第22話 ご主人様の我が儘
しばらくの間、ウィルは少女の柔らかい温もりに包まれて時を過ごした。その後、そっと腕に込めた力を抜き、愛おしい温もりを手放した。
「あ……。ご主人様」
リリィの目が「もうよろしいのですか?」と問い掛けている。
「あぁ。もう大丈夫だ。すまなかった。迷惑を掛けた」
「迷惑だなんてとんでもないです! ……わたしでお役に立てたのなら、その。……光栄です。」
どこか照れ臭そうに、しかし嬉しそうに告げる。
その姿を目に入れて、ウィルは改めて感情が昂るのを感じる。
しかし、今度は理性で抑え込んだ。これ以上迷惑はかけられない、と。
「ご主人様?」
「ん、何だ?」
「ご無理を、されていませんか?」
主の様子の変化に気が付いたのだろう。少し心配そうにウィルの顔を覗き込む。
「あ、あぁ。大丈夫だ。リリィのおかげでな」
安心させるようにウィルは笑みを浮かべた。
「そう、ですか……。なら、よかったです」
少しの不調も見逃すまいとウィルを見つめていたリリィだが、大丈夫だろうと判断したのか、一転してニコリと優しい笑みを見せた。
ウィルの胸に熱いものが広がる。疲弊した心に染み渡り、癒されていくようだった。
「あの……」
ふと、リリィはやや真剣な面持ちで切り出す。
「ん?」
「もしよろしかったら、で構わないのですが。……その、ご主人様に何があったのか、お聞かせ願えないでしょうか」
「……………………」
「あ、いえ。奴隷の身のわたしに話す必要のないことでしたら、その、構わないんですっ。ごめんなさい。差し出がましいことを言ってしまって」
考え込んだウィルにリリィは慌てて弁明するが、その様子にウィルは優しい顔をして言う。
「いや、いい。……そうだな。リリィには聞いてもらおうか」
「え? あの、よろしいのですか?」
「あぁ。……ただし、これを聞いたらお前は俺の側にいたくなくなるかもしれない」
「いえ。わたしは――」
「いや、いいんだ。もし、嫌になったらお前が安全に暮らせる目途が立つまでは責任を持って面倒を見る」
「そんな! わたしは――」
「最後まで聞け」
「あ……。はい」
勢い込んでいたリリィがシュンとする。
イヌミミ少女のそんな挙動にもウィルは癒しをもたらされた。その奥に込められた自分へ向けられた思いやりを感じて。
「俺の許にいたくなるかもしれないと言ったな」
「はい」
「それならそれでも構わない。……だが、俺の我が儘を言わせてもらえば……」
「はい」
「お前には、俺の側にてほしい。リリィ」
「――⁉」
ウィルは今まで見せたことのない真摯な瞳でリリィを見つめた。
そして、リリィは初めて向けられた主の我が儘――リリィに対して寄せる希望を受け取ったのだ。
その感動に胸を射抜かれた。
「は、はい……。はいっ!」
リリィは身の内を熱い血潮が駆け巡る。
(嬉しい……。嬉しい! ご主人様が初めて我が儘を仰ってくださった! しかも、わたしに側にいてほしい、って……!)
少年に恋する少女の身を喜びが後から後から湧き上がっては駆け、湧き上がっては駆け、体が熱を持つ。
その熱と共に、涙腺が緩んで込み上げてくる涙で目元が潤む。
そして感極まって溢れた雫が頬を伝った。
「! リリィ……。そんな、泣くこともないだろう。大丈夫か?」
「はい。すみません……。嬉しくて、つい……」
「? そう、なのか?」
「はい!」
「そうか……」
ウィルは、リリィが何に喜んでいるのかがよく解らなかった。しかし、嬉しいならいいか、と曖昧に頷くにとどめた。
それから、リリィが落ち着いてくるのを待って、スラムであったことを話した。
「そのスリ? の少女はご主人様にとって……」
語尾を曖昧に濁らせるリリィ。
「あぁ。あれは、セレンに――俺の妹によく似ていた」
「妹さん、ですか?」
「だが、あれがセレンであるはずがないんだ」
「なぜでしょう」
「セレンは、妹は――五年前に死んでいる」




