだ・・・」
「ん?どうしたピコハン?」
ピコハンは肺に残っていた空気をゆっくりと吐き出す。
そして、吐き切ったのと同時に目の前の餓鬼が再びピコハンに喰らい付こうと襲い掛かる!
腕に羽交い絞めにされている状態のピコハンは目を開き息を吸うと共に思いっきり足を蹴り上げた!
その凄まじい威力の蹴り上げは目の前に居た餓鬼の上半身を木っ端微塵に吹き飛ばし天井に散らばせた。
「父さん・・・母さん・・・さようなら」
そう言ってピコハンは体を振り切った!
父の両腕が根元からもぎ取れ、喰い切られた胴体と下半身のみとなった父の体と向き合うピコハン。
生首が何かを叫んでいるがピコハンの耳にはもう届かなかった。
両腕に回されていた腕がポトリと落ちると共にピコハンは視線をそこへやった。
女だからか母の体は喰われ過ぎて立ち上がれなくなっていたのだ。
直ぐにピコハンはその両親の体を見捨て家の柱を一気に破壊した!
「どうか、安らかに」
そう告げたピコハンの目の前で実家である家は天井が崩落し潰れる。
残っていた火種が藁に引火して家が燃え上がるのを見詰めるピコハンの周囲には村中から集まったアンデットと化した村人と大量の餓鬼に囲まれていた。
だがピコハンが自分の家を見詰めている間は一切手出しがされない。
いや、出来ないのだ。
ピコハンの全身から物凄い殺意の様な物が上がっておりそれに威圧されているのだ。
そして、燃える我が家の中から声にならない叫びの様な物が聞こえていたのが納まると同時にピコハンは振り返る。
その目を見た瞬間餓鬼も村人も一斉に襲い掛かってきた!
それはまるで無価値な物を見る視線。
好意も悪意も殺意も興味も一切が無い、ただの道の石ころよりも興味が無いというその視線にその場に居た全てが恐怖を抱いたのであろう。
好意の反対は無関心と言うがそれは好意だけに限らない。
全ての感情の裏返しは無関心なのである。
即ち、この場にいる全てがピコハンにとって脅威になり得ないという事をその視線は語っても居たのだ。
そして、それは事実となる。
全方向から一斉に襲い掛かられたピコハンであるが素手と言うのにも関わらずピコハンを中心に肉片が外側へ向かって飛び散り続ける。
まるでミキサーの中へ物を投げ込んだ様に襲い掛かった相手は全てが一瞬で肉片となり吹き飛ばされたのだ。
殴られ、蹴られ、弾かれ、叩かれ、払われ、突かれ、押され・・・
全てを一撃で弾き返しその場に居た筈の物凄い数の餓鬼とアンデットは3分を待たずに全滅する。
まるで地上にそれが描かれたようにピコハンを中心に赤一色の円が出来上がった。
肉片だけとなってもアンデットとなっていた村人はヒクヒクと動こうとするが肉片には何も出来ずピコハンは無視を決め込む。
そして、ピコハンは気付いた。
実家から上がった火の煙が空の何も無い場所で広がるように散っているのだ。
僅か3メートル程の高さの場所に見えない天井があると理解したピコハンはここが本当の村ではない事を理解した。
それは両親がもしかしたら本当はまだ生きているかもしれないと言う事でもあるのだがそれはピコハンにとってどうでもいい事となっていた。
「あそこか・・・」
煙が充満するその村の一角に空中に取っ手の様な物が浮いているのに気が付いた。
煙はそこから更に上へと上がっていっているのでそこが上の階への道だと理解したピコハンは小走りにそこへ向かう。
誰も居ない村の中を子供の頃走ったようにそこへ駆ける自分に何かを思いながらも上を目指そうとする自分に徐々に気付いていく。
更に上に感じる気配の場所へ自分は向かわなくてはならない。
それを理解しているピコハンはその取っ手を伝って更に上へと登っていくのであった。




