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第三話 略奪の始まり

「駆けろ! 朝日が出るまでにピートにたどり着くぞ!」


 真紅のマントをひるがえしトリエル王ブレダ・エツェルが叫ぶ。その声を背に一万の騎兵が細い峠道を駆け下りていく。夜の闇を駆ける彼らは誰ひとりとして 松明を持っていない。それでも、山道から滑り落ちるようなものはいない。この日のために選び抜かれた騎兵である。快速だけを意識した軍には足の遅い歩兵は 一兵もいない。全軍が騎兵なのである。


 この騎兵は王都パルサムから西に向かっている。トリエル王国の西端を北に向かえば、三年前におびただしい死者を出したベルジカ王国の要塞都市アウグスタにたどり着く。しかし、そのまま西進すれば六都市同盟にぶつかる。


 六都市同盟は、ピート、ルギイ、メス、リンゲン、アミン、オルレインの有力都市国家の集合体であり、その前身はロルムス帝国の属州スカーナにまで遡る。 二百年前、属州スカーナは帝国崩壊と同時にトリエル人に降伏した。しかし、この地の住民たちは蛮族の支配を拒絶した。帝国から派遣されていた総督を追い出し、都市ごとにトリエル人との戦闘を開始した。十年に渡る抵抗運動の末に諸都市は英雄レイモンド・ボルンを失いながらもトリエル人を追い出すことに成功する。結果、トリエル人撃退に功があった 六つの都市国家がこの地の主権を手にした。主権を得た六都市は三つの協定を結んだ。


 一つ、外敵に対しては協力してあたること。二つ、各都市国家の内政に干渉せぬこと。三つ、都市国家間で諍いが生じた場合は、対立する二都市を除いた四都市が協議の上で仲裁を行うこと。この三つの協定を原則として六都市は二百年にわたる安寧を過ごしてきた。しかし、その平和は終焉を迎えつつある。


 ブレダが選んだ略奪の対象こそ六都市同盟であったためである。彼らが向かっているのは六都市同盟の中でも最後に独立を勝ち取ったピートである。


 ピートは北にベルジカ王国、西にトリエル王国の国境と接している。歴史的対立こそあるもののこの三国の交易は活発であり、ピートは中継地として財を成し ている。加えて平地にも恵まれており、小麦の生産量も高い。ただし、貿易相手とは言えピートはトリエル王国を仮想敵国としており、都市はトリエル人の侵攻 に備えた造りになっている。


 トリエル人が得意とする騎馬の勢いを削ぐために、ピートの周囲は近くを流れるワグリア川から水を引いて堀としている。堀の内側は成人男性が縦に四人並んだよりも高い城壁で囲まれており、出入りは東西の二箇所に設けられた城門だけである。城門は日の出から日の入りのあいだだけ開かれる。その他の時間は、一切の例外は許されておらず、諸都市の要人でさえも城外で待たされることもあった。それほどにピートの人々はトリエル王国からの侵略を警戒しているといって いい。だが、ここ十数年の安寧は警戒心を惰性に変えつつある。


「北風が強くなるまでには本国に食料を届けたいものですね」


 そう言ったのはかつてブレダと共に捕虜となったウァラミール・ザッカーノである。彼はブレダがクルニアで蟄居(ちっきょ)しているあいだもトリエル軍に残り百人長となっていた。それを知ったブレダは彼を一気に千人長に引き上げた。今回の遠征では老臣アルダリック・モラントが副 将であり、彼はその次席を勤めている。年齢はブレダと同じ二十五歳である。トリエル人には珍しい少し縮れた赤髪で、生真面目そうな目は常に周囲に向けられている。


「そうだな。早く届けられればそれだけ多くの人を助けられる」

「陛下はお優しい。ロルム人を救うために軍を興した王は過去にいますまい」


 ウァラミールは誇らしげに言う。


「優しいか……。違うな。ロルム人が減れば減るほど俺の国は貧しくなる。麦を作る人間は多いほうがいい。それだけだ。ウァラミール。何があってもロルム人のためなどと言うな。俺達は統治の義務を果たす、そのために戦うのだ」


 ブレダの声は固い。ウァラミールはブレダの感情の所在を探るように彼を見た。三年前にベルジカ王国の捕虜になったとき、ブレダは一兵卒に過ぎなかった ウァラミールを何かと気にかけて早く帰国できるように取り計らってくれた。それを知る彼には、この冷たいブレダの発言は予想外のものだった。


「義務ですか?」

「ああ、義務だ。俺がロルム人の窮状を救いたい。そう言って兵を興せば、それは俺の感情を満たすための戦いになる。だが、開祖アティラが交わしたロルム人との約定を守るといえばそれは義務の履行になる。そういうことだ」


 ブレダはウァラミールの方を一切見なかった。


――ああ、この方は王になられたのだ。


 このとき初めて、ウァラミールは太子ブレダがもう亡く。目の前にいるのは王ブレダなのだと理解した。そして、自身もすでに一兵卒ではなく千人長である、 と心を据え直した。すでに騎兵は国境のタジン峠を超えつつある。あと半時も進めば六都市同盟の支配地域に入る。ウァラミールは手綱を強く握り締めた。


「ひょっ子が緊張しておるな」


 後ろから乾いた低い声がする副将であるアルダリックである。この人物の中には、過ごしてきた年月の重さだけではなく、数々の死地を走破してきたと言う自 負がある。それが外には余裕として見える。げんに、先年の敗戦では全軍が壊滅するなか彼の部隊が殿を務めながらも生き延びている。


「アルダリックから見れば誰もがひょっ子であろう」


 ブレダが呆れたような声をあげる。


「そうです。わしほどの経験を持つ者は敵にも味方にもおりません。陛下とウァラミールの軍歴を足してもわしの半分以下ですからな」


 その歴戦の老将であってもオルセオロ候爵ルキウスとネウストリア大公ニコロを跳ね返すことはできなかった。おそらくこの二人の軍歴はアルダリックよりも短い。個人の武勇という点では、アルダリックはルキウスに勝るであろう。だが、集団となった場合は勝てなかった。


「年寄りの冷や水にならぬと良いがな」

「昨日、そこにおるウァラミールと手合わせをしたが、三戦三勝でわしの完勝です」

「この遠征が終わる頃には、逆転してみせますよ」


 ウァラミールが苦虫を噛み潰したような口調で言うと、アルダリックは「まぁ、二勝できればこの槍をやろう」、と鼻で笑っていった。


 彼の持つ槍は、ブレダの祖父と縁がある。三十年程前にベルジカ王国がトリエル王国に攻め込むことがあった。その際にアルダリックは国境を堅守し、将軍の一人を討ち取った。それを喜んだ祖父は槍先に『城壁よりも堅き者』と刻ませた槍を贈ったのである。


「後悔されても知りませんよ。若者は成長が早いのですよ、アルダリック殿」

「わしみたいな老将が幅を利かせておる時点で、若者の成長もたかが知れておるがな」


 アルダリックは目に微笑をのぼらせたが、ウァラミールはむっとした表情を崩さなかった。


「さぁ、おしゃべりもそこまでだ。ピートまでもう距離がない。軍を二隊に分ける。半数は俺に従い西城門を攻める。残りはアルダリックに従って東の城門を狙え!」


 ブレダが短い指示を出すと、騎兵がさっと五千ずつの二隊分かれた。アルダリックの次席に任じられているウァラミールはブレダと共に同行したそうな表情を見せたが、

「アルダリックから学ぶといい」

 と、言うブレダに押し切られる形でアルダリックと共に去っていった。


 ピートへと続く街道を一度はずれ、迂回して東側に回り込むのである。東の空が少しだけ明るくなっている。夜明けが近い。ピートの影がぼんやりと見えている。ピートのいたるところから細い白い煙が立ち上っている。


 それは生活の煙である。朝食の煮炊きが始まっているのだ。

 市に立つ者、馬の世話をする者、家族を起こす者、多くの者たちの平穏がそこにはあるに違いない。だが、それはいまから終わるのである。ブレダは自らが今から行うことの罪深さを知っている。おそらくピートの住民は選択することになる。


 従属による生か。抵抗し全てを奪われるか。


――どちらにしても不幸なことだな。


 ブレダはピートの住民に同情しながらも、兵に命令を下した。


「日の出ととも城門が開く! 敵が俺たちの襲撃に気づく前になんとしても城内に駆け込め!」


 騎兵たちは無言で騎乗すると駆け出す。馬の口には(くつわ)が噛まされており、(いなな)きは聞こえない。静かな軍である。朝焼けのなかを駆けるブレダたちはピートへと続く街道を走る。


 城壁の上では幾人かの衛兵がいたと思われるが、長い平穏によって彼らは今日も昨日と同じ日々が続くと思い込んでいた。思い込みは近づきつつあるトリエル 騎兵一万を消した。日の出とともに城門が開かれたとき、アルダリックとウァラミールは太陽を背に一気に東門をくぐり抜けた。城門を警護していた少数の兵士 は槍を振るう前に殺された。その光景を見た住民は悲鳴を持って彼らを迎えた。


「東門から賊が入ったらしい!」

「家の戸を閉ざせ!」

「西門から逃げるんだ!」


 様々な声がピートを覆った。襲撃が始まったとき、ピートの代表というべき第一人者ベリグ・ゲピディアは正しい情報を何一つつかめずにいた。第一人者とは ピートの市民から選挙で選ばれた代表であり、都市の内政、軍事、司法をつかさどる。また、六都市同盟の評議員として同盟の意思決定にも参画する権利がある。しかし、この職は一代限りで終身ではあるが世襲されるものではない。


 その彼のもとには、どうやら東門で戦闘があったということは聞こえてくるがその数や正体については分からないのである。急いで政庁に衛士を招集するが集まりが悪い。


 三百人ほどの衛士が集まったとき、さらなる凶報が西門からもたらされた。


「と、東門での騒ぎから慌てて逃げ出そうとした一部の市民が、西門に現れた敵によって惨殺されました……。なお、西門に現れた敵は馬と槍の軍旗をかかげているとのこと!」

「トリエル軍だと……」


 べリグは、白髪を振り乱しながら自分の見込みの甘さに臍をかんだ。トリエル王国での飢饉の報は耳に入っていた。当然、食料を奪うためにトリエル軍が攻め 込んでくることも考えられた。しかし、三年前の大敗に加えて、先王ルアの崩御。トリエル王国を襲った不運は、新王が即位してもすぐに兵を興せる状態にない、という判断をべリグにくださせるに十分であった。


 都市国家であるピートにおいて、兵は市民そのものなのである。職業軍人は僅かしかおらず、兵は危機に応じて徴収するのである。そのため、ブレダが兵を動かしたことに気付けなかった時点で、べリグは敗北していたといっていい。


「殺せ! 逆らう気一つ起させぬように!」


 ブレダは、西門をくぐると全軍に命じた。東門の騒ぎに驚いて飛び出してきた市民の群れはすでに血祭り上げられている。城門を守っていた衛士たちはすでに 持ち場を放棄し始めている。ときおり、思い出したかのように少数の衛士が攻撃を仕掛けてくるが、数十人の抵抗ではブレダの勢いを止めることは不可能であった。


「門を押さえたら次は政庁だ!」


 ブレダは一千の騎兵を西門に残すと、ピートの中央部にある政庁を目指した。そこでは、べリグが寡兵を持って決死の防衛を図っている。政庁からかき集めた 資材を積み上げ簡易の防壁を築き、すでに政庁に迫っていたアルダリックとウァラミールの隊に対抗している。しかし、兵力の少なさは埋めようがない。


「なんだ。意外にも苦戦しているな」

「意地の抵抗というやつです。あんな無茶な抵抗は長く続きますまい」


 ブレダの到着を見たアルダリックが駒を並べる。槍や剣を握り締め、政庁前で抵抗を続ける三百名を可哀想なものを見るような顔でアルダリックは言う。


「あれがこのピートの代表か?」


 四十過ぎの男がハルバードと呼ばれる戦斧のついた槍を振り回しているのが見える。その周囲では武装も整いきらぬ男たちがそれぞれの獲物を持ってトリエル軍と対峙している。この小さな戦場が潰えれば、二百年前に勝ち取った独立が失われる。彼らはそれを自覚していた。


「あれが第一人者か。ふさわしい気概の持ち主なのだろうが、全てにおいて遅かったな」


 ブレダは、そう言って槍を握ると一気に駆け出した。

 真紅のマントが彼らの視界に入ったとき誰かが言った。


「トリエル王だ!」


 その一言は、一瞬戦場を静かにさせたあと怒号と言うべき叫びを引き起こした。


「やつを討て!」

「蛮族の王を殺せ!」

「あいつだけでも!」


 ブレダの槍は殺到する衛士の首を的確に突いた。槍が引き抜かれる度に血の花が咲く。ある者はそのまま倒れ、別の者は溢れ出る血を抑えながらブレダに肉迫する。


――渾身と言うものはこういうものであろう。


 そう思えるくらいブレダには余力があった。槍の横薙ぎで衛士を吹き飛ばすとその胸を突き刺した。今度こそ、動かなくなった衛士は無念に満ちた空虚な目をブレダに向ける。


「降伏せよ。それ以外に生き残る術はない」


 ブレダが言うとべリグは、怒気をあらわにする。


「お前ら蛮族に降伏するなど死んでもお断りだ! 我らはここで死ぬ。だが、六都市同盟は負けぬ」

「想像力がないやつだな。誰が貴様らが生き延びる術と言った?」


 ブレダは襲いかかってきた衛士をさらにもう一人、突き伏せるとべリグを冷たい眼差しで見下ろした。


「なんだと……。我らでなければ誰が」

「貴様らは見せしめに殺す。だが、この街に住む住民には生き残る術がある、そう言っている。降伏すれば、市民としての待遇を約束する。私財も保証しよう。この街には俺が六都市同盟から奪う食料や財貨をトリエルへ送る中継地として価値があるからな」


 それは、ベルジカでの失敗の教訓である。橋頭堡を確保せずに敵地に踏み込むことの愚かしさはトリエル全軍が知るところである。そのため、ブレダはこのピートを基地化する必要があった。


「……降伏しなければ?」


「全市民を奴隷とする。街の全ては奪い尽くされ、人もいなくなる。もうピートという都市があったことなど知らなくなるだろう」


 奴隷の悲惨さは彼らとして知るところである。私財を持つことは許されず、一生を物として遇される。若い女であれば玩弄の限りを尽くされることも珍しくはない。子供や男は農場や鉱山で馬車馬のように労働を強要されるのである。


「卑劣な……」

「慈悲深いものではないか? 貴様らは選択肢を与えられている。俺がこれより先に進む地の者はそれさえ選べぬというのに」


 生気を奪う言葉であった。すでにピートの大部分はトリエル人によって占拠されている。そのうえで、自分たちが抵抗すれば、家族や友人たちが生き地獄に落 とされるのである。自分たちは死という最後を迎えるだけだが、残されたものの悲劇は死の苦しみを超える。それがベリグらをうちのめした。


「……する。降伏する」

「よかろう。ピートの降伏をトリエル王ブレダの名のもとに許す」


 生き残った衛士は武器を無造作に地面に投げ捨てると、大地に崩れ落ちた。先程までの気迫はもうすでになく、木偶人形のようであった。


「アルダリック。彼らを門に吊るせ。そして、降伏の意をこの男から市民に発せさせろ」


 ブレダは槍先でべリグを指し示した。


「分かりました。その後は、ほかの者と同様に?」

「いや、殺すな。そいつには最後まで生き恥を晒してもらう」

「殺せ! 私をどこまで馬鹿にすれば気が済むのだ!」


 生気を失っていたべリグの目に怒りの炎が灯る。取り落としていたハルバートを再び握り締めたべリグがブレダに襲いかかるが、すぐに駆けつけたウァラミールの剣によってハルバートは柄の部分から切断された。武器を失ったべリグは「殺してくれ」と何度も繰り返した。


「死ねば楽だろうが、貴様は生きて俺との契約が守られているか見続ける義務がある。俺がいまの約束を反故にしたときお前が生きていなければ誰が抗議するのだ? それが貴様の義務というものだ」

「それは……」

「アルダリック! 急いでこいつを連れていけ!」


 太陽が天中に上がる頃には都市内での戦闘はほぼ終息した。東門と西門には最後まで抵抗した衛士ら三百名が吊るされた。その彼らを前にピートの第一人者べリグは市民に向けて降伏を宣言した。


「私の不徳で二百年の営みを灰塵にするよりは、一時の屈辱として蛮族にこうべを垂れることを選択した。他に市民すべてが奴隷になる悲劇を回避する術は他にない。いまは私を憎み。耐えて欲しい」


 市民はべリグを批難しながらも、奴隷の身にならずに済んだことを喜んだ。そんな彼らが驚いたことがもう一つある。それは蛮族であるトリエル人の大人しさ である。武力による制圧を行ったというのに略奪も暴行が起きていないのである。殺されたのは衛士と逃げ出そうとした数百名だけである。そのほかに大きな被 害は出ていない。


 これは侵攻前にブレダが。

「この街は俺たちが撤退するまでなにかと役に立つ。暴行や略奪は厳禁とする。反すれば、死よりも酷い思いを与える」

 と、厳命した結果である。


「一日にして六都市同盟の一都市が奪えるとは」


 副将であるアルダリックは、政庁に入ったブレダにそう言った。


「なんだ、成功するとは考えてなかったのか?」

「正直、五分五分だと踏んでおった。ここまでうまくいくと痛快でありますな」

「言っただろ。俺のもとで働くことが幸せだ、と言わせると」


 ブレダが笑うとアルダリックは、「まぁ、ここからでございましょう」と言って微笑んだ。明日からはまた別の仕事が始まる。二人は分かれると、ブレダは政 庁の執務室に入った。ここは、べリグの部屋であったが制圧後はブレダが使うことになった。いま、べリグは彼の私邸で軟禁されている。市民から都市国家を 売ったと殺される可能性があるからである。


 アルダリックとウァラミールはそれぞれ東門と西門に駐屯している。屋根のある場所で眠れることだけでも今回の遠征はベルジカ遠征と違う。ブレダはそう思うとため息が出た。


――さぁ、冬までにどれほどのことができるか。


 ブレダがそんな漠然としたことを考えていると執務室の扉を叩く者があった。護衛の兵士だろうと思いブレダは「入れ!」と言うと戸口に現れたのは一九、二 十の女だった。長い金髪は、月の光のように艷やかで豊かである。見開かれた目は勝気な気性を示しているようで、ブレダの目から一度も目を背けない。やけに裾の短 い衣装を着ているため白い脚が太腿まで見えている。胸の谷間まで見える上着には薄手のショールがかけられているが、美しい曲線美を隠すことはできていな い。


「誰だ?」

「リア・ゲピディアと申します」


 女はぶっきらぼうに答えると、ブレダに近づいてくる。


「ゲピディア……? ああ、べリグの家中の者か」

「はい、娘にございます。軟禁中の父にかわり、陛下にお伝えしたいことがあり参りました」


 べリグが自殺でもしたか、とブレダは考えたが生き恥を晒して義務を全うするように言ったあの男が、義務を放棄するとは思えなかった。だとすれば、何があったのか。ブレダはリアをじっと見つめる。


「お耳を」


 リアがさらにブレダに近づく。リアの手がブレダに触れる距離に近づいたとき、彼女はおもむろに胸の谷間に手を入れると短刀を取り出した。無言のまま振るわれたリアの短刀は、ブレダの腕に小さな切り傷をつけた。


「愚かな」


 ブレダはリアの腕を掴むと、執務室の机に向かって投げ飛ばす。背中から机にぶつかったリアは、それでも短刀を手放さなかった。しかし、ブレダに押さえつけられた。乱れた衣装からは、その妖艶な肢体がこぼれ落ちている。


「お前が! 父の名誉を傷つけた! この蛮族が!」


 大声で騒ぎ立てるリアから短刀を奪い取るとブレダは「親の心子知らずとはよく言ったものだ」、と冷たく述べた。リアはさらに抵抗したが、ブレダの腕はビクともしなかった。傷口から流れ出した血が細い糸のように彼の腕を滴る。


「いい加減にやめろ」


 ブレダはリアの腕をさらに締め上げる。小さな悲鳴をあげてリアが苦悶の表情をあらわにする。抵抗が小さくなったことを確認するとブレダは彼女の手を開放した。リアは恨めしそうにブレダを睨みつけると言った。


「これからどうするの! 国王陛下に傷をつけた私をどうしようっていうのよ! 殺すなら殺しなさい! 死ぬのなんて怖くないわ! それとも私を犯す? 犯してみなさいよ! どうせ蛮族なんて殺すか、犯すしかできない獣なのでしょ!」


 ブレダはリアの頭を掴むと卓上から強引に立たせた。


「出て行け、俺は忙しい。それにお前みたいにキィキィ五月蝿い女には興味がない」

「なんですって!」

「俺に抱けというならもっと大人な女になるのだな」


 怒りに顔を赤くするリアをブレダは笑うと「小間使い程度だな」と言った。


「小間使い?」

「そうだ。お前の使い道だ。国王に対する反逆を労働で返せと言っているのだ。破格な条件だ」

「馬鹿にして! 覚えてなさい。いつかお前たち蛮族を追い出してやる!」


 乱れた衣装を正すことなく部屋から飛び出したリアを見送ったブレダは、小さなため息をついたあと激しく咳き込んだ。秋口からたまにでる咳がとまらないのである。ブレダは止まらぬ咳とあのお転婆な女をどのように遇するべきか、頭を抱えたが答えは出なかった。

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