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第8話 ご主人様

「いやっ。やめてください。来ないでくださいぃ……」

 ゴロツキらの影が少女の許まで伸びてくる頃には泣きそうになっていた。

 いや、既に目尻に涙が浮かんでいた。

 もうダメか。

 と諦めかけたとき。

 ストン

 と軽い音がして少女の目の前に人影が降りてきた。

 いや、事象を正確に捉えるなら、落下してきたはずなのだ。が、余りにも軽やかで、まさに舞い降りてきたかのようにフワリと着地したその様は優雅ですらあった。

 その場の四人はみな呆然とした。

 そして、ようやく人が()()()()()のだと理解した。

 少女はその後ろ姿に見覚えがあった。

 人影はローブを纏っており、そのフードの下には橙金色の美しい髪が秘されているはずだ。

 ローブの人影が口を開く。

「おい。お前たちはこの娘に何をしようとしている……!」

 感情が圧し殺されたかのような、激しい恐怖を感じさせる声音だった。

 ローブの少年以外は確かにこう聞こえた。

 ――俺の女に手を出すんじゃねぇ!

 と。

「い、いやだなぁ。兄ちゃん……」

「そ、そうだぜ。俺たちゃ、あれだ。……そ、そこの嬢ちゃんが道に迷ってるようだったから、道案内してやろうかと思っただけだぜ。へへっ」

「そうそう。でも、兄ちゃんがいるなら必要ねぇよな。じゃ、さいならだ」

 そう言うと、ゴロツキらはそそくさと逃げ去った。

 連中の脚音が遠ざかると、辺りは静かになった。

 少年は何気なく少女を一瞥する。本当に何ともなしに、だった。

 何ともないから少年はただ一瞥しただけで立ち去ろうとした。

 少女は慌てた。

 戻ってきてくれた。助けてくれた。

 その感動が胸を焦がし、されど言葉にしてそれを伝えることが上手くできず、かといって何もせずに再び独りぼっちになるのは耐えられない。

 それ故に咄嗟に一言だけ。

「待ってください!」

 少女は勢いよく立ち上がり、その勢いのままに少年の背中に抱き付いた。

「また、わたしを、グスッ……。独りに、しないでくださぃ……」

 少年の温もりを間近に感じたせいか、あるいはひとまず安心してしまったせいか、少女は泣き崩れる。

 泣きつかれて少年は眉根を寄せて重い溜息をつく。

 少年は思う。なぜ俺はこの少女を振り払えないのか、と。そもそもなぜこの少女を奴隷商の許から連れ去ってきてしまったのか、と。

 そう本気で思うのに、そうできない自分がいることに苛立ちを深めていた。

 まるで自分の知らないもう一人の自分がいるような。あるいは自分のコントロールできないもう一人の自分、と言った方が正確かもしれない。

(馬鹿馬鹿しい!)

 しかし、その思考に不快感を覚えつつも、どうしても少女を乱暴に引きはがすことはできなかった。

 しばらくしてようやく少女は落ち着きを取り戻して少年から身を離す。

 とは言え、置いていかれないようローブは両手で固く握りしめている。

「あの……。助けてくださって、ありがとうございました」

「……」

「あの……。ご迷惑なのはわかってます。……でも、お願いします。わたしをあなたの奴隷にしてください。わたしのご主人様になって下さい!」

「……」

「わたし、何でもします! 身の回りのお世話でも、雑用でもっ」

「……」

「だから……。どうか、あなたのお側に置いてやってください! お願いします」

 無言の少年に、少女は必死の思いで懇願した。

 これでダメなら自分はもうまともな生き方はできないだろうと覚悟して。

 少年は少女の瞳にその覚悟を見た。見てしまった。

 それ故に少年の中ではもう引き返すことができなかった。

 少年の中の自分の知らない自分が彼の心を支配する。

 思わず溜息を漏らす。それが少年の本心だった。が、口から出た言葉はもう一人の自分のものだった。

「わかった。お前の主人になってやる。だから、もうピーピー囀るな」

「……えと、あの……?」

 最悪を覚悟していた少女は驚いた表情で思考が止まってしまう。

 今のは幻聴ではないだろうか、と。

「なんだ? 不満なのか?」

「あっ、いえ。……あの、本当に、ご主人様に、なってくださるのですか?」

 おずおずと確認する。

「……そうだと言っている」

 少年は憮然としている。

「えと、あの。後で〈解放〉したりは……」

「しない。それをされたら困るのだろう?」

「は、はいっ」

 少年の顔には「厄介なのを拾ってしまった」と書いてある。しかし、確かに主人になると言ってくれている。

 少女はやっと少年の変心を受け止めた。

「あ、ありがとうございます! 今後とも、よろしくお願いします。ご主人様!」

 少女は目尻に涙を浮かべ、喜色で満面の笑みを浮かべた。

 そんなにも喜ぶことなのか、と少年は内心首を傾げるが、もう一人の自分が満ち足りているのを感じ、それに対して不愉快になりつつも事の成り行きについては仕方ないと諦めた。

 少女はローブを握りしめた手はそのままに「うふふ。ご主人様、ご主人様♪」と何やら呟いている。

 少年は努めて気にしないことにした。


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