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第二十四話 亡霊との戦い

「一体どうなっているんだ!」


 それが、ウァラミール・ザッカーノが発した最初の言葉だった。


 彼の後ろには二千のトリエル騎兵が控えているが、彼らも一様に同じ気持ちらしく眼前に広がる光景に驚きと怒りの混じった表情をしていた。彼らの前には、真っ黒に焼け焦げた家々と目を見開いたまま苦悶の表情を浮かべる村人たちの死体が広がっていた。


 この村は、リンゲン攻略の際にトリエル軍に降伏した。その後は、トリエル軍のために荷駄の運搬や兵の休息に協力していたのである。ウァラミール自身も数回この村を訪れていた。死者の中にはウァラミールの見知った顔もある。彼らは、抵抗しないことで自らの命を守ったはずだった。だが、いま彼らの中に生者はいない。


「数隊を近隣に出せ! 耕地などに逃げた生存者がいるかもしれない」


 ウァラミールが命じると二百人ほどの騎兵が小集団を作って四方へ駆けていった。


 ピートを出る前にウァラミールは、彼の主人であるトリエル王ブレダ・エツェルからある命令を受けていた。

『噂の真偽を明らかにせよ』

 ブレダの言う噂とは「六都市同盟がトリエル軍に降伏した小都市を焼き討ちにしたらしい」、というピートで流布るふされているものである。


 命令に従ってウァラミールは六都市同盟の版図と接するピート南部を訪れたのだが、そこには戦火の匂いはなかった。だが、そこから北西に移動したここでは、人が燃えた独特の匂いと血と鉄の香りが広がっていた。


「野盗の類でしょうか?」


 騎兵の一人が言う。ウァラミールたちトリエル軍が、六都市同盟に侵攻してから確かにこの地域の治安は悪くなっている。だが、村一つを焼き尽くすような大規模の盗賊団がいるという情報はない。村一つを襲うには最低でも数百人が必要である。だが、それほどの人数になれば目立つのである。トリエル軍はこれまでも荷駄の輸送の邪魔になるそう言う小集団を始末してきた。


「違うな。死んだ村人は武器を持っていない。盗賊団が襲ってきたのなら誰かしらは武器を持っているものだ。だが、ここの死体は慌てて逃げようとした様子はあっても戦ったようには見えない」


 ウァラミールは死体の一つをうつ伏せの状態から仰向けにおこした。その表情は恐怖に歪んでいるが体の正面には怪我はない。だが、背中には多くの切り傷と致命傷となったであろう刺し傷が痛々しく広がっている。


「逃げているところで刺された、という様子ですね」

「そうだ。彼らは敵ではない、と思っていた者達に殺された。だから、誰も武器を持たず。警戒さえしていなかった」


 ウァラミールは、手で死体の眼を閉じさせた。見開かれていた眼が閉じると少しだけ安らかに見えたが、歪んだ口元はなおらなかった。


「そうなると噂どおり、同盟の連中が殺して回っていると?」

「いま、この地域に展開しているトリエル軍は私たちだけだ。私たちが犯人ではないならそうなるな」

「同じ同盟の市民ですよ!」


 騎兵は声を荒げた。


「同胞だから許せないのだろうな。トリエル人にこうべをさげる裏切り者は同盟にあらず、といったところか」

「だとすれば、いま六都市同盟を率いている第一人者ロイ・ボルンとオルレインの第一人者デキムス・ノイアは非情な連中です」


 騎兵の言いようを聞いて、ウァラミールは驚いた。


「随分とこの村の連中を好いていたのだな」

「……そうですね。私はリンゲン攻撃の際にこの村の連中と仲良くしていました。すいません。敵の民だということは分かっているのですが」


 言いにくそうに騎兵は小さな声で言った。本来、トリエル人なら敵であるロルム人同士が殺し合い同盟の力が損なわれるのを喜ぶものなのである。だが、この騎兵は、死んだ村人のために同盟への怒りをあらわにしている。


「別に気にするな。私もそうだ。この村の連中はいい奴だった。その死を悼み。怒ることは悪いことではない」

「将軍……。彼らの埋葬をしてもよろしいですか?」


 騎兵はじっとウァラミールの眼を見つめた。


「構わない。彼らは私たちによく協力してくれた。その恩は返したい」


 ウァラミールが答えると、騎兵は周囲の兵に「埋葬をする。手を貸してくれ」、と大きな声を上げた。それを聞いた兵達が集まってくる。彼らは簡単に打ち合わせをすると、穴を掘る者と死体を運ぶ者に分かれて散っていった。


 村人の埋葬は日が沈むまでには完了した。この頃になると周囲にはなった偵察隊が一隊、また一隊、と戻ってきていた。彼らは口々に周辺にも逃げた村人の死体が見つかったことを述べた。そして、最後の隊が戻ったとき、トリエル兵は歓声をあげた。


 それはたった一人であったが生存者であった。


 騎兵に連れられた少年は血と泥で汚れていた。逃げる途中で左足の骨を折ったのか兵によって、足には添え木が結ばれていた。少年はどうしてトリエル兵たちが喜んでいるのか分からず、驚いた顔をしていたが彼らが自分の生存を喜んでいることに気づくと張り詰めていたものが切れたのか、わぁっと泣き出した。


「なにか食べさせてやれ」


 ウァラミールがそう言うと、兵の一人が麦がゆに干し肉を入れたものを少年に差し出した。彼はそれを手に取ると、涙と鼻水を流しながら一気にかきこんだ。それは彼が生きていることを示すものであった。トリエル兵のなかにも泣き出す者がいて、


「何泣いてんだ! 全く情けない」

「うるせぇ! お前だって声が震えてるじゃないか」

「これは寒いからだ! お前みたいに泣いてるんじゃない」


 と、周囲の兵にからかわれたりした。


 ウァラミールはその様子を見ながらだんだんといろいろな区別がつかなくなった。

 この村の人々は本来、同盟の市民である。それがトリエル軍の進攻によって同盟に与するのをやめてトリエルにくだった。彼らは自らが生き残るための選択をしたのである。別にトリエル王国が好きで従ったのではない。だから、正確には味方とは言えない。だが、彼らはウァラミール達のために荷を運び、宿を与えたりしてくれた。兵たちはそれに感謝をしていた。


 そんな彼らの敵を討ちたい、と願うのは良いことなのか悪いことなのか。彼らをトリエルの民と言って良いものなのか悪いのか。ウァラミールには分からない。それでも彼らの死が不当だという思いは強い。だが、ウァラミール達が殺してきた他の同盟市民の死が正当であるか、と問われれば答える言葉が出てこない。


「ほかの皆は? 父さんや母さん、ミリーにニールは?」


 腹満ちて考える余裕が生まれたのか少年は、はっと焼け落ちた村を見回しながら訊ねた。兵たちは先ほどの喜びがどこに消えたのか、一気に悲壮な顔つきになり少年から目を背けた。


「すまない。生き残ったのは君だけだ」


 ウァラミールは隠すことなく言った。少年はしばらく呆然とウァラミールを見た。そして、目から溢れ出した涙でウァラミールの姿が見えなくなる頃には、地面に伏して叫んでいた。その声は耳をふさごうとしてもふさげるものではなかった。ウァラミールも兵も少年から口汚く罵られる方がまだ心が休まったに違いない。


 だが、少年の口から出るのは嘆きというのが相応しいものであった。そこに言葉はない。だが、それゆえに言葉以上のものがあったと言える。


「……リンゲン。あいつらはリンゲンの旗を持っていた」


 叫び疲れ、涸れた声で少年がそう言ったのは、日が完全に沈んだあとであった。


「リンゲン? あそこはもう誰もいないはずだ」

「でも、間違いなくリンゲンの旗印だった! 見間違えるもんか!」


 少年は涸れた喉で叫んだためか、ひどく咳き込んだ。兵の一人が革袋に入れた水を差し出すと少年は口元が濡れることさえ気にせず、革袋を傾けた。


「では、リンゲンがこの村を……」


 ウァラミールはあのとき、リンゲンの市民を都市と一緒に焼き払うべきだったと後悔した。


「あんたたちのせいだ! あんたたちさえ来なければこの村は平和だったんだ! そうすればそうすれば……」


 そうだろう。ウァラミールは少年を見つめながら思った。トリエル王国が同盟に侵攻しなければ、彼らはいまも平穏に生きていたに違いない。だが、反対にトリエル王国では天候不順による飢餓で多くの国民が死んでいたことも間違いない。


 少年は黙ったままのウァラミールに近づくと弱々しい腕を振った。何度も何度も少年の小さい手がウァラミールの革鎧を叩く。痛みはない。だが、ウァラミールの胸はどこか息苦しさを感じていた。


「すまない。私たちのせいだ」


 ウァラミールは少年に頭をさげた。周囲の兵も彼に倣った。少年は「なんでだよ。なんでだよ」と繰り返し呟くとまた涙を流した。だが、今度は決して声をあげなかった。ただ、黙ってウァラミールたちを涙に歪む目で睨みつけたのだった。


「将軍! 火の手です! 北の方に火が見えます!」


 沈黙は破られた。


 声の主は哨戒の兵であった。


「北にも私たちに協力した集落があったな?」


 ウァラミールが尋ねると騎兵の一人が叫ぶように答える。


「あります。馬なら半刻もかかりません!」


 この声に合わせて兵たちが弓や槍を握り締める。彼らは、ウァラミールの口から命令を待つように立ち上がった。その目には強い復讐心がこもっている。ウァラミールもすぐにでも「行け!」と言いたかった。だが、彼の心にはブレダの言葉が残っている。


『ただし、戦闘はいかなる場合でも避けろ。お前に与えた兵力は今後のために不可欠なものだ』


 ブレダの言葉に従うのならば、ここで戦うわけには行かない。

 まして夜半の戦いである。敵の数も分かっていない。これが敵の本隊であれば二千騎しかいないウァラミール達は一気に覆滅ふくめつされてしまう。ブレダに忠実たろうとするのならば、日の出を待って敵を追尾、偵察するのが正しい。


 その正しさは必ずしも心の正しさとは異なる。


 ウァラミールが口を閉ざしていると、小さな影が動き出した。


「俺は行くよ。あそこに村を襲った奴らがいるんだろう?」


 少年は武器一つもたないにもかかわらず、立ち向かおうとしている。ウァラミールはようやく口を開いた。


「夜戦だ! 一騎たりとも欠けるな!」


 このとき、すべての兵が夢から覚めたように駆け出した。


「目に物見せてやる!」

「無駄口叩いてんじゃねぇ!」

「慌てて落馬したら踏み潰すぞ」


 彼らの目はもう不幸な少年を悼んでいた目ではない。戦士の目である。そのぎらついた光は妖気を放つように怪しげであった。


 二千騎が揃ったのを確認すると、ウァラミールは騎兵の一人に言った。


「坊主をピートまで連れていけ」


 騎兵は出撃したい様子を見せたが、ウァラミールにもう一度、「連れていけ。絶対に殺すな」と言われて頷いた。騎兵は少年を担ぎ上げると鞍に載せた。少年は「放せ! 俺も行く」と抵抗していたが騎兵は一切耳を貸さずに駆け出した。


 少年を乗せた騎兵が闇夜に消えたのを確認するとウァラミール達はどっと駒を進めた。それは無言の進撃であった。敵の数がわからぬまま戦うのである。敵に自分たちの存在を示すようなときの声もあげられない。ただ、黙って突き進むだけである。



 ウァラミールが兵を動かしたとき、北の集落ではリンゲンで長らく第一書記官を勤めてきたランディーノ・フィチーノが白地に木槌を青で染め上げた戦旗を掲げていた。


「同盟の恩を忘れた裏切り者を殺せ!」


 ランディーノの顔は燃え上がる炎で照らされ真っ赤に見えた。彼自身が炎と言って良い。故郷であるリンゲンを失った彼は、失った何かを求めるようにトリエル軍に降伏した町や村を襲っている。


 襲われた都市は、ランディーノが率いるリンゲンの遺民を見ると簡単に迎え入れた。それは彼らの不幸な境遇に同情したのである。だがその根底には、同盟を裏切らざるをえなかった彼らの負い目があったことも事実である。


 都市に入った彼らは、手にした武器を振るった。


 彼らはトリエル軍を憎んだ以上に、同胞の裏切り者を憎んだのである。自分たちは同盟のために命を投げ打ったにもかかわらず故郷を失った。だが、戦うこともせず降伏した人々はのうのうと暮らしている。それが憎いのである。


「逃げろ!」

「どうして?」

「俺達は何もしてないのに!」


 人々のそんな思いはランディーノ達には分からない。自分たちの鬱屈した怒りを吐き出したいのである。そうしなければ彼らはもう自分を保てないのである。


「お前たちはもう同盟の民ではない!」


 ランディーノが叫ぶと、彼の兵たちが逃げ惑う人々に向かって凶刃を振るっていく。村人の中には短槍片手に応戦する者もいるが、ばらばらと個人が抵抗するのでは結果は火を見るより明らかであった。村は三千のランディーノ隊に相手包囲されており、村から脱出しようとした村人は、外で待ち構えていた兵士に次々に殺された。


「やめてくれ。頼む。ランディーノ殿」


 血だらけの老人が足を引きずりながらランディーノの前に這いよる。


「なんだ、村長。生きていたのか?」

「どうして、リンゲンの第一書記官として名の知れたあなたがこのようなことを……」


 リンゲン周辺ではランディーノを知らぬ者はいない。リンゲンの第一人者であるクラウスに仕え、交渉や軍事にも才を見せた彼を人々は尊敬を持って見ていた。人々のことを第一に考え、同盟の理念である相互扶助を守ろうとしていた彼はまさに理想の行政官であった。


「リンゲンは既にない! 貴様らが蛮族に協力したせいだ。あと一日でも持ちこたえられればリンゲンは滅びなかった!」


 ランディーノは戦旗を掲げた旗竿の先端で村長の腹部を殴りつけた。鈍いうめき声を上げて村長がうずくまる。口からは血の混じった吐瀉物が勢いよく吐き出される。それでもランディーノは殴りつけるのをやめなかった。


「ど、うか。どうか。女子供だけでも助けてください」


 村長は、もう口しか動かないのかうつ伏せに倒れたまま声を上げた。しかし、その声はランディーノには聞こえない。彼はすでに人々が知る優しい書記官ではないのである。


「裏切り者がさえずるな!」


 ランディーノが大きく旗竿をふりあげたとき、いくつもの悲鳴が遠くで上がった。音に反応して彼の手が止まる。周囲を見回すが彼の視界には悲鳴の出処が入らなかった。だが、次のとき、彼は雷鳴にも似た地響きが近づいてくるのを感じた。


「リンゲンの亡霊を討ち取れ!」


 それはウァラミールが率いる騎兵の脚音であった。千の騎兵が村内雪崩込んだのだ。無抵抗の市民を襲うことに夢中になっていたランディーノ隊の兵士は、いきなり現れたトリエル兵に狼狽ろうばいした。自分たちが無敵の虎だと思い、兎を襲っているときに、無数の豹が現れたようなものである。


 最初の攻撃で百人ほどの兵士が倒れた。同じ頃、村の外に薄く広く展開していたランディーノ隊の兵士たちも騎兵に襲われていた。最初に五百の矢が飛来し、次に槍を持ったトリエル兵が乱れたところを畳み掛けたのだ。


「どうして蛮族が!」

「逃げるな! 仇討ちだ」

「お前たちがいなければ!」


 ランディーノ隊の兵士は崩れた。だが、それでも持ちこたえたのである。戦線というものはない。兵士個々人が四肢動く限り戦い続ける。蛮勇というにふさわしい戦いである。それでも村外での戦闘はトリエル軍の有利であった。遮蔽物が少なく一撃離脱で突撃を繰り返すトリエル軍にランディーノの兵士は一人また一人と確実に数を減らしていった。


 反対に、村内ではウァラミール達が苦戦をしていた。

 村の内部は狭く、馬が駆け回れるほどの空間がないのである。また、建物の影から現れる敵兵に騎兵では対応が難しかった。結果として、トリエル兵の多くは馬から降りることになった。村のあちこちで槍や剣を打ち合わせる音が響き渡る。


「退くな! 蛮族に我らの怒り、悲しみを教えてやれ!」


 戦旗を手にして叫び続けるランディーノの姿は鬼のようであった。


「あなたがこの隊のおさか?」

「貴様は見たことがある。蛮族の将の一人だな」


 ランディーノは口から火を吐き出しそうな怒気を込めて言った。


「そうだ。私はトリエル王国千騎長ウァラミール・ザッカーノである」

「蛮族が偉そうな肩書きをいうものだ。私はお前たちのせいですべてを失った。ゆえにランディーノ・フィチーノという名前だけが私の全てだ!」


 ランディーノは戦旗を地面に突き立てると、腰の剣を抜いた。対峙するウァラミールは槍を構えた。


「なぜ、村を襲う? あなたと同じ同盟の民だろう!」

「裏切り者が同じ民だと? 笑わせるな。こいつらは同盟に巣食う白蟻だ。殺すのは当然だろう」


 構えた剣をランディーノが一気に振り下ろす。ウァラミールは槍を横薙ぎに振るうと剣線をそらした。ランディーノは弾かれた剣を強引に振り上げると一気に間合いを詰めると、槍の柄元に剣を叩き込むんだ。


 ウァラミールの槍は柄から真っ二つに切り裂かれた。


「それを本気で言っているのですか?」

「蛮族が何を問う。このような行いは貴様らの方が専売であろうに」


 ウァラミールは二つになった槍の石突の方をランディーノに投げつけると、手元に残った穂先側を一気に繰り出した。ランディーノは剣で石突を弾いたために反応が遅れた。穂先はランディーノの左腕を裂いた。だが、折れた槍では浅い。


「だとすればあなたも蛮族と変わらない」

「黙れ! 私は貴様らのような蛮族とは違うのだ。リンゲンを、六都市同盟を再興する。そのために私は戦うのだ!」


 そう言うと、ランディーノは再び剣を構えたが、

「ランディーノ様。村外は劣勢です。このままでは包囲されます」

 と、村外からかけてきたと思われる兵が叫んだ。


 ランディーノは不快そうな顔を見せたが、「我らの大望のためには致し方ないか」と自分に言い聞かすように言うと戦旗を引き抜くと退却を始めた。鐘の音が村のあちこちで響き始めるとランディーノの兵士が波のように退いていく。


 ウァラミールは追撃を考えたが、折れた槍ではどうにもならぬと思い止めた。


「追撃はいい。怪我人の手当と火を消すんだ!」


 この戦いでウァラミールは百人ほどの兵を失い。怪我人は全体の七割にも及んだことに驚いた。反対にランディーノの兵は六百人ほどが死んだ。そのほとんどが最後まで抵抗を続けた者で捕虜になったものは一人としていなかった。


「敵将は赤鬼だ。復讐の塊といっていい」


 誰となしにでた言葉であったが、これ以後ランディーノはトリエル軍から「赤鬼」と呼ばれることになる。


「陛下になんと申し上げたものか」


 ウァラミールは兵たちが生き残った住民を助けている姿を眺めながらもブレダの意思に反して戦闘に及んだことをどう報告すればいいかと頭を悩ませた。だが、この心配は杞憂に終わる。


 ブレダはこの戦闘が起こした意外な余波によって、彼を追求することができなくなるからである。

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