TimeSleep
カーテンの向こうがひときわ明るくなる。
朝が来た。
瞼の向こうで、天気がそう告げる。
「う……ん……」
ベッドの上で身じろぎをする。
朝は、苦手だ。
『おはようございます』
目覚まし時計の音か。
「ん……?」
いや。
話をする目覚ましを買った覚えはないな。
鼻に吸い込む空気は少し甘く。
まだはっきりしない頭が。
瞼を開けて。
天井は今日も。
見慣れない天井だった。
☆
『おはようございます、ルームサービスのお時間です』
何度目かの、声。
「うん……おはよう……」
刺激が入った瞼は、まだ重い。
気だるい体を、順に確認。
手を握ったり。
腕を持ち上げたり。
「今日は、何月何日?」
声を出す喉は、カラカラだ。
『本日は、2月4日です』
そうか。
「よい、しょ」
ゆっくりと、体を起こす。
何もかけていなかった割には、体は温かい。
床に足を付けると、思ったよりもひやっとして。
『只今、替えの服をご用意します』
そう言ってコツコツと部屋から出ていった目覚まし時計は、どうやら自分で動けるらしかった。
「ここは、どこだろう」
腰掛けているベッドから、立ち上がる気力がまだわかない。
気力がわかないというより、筋力がまだ湧いてこない。
自分の体を支えている腕も、小刻みに震えて。
見やると。
窓の外は明るく、天気だと思っていた空はグレーで。
白い羽虫が、ちらちらと降ってきているようだ。
「ホテル?病院?」
壁は冷たく。
白く。
ベッドの傍まで続いていて。
手を伸ばして触れたそれは。
金属のような手触り。
「クリーンだな」
思わず、フフッと。
笑いがこぼれた。
『お待たせしました』
開いたドアから、着替えの入ったカゴが入ってきた。
合わせのシャツに、ゆったりとしたズボン。
下着一式。
今着ているものと、大差ない。
「脱いだものは?」
『そのカゴにお入れください』
もちろん、カゴは喋らない。
目覚まし時計の髪は長く。
すらっとしていて。
「とりあえず、見られていると恥ずかしいかな」
そう言っても、どうやら気にしないらしい。
☆
着替えると、思ったよりも寒くなかった。
空調が効いているのだろう。
用意された靴を履いて、改めて窓際まで歩いていく。
世界は見下ろせる位置にあって。
空は思ったよりも近くて。
地面は、空と同じ色。
「ここは?」
『ここは、という定義がわかりません』
そうだな。
「水が、飲みたいな」
『ご用意いたします』
そう言うと、また出ていく。
コツコツ、コツコツ。
規則正しく、音が響く。
コンプレッサーの音も、エアポンプの音もしない。
バイタルゲージのディスプレイすらもない。
なのに。
「外は、どうしたのかな」
嵌め殺しの窓は開かない。
乾いた目で見ても、動く影が世界にはいない。
「僕だけか」
わだちの跡も。
獣道も見えない。
『お待たせしました』
ガラスのコップに入った水は、少しねばっとして。
「おいしくない」
半分も体が受け付けず。
その代わり、瞼はまたくっつきそうだ。
「次はいつ?」
『次の定義がわかりません』
ガラスのコップに聞いても無駄か。
部屋のベッドは、いつの間にか新しいものにかわっていて。
「今度はこれ?」
『ベッドメイキングは完了しております。以前よりもよくお休みいただけます』
そうか。
また、すぐに眠るのか。
「起きている時間より、眠っている時間の方が長い感じだ」
再びぼうっとし始めた頭は、きっとさっき飲んだ水のせいだろう。
『あさが来たら、お声をかけさせていただきます』
そう言った部屋は、独りでに消灯されて。
『お休みなさいませ』
やや甘い空気と共に。
瞼を。
☆
まどろみの中で思い出す。
窓から見えた世界は、広大な冷却空間。
ふっていた羽虫は、自由落下する冷却された塊の欠片。
空も地面も。
円筒形のこの世界では同じ色。
目的地に着くまでは。
ベッドメイキングのようなイレギュラーが無い限り。
誰も、目を覚まさない。
夢は、見ない。
追い求めている、長い旅の途中だから。
たまにジャンル違い。
ありがとうございました。