85 無双家族
俺たちは魔物の群れがいるという岩山まで、竜騎士団の騎竜で送っていってもらうことになった。
空から母さんが《火炎嵐》をぶっ放すという案も出たが、炎魔人など火に耐性のある魔物もいる。倒しきれなかった魔物がまとめて襲いかかってきたりしたら大変なことになってしまう。
結局、竜騎士団にハーピーを中心とする敵の航空戦力を引きつけてもらって、その隙に反対側の地上から群れを攻撃していくという手順に落ち着いた。
魔物の数が多いため、外で戦っていてはすぐに囲まれてしまうだろう。まずは魔物の群れが拠点としている岩山の洞窟を目指し、敵の現れる方向を絞って対処することになっている。もちろん、洞窟の奥に何があるのかを調査することも重要な目的のひとつだ。
「――始まったみたいだねぇ」
ジュリア母さんが、手をひさしに空を眺めながらつぶやいた。
俺たちを魔物の群れの反対側に下ろした竜騎士団が、群れをぐるりと回りこんで空からの攻撃を開始していた。竜騎士団は、意外に魔法使いの比率が高い。騎竜の上からでは魔法が最も有効な攻撃手段となるからだ。空中で《フレイムランス》や《ファイアーボール》らしき赤い閃光がひらめくたびに、炎に巻かれたハーピーたちが地上へ向かって墜落していく。魔物の群れは大騒ぎになり、竜騎士団の方へと押しかけていくが、ほとんどの魔物は空を見上げて怒りの咆哮を上げる以外のことができないでいる。空を飛ぶ竜騎士に対して有効な攻撃手段を持つ魔物は限られているからだ。
「この先に、鎧亀1体、皇帝スライム2体、石化鶏4体、梟熊6体の群れがいるよ。突破ルートとしては、ここがいちばん戦力が薄いみたいだ」
岩陰から気配を探っていたエレミアが言う。
「……けっこういるねぇ」
母さんが難しい顔で言う。
たしかに、最も戦力の薄いルートでこれというのは相当だ。
「ま、なんとかなるよねぇ。わたしは亀さんをやるから、エドガーくんは石化鶏を間引いてくれるかなぁ?」
「了解」
このパーティのリーダーは母さんだ。
もちろん、冒険者としての経験がもっとも豊富だからという理由による。
「じゃあ、僕は皇帝スライムをやるよ」
と言ったのは、アルフレッド父さんだ。
ふだんは王室騎士団の仕事があるが、今日はたまたま休日だったため、俺たちについてきてくれることになった。
「わたしは梟熊をやります」
ステフが背負っていた大剣を構えながら請け合った。
「ボ、ボクは……」
「エレミアは、母さんの護衛かな」
獲物を取られてしまったエレミアに、母さんの護衛を頼んでおく。
エレミアはちょっと不満そうだが、洞窟に入ったらエレミアの仕事は腐るほどある。ここは力を温存しておいてもらおう。まあ、エレミアは【疲労転移】のおかげで疲れないわけだけど。
分担が決まったところで、俺たちは頷き合い、早速行動へと取りかかる。
魔物の群れには鷲獅子もいる。精鋭部隊である竜騎士団とて、空を飛ぶAランクの魔物が出てきたら、予期せぬ被害を受けないとも限らない。
「じゃあ俺から」
俺はメルヴィに習って使えるようになった次元収納から、愛用の小弓を取り出した。もちろん、5年前チェスター兄さんに贈ってもらったものだ。身体の成長に合わせて毎年兄さんが微調整を加えてくれているので、大きくなった今でも十分に使える。
俺は同様に次元収納から取り出した矢をつがえ、手近なところにいる石化鶏へと狙いを定める。
石化鶏は、その名の通り、対象を石化させる特殊攻撃を使ってくる。
といっても、前世のファンタジーにおけるように、ひと睨みで石化、というほど凶悪ではない。石化毒の含まれる羽根を飛ばしてきたり、同じく石化毒の滲出した爪で掴みかかってきたりする程度だ。
というと大したことがないように思うかもしれないが、これだって普通の冒険者にとっては十分な脅威である。石化鶏は鶏を二回りほど大きくした程度の大きさしかないため、混戦になると紛れてしまい、死角から石化毒を食らうという事故が起こりやすいらしい。
一応、前衛となる父さんとステフ、エレミアには、石化毒に耐性を持たせるドロップアイテムを装備してもらっている。父さんに手に入れてもらった古代火竜の廃巣窟の奥には石化鶏の巣があったため、石化鶏を大量に狩るハメになった。しかしそのおかげでドロップアイテム(魔物の体内から発見される魔物のアビリティが付与されたアイテム)を回収することができた。全員には行き渡らない上、石化毒を完全に無効化するのではなくあくまでも耐性をつけるだけだが、ないよりは全然いいはずだ。母さんによればAランクパーティでも状態異常耐性防具を十分な数揃えられているところなどほとんどないということだから、これで満足しておくしかないだろう。
それに、俺は輪廻神殿で【治癒魔法】を教えてもらって状態異常の解除ができるようになっている。もし俺が状態異常を食らって身動きがとれなくなった場合でも、メルヴィに治してもらえばいい。メルヴィのペットである虹サボテン・トゥシャーラヴァティには耐性物質噴霧という特殊なアビリティがあるから、一緒ならそれに頼ってもいい。そしてもちろん、【薬研】で作った解毒薬をそれぞれが分散して持っておくようにもしている。
これでもう、ガゼインに夜襲を食らった時のような無様は晒さずに済むはずだ。
もっとも、今日はメルヴィは妖精郷に戻っていてこちらにはついてきていないのだが。
というわけで、石化毒への対策は十分だが、石化鶏が4体もいてはどんな事故が起こるかわからない。確実に仕留めておくべきだろう。
俺はこの5年の間に獲得したクラス〈錬金術師〉の【付与魔法】を使って、矢に【極火魔法】の青い炎を乗せた。【付与魔法】は【付加魔法】の上位スキル、【極火魔法】は【火精魔法】の上位スキルで、俺の他には母さんも習得している。
この【極火魔法】を付与した矢だが、いろいろ実験した結果、《フレイムランス》の5から10倍の威力があることが判明していた。バラつきがあるのは、対象の表皮を貫けるかどうかで威力が変わるからだ。石化鶏の表皮は硬いが、経験上これで貫けることはわかっている。
びゅっ、という音とともに青い炎の矢が空を裂き、石化鶏の胴に突き立って炸裂した。
俺が次元収納から矢を取り出し、次の石化鶏に狙いを定めている間に、俺以外のメンバーが動き出す。
「――《ガトリング・フレイム》!」
母さんが【無文字発動】【同時発動】併用で【極火魔法】を発動する。
俺がさっき矢に付与したのと同じ、青い炎の槍が宙に生まれた。
それも、ひとつではなく合計8つ。
そのひとつひとつが、《フレイムランス》の5倍を超える威力を持っている。
「ってぇ!」
母さんの声をトリガーに、8本の炎の槍が鎧亀へと襲いかかる。
1本目は鎧亀の硬い金属の甲羅に阻まれる。
2本目も甲羅に阻まれるが、この時点で金属の甲羅が赤熱する。
3本目は赤熱した甲羅を溶かし、4本目が溶かした甲羅を亀の体内側に向けてコーン状に成形する。
5本目からは――〈仙術師〉で強化した視覚でも追い切れなかった。青い灼熱の槍が次々と着弾、炸裂し、大きくえぐられた甲羅の奥にあるやわらかい内蔵を、ズタズタに焼き破っていく。
《ガトリング・フレイム》は、敵側の転生者・杵崎亨が戦車を持ち出してきても対抗できるよう開発した魔法だ。飛行船や飛行機に対する対空砲火としても使えると思う。
そんな魔法を初手から撃ち込まれた鎧亀には同情するが、さすが硬いことで有名な魔物だけあって、まだかろうじて生きていたらしい。
鎧亀は甲羅にいくつも空いた小さな穴から、大量の金属片を吐き出した。金礫と呼ばれる鎧亀の特殊攻撃だ。
俺は、とっさに母さんの前に割り込んで、
「――《電磁バリア》!」
【電磁魔法】による二重の障壁を生み出すと、金礫の軌道が上方向にぐんと捻じ曲げられ、俺たちのはるか頭上を通って、後ろの方へと消えていった。
《電磁バリア》は、杵崎がライフルや機関銃を実用化してきた場合に備えて開発した防御魔法だ。銃火器でこれを突破しようと思ったら、前世の戦艦の艦砲射撃くらいの威力が必要だろう。重量がない上に目で追える程度の速度しかない金礫に突破できるはずがない。
矢や銃弾などを防ぐ《電磁バリア》の開発にはかなり苦労をさせられた。最初は磁力でくっつければいいんじゃないかと思ったが、鉄以外の金属はそのままの状態では磁力にほとんど反応しない。注ぎ込む魔力を増やせばごくわずかに反応するようになるが、そのレベルにまで磁力を強くすると、自分の身につけている鉄製品やそこら辺にある砂鉄が反応してしまって大変なことになる。
じゃあどうするかと考えて、デヴィッド兄さんと一緒に図書館迷宮の資料を漁ったところ、「電磁場相互作用力」というものを利用するのがよさそうだとわかった。電磁場相互作用力とは聞き覚えのない言葉だが、よくよく調べてみると、前世でローレンツ力と呼ばれていたのと同じものらしいことがわかってきた。
仕組みとしては、電場のバリアと磁場のバリアの2枚を用意すればいい。魔法のおかげで、電場や磁場を任意の規模で作り出すのは、この世界では簡単なことだ。
そして、最初の電場で、飛んできた金属を帯電させ、帯電した金属を磁場へと突っ込ませる。そうすると、銃弾の運動方向に対して垂直の方向に電磁場相互作用力(=ローレンツ力)が働いてくれる。これは、中学の理科で、電流を流したコイルに磁石を近づけた時に働く力と同じだ。
この力は、電場と磁場を強くすることで大きくすることができるから、適切な量のMPを注ぎ込んでやりさえすれば、飛んでくるのが電気の通る物質である限り、磁場の向きによって決まる方向に銃弾を逸らすことができる。もっとも、時間当たりのMP放出量には限界があるから、発射されてから着弾するまでの時間が短ければ、十分な電磁場相互作用力が得られない場合もある。とはいえ、俺の魔法の展開速度なら、それこそ戦艦の艦砲射撃でも来ない限り、十分に防御することが可能だった。
もちろん、《電磁バリア》は絶縁体には無力なので、この5年の間に《電磁バリア》以外にもいくつかの防御用魔法を開発している。
その中でも《電磁バリア》は、比較的広い範囲に展開しやすいため、使い勝手はかなりいい。
ただ、弾を受け止めるのではなく逸らすだけなので、逸らす方向にだけは細心の注意を払う必要がある。その辺は、デヴィッド兄さんに手伝ってもらって、磁場の方向と弾の逸れる方向を直感的に把握できるまで反復練習をした。いわゆる左手の法則でわかることは知ってるが、戦ってる時に自分の左手を見てる余裕なんてないからな。
なお、デヴィッド兄さんも【電磁魔法】を習得しているので、俺ほど大きくは展開できないものの、《電磁バリア》を使うことができた。兄さんは反復練習なんてしなくても「逸れる方向なんて頭で考えればわかるじゃないか」と言って、実際その通りに《電磁バリア》を使ってのけている。
さて、改めて鎧亀を見ると、もうぴくりとも動いていなかった。
どうやら今の金礫は最後のあがきだったようだ。
「ありがとう、エドガーくん! まさかあれでまだ動けるなんてぇ」
「うう……ボクの仕事が……」
礼を言ってくる母さんと、恨み言を漏らすエレミアから視線をそらし、今度は父さんの様子を見る。
父さんは、皇帝スライムと呼ばれる特殊なスライムと戦っている。
スライムは通常不活性な魔物で、積極的に襲ってくるのは一部の変異種だけだ。しかし、この皇帝スライムは別だった。皇帝スライムはスライムが同種同士で食い合った結果生まれると言われている。形は、直径1メートルと少しの楕円球で、その身体を大きくたわめ、スライム独自の弾性を利用して跳びかかってくる。
が、これは見かけどおりの単なる体当たり攻撃ではない。皇帝スライムは内側に溜め込んだ魔力を体当たりとともに相手にぶつけてくる。この魔力が厄介で、よほどMPに恵まれていない限り、この攻撃を食らっただけで、問答無用で気絶させられてしまう。そして皇帝スライムは、気絶した無防備な犠牲者へとのしかかり、体内にある魔力という魔力を吸い尽くして、犠牲者の精神を完膚なきまでに破壊する。この攻撃による損傷は魂にまで及ぶことがあるらしく、女神様によれば、魂に損傷が及ぶと浄化に手間がかかるため、皇帝スライムを見かけたら優先的に倒してほしいとのことだった。
この場にいる皇帝スライムは2体。
これもまた、奇妙な話だ。皇帝スライムは同種を食って大きくなるのだから、皇帝スライム同士が出会えば共食いせずにはいられないはずなのだ。
が、実際問題として、2体の皇帝スライムは原始的ながら連携らしきものを取って、父さんの逃げ道を塞ごうとしている。
しかし、所詮は魔物の浅知恵。
父さんは氷霜を使って片方の皇帝スライムの足を止めると同時に、もう1体の攻撃を誘導して、2体の皇帝スライム同士を正面衝突させた。
そして、
「奥義――〈氷槍結閃晶〉!」
父さんが魔力をまとわせた槍をひと薙ぎすると、槍の通り過ぎた空間から過冷却された冷気が吹き出し、皇帝スライムたちを覆い尽くす。
〈氷槍結閃晶〉――それは、魔法と武技を組み合わせた特殊な攻撃だ。
魔力と武技とを組み合わせたこのような攻撃方法のことを、俺たちは「魔技」と呼ぶことにしていた。その代表的なものは、もちろん、ステフの使う魔法剣だ。
が、アルフレッド父さんも負けてはいられないと言って氷霜を進化させ、ついに魔技の域へと昇華させてしまった。気づけば、父さんのステータスには【魔槍術】という伝説級スキルが現れていた。
このスキルのおかげで魔技にも磨きがかかり、このように一瞬にして対象を凍結させるような芸当までできるようになっている。これはもちろん、魔法系の二つ名を得たことによって最大MPの拡張が可能になったからこそできることだ。今のところ〈氷槍結閃晶〉の消費MPは100を超える。母さんの《火炎嵐》と比べると、MP効率という点ではもうひとつといったところか。
俺が魔技について思い巡らせている間に、父さんはかちこちに凍りついた2体の皇帝スライム目がけて、狙い澄ました突きを1発ずつ撃ち込んだ。体内まで凍結していた皇帝スライム2体の身体に無数のヒビが走ったかと思うと、次の瞬間、バラバラになって砕け散った。
まるでアイスピックで氷を割るかのような容易さだったが、父さんは【槍術】をカンストさせて習得した上位スキル【闘槍術】の効果による破点突きを使ったのだろう。
さて、残るはステフだけだ。
ステフは梟熊6体へとひとりで向かった。数だけで言えば、いちばん多くを引きつけていることになる。
が、大剣を得物とするステフにとって、対多数の戦闘はむしろ得意とするところだった。
「〈昇風斬〉――〈降風閃〉!」
ステフは風を剣にまとわせて、速度に重点を置いた斬撃を繰り出し、梟熊たちの攻撃をさばきながら着実にダメージを与えていく。
梟熊は、フクロウのような頭をした熊の魔物だ。微妙に愛嬌のある顔をしているような気もするが、こいつは肉食で、とくに人間の肉を好んで食べる。戦いの最中でも目玉や頬などやわらかい部分の肉を食おうとしてくるので、前衛の冒険者からは蛇蝎の如く嫌われているらしい。
大剣に魔法を乗せて戦う〈魔法戦士〉のスタイルは火力が高いが、もちろんそれしか取り柄がないわけではない。
ステフはここ数年で、大剣の隙を補うような魔法剣の使い方もできるようになっていた。
今力任せで大振りな攻撃をしているのは、ステフではなく梟熊の方だ。
ステフは大剣をコンパクトに振り抜き、切り返して、梟熊に焦点を絞らせないように立ちまわっている。
ステフの手繰る大剣が、文字通り風とともに吹き抜けると、その後には腕や足を斬り飛ばされた梟熊の群れが残っていた。
とうとうまともに動ける個体がいなくなったところで、
「――おしまいです。〈風刃鋭断〉!」
ステフの姿が掻き消えた――と見えた次の瞬間、ステフが大剣を振り抜いた姿勢で梟熊たちの向こうに現れた。
後のことは、もはや言うまでもないだろう。身体の真ん中から真っ二つに断ち切られた梟熊たちが、折り重なるようにして地面へと崩れ落ちていった。
俺が最後の石化鶏を倒し終えたのは、ちょうどこの時のことだ。
――それから十数分の後。
俺たちはさしたる障害にも出くわさず、魔物の群れの守る岩山の洞窟へと到達していた。
次話、月曜(7/13 6:00)掲載予定です。
追記2015/07/10:
《電磁バリア》→《サイキックバリア》に差し替えました。
追記2015/07/12:
活動報告でご指摘をいただき、《サイキックバリア》を再度《電磁バリア》へと戻しました。
追記2015/07/19:
いろいろご意見をいただき、また書籍にも当たってみたのですが、結論としては何人かの方からご示唆いただいていたローレンツ力で弾道を逸らす方向で行きたいと思います。
ご意見いただき有難うございました!




