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1-3 自己紹介


 恥ずかしいと思っている事を、わざわざ口に出させてしまった。

 しまったと思いつつ、なんとかフォローの言葉を探す。

「いや、みんな掲示に集中してたから、誰も見てなかったよ……って俺が見てたのか。じゃなくて、えーっと……」

「あはは、そんな無理してフォローしてくれなくても大丈夫ですよ。私、こんななりですから、こういう事は慣れてますので。でも、なかなか自分の名前が見つからなくて、かれこれ十五分以上こうしてるんですけれどもね」

 少女はそう言いつつ、苦笑いを浮かべる。

「あぁー、それは大変だね。なんなら俺が代わりに見て来ようか?」

 何とはなしにそう提案し、そこで総児は気が付く。この流れだと、労せずして少女の名前を知ることが出来るのだということに。

 一目惚れという訳では無いが、可愛い娘と仲良くなるのは歓迎だ。

 少し緊張しながら、その返事を待つ。

「え、いいんですか? それじゃあ……お願いします」

 再び深々と頭を下げる少女。

「お安い御用さ」

 総児はそう言って、その後に続くであろう言葉をじっと待つが、一向に少女が話す気配はない。

 数秒の沈黙の後、流石に何かおかしいと思ったのか、少女が口を開いた。

「あの、どうかしましたか?」

 がくりと崩れ落ちたくなる衝動を抑え、総児は何とか答えた。

「あの、名前が分からないと見て来ようがないっていうか……」

 少女ははっと驚きの表情を浮かべ、その顔の色は見ていて面白い程の早さで赤く変わっていった。

「あはは、ご、ごめんなさい。えっと、あの、私の名前は氷室(ひむろ)雪音(ゆきね)っていいます。『(こおり)』に教室とかの『(しつ)』で氷室、『(ゆき)』の『(おと)』で雪音です」

 顔はともかく、声の方は何とか普段の調子に戻そうとしている、そんな努力のうかがえる声。

「へぇ~、きれいな名前だね」

 少女の慌てふためく様子を見ている内に落ち着きを取り戻した総児は、そう思ったことを自然と口にしていた。

 と、言い終わると同時に、再び雪音の顔が赤みを増し始めたことに気が付き、自分が口にした言葉を心の内で反芻する。

 そして、今度は総児も自分の顔に熱を感じて、慌てて顔を反らす。

「あっと、ごめんごめん。クラス、見てくるよ」

 逃げるようにして、掲示板前の人垣の中へと入って行く総児。

 その後ろで、少女は大きく一つ、深呼吸をしていた。

「えーっと、ひむろだから、あー、かー、さー、た、な、はひふ……」

 総児は気を反らそうと、わざと口に出しながら、五十音順に並んでいる名前の列を上から順に見ていく。

 一組には見つからず、二組、三組と見てきたところで目的の名前を見つける。

「あった。氷室雪音……。三組の二十五番、と」

 クラスと番号を改めて確認すると、人垣の外へと足を向ける。

 そして、先程と同じ場所に立ったままの雪音の姿をすぐに見つけ、歩み寄る。

「分かったよ。三組の二十五番だった」

 伝えると、雪音は先程していたように、再び大きく頭を下げた。

 やけに礼儀正しい娘だな、と今更ながら総児は思いながら、雪音の言葉を受ける。

「ありがとうございました。本当に助かりました。それで、あの、あなたは何組でした?」

 言われて気が付く。本来、自分が何のためにここにいるのかを。

「自分の見るの、忘れちゃってたよ、ははっ」

「ぷっ、くすくすくす。そっちもけっこうなおっちょこちょいさんですね」

 二人揃って笑い声を漏らす。

「氷室さん程じゃないと思うけどな」

「ひどいですっ!」

 軽口を叩き合って、ひとしきり笑い合ったところで、

「じゃ、自分のも見てくるわ」

 と、総児は再び人垣へと足を向ける。

「えーっと、また一組から見直しだな」

 先程は動揺していたせいもあって、雪音の名前以外は全く気に止めていなかった。

 だから、自分の名前を見落としている可能性もあると、再び最初から名前の列に目を走らせる。

 一組、二組と見終り、まさかな、と思いつつも少し期待しながら、三組のリストを下へと見ていく。

「あった……」

 と、思わず声に出してしまっていた。

 そこには確かに、「十八番 古賀総児」と書いてあった。

 もう一度、一番上へと視線を走らせると、そこにはやっぱり「三組」の文字。そして、再び下へと視線を戻し、再び自分の名前を確認し、その少し下にある雪音の名前も目にする。

 そうしてから、やっと総児は掲示板に背を向け、元いた場所へと足を向ける。

「どうでした?」

 今度は、雪音の方が先に声を掛けてきた。

「あ、うん。なんか俺も三組みたいだ」

 と、その言葉に、雪音の顔がぱっと明るくなる。

「わっ、すごい偶然。一緒ですね! これからよろしくお願いします」

 またもや頭を深々と下げる雪音に、

「いやいや、こちらこそ」

 と、今度は総児も同じ様に頭を下げて返す。そして、頭を上げた所で顔を合わせ、

「それじゃ、クラスも分かったことだし、一緒に行こうか」

 総児がそう提案する。だが、

「あ、ちょっと待ってください」

 歩き出そうとしていた総児は足を止める。

「ん? どうした?」

「あの、あなたのお名前をまだ聞いていないので、その……」

 そんな必要などないというのに、申し訳なさそうにして聞いてくる雪音。

「ああ、悪い悪い。こっちばかり聞いといて、自分のを言い忘れてたなんて。続けざまに抜けてるな、俺」

 そこで、総児は改めて雪音に向き直る。

「俺は、古賀総児。古いに年賀状の『賀』、総合とかの『総』に児童の『児』で古賀総児だ。よろしくな」


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