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第八話 次なる標的は

 アミンでロイ・ボルンが第一人者に選ばれた頃、トリエル王ブレダ・エツェルに占領されているピートでは六都市同盟内から奪われてきた物資や人で市場や広場は埋め尽くされていた。第一次トリア平原会戦の勝利によってトリエル軍は西のリンゲン、北西のルギィ、南西のアミンに肉薄する距離まで掠奪行を行えるまでに支配地域を拡大していた。


 敗戦によって六都市同盟の戦力は大きく低下しており、主都市を守るのだけで手一杯なのである。周辺都市では、トリエル軍に奪われる前に土地を去る者や降伏して財や命を守ろうとする者がでている。これらの人々は口々に言う。


「市民を守るはずの同盟が責任を果たさないからだ」

「我々だってしたくてしているわけではない。だが、自分を家族を守るためには方法がない」

「皆がやっていることだ。私だけではない。正論だけでは生きていけない」


 確かにそれは真である。一方で、それが正しいかといえば別の話である。個人の幸福を追求し命や私財を守る、という点から見ればこの行いは正しい。だが、繰り返される略奪の中でも六都市同盟が再び力を取り戻し、トリエル軍を追い払ってくれる、と信じて頑なに同盟側につく人々からすればこの手の人々は裏切り者でしかない。


「会戦以来、こちらにつく者が増えて楽になりましたね」


 軍議の席でウァラミール・ザッカーノが言ったのは、物資の運送についてである。会戦までピートからトリエル王国までの物資の輸送はトリエル軍が直接行っていた。それは、いまだにピートの市民が持つトリエル王国への反発心が強く、物資の輸送が速やかに行われないためであった。それは会戦の勝利によって潮目が変わった。単純に言えば市民たちが従順になったのである。


 心ならず降伏した自分たちを救いに六都市同盟が来てくる。


 この希望が失われたが故の現実との妥協であるが、支配者としては彼らが現実的に今の支配者を見てくれることはありがたい。一万しかいないトリエル軍にとって掠奪の他に運送までおこなうのは兵にとって負担が大きかったのだ。その負担を市民がおってくれるのならばそれほど楽なことはない。


「とはいえ、掠奪行の距離が伸びていおる。いくら我が軍が騎兵だけとは言え戦端が伸びるのは好ましくない」


 アルダリック・モラントは笑顔こそ崩さなかったが、口から出た言葉は明るいものではなかった。ウァラミールは沈黙を保ったままのブレダが声を発しそうにないことを確認していった。


「では、いっそのこと六都市同盟の主都市であるリンゲン、アミン、ルギィのいずれかを陥落させ、前線を押し上げますか?」

「本来ならそれが良いだろう。しかし、我が軍の兵は一万しかおらん。いずれかの都市を占領すれば、そちらとこのアミンに兵を別ける事になる。それは寡兵で戦う我々にとって上策とは言えまい」


 アルダリックは知っている。戦には歩兵が必要なことを。敵地を占領する場合、騎兵が要点のとなる点を奪っていき、点と点を繋ぐ形で歩兵を展開させることで敵地を占領していくのである。だが、いまのトリエル軍は騎兵だけで構成されており、歩兵は一部の輜重しちょう隊に配属されている数百名しかいない。


 この歪な軍は掠奪という行為のためだけにブレダが立案した軍である。広大な土地を制圧することは最初から考えられていない。それゆえに最小の戦費で最大の戦果を得られてきた。だが、このままうまくいけば六都市同盟全土を奪えるかもしれない、と欲目が出てきているアルダリックにはそれが勿体無い気がしてならない。


「傭兵でも雇い入れますか? さきの会戦でも六都市同盟側の傭兵隊は粘り強く抵抗していました」


 リンゲンが雇っていた傭兵は、ベリア帝国と六都市同盟に挟まれたモルディナと呼ばれる地域の人々である。このモルディナは南の海にこそ面しているが、周囲を切り立った断崖で囲まれ漁業に向く港を持てなかった。陸地も固い石灰質の土壌のため麦はもちろん芋類の栽培も十分にはできず、人々の生活は苦しかった。そのため、この地域では農業に変わる生業として傭兵業が活発になった。


 モルディナの傭兵は金を積まれればどのような主人にもつく。そして、何があっても裏切らない。自軍が劣勢になればすぐに逃げ出す傭兵が多い中、モルディナの傭兵は粘り強かった。それは、自分たちが簡単に逃亡したり、裏切れば次の仕事で賃金を値切られるからである。人は信用できないものに大金を出すことはない。なによりもモルディナの傭兵は信用ならない、と言われるようになれば傭兵業で成り立っているモルディナは行き詰まってしまうのである。


「傭兵か」


 ここでようやくブレダは言葉を発した。


 会戦でリンゲンの傭兵隊と対したのはブレダ自身であった。あの戦いでブレダは二千程度の傭兵隊に苦戦した。そのため、リンゲンの第一人者であるクラウスがアミン・オルレインの軍と合流するのを許してしまった。あのとき傭兵隊が容易く崩れていれば、トリエル軍の勝利はより大きなものになっていたに違いない。


「絶対に騎兵を通すな!」


 傭兵隊の長と思われる顎髭の男は、そう言って最後まで抵抗を諦めなかった。傭兵隊が、ブレダが率いる三千の騎兵の突撃を六度まで耐えたのは彼の指揮が巧みであったためである。


「負け戦が決まっているのにまだ戦うのか?」


 数をすり減らしながらも方陣を構え、抵抗をやめない彼にブレダは馬上から声をかけた。陣の最前線でハルバートを握り締めた傭兵たちはブレダの問いかけに


「まだ逃げ時じゃねぇや」

「邪魔をするのが俺らの仕事さ」

「ここで逃げ出したとあっちゃ、帰ってもカカァに殴られちまう」


 と場違いな明るい声で冗談げに答えた。


「俺達は騎士様じゃねぇが忠義は騎士様以上よ! あんたは王様なんだろうが俺らにそんな質問をするようじゃ長生きはできねぇな」


 そう言って誰よりも大きな声で笑ったのは傭兵隊の長と思われる顎髭の男だった。彼の腕や頬にはすでに槍のものと思われる傷がいくつもついている。それは全ての傭兵に言えることで無傷のものは一人もいない。中にはハルバートを杖のようにして立っている者もいるがその顔から戦意は衰えていない。


 むしろ、まだこれからだとばかりに気力に満ちているのである。


 ブレダにはなにが彼らを突き動かしているのかわからなかった。彼らの言う「忠義」とはなんであるのか。金銭によって雇われたことによるものことなら十分にその忠義は尽くしているように見える。少なくとも六都市同盟から彼らに支払わられる金銭は、この必敗に命を賭けるような金額ではなかったはずである。


「忠義とはなんだ! 六都市同盟に金銭以外の恩があるというのか」

「ないな。だが、結んだ契約を反故にするようじゃダメなのさ」


 顎髭の男が言うと、傭兵たちは一団となって、ブレダ率いる騎兵にぶつかった。すでに六度の突撃を耐え抜き、気息は乱れに乱れているにも関わらず、その攻勢は激しく歩兵と思えぬものであった。ブレダの騎兵は、暴風に襲われたように最初の激突で五、六十人が騎馬を失った。


 顎髭の男の武勇は特に優れているらしく、彼の周囲だけは血煙が絶えない。精鋭であるはずのトリエル騎兵が次々に倒れていく。


 ――俺が行くべきだろうな。


 ブレダは無言のまま周囲の騎兵を追い抜くと、男の前途をふさいだ。


 顎髭の男は「トリエル王ブレダが相手とは生涯の語り草にできる」と言って笑った。


「俺も国史に残してやろう。傭兵隊は聞きしに勝る武勇であった、と」


 そういうなりブレダは馬の腹を蹴った。ほぼ同時に顎髭の男もハルバードを構えて動いた。一頭と一人が接近したとき、音はほとんどなかった。ブレダの大槍と男のハルバートは打ち合うこともなかった。大槍の穂先が男の胸に深々と突き刺さり、次の瞬間には絶命していたからだ。


 トリエルの騎兵は、歓声をあげた。声はそのまま勢いとなり、傭兵に押されていた兵にも気力を与えた。顎髭の男の死を知った傭兵はそれでも揺るがず、二千のうち千五百までがここで倒れた。残った五百も傷で動けなくなったものがほとんどであった。


「恐ろしいものだな」


 ブレダは、会戦での傭兵の戦いを思いだし、そう評した。


「では?」

「ウァラミール。魅力的な話だが答えは否だ」

「なぜでしょうか? 兵力はあって困りますまい」


 ウァラミールは意外そうな顔で、ブレダに質問を向けると、巨細こさいを漏らさぬとばかりに身を乗り出した。


「無い袖は振れない。簡単にいえば、傭兵は金がかかりすぎる。会戦のように短期間ならば良いが、長期間にわたって雇うことは貧乏国家である我が国には難しい」

「ですが、ここピートにはかなりの財があります。私は可能だと思います」


 確かにこのピートには各地で略奪や提供された金や物資が集まってきている。


「その財は、トリエル本国で飢えた者と農地改革に使われるものだ。ジリ貧になっている本国のために略奪を行う俺たちが金食い虫になるようでは本末転倒だ」

「……すいません。考えが至りませんでした」


 肩を落としてウァラミールが着座する。それと同時に彼もアルダリックもなぜ彼らが六都市同盟を攻めているかを思い出した。飢饉によって飢えている本国の人々を救うためである。別に彼らは六都市同盟を攻め滅ぼすために来たわけではない。彼らから奪うためにきたのである。


 ――だからと言って全面的に納得できるものでもないだろうが……。


「ですが、それでは現状はかわりますまい」


 アルダリックが困った顔をブレダに向ける。略奪行を主におこなっているのは彼の隊である。略奪対象が遠くなればなるほど彼らの負担は大きくなる。何よりも奪ったものを持って帰ることさえも手間になるのである。


「……わかった。ではリンゲンを陥そう」

「西に前線をすすめるわけですな。ですが、なぜリンゲンを?」


 六都市同盟のうちピートと隣接しているのは西のリンゲン、北西のルギィ、南西のアミンである。そのなかでももっとも人口が多いのはリンゲンである。先の会戦で一万の兵のほとんどを失ったとは言え、都市を守る戦いになれば、死力を尽くすのは目に見えている。


「リンゲンはかつても今も六都市同盟の首座を務めている。このリンゲンが陥落すれば残りの都市の士気は落ちるだろう。また、リンゲンとピートが一直線につながれば六都市同盟の南部と北部を完全に分離することができる」

「なるほど、北部はルギィとメス。南部はアミンとオルレイン、という具合ですな」

「しかし、兵力はどうなさいますか?」


 ウァラミールは不思議そうな顔でブレダに尋ねる。元々、兵力が不足しているためにこれ以上の前進が難しい、という話であったはずなのである。


「リンゲンを陥落させるのに兵力はいらない。彼らは自重によって押しつぶされる。今から半年後にはリンゲンはこの世に現れた地獄になるだろう」


 そう言ったブレダの口調は淡々としており、この不気味な言葉に現実味は感じられなかった。だが、ブレダが冗談を好むような人間でないことを知っているアルダリックとウァラミールの二人はお互いの顔を見合わせた。


「さぁ、これで軍議は終わりだ。二人とも下がれ」


 ブレダは二将をねぎらい、しりぞかせた。


「リンゲンが陥落することで他の都市が降伏してくれれば楽なのだが……」


 と、希望的な願いを呟いた。しかし、それはあまりに現実的ではなかった。ブレダは誰もいなくなった執務室で自分が考えた策のロクでもなさに自己嫌悪に陥った。嫌悪で胸が詰まったのか咳が出た。会戦以来、少し止んでいた咳であるが春風の冷たさのせいか、このところまた咳き込むことが増えている。


 ブレダはまだ、休めない自分の身を呪いながら自嘲的に笑った。

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