1-7 入学式
声の聞こえてきた方向、教室の前の入口へと顔を向けると、三十代前半位に見える、スーツ姿の一人の男性が目に入る。
おそらく教師であろうその男性が教卓まで歩いて行くと、それまでざわついていた教室内が急に静かになり、皆の注目がその男性へと集まる。
「えー、そろそろ入学式が始まるので、皆体育館に向かってくれ。特に必要なものはないので手ぶらで結構。詳しい話は式の後に教室に戻って来てするので、荷物は席に置いたままでいいぞ」
そう言って、手振りで皆に立ち上がるよう指示する。
匠との会話に集中していたせいで総児は気が付いていなかったが、まばらだった教室の席は、何時の間にやら全て生徒で埋まっていた。
それが一斉に立ち上がり、椅子が床に擦れる耳障りな音が重なり合って響く。
「行こうぜ」
と、先に立ち上がった匠が声を掛けてくる。
「ああ、そうだな」
少し遅れて立ち上がった総児は、匠に続いて廊下へと向かう。
その内心では、何とか上手くやっていけそうだな、と感じていた。
「しっかし、驚いたなー。まさか、これからクラス替えがあるなんてな」
一時間程の入学式を終え、教室に戻って来ての匠の第一声は、これだった。
確かに、総児も匠と同意見だった。
「そうだよな。成績順のクラス分けをするにしてもさ、入試の結果で決めるもんじゃないのかよ」
総児と匠だけではない。クラス中の新入生達は、皆困惑して、同じことについてそれぞれ話しているようで、そこかしこから似たような話が聞こえてくる。
教室は、式前より明らかに騒然としていた。
それもそのはず、入学式で初めてその事実は新入生達に告げられたのだから。
式前に総児達の話題に少し上がっていた、月代学長によってそれは告げられた。
「――新入生の皆さんは、入学試験も終わり、無事こうして入学式を向かえホッとしていることかと思います。ですが我が校では、その様に気を抜いている暇はないと言わなければなりません。何故ならば、これから一週間後、新入生の皆さんの本当のクラス分けがあるからです。今は、仮に一年一組から七組という形でクラスを分けていますが、これが皆さんの能力に応じて特Aクラス、Aクラス、Bクラスという順で、最後にFクラス。こういう能力順のクラス分けになります。そして、それはこれからの一週間の皆さんの生活の様子から判断されることとなります。授業態度だけではありません。この校内にいる間の全ての行いが、判断の基準となります。皆さん、この一週間、それを常に意識して過ごして下さい」
つまるところ、新生活に浮かれていた気分がひっくり返されてしまったということだ。
ただ単にテストがまたあると言われた方が、まだましだった。
生活全てが見られているなどと言われては、どうしたら良いのか分からず不安が増すばかり。
とはいうものの、現時点では学長の言葉しか情報がないのだから、近くにいる者同士で話しても気を紛らわせる位にしかならない。
そうこうしている内に、教室に教師が入ってくる。
「よーし、席に着けー!」
元気にそう言って入って来たのは、入学式前にも教室へと来ていた男性職員。
それを合図に、騒然としていた教室内は徐々に静かになっていく。
そうして、皆が静かになったのを確認すると、その教師は再び口を開いた。
「えー、入学式でも話があったと思うが、取り敢えず最初の一週間だけだが、君達を受け持つことになった遠藤敦だ。よろしくな」
黒板にチョークで、でかでかと自分の名前を書きながら、遠藤先生はそう説明した。
と、すかさず質問が飛んでくる。
「そのクラス替えって、どうやって決まるんですか?」
前の方の席から上がった声に、総児はそれが誰なのか判別できなかったが、心中で「良く言った!」と感心する。
「あぁ、君達がまずその事を聞きたい気持ちは、毎年のことでもあるし、よく分かっている。が、それについては、これから順に説明していくから、まずは話を聞いてくれ。いいかな?」
最後の一言は、視線を明らかに一人の生徒へと向けていた。声を出した生徒に向けていたのだろう。
「分かりました」
と、先程と同じ声が聞こえてきて、やっぱりな、と思ったところで遠藤先生は説明をし始めた。