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第5話 奴隷を望む少女

 三日後の昼過ぎ。

 二人はベロニカの街が目と鼻の先に見える丘の上に到着した。

 森を二日かけて抜け、残り一日は平原をひたすら歩いた。

 ここまでの行程は少年の脚力をもってすれば半日とかからない。三日もかかったのは(ひとえ)に足手まといがいたからだ。

 少女は足を引っ張っていることを十分理解していた。彼女の人生のほとんど全てがそうだったからだ。

 それでも少女は頑として少年の後をついて行った。

 少年は諦めたのか、少女の好きにさせ、ここまでちんたらと歩いてきたのだ。

 ベロニカの街までもうすぐというところで少年は足を止めた。

「おい。街までは連れてきてやった。後は好きにしろ」

「え、あの。待ってください。いやですっ」

「これ以上は面倒見きれない」

「あぅ……」

 俯く獣人少女を一瞥するとローブを纏う少年は少女の手を振り払い一人街に入ろうとする。

「あっ。待ってください。独りにしないでください!」

「はぁ……」

 少年はため息をつくと語気が荒くなる。

「街に入ればいくらでも人がいるだろう。お探しのご主人様なんていくらでもいる」

「それでもっ……。それでも、わたしに当てなんて、全くありませんから……」

「だから、そこまでは面倒見きれないと言っている」

「あの、そこは申し訳ないと思います……。でも、お願いです。わたしのご主人様になってください」

 少女は改めてローブを握り、頭を下げた。

「はぁ……」

「あぅ……」

 少年は再びため息をつき、少女は申し訳なさに身を縮める。

「なんで俺なんだ。他にいくらでもいるだろうに」

「それは……」

 少女は恐る恐る、上目遣いに少年を見上げる。

 少女の脳裏には先日の夢が過ぎった。が、そのことには触れなかった。

「あなたが、お優しい人だから……」

 少年の目には少女が頬を朱に染め、嬉しそうにしているように見えた。

 それに面食らい、一瞬眉根を上げてしまう。

「馬鹿馬鹿しい!」

 吐き捨てるように言う。

「俺のどこが優しいというのだ!」

 機嫌が悪くなったのを察した少女はビクリと肩を震わせる。

「えと、あの……。優しいです。とても……」

 少女はそれから指折り数え上げていく。

 これまで、少女に乱暴なことを一切しなかったこと。扱いが丁重だったこと。

 少女がハイエナらに襲われた時、助けてくれたこと。

 少女の手を振り払って一人で行くこともできたのに、少女の側にいてくれたこと……。


 ――そして三日前の夜。

 森の適当な場所で火を熾した後、少年がフラリと姿を消したことに少女は気づき、不安になる。

 しかし、それは杞憂に終わった。

 少年は野ウサギを二羽仕留めて帰ってきた。それを捌いて木の枝に通すと、それを火で炙った。しばらくすると肉汁の弾ける音と焼けた肉の芳香が漂う。

 空腹を刺激される匂いだった。

 頃合いを見て少年はウサギ肉を食べ始めた。

 少年は少女などいないかのように黙々と食べ続けた。

 ――クゥゥゥゥゥッ

 少女は自身のお腹の音に顔を真っ赤にする。

 恐る恐る少年の顔を窺う。

 少年はまるで気にしていないようだ。

 少女は勇気を出して、もう一本火に炙られているウサギ肉を指して尋ねる。

「あの。わたしもいただいて、いいですか……?」

 少年は視線を動かすこともなく応える。

「好きにしろ」

「は、はい。……ありがとうございます!」

 少女はそこに確かな温もりを感じ、心温かに礼を述べ、食欲を満たした。


 その後二日と半日。その間、不愛想ながらも少女は確かに少年の気遣いを感じていた。

 それらを評して「優しい」と告げるのだ。

「下らんっ」

 少年はそっぽを向いて苦々しい顔で返す。

「あの……。改めてお願いします。わたしのご主人様になってください」

「ったく。……わかった。なら、主人になってやる。そうしたら〈解放〉してやる。それでいいな」

「えっ。あの、それは困ります。〈解放〉はしないでくださいっ」

「ちっ。だったら主人になるというのも無しだ」

「そんな……!」

〈解放〉とは奴隷身分の解放のことだ。

 奴隷は〈奴隷契約の魔法〉でその身分を得る。これは契約魔法の一つであり、契約魔法で結ばれた契約は対象をそこに定めた条項――ルール――により束縛する。すなわち、自由を制限する代わりに魔法的に権利が保障されるのだ。

〈奴隷契約の魔法〉では必ず、「奴隷の所有者は任意に奴隷の身分を解放することができる」という条項が含まれる。すなわち、主人が認めれば即時奴隷はその身分から解放されるのだ。

「なぜ、お前は俺の()()になりたい。他に生き方ならいくらでもあるだろう」

「それは……。わたしには寄る辺がありません。非力なわたしには、どなたかの庇護を受けなければ生きて行くことができないんです。だから……!」

「お前は狼人族だろう。だったらその力を使えばいくらでも何とでもなるだろう」

 狼人族は獣人族の中でも特に身体能力の発達した種族で、遥か昔、高位の狼型の魔獣・ケルベロスとヒューマンの間に生まれた子の末裔と言われている亜人種だ。その身体性能の高さは、しなやかな筋肉による見た目以上の俊敏さに代表される。そこから生み出される機動力と攻撃力が彼らの持ち味だ。そんな彼らの駆ける姿は苛烈にして美麗であるとも言われる。

「いえ……。()()()()非力なものですから……」

 少女のイヌミミは力なく垂れ、肩を落として表情には陰が差す。

「だから、お願いします。わたしのご主人様になってください!」

 少年を見上げる瞳には切実な色があった。

 少年は理解した。

〈奴隷契約の魔法〉による拘束は、奴隷が主人の命令に服従する義務があると同時に、主人となる者が奴隷の衣食住を保障することを義務付ける。少女はそれに縋っているのだ。

 それ以外に生きて行く術がない、と。

 三度舌打ちする。

「断るっ。そんなに誰かの奴隷になりたいなら、この街で適当に探すことだな」

 そう言い置いて少年は街の中に入ってしまう。

「あっ。待ってください。置いていかないでっ……!」

 慌てて追いかけるも少年の姿は街の雑踏に紛れて見えなくなってしまった。

 少女は初めて訪れた大きな街の混雑の中、人の多さに困惑しながらあちこち見まわして少年の姿を探して歩き回る。

 しかし、少年の姿はいくら探しても見つけることはできなかった。


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