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1-9 理事長室


 各学年の教室がある東棟に対して、渡り廊下で繋がる西棟は特別教室が並んでいる。

 その一階には、主に教職員の為の部屋が並んでいる。

 まず保健室があり、その次に職員室。その前を通り過ぎると学長室があり、更に奥に目的の部屋、理事長室があった。

 総児は、神名と直接会って話すのは、施設の園長室で初めて会った時以来だった。その後、電話では何度か話していたし、その姿も今日の入学式で見ていた。

 けれども、こうして理事長室の前に立ってみると、緊張せずには居られなかった。

 自分がこれから通うこの学校で一番偉い人に会うのだという意識がそうさせるのか、はっきりとは分からなかったが、総児は気持ちを落ち着けようと大きく一つ深呼吸をする。

 そして、ノックをしようと手を上げようとしたところで、

「理事長なら居られませんよ」

 背後から声を掛けられる。

 気持ちを落ち着けようとしていたお陰か、思いの外、驚くことはなかったが、総児は瞬時に声の主の方向へと振り返っていた。

 そこには、見覚えのある女性が立っていた。

 どんなに若くても三十代後半であるはずのその女性は、薄い化粧で整った顔立ちをしていて、見る人によっては二十代だと間違えてもおかしくない程の美貌の持ち主であった。

 入学式で見た時と同じスーツ姿で、如何にも頭が切れそうな科学者的な雰囲気を持つその女性は、総児と匠との会話にも出てきていた月代学長だった。

 学長室から出てきたところらしい月代学長は、総児のすぐ傍まで歩いてくると、

「あら、あなたは――」

 と、総児が口を開くよりも早く、何かを悟った。

 そして、

「総児君…そう、あなた古賀総児君よね」

 思い出しながらといった感じで、そう口にした。どうやら、総児のことは学長にも伝わっていたらしい。

 安堵しつつ、総児は答える。

「はい、そうです。古賀総児です。僕のことは、神名さん――理事長から聞かれていたんですか?」

 月代学長は、総児の質問に頷き答える。

「ええ。あなたのご両親のことも含めて、ね。お二人には何度かお会いした事がありますから」

 そう言われ、総児は困惑してしまう。

 今まで全く両親の話など聞かなかったのに、今になって両親のことを知っているという人物が立て続けに二人も現れたのだ。

 生前の両親の記憶がほとんどない総児としては、どう反応したら良いのか困ってしまう。

 そんな総児の胸中を読み取ったのか、月代学長は、

「ごめんなさい。いきなり両親の話をしても、あなたはどうしたら良いのか分からないわよね」

 と、謝罪の言葉を述べる。

「いえ、構いません」

 取り敢えずそう答えたものの、言葉が続かない。

 いっそ、両親の事を聞いてみようかと総児は思ったが、先に月代学長が口を開いた。

「神名に何か用だったのかしら? 彼は中々忙しい人で、今日も式が終わってすぐに次の仕事に向かったわ」

「あ、そうなんですか。別にこれといって用事があった訳ではないんですが…ただ、直接会う機会が中々なかったので、挨拶に来たんです。これからお世話になる訳ですから」

 総児は話題が替わったことに安堵しながら、そう返事をする。

「そう。それなら、あなたが挨拶に来たことは私から神名に伝えておくわ。心配しなくても、あなたの生活は卒業まできちんと保証するわ。それだけ、あなたには期た――いいえ、それだけの御恩が、古賀夫妻にはあると、神名は言っていましたよ」

 少し言葉に詰まった所は気になったが、総児はその言葉で納得する。

「分かりました。忙しいのなら、何時会えるか分からないですもんね。お願いします」

 そう言って礼をした後、総児はその場を去ろうとして、

「待って」

 少し強い口調で月代学長に呼び止められる。

「何ですか?」

「これは、学長としてではなく一人の子を持つ親の言葉として受け取って欲しいのだけれども」

 何故か、改まってそう前置きする学長。

「はい?」

「私の娘もあなたと同じ様に、今年この学校に入学したの。良かったら仲良くしてあげて」

 言われて、今朝見た少女の姿と、同時に匠と交わした会話の内容も思い出される。

 普通に見たままの少女なら、仲良くするのはむしろこちらから頼みたい位だが、話半分だとしても匠の噂話からすると……。

 そんな総児の胸中は再び顔に出ていたようで、

「あはは、流石というか。もう噂話が耳に入っちゃっているようね」

 と、苦笑いを浮かべる月代学長。

「あ、いえ、そんな――」

 慌てて総児は否定しようとするが、やんわりとそれは止められる。

「いいのよ、気にしなくて。我が子ながら困った子で……友達は全然居ないみたいだし。でも、根は悪い子じゃないから、仲良くしてもらえると嬉しいわ。無理にとは言わないけれども、少し考えてくれるだけでもいいから」

 表情から、本気で自分の娘の事を心配しているのだということは分かったが、親からもこんな風に言われる月代サクが、一体どういう人物なのかといっそう不審が募る。

 だが、ここまで言われて断れる訳もなく、

「分かりました。機会がありましたら」

 と、承諾の返事をする。

「ありがとう。それじゃあ、呼び止めて悪かったわね」

 総児の返答に安心したのか、笑顔の学長。

 それを見て、総児はこれが我が子を思う親というものなのかな、などと思いつつ、改めて学長へと会釈をし、その場を後にした。



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