59 女神様への質問 その4(神話)
FAQ回ラストです。
残るは神話関連の質問だな。
「悪い人には妖精の姿が見えないってのは、どういう理屈なんだ?」
「それは単純で、ステータスの構成要素にカースが多いと、純粋にギフトだけから作られた存在である妖精を認識できなくなるのよ。
ギフトやカースは所有者の存在の位相を少しずらしてしまうから」
「ギフトとカースだが、俺が善神側、ゴレスやガゼインが悪神側なのはいいとして、〈八咫烏〉に洗脳されてたエレミアやミゲルたちの扱いはどうなってるんだ?
悔い改めた悪人とか、悪事に手を染めた善人がどうなるのかってのも気になるな」
「輪廻のシステムは、世界中に張り巡らされた……そうね、水道管のようなものだと思ってもらえばいいわ。
基本的には、それはギフトを行き渡らせるためのものだけれど、悪神側が悪用してカースを流すのに使うこともある。
ただし、ギフトの流通は、受け取り手の善悪を判別しているわけではないの。
ただ、ギフトにはカースに反発する性質があるから、カースをたくさん蓄えた者の元にはギフトは届かないというだけ。
つまり、悪神がカースを与えてさえいなければ、悪人であってもギフトによる恩恵を受けることができてしまう仕組みなのよ。
とはいえ、ギフトには受け手の心身を浄化する作用もあるから、ギフトをたくさん取り込みながらいつまでも悪でいつづけることは難しいわ。
だから、悪神は手駒にしたい相手には確実にカースを届けたいと思っているはずよ。
また、改心した悪人は悪神側からすればカースの持ち逃げをしているようなものだから、カースの『取り立て』を受ける可能性があるわ。
もし将来そういうことがあったら、ちゃんと安全な場所に匿ってあげることね。
それから、悪事に手を染めた善人だけれど、悪神側から誘惑を受けて初めてカースを与えられることになるから、悪事を行ってはいるが悪神側にはまだ堕ちていない、という者がいることも、忘れないでね」
「〈八咫烏〉の場合は?」
「〈八咫烏〉の場合は、洗脳が絡むから特殊ね。
ギフトを受け取りながら、同時に悪に加担させる方法としては、よくできていると言わざるをえないわ。
いわば、善人を善人のまま、悪人に変えてしまう方法よね」
「ん? じゃあ、善人のまま〈八咫烏〉に洗脳されて魔物を倒した場合は、魔物のカースが回収されて、あんた経由でギフトとして与えられることになるよな?
これは悪神にとっては不利なんじゃないか?」
「ううん……わたしは悪神じゃないから、向こうの考えが全部わかるわけじゃないけれど。
まず、〈八咫烏〉の幹部たちは、そこまでは考えていないでしょうね。
手持ちの戦力を強化したいから魔物を狩らせる、というだけじゃないかしら。
悪神としては、たしかにカースが回収されてギフトになってしまうけれど、そのギフトを獲得するのは洗脳された自らの配下なのだから、実質的には変わらないということになるかしら。
むしろ、手持ちのカースを授けることなしに手駒を強化できるのだから儲けものだ、とでも考えているのかもしれないわね。
あなたの言う『共食い』の場合でも、回収したカースを再度汚染する必要はあるのだから。
もっとも、モヌゴェヌェスの思考はきわめて異質で、当人以外には何を考えてるんだか、わからないところがあるのだけれど」
「カースって、魔力みたいに検出することはできないのか?
それができればだいぶ楽ができそうだが」
「メルヴィさんは、ゴレスやガゼインみたいな悪神の使徒のことは直感的にわかると思うわ。
いいパートナーを見つけたわね」
「パ、パートナーだなんて……」
メルヴィが頬に手を当てて身悶える。
「でも、相手がその気になって隠そうとしたら、メルヴィさんでも気づけない可能性はあるわ。
そうね、せっかくだから、メルヴィさんにアッドをあげましょうか。
こっちに来て、メルヴィさん」
「ははは、はい!」
「ふふっ。落ち着いて」
そう言って微笑む女神様だが、そこはかとなく禁断の香りがする。
女神様は花を愛でるように優しく、メルヴィに唇を近づけ――
バチッ!
見えない何かに弾かれた。
「あいたた……」
「だ、大丈夫か?」
女神様がキスしようとした瞬間、光の壁みたいなものが現れて、メルヴィとの間を遮ったのだ。
女神様が憤然と言う。
「もう! あの子はあいかわらずね!」
「あの子?」
「魔法の神アッティエラは、わたしのことをライバル視していてね。
たしかに、わたしがスキル全般を扱っているから、魔法スキルについてもわたしの管轄なのよ。
アッティエラはそれが気に入らなくて、よこせって言ってくるんだけど、魔法スキルだけ切り分けるのは難しくてね。
メルヴィさんは、アッティエラの使徒である始祖エルフが生み出した存在だから、あの子にとっては孫のような存在ってわけね。
うぅん……どうしようかしら。
――そうだ」
女神様が顔を上げてメルヴィを見る。
「メルヴィさん、レインボーカクタスの鉢植えを見せてちょうだい?」
「え、ええ」
メルヴィは次元収納から例の謎生物を取り出した。
花の咲いたサボテンの鉢植えだ。
前より気持ち大きくなっている気がする。
ちょっと見ない間に、花の色が銀色に変わっていた。
「メルヴィさん、この子を【鑑定】してみた?」
「はい、最初に【鑑定】して、魔力をあげればいいみたいだったから、毎日わたしの魔力をあげてます」
「今、もう一度【鑑定】してみて?」
「はい……って、えええええっ!?」
あ、やっぱり気づいてなかったのか。
せっかくだから、俺ももう一度【鑑定】。
《
トゥシャーラヴァティ
3歳
レインボーカクタス?(樹形)/魔法生物
レベル 1
HP 3/3
MP 291/291(29↑)
アビリティ
耐性物質噴霧 ★☆☆☆☆(有害な微小物質や微小生物を分解する作用のある樹液を噴霧する。)
スキル
・伝説級
【成長制御】-
(【次元魔法】1)
(【極光魔法】1)
》
うん、相変わらずの謎生物っぷりだ。
着々と最大MPを増やしている上に、いつのまにかアビリティまで獲得している。
アビリティは「生得的能力」のはずだが、増えたりするものなのか?
「レインボーカクタスには、魔力を吸収して花や実を結ぶという変わった性質があるわ。
それにしたって普通はこうはならないけれど。
とにかく、このトゥシャーちゃんにカースを検知する力を与えてあげる」
女神様は、虹サボテンに接吻しようとしたが、トゲで唇を刺してしまった。
「いたっ」
とかわいらしくつぶやいてから、女神様はトゥシャーラヴァティに向かって投げキッスをした。
……それができるなら最初からすればいいのに。
メルヴィの謎ペットは、その投げキッスをすぅっと吸い込んで、拍動するように二、三度虹色の光を漏らした。
さっそく【鑑定】してみると、
《
トゥシャーラヴァティ(《謎生物》)
3歳
レインボーカクタス?(樹形)/魔法生物
レベル 1
HP 3/3
MP 291/291
アビリティ
耐性物質噴霧 ★☆☆☆☆
スキル
・神話級
+【波動検知】9(MAX)(善神のギフト、悪神のカースが発するこの世ならざる波動を検知する。有効範囲は半径500メートル。)
・伝説級
【成長制御】-
(【次元魔法】1)
(【極光魔法】1)
》
おお、なかなか便利そうなスキルだな。
ていうか二つ名まで増えてるぞ。
女神様も謎生物だと思ったんだな。
二つ名の条件は、「多くの者が畏怖を込めてその名を呼んだこと」で、「呼ぶ側の周囲への影響力が大きいと二つ名付与への影響力も増す」んだったか。
やはり女神様の一票は重かったらしい。
俺は俺で、《善神の加護(カヌマーン)》の効果で他者への二つ名付与に対する影響力が高くなっているらしいから、そのせいもあるのかもしれない。
「俺が持つわけにはいかないのか?」
「人間は、善と悪のはざまで揺れ動く存在だから、観測結果が安定しなくなってしまうのよ。
あなたの元の世界でも、地上に天体望遠鏡を置くと、地上からの光が大気で反射して観測精度が悪くなったでしょう?
その点、メルヴィさんは、ギフトを元に作られた存在だし、トゥシャーちゃんは――ううん……言葉に困る存在だけど、【波動検知】に干渉する要素はないわ。
……今のところは」
女神様が虹サボテンを見つめながらそう言った。
「なんだってこんなことに?」
「そもそも、メルヴィさんが妖精としては特殊なのよね」
「えっ? わたし……ですか?」
「永い時を生きる妖精は、精神的な負担を減らすために、気が散りやすい精神構造になっているのよ。
いたずら好きで移り気ってわけね。
だから、普通の妖精はメルヴィさんみたいにスキルを鍛え上げたり、必要な道具を何十年もかけて開発したりはできないのよ。
永い寿命の持ち主が何かに集中し続けたら、精神を病んでしまうわ」
「えっ……でも、わたしはべつに……」
「それが、メルヴィさんの特殊なところね。
メルヴィさんは、生み出されたばかりで自我が固まりきっていない時期に、主人であるアルフェシアさんが封印されるというショッキングな出来事に遭遇しているわね?
たぶんだけど、そのことがメルヴィさんの精神形成に大きな影響を及ぼしたのではないかしら」
「メルヴィのご主人様――アルフェシアさんについて何か知ってることは?」
「彼女は、始祖エルフの中でも中核となる7人のうちの1人よ。
7人には当時の神々がよってたかって加護を与えたわ。
人々の数が少なかったからリソースには余裕があったし、悪神側の使徒も強力だったから、そうせざるをえなかったとも言えるわね」
「あんたの使徒は?」
「……悪神の使徒と戦って死んだわ。
アルフェシアさんだけが生き残ったのは、どちらかと言うと後方支援の担当だったことも大きいでしょうね。
アルフェシアさんの担当はあの子だから、詳しいことはあまりわからないのだけれど」
封印を解けばわかることだから、これ以上はいいだろう。
……メルヴィはすごく聞きたそうにしているが。
「ガゼインが、悪神はもともとは神々の一柱だったと言っていたんだが、本当なのか?」
「うーん。それは、イエスとも言えるし、ノーとも言えるわね。
この世界の始まりと、善き神々と悪神の関係について――知りたいかしら?」
「是非頼む!」
神様直々にこの世界の創世神話を聞ける機会なんて、そうそうあるものじゃないからな。
「そうね、まずは、わたしたち善神は、もともとはマルクェクトの神ではなかったの」
「えっ……? そうなのか?」
「そうよ。
あなたは史書を読んだりもしていたから知っているでしょうけれど、マルクェクトの暦は?」
「絶対歴ってやつだろ?
絶対って言うだけあって、紀元前のことについてはどこを探しても載ってなかった」
コーベット村のキュレベル子爵邸の書斎にあった史書にそう記されていた。
ちなみに、今は絶対歴1294……いや、塒にいる間に年が明けて、1295年だ。
「載ってないのではなくて、そもそもないのよ。
絶対歴元年とは、わたしたち善神がこの世界にやってきて、悪神と対峙しながら、悪神の奴隷であった人々を少しずつ解放しはじめた、まさにその年のことなの」
「ってことは、悪神はもともとこの世界の神だったってことか?」
「その答えは、さっきも言ったけれど、イエスでもありノーでもあるわ。
神の定義によるもの。
人々を奴隷とし、その魂の軋みを愉しむ存在のことを『神』と呼んでいいのなら、答えはイエス。そうでないならノーよ」
「あんたたちの元いた世界はどうしたんだ?」
「わたしたちの元いた世界は、恒星の異常により滅びの危機を迎えていたの。
だから、わたしたちは生き残った人々を連れてこの世界への移住を敢行したのよ」
「恒星って……」
いきなり飛び出してきた単語に驚くが、考えてみればべつにおかしなことではないのかもしれない。
むしろ、恒星のない異世界の方が考えづらいくらいだ。
「恒星の危機なら、他の恒星系に移ればよかったんじゃないか?」
「どうやって?」
「どうって……宇宙船とか?」
「あなたの元いた世界でも、恒星間航行の可能な宇宙船なんて、開発されていなかったでしょう?
何光年も遠くの星に移住するより、異世界に移住する方が簡単だったのよ」
なんてこった。
人類の宇宙進出の夢が、今の一言で打ち砕かれたぞ。
「ひょっとして、地球に宇宙人が現れないのも……?」
「あの世界に宇宙人がいるかどうかはわからないけれど、大きな理由の一つでしょうね。
科学を究め、魔法と魂の領域を開拓した知的生命体にとって、接触すべきは遠い星の知的生命体ではなく、直接接触できる異世界の知的生命体なのよ」
「地球には異世界の知的生命体だってやってこなかったが……ああ、いや、そんなことはないのか」
目の前にいる女神様が、その異世界の存在だ。
「移住と言っても、世界中の人類が一斉に転生する、という形ではあるけれど。
異世界へと持ち出せるのは魂だけだから、前の世界で人類が達成していた高度な文明は、継承しきれずに一代で失われてしまったわ」
前世でも、転生者が異世界で前世の知識を活かして無双をする、というウェブ小説はあったが、人間の頭の中に入れておける知識には限度がある。
俺だって、この世界でコンピューターや自動車を一から作れと言われたら無理だ。
「でも、世界ごとだろう?
転生者同士で知識を交換し合えばある程度は……」
「文明が高度になるほどに、専門分化が激しくなり、また既存の技術を自明の前提とするようになっていくわ。
たとえば……そうね、非常に優れたプログラマーであっても、ハードウェアの製造方法を自分で再現できるレベルで知っていることはなかなかないでしょう?
仮に知っていたとしても、作るための設備が何もなければ、再現は厳しいでしょうね。
真空管やトランジスタくらいなら何とか作れるかもしれないけれど、集積度の高い電子回路を作れるようになるまでには一体どれだけの時間と労力が必要なことか。
それでも、コンピューターまではギリギリで再現できるかもしれないけれど、そこから先はどうかしら?
文明がさらに高度であれば、転生者の寿命が尽きるまでの間に、前の世界の最先端技術を再現できる可能性は、累乗的に小さくなっていくわ。
単に知識を受け継ぐことすら困難でしょうね」
それに、と女神様。
「わたしたちがやってきた当時のマルクェクトは、今よりもずっと過酷な環境だったの。
灼熱の砂漠と凍てついた大地。
痩せた土地と汚染された水源。
溢れる放射性物質と、それをエネルギー源にする特殊な魔獣。
大気は薄く、地上には間歇的に強力な宇宙線が降り注ぐこともあったわ。
よくもまあ、人々が生きていられたものよね。
わたしたちはこの環境を改善するために、神としての力を大きく削って世界中に様々な精霊を溢れさせたわ。
と同時に、半人半神の始祖エルフを生み出して、彼女たちにマルクェクトの大掃除をしてもらった。
つまり、強力な魔獣の駆逐と、人種の生存圏の拡張ね。
もちろん、わたしたちの計画は悪神モヌゴェヌェスの逆鱗に触れ、相次ぐ戦いによって始祖エルフも入植者たちも命を落としていったわ。
でも、同時にわたしたちは悪神側の勢力を大きく削ぐことにも成功して、もともとマルクェクトにいた原住民たちを、奴隷の軛から解放することができたの」
なんともまあ、壮大な話だった。
「……メルヴィ、知ってた?」
「ううん……。わたしがご主人さまと一緒にいたのは、わたしが小さい時だったから」
「今も小さいけど」というつっこみは呑み込むことにした。
要するに、女神様たちは、異世界からやって来てこの星に入植した。
その際に、精霊を使って惑星改造をやった。
悪神の奴隷だった人間を解放したが、悪神を倒しきることまではできず、入植から千年以上が経ってもいまだに悪神との勢力争いが続いてるってことか。
……とすると、「神」って一体どういう存在なんだ?
そのことを聞いてみようと思ったのだが、隣にいるメルヴィの身体が透けて見える。
いや、俺の身体もだ。
「――そろそろ時間のようね」
女神様が言う。
「〈八咫烏〉の件は、本当に助かったわ。
あなたはいつもわたしの期待以上の活躍をしてくれる。
でも、まだ身体が小さいのだから、無理はしすぎないようにね」
俺とメルヴィの身体が眼下の惑星に吸い込まれていく。
メルヴィが「わっ、わっ」と慌てているのを見ながら、俺の意識は遠のいていった――。
というわけで、FAQ回でした。
次話は月曜(3/9 6:00)掲載予定となります。
いろいろ至らない点もあるかと思いますが、今後ともよろしくお願い致します。
2015/02/28
天宮暁




