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1-1 はじまり

XElements =クロスエレメンツ=




〈一日目〉


「それじゃあ父さん、母さん、いってきます」

 一人の少年が、写真立に向かって、手を合わせながらそう言った。

 写真立には一組の男女が楽しそうに微笑んでいる写真が納まっている。

 男性は少年とよく似た容姿をしているが、それよりもいくらか歳を取っている様に見える。女性の方も男性と同じ位の歳に見え、特に、その目元が少年とよく似ていた。

 少年の名は古賀(こが)総児(そうじ)。十五歳で、本日これより、私立神代(しりつかみしろ)高校へと入学することが決まっている。

 総児は写真へと背を向けると、その十畳ほどの部屋の入口へと向かう。キッチンと洗面所の間の狭い廊下を抜けると、そこはもう玄関。

 総児は通学用の革靴を履くと、部屋の中を振り返り、改めて先程も言った言葉を口にする。

「いってきます」

 そして、玄関の扉を開け、総児自身は少し広すぎると感じている、引っ越して来たばかりのマンションの一室を後にした。



 古賀総児は、五歳の頃から児童養護施設で過ごしてきた。

 幼い頃に亡くなった両親の記憶はほとんどなかったが、中学卒業間近になって、彼の元へと一人の訪問者が現れた。それは、私立神代高校の理事長である神名恭平(かみなきょうへい)

 神名は、施設の園長室に一人呼び出された総児に向けて、簡単な自己紹介をした後、こう告げた。

「古賀氏には生前、大変お世話になってね。今までも、総児君がいるこの施設にはいくらかの援助はしてきたのだが、良かったら私が理事を務めている神代高校へと来てみないかね? もちろん、学費や生活費は全て私が用意するので、お金のことは心配しなくて良いからね」

 この言葉を聞き、総児はまず同席していた園長へと視線を向けた。

 白髪頭のもう結構な歳の園長は、

「ええ、神名さんにはずっとお世話になっています」

 皺だらけの顔にいつもの優しい笑顔を浮かべ、総児が口を開くよりも早く聞こうとした問いに答えてくれた。

「でも、どうしてそこまで僕に良くしてくれるんですか?」

 神名へと視線を戻した総児が発したのは、当然の疑問だった。

 十年近く施設で暮らしてきて、初めて神名の存在を知ったのだ。園長先生を疑うつもりはなかったが、そんなすぐには納得出来なかった。

「先程も言った通り、私は古賀氏には大変お世話になったんだよ。それはもう、お金じゃ返せないような恩が……。だから、せめて二人の残した君のために出来る事をしようと、そう思っているんだ」

 神名の言葉に、それでも総児は答えることは出来ない。

 そして、思わず言葉を漏らしてしまう。

「なら、どうして今になって……」

「私個人としては、君の存在を知った時に引きとっても良いと思った。だが、私の家はちょっと複雑でね……。家族にも、君にも良くないだろうと思って施設を援助するという選択をしたんだ。だから、本当は君の前に姿を現すつもりもなかった。けれども、君が進路について悩んでいると園長先生から聞いてね。こうして、会いに来ようと決めたんだ」

 確かに総児は悩んでいた。

 総児は勉強が良く出来て、学年でもトップクラスの成績であった。

 だから、進学することは出来るはずだが、これ以上施設に負担をかけて進学するよりも、早く就職して独立していくべきではないか、と。

 そう悩んでいたところでの、神名からの言葉。

 内心、総児は揺れていた。元々、進学したいという気持ちを、周りの人達の気持ちを考えて無理やり押さえつけていたのだ。

 だがしかし、まだ総児は神名の言葉には頷けないでいた。

 ここで神名の提案に乗ることが、今までお世話になってきた施設を捨てて行く様な、そんな風に思えてしまう。

「もちろん、総児君が私の学校に来ることを選ぼうとも選ばなくとも、この学園への援助は続けますよ。君は、君のやりたい事をすればいい。働きたいと、本当にそれを望むのならば、誰もそれを駄目だとは言わない」

 総児の内心を悟ったかのような神名の言葉。その瞳は、真っ直ぐに総児を捕らえている。

 その視線に耐えられなくなった総児が思わず目を反らしたところで、園長の言葉が続く。

「総児君、あなたは学園のことは心配しなくても良いのですよ。あなたは、あなたの進みたい道を進みなさい。神名さんの提案に乗らずに、この近くの高校に通う事だって出来るのですよ」

 答えようと思うものの、喉の奥に詰まって言葉は出てこない。

 しばらくの間、園長室は沈黙に包まれる。

 と、がたりと椅子の引かれる音がして、神名が立ち上がる。

「総児君、返事は今すぐに、という訳じゃない。今は君も、突然の事で混乱しているだろう。でも、最後に一つだけ」

 神名はそこで一度言葉を区切ると、何処か遠くを見るように窓外へと視線を向ける。

 そして、再び総児へと顔を向けると口を開いた。

「総児君、君には能力がある。その力を無駄にせずに、この世界のために役立てる事を、お父さんとお母さん、共に望んでいるはずだ」

 言い終わると、総児の返事を待たずに園長へと軽く頭を下げて挨拶を済ませ、そのまま園長室から出て行ってしまう。

 園長も、総児へと笑顔を向けると神名の後を追って、同じ様に園長室から出て行ってしまい、総児はただ一人園長室に残された。

 そして、総児はしばらくの間、椅子の上から動けないでいた。



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