第2話 夢と現 ◇
ガタッ
という音と振動でわたしは目を覚ましました。
どうも寝てしまっていたみたいです。
とても……とても懐かしい夢を見ていました。わたしにとってかけがえのない、宝物のような記憶。キラリと輝くガラス玉のような一時……。
意識を周囲に回すと、幌馬車の荷台の中にわたしはいました。
先ほどの揺れは馬車の車輪に小石でも噛んだのでしょう。
荷台にはわたしの他には比較的若い女性ばかり。中にはわたしより幼い少女もいます。全部で六人ほど。そのうちのお一人、二十代半ばかと思われる女性は泣き腫らしたのか目を真っ赤にして、今は意気消沈しています。
みな首と両腕の分の穴の開いた一枚布を身に付け、それを腰のあたりで紐で結んだだけの粗末な衣を纏っていた。
荷台の上の鉄の檻を幌が囲っていて、わたしたちはその中にいるため、自由に外に出ることはできません。
わたしたちは奴隷として街まで輸送されている最中でした。
馬車はわたしたちの乗っているものの他にもう一台。そちらには男性の奴隷が乗せられていたかと思います。
以上二台の幌馬車が奴隷商・ヘロンさまの今回の商隊でした。
幌の外から複数の馬の蹄の音と金属の擦れる音が聞こえます。商隊の護衛の方々でしょう。
わたしたちが運ばれている街はそれはそれは大きな街なのだそうで、奴隷の需要も余所よりもあるのだとか。先ほどの女性は途中で買われていたようです。
商館に到着すればわたしたち奴隷は商品として売られます。買ってくださった方がご主人様となります。
いいご主人様に買っていただけるなら奴隷とはいえ悪くない生活が送れると教えていただきました。しかし、そういうご主人様はどちらかといえば少ない方のようです。四割いればいい方なのだと奴隷の先輩に教えられました。
だから、みんな不安な表情をしています。
正直、わたしも不安な気持ちを抑えることができません。
だからでしょうか。
現実逃避気味に、これまで生きてきて唯一充実していたあの日のことを夢に見てしまったのは。
「ふふっ」
これも現実逃避なのかもしれませんが、夢に出たあの日の記憶に想いを馳せてしまいました。
あの後も毎日、朝昼夕と森の広間に通って彼に水と食料をあげて、必要そうなら介抱もしました。
彼はあまりそこから動こうとしませんでした。いえ、できなかったのでしょうか?
とにかく、無理に村に連れ帰ろうとはしませんでした。したくてもわたしには色々な意味で不可能だったからです。
彼はわたしが広間へ行く度に憎まれ口をたたきました。放っておいてくれ、と。
そのくせ、水と食べ物は遠慮することなくペロリとお腹に収めてしまうのです。その姿には微笑ましいものがありました。充実感も感じました。く私にもできることがあるんだな、と。
それでも彼の症状はよくなったりわるくなったり波があるようで、彼の許へ行く度に彼の様子は違っていました。
心配していろいろ尋ねるのだけど、いつも決まって
――うるさいっ……
――放っておいてくれっ
――僕に関わろうとするんじゃない!
と、拒絶の言葉を口にします。
そんなことを言われて、わたしは余計に放っておけなくなってしまいました。
そんな訳で、わたしは毎日彼の許に通いました。水と食料以外はなんにもしてあげられなかったけど、とにかく毎日です。彼が憎まれ口を叩こうが、寝入ってしまおうが、彼の側にいました。
なんにもできないわたしだけれど、それでもしてあげられることがあるんだな、と勝手に思って……本当に自己満足だったかもしれませんが、そう感じて、毎日通いました。
でも、彼を見つけて一週間くらいしたでしょうか。
彼は忽然と姿をくらましてしまったのです。
心配してわたしは昼も夜も辺りを探し回りました。けれど彼の姿を見つけることはできませんでした。