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エピローグ

 略奪王ブレダ・エツェルはピートにて暗殺された。それはトリエル王国の公的な発表であった。

 だが、それとはまったく異なる記録を有する国があった。それはトリエル王国から北に向かった地にあるベルジカ王国である。この地にあるオルセオロ侯爵家にはこのような記録が残っている。


 六都市同盟とトリエル王国との戦争が終結した二十日後、隻腕の男が率いる一団がオルセオロ侯爵ルキウスの居城であるアウグスタの城門を叩いた。隻腕の男は、馬の象嵌がついた剣を警備の兵に渡すと「金貨五十万枚の至宝を拝見したい」、と言った。兵は訳が分からないという顔をしたが、「面会を求める者は粗略にせず」という上役からの指示を守って侯爵家へ人を送った。


 このように変な客がルキウスを訪ねてくることは多い。だが、面会に至ることは少ない。多くの場合は手紙や伝言などで終わるのが常である。今回もそうなるであろう、と思っていた兵は隻腕の男たちに「侯爵様は多忙であるお会いはできぬだろう」、と伝えた。隻腕の男は「いや、侯爵は否とは言わない」と自信をみなぎらせた。


 それからしばらくして兵は驚いた。侯爵家へ出していた人ではなくルキウス自身がやってきたのである。


「我が家の至宝が見たいとは酔狂な方もいたものです」


 そういってルキウスは、隻腕の男の一行を城館に招き入れた。


「青田をよい値で買っていただいたのです。お礼がてらに宝を見たいと思うのは酔狂ではありますまい」

「略奪王ブレダ。善きにせよ悪しきにせよ、とは言いましたがここまでとは思いませんでした」


 ルキウスは心底嬉しいというように微笑むと一団に席を勧めた。ブレダにとってルキウスはある種の憧れだった。自らの苦境を覆して運命を切り開き、悪名を受け入れたその在り方はまさにブレダの思う強き者であった。ブレダは六都市同盟から略奪を行うと決めたとき、彼のように汚名を受け入れると決めた。その結果、彼は飢えようとしていたトリエル王国の民を救った。だが、その代わりに多くの同盟の市民を殺した。


「あなたの目から俺はどう見えますか?」

「憑き物が取れたように見えます。それはきっとあなたがもうこの世にいないからか。そこにいる女性のおかげでしょう」


 この数日前にブレダの死は、この地にも伝わっていた。だが、彼の目の前には右腕を失ったブレダがいる。ならば、それは幽霊ということになるのであろうが、いまルキウスの前にいる人物はとても死んでいるとは思えない。


 また、彼の隣にはいかにも気が強そうな女性がルキウスを値踏みするように見つめている。


「それはない。この女はただ気の強い馬鹿ですので」


 そうは言ったがブレダの表情には親愛がにじみ出ている。それを知ってか金髪の女性は怒りを表に出すことはしなかったが、左足で小さくブレダの足を蹴った。どこの夫婦でも妻が権力を抱くのだろうかとルキウスは不思議な気持ちがした。


「さて、我が家の至宝をお見せしよう。マリエル、こちらへ」


 ルキウスが呼ぶと深紅の衣をまとった幼女がやってきた。彼女はあまり気が進まないのか、来訪者を疎ましいものような眼で見た。そして、ブレダに幼い声で尋ねた。


「あなた誰?」

「俺はブレダという。君は?」

「そう。奇遇ね。私はマリエル。オルセオロ・マリエル。私に名前をつけた人もブレダというの。お父様に聞いたら、その方は熊のように大きく、口は獅子のごとく大きい、と教えてくれたわ。あなたは熊に見えないし、獅子でもなさそうね」


 ブレダの隣では金髪の女性が押し殺した声で笑っている。幼女はなにに笑われているのか分からないのだろう。眉をひそめて父親にすがるような目を向けた。父であるルキウスは愛娘を膝の上にのせると優しい手つきで髪を撫でた。


「彼はただのブレダだよ。略奪王ブレダではない。で、これからどうするつもりですか?」

「なにもしません。すべてはオルタルに託した。右腕も毒で失いました。なによりも肺がいけないのです。もってあと一年、いや半年でしょう」


 こともなげにブレダがいうとルキウスは少し表情を曇らせた。それでも彼はすぐに明るい表情を取り戻した。


「半年あれば残せるものもありましょう」

「いや、それは」


 ルキウスは赤面したブレダと金髪の女性の狼狽をひとしきり笑うと、顔を引き締めた。


「ここに来られたのはそれなりの要件があるはずです。いかなるようですか?」


 その表情は感情が全く消されており、ブレダはこの人はやはり逆臣と人々から恐れられる人間なのだと再認識した。


「彼女をお願いしたいのです」


 ブレダは一団の最後尾のほうで虚ろな目をしている女性を指さして言った。


「彼女は?」

「私は彼女をある男から殺すな、と言われた。だが、俺たちといると彼女は際限なく自身を責める。それでは男へ示しがつかない。ゆえにあなたに彼女を預けたいのです」


 暗殺者としての汚名を受けて死んだロイ・ボルン――レイモンド・ロンドとブレダは数えるほどしか話したことはない。だがそれでも敵味方であっても感じるものはあったのである。その彼が命に代えて守ろうとしたのが彼女である。


 ルキウスはしばらく考え込んだあと、「いいでしょう。僕は聞きません。彼女の名をも出自も」、と答えた。ブレダはこの変な侯爵に短く礼を言った。ブレダはこのあと二日ほどこのアウグスタに滞在した。それからあとのことはベルジカの資料には残されていない。


 わかっているのは、これから一年後にリアが、クラリッサと呼ばれる女児を産んだということである。そして、これより数年後にオルセオロ商会の援助を受けたロンド商会という塩商人がベネトに生まれる。この商会の会長はこの時代に珍しく女性であったという。

『略奪王ブレダ』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


これを持って本作は終わりとなります。

読んでいただいた方には本当に感謝しか思い浮かびません。


最初の構想よりも随分と長くなってしまいました。また、あまりに救いのない物語であったかもしれません。それでも、私が書きたかったものはすべて詰め込めたように思います。


とはいえ、随分と疲れる物語でした。


次に書くのは、もっと気楽な感じに読めるものを書きたいと思います。その際はまた読んでいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に面白かった! 合戦シーンは読むのがちとツラかったけど、歴史の裏側に当たるエピローグのカタルシスがヤバかったので、しばらくはこの読後感に浸っていたい…w 改めて、素晴らしい物語をありが…
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