第7話 ゴロツキと主無し
少年は商店を出ると何か胸騒ぎを感じた。
何かの確証があるわけではない。しかし嫌な予感がする。ただの勘だが、それが馬鹿にならないことを少年はこの五年の歳月で知っていた。
街の雑踏の中を駆けだす。胸を騒がせる方角へと。
その頃狼人族の少女も走っていた。
場所は路地裏。人気は少ない。ベロニカの街の外壁付近。スラムだ。
必死で走っているうちに迷い込んでいた。
しかし、少女にそこがスラムであるという知識はないし、周りのことを気に掛けるだけの余裕もなかった。
少女は追われていた。
三人の男たちだ。見るからに人相はよろしくない。どう見ても街の不良、ゴロツキだ。
ことの顛末はこうだ。
街中をローブの少年を求めて歩き回っていたとき、視線をウロウロさせていたせいで男たちにぶつかってしまったのだ。
「おい、いてぇな。何しやがんだ、あぁ?」
「あ、すみません」
典型的なガン付けだった。少女もすぐに謝った。
しかし、ゴロツキどもはぶつかったのが一枚布しか纏わない獣人の少女だとわかると、急に猫なで声で話しかけてきたのだ。
「おいおい。こんな女の子を脅かしちゃいけねぇだろ」
「いやぁ、悪い悪い。ちょっとばかり機嫌が悪かったもんだからな、つい……。それよりよぉ、嬢ちゃん。悪いと思うんだったら、ちょっと俺らに付き合ってもらえねぇかな、な?」
「え、えと……」
少女は困惑した。
確かにぶつかったのは悪いと思うけれど、彼らについていくのはまずいと直感が告げる。
「す、すみません」
「あぁ? 悪いと思ってんだろ? だったら、ちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃんよぉ」
そう言うとゴロツキは少女の手を掴んできた。
「あの、ダメです。ごめんなさい」
少女は手を振り払おうとする。が、悪いと思う気持ちもあって男の力に逆らえず、手を振りほどけない。
「お? 嬢ちゃん、奴隷なの? ざーんねん」
「ほんとだ、奴隷だ」
少女の掴まれた左手の甲には奴隷特有の刻印が浮かんでいた。
これは〈奴隷契約の魔法〉の刻印だ。奴隷は契約により所有者に隷属させられるが、第三者からその身は魔法で守られている。
「いや。でもこいつ、主無しだぜ?」
「お、ほんとだ。だったら俺らが主人になってやろうぜ。フヒヒ」
「ッ⁉」
ただし、所有者がいれば、だ。所有者のいない奴隷――俗に、主無し、あるいははぐれ奴隷と呼ばれている――は、左手の刻印の一部、所有者の存在を示す個所が浮かんでいない。主無しの刻印からは簡単に契約魔法を励起させることができ、奴隷契約を結ぶことができる。この際、奴隷にこの契約魔法を破棄することはできない。すなわち拒否権がないのだ。
少女にとっては不幸なことに、ゴロツキらは目敏くもそれに気づいてしまったのだ。
したがって、この場で彼らゴロツキらの手で契約魔法を発動させられてしまうと、少女は彼らに隷属しなければならず、それは彼らの表情から確実に慰み者として弄ばれる未来が想定された。
「いやっ。放してくださいっ。放して!」
「おいっ。暴れんな、嬢ちゃ――いてっ⁉」
「あっ。待ちやがれ、このアマ!」
少女は自分の手を掴んだ腕に噛みついて、ゴロツキから逃げた。
そうして駆けだすも、人混みに慣れない狼人族の少女は、あまりそれを生かせずゴロツキらとの距離は稼げない。何度も人とぶつかっては謝りながら逃げ続ける。が、いつの間にか路地裏に駆け込んでしまい、迷ってしまっていた。
こうなると土地勘のない少女にはお手上げで、どこまで逃げても執拗にゴロツキらに追い詰められた。
そして、とうとう袋小路に追い込まれてしまった。
「おいおい、嬢ちゃん。そんなに必死で逃げなくてもいいじゃねぇかよ」
「そうだぜ。これから楽しいことをいっぱいする仲になるんだからよぉ」
「そうそう。これから気持ちいいことをたくさんする仲になるんだからなぁ。ヒヒッ」
男どもは厭らしい笑みを張り付けて悠々と少女に迫りゆく。