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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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168 月面

 宇宙空間を漂うこと数時刻。

 バリア型宇宙船は月の周回軌道に乗っていた。

 バリアは月の裏側――夜になっている側へと回り込む。

 当然、月の陰に入るので、バリアも闇に包まれる。

 そこから、徐々に高度を落としていく。

 何が待っているかわからなかったので、明かりは最小限にして、俺たちは月の裏側に目を凝らす。


 暗闇に閉ざされた地表の上に、いくつか光の点が見えてきた。

 星の見間違いではない。定期的に明滅する光点は、人工の光源であることを思わせる。


「あれよ」


 女神様が、光点を指さして言った。


「あそこにあるのが魔導戦艦ダッスルヴァイン。封印は解けているわね」

「明かりがあるってことは、稼働してるってことか」


 女神様の言葉に俺が言う。


「……よく見えませんね」


 美凪さんが目をぎゅっと凝らしながら言った。


 たしかに、光源がビーコンのような点だけだから、肉眼では何も見えないだろう。

 が、俺やメルヴィ、エレミア、アスラはスキルによって夜目が利く。

 薄ぼんやりと、月の地表にくろぐろとたたずむ巨大な物陰を見ることができた。

 全体的なフォルムはカブトムシを連想させる有機的なものだ。

 大きさは……最長部で1キロくらいあるだろうか。

 月の裏側のひときわ大きなクレーターの真ん中に、各所にビーコンを灯した巨大な宇宙戦艦が鎮座していた。


「これはすごいな……昔のアニメの宇宙戦艦だって、こんなには大きくなかったと思うが」

『太平洋戦争の際の日本の巨大戦艦が、3つまるまる収まるほどの大きさがありますね。』


 どうやら見えているらしいサンシローがそう補足してくれる。


「ダッスルヴァインは時空を司る城塞よ。神を形而下の世界に引きずり出し、討滅するための生きた砲。その稼働に必要な膨大なエネルギーを賄うために、ダッスルヴァインは何千人もの魔法使いをその内部に住まわせる必要があった。でもやがて、それだけでは賄いきれないことが明らかになった。神を現前させるには、ダッスルヴァインの設計者が想定していた以上のMPが必要だったの」

「じゃあ、魔導戦艦は起動できなかったってことか?」

「違うわ。彼らは最終的にエネルギーの問題を解決する方策を見つけ出した。それは、ダッスルヴァインに魔物を放ち、戦艦内部をダンジョンに変えてしまうこと」

「そんな無茶な」

「ダッスルヴァインの設計者たちは、宇宙に出るなり、艦内に無数の魔物を解き放った。艦内は大混乱に陥った。動力源として戦艦に詰め込まれていた数千人の魔法使いたちは、魔物たちに襲われ、徐々にその数を減らしていったわ。戦闘で発生した魔法も、戦って死んだ魔物や魔法使いたちの死体も、彼らの絶望や怨嗟の念も……ダッスルヴァインはそれらすべてを吸収し、神を屠るために必要なエネルギーを調達することに成功した」

「地獄だな……」


 あまりの話に、みな眉をひそめている。


「てことは、あの中はダンジョンになってるのか?」

「ええ。でも、今の内部の状態はわからないわ。月の裏側に封印され、完全に外界から隔離されていたダッスルヴァイン。ひょっとしたら魔力の生態系が崩壊してダンジョンではなくなっているかもしれないし、逆に、予測不可能な進化を遂げた魔物たちが跋扈する、とんでもなく危険なダンジョンになっているかもしれない」

「こっちは宇宙ってだけで行動が制限されてるってのに……厄介だな」


 俺は小さくため息をつく。


「だが、今のところ杵崎亨のセカンダリはいないってことか?」

「わからないわ。禍々しい気配は感じるけれど、それがセカンダリのものか、ダンジョン化したダッスルヴァインのものかは判別できない。わたしに元の力があれば別なのだけれど……」


 女神様はセカンダリに神としての力のほとんどを奪われてしまっているからな。


「……とりあえず、近づいてみるしかないか」


 俺の言葉に、みながうなずき、アルフェシアさんの操縦でバリアが月面へと降下をはじめる。


 俺とともに月の表面を睨んでいたエレミアが言った。


「何かいるね」

「ああ。……まさか、人間?」


 次第に視野を埋め尽くしていく巨大戦艦の周囲に、小さな人間らしき影が点在していた。


 近づくにつれ、その人影が、緑色の布を全身にまとっていることに気がついた。


 俺は思わず息を呑む。


 その格好は――


「エルフエレメンタリスト!?」


 竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)の西側を支配する原理主義者のエルフたち。

 ダッスルヴァインの周囲を哨戒しているのは、間違いなくそのエルフエレメンタリストだった。


「いや、そんな馬鹿な」


 月――ルラヌスの表面に大気はない。宇宙空間と変わりのない真空状態で、宇宙線が容赦なく降り注ぐ環境だ。

 生身の人間が生きていられるはずがない。

 俺は反射的にエレメンタリストの一人のステータスを見る。


 ドヴァネク・ザーン(エルフエレメンタリスト《火の烈士団》十人長)

 56歳

 エルフ


 レベル 35

 HP ?4/6?

 MP ??/77


 状態 エンブリオ汚染


 スキル

 ・神話級

 【宇宙順応】-


 ・達人#

 【αZ--#29】5?

 【アアアアアエア&?

 ・

 ・

 ・


 バグってるが、肝心なところは読み取れた。

 要するに、


「エンブリオでステータスを書き換えられて、むりやり宇宙に順応させられてるってことか」


 セカンダリがどうやってこいつらを月まで連れてきたかはわからないが、こんなのがいるということは、セカンダリは既にダッスルヴァインの中にいるということだ。


 と、俺がステータスを見た男が、こちらを振り向いた。

 まだかなり遠いはずだが、俺たちのことを見つけたらしい。

 近くにいる他の連中に声をかけようと口を開くが、思い直して駆け寄っていく。

 空気がないので、声が相手に届かなかったのだろう。


 だが、その男が他の緑ずくめの連中に近づくことはできなかった。


「ん? どうしたんだ?」


 男が喉を押さえ、その場に無音でうずくまる。

 そして、いきなり身体を大きくそらす。

 勢い余って後ろに反り返り、縦に回転しながら月の地表から大きく浮かぶ。

 顔は必死の形相で、伝わってこないが、喉も裂けんばかりに叫んでいるように見える。


「な、なんだ?」


 俺たちがかたずを飲んで見守る中で、男の身体がふくらんでいく。

 緑の布が爆発するように裂け、その中から白いぶよぶよした肉が現れる。

 苦悶の表情を浮かべる男の顔が、白い肉に呑まれて消えた。


 その頃になってようやく、周囲にいた他のエルフエレメンタリストたちが異常に気づく。


 口々に何かを叫び、白い巨大な肉塊へと変わっていく仲間を指さしている。


 だが、彼らの驚愕も長くは続かなかった。

 彼ら自身の身体も白い肉へと変わり、巨大化していったからだ。

 肉はやがて身の丈3メートルくらいの巨人の形へとまとまっていく。腕は長く、肘がそれぞれ2つもある。顔に鼻はなく、細い目は赤く濁っている。大きく裂けた口からは、ねじくれた無数の歯がはみ出していた。首は肉に埋まり、全体として逆三角のフォルムをしている。

 月面だけに、エイリアンかプレデターを思わせる外見だ。あるいは、サイズの小さい(といっても3メートルはある)宇宙怪獣か。


「あれは……!」


 そう声を上げたのは美凪さんだった。

 サンシローが冷静に補足する。


『レティシア・ルダメイアの使役していた怪物です。完全武装の米軍部隊を一方的に蹂躙していました。』

「女神様、あれは?」


 俺は女神様に聞く。


「悪神モヌゴェヌェス低レベル憑依体と呼ばれる存在ね。悪神の使徒が邪法によって人を作り変えて生み出す化け物よ」

「悪神? じゃあ、セカンダリの仕業じゃないのか?」

「いえ、セカンダリならば、情報の改竄で同じことができるはずよ。おそらく、侵入者を認識したことが鍵刺激になって、自動的にステータス情報が書き換えられたのでしょう」

「最初から使い捨てにするつもりだったってことかよ」


 セカンダリ――杵崎亨のコピーらしいやり口ではある。


 俺たちが話している間に、アルフェシアさんが次元収納から魔道具を取り出し、バリアの外に放出している。

 魔道具は低重力の月面を不安定に飛び、憑依体とやらの前に滞空する。


「――赤の193番。焼き尽くして」


 アルフェシアさんの言葉とともに、魔道具から紅蓮の炎が吹き荒れた。

 炎は、集まりつつあった憑依体たちをひと呑みにする。

 ジュリア母さんの《火炎嵐(ファイヤーストーム)》の範囲を圧縮し、炎をずっと高温にしたような魔道具である。


 白に近い炎が、暗い月面を照らし出す。

 クレーターや岩石の凹凸に、魔法の炎が極端な陰影をつけた。

 かなりの光量だが、宇宙船バリアは強すぎる可視光も弾くようになっている。そのせいで、視界はかえって薄暗くなったくらいだ。

 炎の中で、憑依体たちが踊るように揺れている。


 炎が、消えた。

 白い肉質に覆われた憑依体たちは黒く炭化していた。


 やったか。

 俺は一瞬そう思ったが、


「まだよ」


 女神様が警告する。


 それを聞いていたようなタイミングで、憑依体の炭化した表面が崩れ、低重力の月面にゆっくりと散っていく。

 その奥から、元通りの白い肉質に覆われた憑依体が現れた。


 それを見て、アルフェシアさんがつぶやく。


「炎は相性が悪かったようですね。酸化剤付きで、真空でも燃えるように作った自信作だったのですが」

「あの白質は高い回復力を持つ使い捨ての装甲のようなものよ」

「どうすればいい?」


 俺は、さっきあれを見たことがあると言った美凪さんを見るが、美凪さんは首を振る。


「わたしは、あれを倒したわけじゃありませんから」


 そうなのか。

 っていうか、あんなのと出くわして、美凪さんはよく無事でいられたな。


「米軍でも勝てなかったって?」

『はい。米軍の使っていた歩兵用火器ではどうにもならなかったようです。』

「ですが、あの肉で守っているということは、その奥には攻撃されてはまずい何かがあるということですね」


 アルフェシアさんがそう言って、次元収納から別の魔道具を取り出す。

 カットしたフルーツを刺すためのひと又のフォークのようなものだ。フォークと違って、こっちは物干し竿くらいの長さがあるが。


「鉄の29番〈ロング・ジャベリン〉。貫いて」


 アルフェシアさんがフォークに頼むようにつぶやく。

 フォークが宙を走り、火炎から立ち直りつつあった憑依体の一体を貫いた。

 フォークは憑依体の胸部を突き破り、先端は月の地面にまで食い込んでいる。


 憑依体が苦しげに身を捩り、口をぱくぱくと動かす。

 絶叫しているのだろう。

 ほどなくして、憑依体は黒い砂と化して崩れ去った。


「なるほど。貫通力のある物理攻撃で倒せばいいんだな」


 俺はうなずき、次元収納を使う。


 一瞬後、憑依体数体の上半身が消し飛んだ。


「な、何をしたんです?」


 美凪さんが聞いてくる。


「次元収納――異次元に作ったポケットから、電磁徹甲弾を直接射出したんだよ」


 何も、アルフェシアさんのように次元収納から道具を取り出して使う必要はない。

 銃口分の穴だけを開けて、次元収納の内部から弾丸を射出することも可能だ。

 相手は、何をされたのかも気づけず、次の瞬間には死んでいる。


 俺がそう解説する間にも、ダッスルヴァインの周囲にいたエルフエレメンタリストたちが集まってくる。そして、次から次へと憑依体へと変化していく。そんな状況なのに逃げ出さないのは、何らかの精神操作を受けているのかもしれない。


 俺は、出現した憑依体を次元収納電磁徹甲弾で片っ端から倒していく。


『身も蓋もありませんね。』


 サンシローが心なしか呆れたように言った。


「うう~っ。空気さえあれば戦えるのに」


 バリアの中にいるしかないエレミアが言う。


「あ、あの化け物がこんなに簡単に……。今の加木さんならアメリカを敵に回しても勝ってしまいそうですね」


 美凪さんが、口をあんぐりと開けている。


(行き着くとこまで行き着いてしまった感はあるよな)


 これでは戦いの駆け引きも何もあったものではない。

 もっとも、いくら格ゲーが好きだったからと言って、命のかかった戦場で駆け引きを楽しみたいとは思わない。確実に仕留められる方法があるなら、躊躇なく使うべきだ。俺の背後には、守るべきたくさんの人がいるのだから。


「前座としては拍子抜けだったな」


 俺たちは見張りの憑依体を排除しつつ、宇宙船バリアでダッスルヴァインに近づいていく。


「たしか、船腹にハッチがあるはずだけれど……」


 女神様の言葉に従って、アルフェシアさんがバリアを動かし、ダッスルヴァインの船体を確かめる。船体表面は黒いプラスチックのようなものでできていて、継ぎ目がほとんど見当たらない。


 だが、やがて、船体にわずかなスリットの入った箇所を見つけた。

 スリットは角の丸い長方形で、ちょうど人が出入りできるくらいの大きさがある。これが、女神様のいうところの「ハッチ」だろう。


「どうやって開けるんだ?」


 女神様に聞くと、


「さあ。わたしも知らないわ」


 肩をすくめられてしまった。


「それなら、いつも通りにやるだけだな」

「いつも通り……ですか?」


 美凪さんが小首を傾げる。


 俺の隣で、エレミアが言った。


「ボクがやるよ」


 エレミアは背中に負っていた聖剣〈空間羽握(スペースルーラー)〉を構えた。

 アルフェシアさんがバリアを変形させ、ハッチを含む船体がバリアの内側に入るようにする。


「いつも通り……力づくで!」


 エレミアが聖剣を振るう。

 音すらなく、ハッチの溝が周囲の次元ごと斬り裂かれる。


「ってい!」


 エレミアがハッチを蹴る。

 ハッチは、重い音を立てて奥に倒れた。


 ハッチの奥には、薄ら明るい空間があった。

 壁面全体がうっすら発光していて、最低限の明かりになっている。

 そこは学校の廊下ほどの広さの通路で、天井を無数のチューブが走っている。


「空気はありますね。惑星マルクェクトの大気とほぼ同じ組成で、危険な物質や放射能などはありません」


 アルフェシアさんが、次元収納から取り出した魔道具で空気を採取し、そう言った。


 俺たちはバリアを解き、ダッスルヴァインの床に着地する。

 重力は小さいが、数時刻ぶりの地面に、なんとはなしにほっとする。


 その時だった。



 ――おおぉぉぉぉぉぉぉん……



 通路の奥から、重く、低い何者かの声が聞こえてきた。

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