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1-10 下校中


 総児が校門を出た頃には、もう既にほとんどの新入生は下校してしまっていたようで、道には他の生徒の姿は全く見当たらなかった。

 平日の昼間のこの時間、住宅地の中の道にはそれなりの人通りがある。

 買い物にでも行くのか、商店街のある駅の方角に向かう主婦らしき人達と何度かすれ違いながら、総児は自宅へと向かっていた。

 春の暖かな日差しは、学校を出た頃は心地良く感じていたものの、昼近くの高い日の下を歩き続けていると暑くて汗がにじんでくる。

 自然と足は日陰へと向いてしまい、登校した時とは少し違う道を歩いていた。

 引っ越してきたばかりで近所がどうなっているのかまだ良く把握していなかったが、この住宅地は整備されていて、ほぼ碁盤の目状になっているため、何区画進んだかを覚えておけば何処で曲がっても家に辿り着ける。

 そうして、初めての道を歩いていた総児の目に、ある文字が飛び込んできた。

『急募! バイト募集中 高校生可』

 すぐに総児は、それが書かれた貼り紙が貼られた建物へと視線を巡らせる。

 前を通り過ぎようとしていたその建物は、どうやら喫茶店のようだ。

 住宅地の中では少し幅の広い通りに面したその店は、前に車が二、三台位止められそうなスペースがあり、入口は少し通りから奥まってある。

 バイト募集の貼り紙の横にはガラス製の中が見える扉があるが、そこには「準備中」と書かれた木製の札が掛かっていた。

「駅の方で探そうかと思ってたけれど……ここ、家から近いし良いかもしれないな」

 言いながら、札の横から店内を覗いてみる。

 準備中の文字通り、店内には明かりが灯っておらず薄暗く、どうなっているのか見て取ることは出来ない。

 そこで、客としてじゃないしいいかな、と総児は思い、扉の取っ手へと手を伸ばし手前へとそれを引く。

 すると扉は、何の抵抗もなく開いた。

「チリンチリーン」

 扉の上に付いていた、お客の入店を知らせるためであろうベルの音が静かな店内に鳴り響く。

 半分は開かないかと思っていた総児は、少し身構えた後、控えめに口を開いた。

「すみませーん、誰か居ませんか?」

 店内に視線を巡らせるが、何の反応も見えない。

 数秒間、その場で返事を待つが、一向に返事が返ってこない。

 とはいうものの、鍵は開いていたのだから誰かしら居るのではないかと思い、総児は店内へと歩を進める。

 入って左手側にはカウンターがあり、そこには床に固定されている丸椅子が並んでいる。右手側にはテーブル席が並んでいるが、掃除のためだろう、椅子は机の上に上げられていた。

 一通り見回しても人影は見当たらない。どこか、奥にでも引っ込んでいるのかと思い、総児は、声を張り上げる。

「すみませーーん、誰か――」

「そんな大声を出さんでも聞こえとるわ」

 総児が言い終わるよりも早く、左手側から、しわがれた声が聞こえてきた。

 振り返ると、カウンターの内側で立ち上がる老人の姿が目に入った。

 六、七十代に見えるその男性は、綺麗にオールバックにセットされた白髪で、同様に白い見事な口髭と顎鬚を蓄えている。

 ワイシャツの上からベストを着た格好は、いかにも喫茶店のマスターといった風貌だ。

 その顔には深々と幾つものしわが刻まれていた。

「お前さん、入口の準備中の文字が見えなかったのか?」

 そう言う老人の声は刺々しい。

 慌てて総児は答える。

「あ、いえ、違うんです。お客として来たんじゃなくてですね、えっと、外の貼り紙を見て来たんです」

 総児の答えに、老人は顔をしかめる。

「貼り紙?」

「はい、バイト募集のです」

 総児がそう答えても、老人のしかめっ面に変化はない。

 何かおかしいな、と総児が思い始めたところで、老人が口を開いた。

「一応確認しとくが、お前、男じゃろう?」

 何故そんな確認をされるのか意味が分からなかったが、総児は素直に答える。

「はい、そうですが……」

 すると、はぁーと、大きく老人がため息を吐く音が聞こえてくる。

「女性アルバイト募集、と書いてあったはずなんじゃがな」

「えっ!?」

 老人は自分の後ろ、カウンター奥の棚に貼られている紙を指差していた。それは、総児が店の外で見たものと同じもの。

 良く見ると、というより、落ち着いて見れば、見落とすはずのない程大きな字で「女性アルバイト募集」とそこには書かれていた。

 バイト募集、高校生可の文字にばかり気を取られていて、ちゃんと貼り紙の内容を確認していなかったということだ。

 自分の間抜け加減に、総児は頭を下げる。

「すみません、見落としていたみたいです。準備中で忙しいところを邪魔してしまったようで……」

 そうして、振り返って入口へと向かおうとすると、

「ちょっと待て」

 呼び止められる。

「はい?」

 何だか今日は良く呼び止められるな、などと思いながら振り返ると、老人が鋭い視線で総児のことを睨み付けるようにして見ていた。


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