1-13 ばったり
〈二日目〉
翌日、総児は始業二十分前に家を出た。学校までゆっくり歩いて十分。余裕で間に合う時間だ。
朝食はトースト一枚に牛乳だけで軽く済ませ、昨日と同じ様に写真へと手を合わせ、部屋を出る。
部屋はマンションの二階。マンションといっても、二階建てで六部屋しかない小さな建物だ。
階段で一階へと下り、オートロックの入口を出る。
昨日は在校生と新入生で登校時間がずれていたせいかあまり見かけなかったが、外に出ると神代高校の制服姿がいくつか目に入ってきた。
どうやらこの住宅地から通っている生徒もそれなりにいるらしい。
総児が空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっている。
今日も良い天気になりそうだな、と思って一歩踏み出す。と、
「古賀君!」
後方から元気な声が聞こえてくる。
「ん?」
立ち止まり振り返ると、そこには見覚えのある姿があった。
顔の左右の髪をリボンで結んでいるのは昨日と同じだが、そのリボンの色は昨日の物とは違う色。氷室雪音がそこに立っていた。
「おはよう。古賀君も家、こっちの方なんだね」
小走りに駆け寄ってきた雪音の笑顔に小動物的な可愛さを感じ、総児の顔も自然と緩む。
「おはよっ。てか、今ここから出て来たとこなんだよね。俺の家、ここの二階なんよ」
「わっ、そうなんだ。なら、結構ご近所さんなんだね」
口に手を当てての驚きの動作は少し大げさじゃないかと思ったが、なんとなく感情表現の豊かな娘のような感じがしていたので、その点はつっこまないでおく。
「へぇ。ってことは、氷室さんちもこの近くってことか。っと、取り敢えず、このまま立ち話してたんじゃ遅刻しちゃうし、歩きながら話そうぜ」
そう言って、総児が学校へと向けて歩き出すと、
「あ、そうだよね。ははっ、びっくりして忘れちゃってたよ」
照れ笑いを浮かべ、雪音は総児の横に並ぶ。
相変らず少し抜けているところがあるな、と総児は思うが、それは口に出さない。
「で、近所って、家どこなんだ?」
背の低い雪音の歩くペースに合わせ、少し歩幅を狭めて歩きながら総児は話し掛ける。
「えっと、古賀君の家の手前――こっちから見たら奥だね。そこの十字路を右に曲がって、最初の十字路を左に曲がってすぐだね」
「へぇー、そりゃ確かに近いな。氷室さんちは一戸建ての家?」
「うん、そうだよ。庭付きなんだ。今まで住んでた所は共同住宅だったから、嬉しいんだ。ずっとペット飼いたかったからね」
「ペットかぁ…」
その言葉に、総児は施設での出来事を思い出す。
ペットを飼える余裕は施設にはなかったのだが、学校帰りの道で見つけてきた捨て犬を、園長先生に皆で飼えるようにと頼み込んだことがあった。
どんなに頼んでも許可は出なくて、仲間達と共にこっそり施設内に連れ込んで何日か隠れて世話をしていた。
それも長くは続かなくて、大人に見つかってしまってこっぴどく怒られて……。
結局、知り合いで犬の飼える人を見つけてきて、その人に飼ってもらうことになったのだが、今となっては良い思い出である。
などと、総児が思い出に浸っていると、
「ペットで何かあったの…かな?」
心配そうに見上げてくる雪音の顔が目に入る。
「え、あー、いや、昔いた所も、今住んでる所もペット飼えないとこだからさ、いいなぁと思って」
総児は焦ってそう言うと、笑って誤魔化す。
「あ、そうなんだ。ならうちで何か飼うことが決まったら遊びに――って、私何言ってるんだろっ。いきなり家とか、あはは、あは」
急に照れ出す雪音。だが、総児はそれを気に止めることなく答える。
「おぉ、それなら是非とも! 何を飼うとか決めてるん?」
「え、えぇ!? あ、うん。一応、犬。犬が良いかなぁとか思ってたりとかなんとか」
あたふたしながら答える雪音の様子には気が付かず、総児は思い出の中の子犬の姿を思い浮かべる。
「犬かぁ、いいね。俺も犬は好きだな。犬種とか決めてる?」
「う、ううん。そこまでは、まだ――」
「それじゃあ、大型犬が良いとか、小型犬が良いとか」
「え、ええと、それもまだかな」
施設での子犬は、貰われていった後も何度か、飼い主に連れられて施設を訪れていた。
最初は小さかった子犬が、一年も経たない内に小学生の総児達と同じ位の大きさまで成長し、一緒に外を走り回ったことを思い出す。
「俺は大型犬が好きだな。一緒に走ったり寝転んだり。でも、世話とかは大きいと大変なんだろうな。沢山食べるだろうし」
実際飼っていた訳ではないので、総児はそこのところは良く分からない。無責任に勧めるのも悪いかと思って、そう付け加えた。
「そうだよね。えと、まだしばらくは考えていようかなって。今はまだ入学したてで、色々忙しいし」
「あー、クラス替えとかあるしなぁ。まさか、そんなシステムがある学校だとは思ってもみなかったからなぁ」
神名から誘われて入った学校だ。評価で決まるというそのクラス分けを、気にしない訳にはいかなかった。
流石にFクラスになどなってしまっては申し訳ない気がする。
「うん、私も運動とか苦手だから、どうなるか……。評価方法が良く分からないから、どうしたら良いのか不安だよね」
「だよなぁ。取り敢えず、今日一日過ごせば、なんとなくでも分かるのかねぇ」
「だと良いんだけど」
自分以外の者も不安に思っているんだということが分かり、総児は内心、少し安心していた。