第十話 跋扈する者たち
二人の第一人者。
――アミンのロイ・ボルンとオルレインのデキムス・ノイヤが商隊にまぎれてピートに到着したのはアルダリック・モラントが率いる掠奪隊と別れてから五日後のことであった。ここに至るまで、彼らはトリエル王国の襲撃によって壊滅した村と降伏することで生きながらえた村をいくつも見てきた。
その中で彼らが感じたことは、「生かすにしろ、殺すにしろ、トリエル軍は徹底している」、ということである。壊滅した村には一切の生存者は見当たらず。焼かれ崩れ落ちた家屋と山のように積み上げられた村人の死骸が無念げにこちらを見ていた。そこには中途半端な慈悲で生かされた者も逃げ延びた者もいない。反対に降伏した村は戦争の爪痕は見て取れない。トリエル軍の騎兵に怯えながらも日常生活を続ける人々がいるだけである。勝ち誇ったトリエル軍が狼藉を働いている様子も見られない。
かつて、トリエル王国に責められた六都市同盟では、勝利に気を良くした兵士によって多くの蛮行が行われた。女は根こそぎ慰み者とされ、男たちは気まぐれな暴力を受けた。その人々の怒りは激しく、反抗に転じた彼らは英雄レイモンド・ボルンの活躍に助けられながらトリエル軍を追い出すことに成功した。
しかし、今はどうだ。トリエル人の行いは蛮行に変わりはない。だが、かつてのような無秩序は存在しない。動くときに動き、止まる時に止まっている。過去と今。何が違うのか。それが軍を率いる者の違いであることに気づくまでそう時間のかかるものではなかった。
「トリエル王ブレダはよく兵を従えておるな」
デキムスはピートを巡回するトリエル兵を遠目に眺めながら言う。視線の先には五人ほどのトリエル兵が、市街を警邏している。その動きに驕ったところは見られず、規律が保たれている。市民も彼らが悪戯に暴力を行使しないことを知っているのか怯えこそすれ、隠れたり逃げたりする者はいない。
「さきほどの酒場の主人が言うには、むやみに市民を傷つければ死罪だそうです。無論、市民が反抗的でなければという前提はつくみたいですけど。トリエル王は厳罰によって兵を従える人のようですね」
デキムスに合わせてロイもトリエル兵に視線を向ける。揃いの革鎧を着込み、統制の行動を取る彼らを見ているとあれが本当に蛮族か、と言いたくなる。敵国の村を焼き、食料を奪う。それは間違いなく蛮行であるといえる。だが、それは六都市同盟だとしても同じである。敵国に攻め込めば同じことをする。拠点も食料も残せば敵に使われる可能性がある。だとすれば、何を持って相手を蛮族と責めるべきか。
「厳罰だけではこうは行くまい。威があって初めて兵は従うものだ。信賞必罰はそれを補助するものであって主体とはならん」
「では、なおさらトリエル王は六都市同盟にとって難敵と言えるではありませんか?」
「……難敵でなければ、我が軍がトリア平原で壊滅することはなかっただろうな。じゃが、大将が要の軍は大将が消えれば脆い。脆弱といっていいほどにな」
腰に下げた短剣を叩きながらデキムスが笑う。今から半月前、ロイは正式にアミンの第一人者となった。このとき、デキムスはこの英雄の子孫にしてアミンの書記官であったロイにアミンの防衛を任せて、オルレインに帰るつもりでいた。これまでは第一次トリア平原会戦の敗北によって第一人者を失い、空白となったアミンを防衛するために残留してきた。しかし、新しい第一者が決まったからにはオルレインの兵は自分たちの都市に戻るのが当然である、とデキムスは考えたのである。
だが、第一人者となったロイが「トリエル王とピートの様子を見たい。アミンを継続して防衛してほしい」、と述べたときデキムスは意表を突かれた思いだった。それはロイの真意を測りかねた、ということでもある。
――果たして、彼はトリエル王を見るだけが目的なのか? もしかするとトリエル王に降伏するつもりではないか。だとすれば前線は大きく後退し、南部ではオルレインまでトリエル軍の牙にさらされることになるではないか。
猜疑の目でロイを睨みつけるデキムスに対して彼は、「お疑いでしたら一緒に行きませんか? 本当に見るだけです」、とあっけらかんとした声でいった。それはちょっと裏山まで行ってくる、というような軽いもので敵地に向かう緊張はまったく感じられなかった。
「トリエル軍がうろうろしているなかどうやってピートまで向かうつもりなのかな?」
「塩の商隊に便乗して行きます」
「商隊じゃと!? そんなもの途中でトリエル軍に捕捉されて骨の髄までしゃぶられて終わりじゃ」
荷駄の多い商隊は騎兵にとって絶好の獲物である。それに紛れるなど正気の沙汰ではない。
「いえ、そうでもありません。六都市同盟もトリエル王国も海に恵まれない国です。塩は自国で生産することはできません。肉にしろ野菜にしても塩は味付けに必須です。塩商人をやたらに襲えばピートにもトリエル王国にも塩が入ってこなくなる。それは相手も望まないはずです。現にいまも塩商人組合はピートに商隊を送っています」
トリエル王国と六都市同盟の戦争が始まって以来、塩の値は高騰を続けている。まだ、西部では戦火が遠くそこまで上がっていないが、ピートやリンゲンあたりの東部では塩の塊一つが同じ重さの銀貨と変わらぬ値になっているという。
「だが、お前さんが第一人者になる少し前に塩の商隊がトリエル軍に襲われ全滅しておる。安全とはいえまい」
「あれは、商隊がたまたま立ち寄っていた村がトリエル軍に襲われ、村が降伏を拒否したため戦闘に巻き込まれた、と言うのが正しいようです」
その中に、マウラ・モロシーニがいたことはその娘のクリアからロイは聞いていたが、デキムスにそれを伝えることはしなかった。現在、第一人者となったロイの最大の後援者はクレアを筆頭とした塩商人組合である。彼らの目的はピートの奪還である。ピートがトリエル王国の一部になると彼らはベルジカ王国へ出入りする際にトリエル王国の領内を通ることになり、支払う関税が増えてしまう。
ならば六都市同盟の西部を通り抜けてベルジカ王国に入るという手があるがそちらはすでにオルレインやメスの商人が牛耳っており、新たにアミンの商人が手を出すことは難しい。それゆえに彼らはロイを支援している。
「すでに降伏した村々を経由してピートに向かえば危険はないか……」
「はい、それにオルセオロ商会の名をだせばより安全に旅ができます」
「なぜ、ここでオルセオロ商会の名が出る? あれはベルジカのオルセオロ侯爵ルキウスの子飼いの商会ではないか?」
ロイは三年前にまだ王太子であったブレダが捕虜となり、オルセオロ侯爵の捕虜となったこと。その身代金としてブレダはオルセオロ候爵に対してオルセオロ商会への関税の撤廃と通行の安全を保証したことを簡単にデキムスに伝えた。
「なるほど……。確かにそれならば危険は少ないと言えるのう。で、お前さんはトリエル王ブレダを見てどうする?」
「抵抗か降伏かを決めます」
一瞬、二人の間の空気が凍る。デキムスが怒声をあげる寸前、ロイはさらに言葉を続ける。
「と、言いたのですが私たちには抵抗しかないのです。それ以外の道をとれば六都市同盟は大国の狩場となる。ゆえにブレダを見て私が決めるのは顔です」
「顔? どういう意味じゃな?」
「私は軍事には明るくありませんが、元書記官として外交というものはそこそこ明るいつもりです。外交は国と国の付き合いですが、これを円滑に行うために必要なのが顔なのです。外交の最初は、相手国の実権は誰にあるのか。これを知ることに尽きます。これが分からないと、どういう顔を相手見せればいいのかわからないうえに、相手の顔が見えてこない」
ロイは両の手で顔を隠す。デキムスからはロイが今どのような顔をしているかは見えない。笑っているのか。怒っているのか。もしかすれば泣いているのかもしれない。
「外交でもはやどうにかなる事態とは思えんがな」
「いえ、戦争も外交です。舞台が卓上から戦場に移るだけです。相手に向ける顔は変わりませんし、相手の顔がわかればまた打てる策というのも出てきましょう。だが、顔が隠れたままでは打てるものも打てますまい」
「先ほど、軍事に明るくない、と言った御仁の物言いとは思えぬな」
デキムスは皮肉を込めてこの顔の見えない元書記官に言った。彼は両手を顔から外すと微笑んで見せた。
「はい、軍事という手法は明るくありません。だから、あなたの力がいるのです。デキムス殿」
「先祖は戦場の英雄。子孫は卓上で英雄になるか」
「それは嫌ですね。私の肩には第一人者でも重いのです。英雄など重すぎて圧死します」
ロイは心底嫌だというように顔を歪めるとか細い首を左右に振った。
「まぁ、お前さんがピートに行きたい理由は分かった。そして、それにはわしも行くべきじゃということも分かった。お前さんは大将の顔を、わしは兵の顔を見ることとしよう。お互いにないものを補い合う。それが元々の六都市同盟の理念じゃからな」
こうして、二人の第一人者はいまピートにいる。
彼らの目に映ったピートは沈鬱と活気だった。トリエル軍に占領され、唯一の頼りだった六都市同盟軍はトリア平原で散華した。人々はそのことに希望を打ち砕かれた。それが都市を覆う暗さである。だが、このピートには活気がある。それはトリエル軍が各地で略奪した物資や食料がこの都市に入ってくるためである。ものが集まれば、そこにはそれを売り買いする者、運搬する者、それらを相手にする者が現れる。それゆえに、ピートは人々の心に影を残しながらも活気がある。
それは諦め、というのが一番近いのかもしれない。
現状はどうやっても変えることはできない。生きるためには仕方がない。
「市民が蜂起する、と言うのは難しいな」
「この状態が続けば、ピートはいずれトリエル王国の一部として定着するでしょう」
「前よりもタチが悪いのが来たものだな。ブレダという王はよほど性格が悪いやつなのだろうな」
二百年前、この地を襲ったトリエル人を率いた王はアティラと言う。アティラははるか東方のひとつの部族の長でしかなかったが、武力で周辺の部族をまとめ上げた。そして、西へ西へ進みロルム帝国と言う古木をへし折り、大きく膨らんだ彼の一党はトリエル王国を建国し、一時的にロルム帝国の半分ほどを獲るに至った。だが、急速に膨らんだものは長持ちしなかった。各地でロルム帝国の残花が芽吹き、ベルジカ王国やウェルセック王国、六都市同盟などが生まれた。
なぜ、アティラは制覇した土地を保持できなかったのか。
「武力だけなら反発心が残る。だが、心も撃たれれば、反抗することはできない。まさに最悪の敵というべきでしょうね」
「優秀な王に優秀な軍か。我らはそれに打ち勝たねばならない。難儀なことじゃな」
「いい男が揃ってぼやきとは情けないこと」
二人の背後から甲高い声が響く。声の主は横に並ぶと目を怒らせて二人を睨みつけた。
「クレア。私たちは別に愚痴をこぼしていたわけではない。けわしい山を登るためには、最初はゆっくりと登ることが必要なのだ。そのために胸につかえた重いものを吐きだしただけだよ」
ロイは深く深呼吸してみせた。
「ロイ様。昔から重要な事は、なにを耐え忍んだかという事ではなく、いかに耐え忍んだかという事と言います。耐え忍ぶ前に吐き出しておれば、人としての重みがでません。デキムス殿もです。年長者として後進に指導されるのも必要なことです」
クレアの怒りが飛び火したことにデキムスは困惑しながらも「老人は小言が多いが、わしはまだ老人ではないからな。まだまだ、知ることが多い」と返した。クレアはいまいち頼りにならない二人の第一人者を眺めると「まったく」と小さくため息をついた。
「それはそうと、ピートの第一人者には会えそうかい?」
「残念ながら第一人者のベリグ・ゲピディアは屋敷に蟄居しておられます。屋敷もトリエル兵に囲まれておりほぼ軟禁といった具合。会うことは難しいと言わざるを得ません」
「べリグを通じてブレダの人となりを知れればよかったのだけど……。ではブレダは市民の前に出ることはどれくらいある?」
ロイの問に対してクレアは両手を上げて手を開いた。
「お手上げですわ。ブレダは政庁の執務室から出ることは稀で市民に演説することもありません。彼からの指示はアルダリック将軍かウァラミール将軍と言った部下を通して行われます」
「暗殺を恐れているのか、それとも……。すべての差配は将軍にあるのか?」
もし、この軍の実権がブレダになく二人の将軍のうちどちらかにあるのならばロイやデキムスは対処を根本から考え直す必要がある。大将が引きこもったまま、というのはどうにも腑に落ちないのである。
「それはないと思いますわ、ロイ様。二人の将軍はそれぞれ南部と北部に出陣しており、ピートにいません。いま、この街の差配は確実にブレダから出ております」
「……ブレダに近い人物から調べるしかないかな」
「となると。情婦じゃな。執務室から出てこないのもそれが理由やもしれん」
デキムスが楽しげに言う。確かに王となれば、傍に情婦の一人や二人はべらすのはおかしくない。彼が色に溺れ、出てこないのならば六都市同盟はまだ付け入る隙があるように見える。
「デキムス殿。大変下卑たご意見で勉強になりますわ。と言いたのですが確かに一人、ブレダの近くにいる女がいることが分かっております」
「それは?」
「ピートの第一人者であるベリグ・ゲピディアの娘リアです。彼女はブレダの小間使い、として政庁に出入りしております。市民のなかにはリアはトリエル人に媚びるあばずれと言う者もいれば、奴隷となった市民を買い戻すために心を殺してブレダについていると言う者もいます」
「悪女か善女か。女は化けるからな。お前さんも気をつけることじゃ」
デキムスは視線でクレアを指し示しながらロイの肩を叩いた。クレアはそれに気づきはしたがとくに嗜めることはしなかった。
「では、そのリアという人に会うことにしよう。だが、どうやって接触するか?」
「それなら、良い方法があります。奴隷となった友人を買い戻しに来た、と持ちかけるのです。本当にリアが市民を買い戻すためにブレダについているなら私たちに便宜を払ってくれるでしょう。ですが、その逆なら……」
クレアは声を小さくして「害をもたらしてくるに違いありません」と言った。




