1-11 バイト試験
「お前、すぐにでもバイトがしたいのか?」
総児の間抜け振りから、余程バイト探しに焦っているのではないかと思ったのだろう。
老人はそんな質問を投げ掛けてきた。
その老人の予想は当たっており、総児は一日でも早くバイトを決めたいと思っていた。
「ええ、そう思っていたので、急募の文字に惹かれてしまって」
再び恥ずかしい思いが蘇ってきて、総児は頭を掻きながらそう答えた。
すると、
「いいだろう、テストをしてやろう」
老人は厳しい視線のまま、そう返してきた。
「テスト、ですか?」
何のことか分からずに、総児は聞き返す。
「お前をバイトとして雇うかどうかに決まっておろう! それ位分からんのか!」
老人の声は、いささか大きくなる。
「あの、女性アルバイトだったんじゃ…?」
「ワシがテストしてやろうと言ってるんじゃ! やる気がないのか!?」
今度の声には明らかな怒気が含まれている。
「は、はい。お願いします!」
その勢いに押され、ついそう答えてしまう。
冷静に考えれば、バイトが出来るのはここだけということはないのだから、こんな気難しそうな人の店で、頼み込んでまで雇ってもらう必要はない。
けれども、老人は総児にそんな考えを頭に浮かばせる余裕を与えてくれなかった。
「なら早くこっちへ来い」
言われるままに総児はカウンターの内に入り、水場の前へと立たされる。
「ほれ、上着を脱いで腕まくりせんか。そしたら、これを着けろ」
いつの間にか老人の手には、老人が着けているのと同じ黒いエプロンが握られていた。
それが、総児の元へと飛んでくる。
総児は、言われた通りに手早く仕度をする。持っていた鞄と脱いだ上着、ネクタイはまとめてカウンターの上へ。そして、エプロンを着ける。
総児が準備し終わったことを確認すると、老人が口を開く。
「それじゃあ、目の前のものを全部洗ってもらおうか」
「えぇっ!?」
驚かずには居られなかった。
目の前の水場には、山の様に、それこそ、この店の全ての食器が有るのではないかという程の量の食器が積み上げられていた。
「それを、全部きれいに洗い終わったらバイトの件は考えてやろう。ほれ、早く取り掛からんと日が暮れても終わらんぞ」
「は、はい」
承諾してしまった以上後には引けず、総児は老人に背中をせっつかれながら皿洗いを開始する。
食器洗い自体は施設に居た時から毎日やっていたことなので、やってやれないことはないのだが、問題はこの量である。
考えなしに触ったら、一瞬にして割れた食器の山の出来上がりだ。
総児は、慎重に、山を崩さないように食器を手に取り、洗っていく。
老人はというと、総児が洗い始めると、
「終わったのはそこの横に積んでおけ」
と、シンク横の何もないスペースを指差すと、カウンター内の反対側に行ってしまう。
そして、仕込みでもしているのか、何か作業を開始していた。
始めの内こそ、山が崩れないかと慎重に作業していた総児だが、しばらくすると山も小さくなり、単調な作業の繰り返しで余裕も出てくる。
だから、総児は老人へと話し掛けてみた。
「どうしてここまで食器が溜まるまで、洗わなかったんですか?」
視線は手元に向けたままなので、老人の反応がどうなのか分からないが、返事は中々返ってこない。
そのまま、持っていたコーヒーカップを洗い終えて、横に置いた所でやっと老人の声が聞こえてきた。
「つい先日までバイトが二人いたんじゃがな、そろって急にやめよった。以来、貼り紙を出しておるんじゃが、一向に誰も来なくての。ワシ一人じゃそこまで手が回らん。その山は昨日一日分じゃ」
なるほど、と総児は納得する。
本来女性バイト募集のはずが自分に声を掛けた理由がやっと分かった。
なかなか来ないバイト希望者に痺れを切らし、男でも仕事がちゃんと出来るなら、この際しょうがないとでも思ったのだろう。
「それは大変でしたね。でも、それでしたら女性に限らず募集してたら良かったんじゃないですか?」
と、今度はすぐに返事が返ってくる。
「お前はうちの店のこと何も知らんで来たのか?」
その老人の声には、若干驚きが含まれている。
「はい。偶然店の前を通りかかって貼り紙を見て入ってきたので。この街に引っ越してきたのもつい最近ですし」
素直な総児の答えに、老人からの返事はない。
自分から続けて話すのも気が引けて、そのまま元の沈黙が店内に訪れた。