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167 宇宙へ!

 日が沈む頃になって、世界樹がついに完成した。

 世界樹というとユグドラシルの樹的な巨木をイメージするかもしれないが、俺の目の前にある「世界樹」はまったく違う。

 複雑に分岐しながら天に向かって伸びていく、一本の巨大なサボテンである。

 根本の幅は、地球の高層ビルくらいだろう。その幅のままで、上空までまっすぐに、独特の棘と果肉の壁が伸びているのだ。


「これ、どうやって使うんだ?」


 女神様に聞くと、女神様は樹皮をポンポンと触りながら、


「ここに入り口があるわ。メルヴィさん、頼んでみてくれる?」

「はい。……トゥシャーラヴァティちゃん、入り口を開けて?」


 サボテンの樹皮がぐぱぁ……と開いた。

 その奥には果肉はなく、虹色に輝く謎の気体が充満している。

 気体は、地面から宇宙に向かって螺旋を描く上昇気流になっている。


「この流れに乗れば、宇宙まで出られるわ」

「わたしの宇宙船をこの流れに乗せればいいのですね」


 女神様の解説に、アルフェシアさんが言う。


 そういうわけなので、俺たちはさっそくバリア型宇宙船を使って上昇気流に乗ることになった。


「じゃあ、あたしはお母様と一緒に待ってるから。がんばりなさいよ!」


 ミトリリアが、アグニアの脇に人型のままで立って、俺たちに言った。

 リリアとはここでお別れだ。いかな火竜とはいえ、宇宙空間で活動することはできないからな。

 もちろん、この先に待つ世界の存亡がかかったような危険な戦いに、まだ若い竜であるリリアを連れていくことはしたくない、という理由もある。

 リリア本人は、宇宙に行ってみたいと言っていたのだが、アグニアと一緒に説得して、なんとか諦めてもらった。


 宇宙に行くのは、俺、メルヴィ、エレミア、アスラ、美凪さん、サンシロー、女神様、アルフェシアさんの8人だ。

 美凪さんにも待っていてもらいたかったが、「杵崎亨はわたしにとっても敵です」と言って聞かなかった。それ以外のメンツは、何かイレギュラーがあったとしても、自分でなんとかできるだけの力を持っている。


 俺は全員の顔を見渡し、うなずいてから言った。


「よし、行こう」


 俺の言葉に、アルフェシアさんが宇宙船を起動する。

 バリアが俺たちを包み込む。

 バリアはそのエネルギーの一部を噴射して地面から浮き上がり、ゆっくりと世界樹の樹皮の裂け目へと入っていく。

 俺たちは固唾を呑んでバリアの外を見つめている。

 バリアは、世界樹の内部に入ると、内部の流れを受けて、ゆっくり螺旋を描きながら上昇を始めた。


「思ったよりゆっくりだね」


 エレミアが拍子抜けしたように言う。


「今のところはそうだけど、この先、ずっと加速度がかかっていくから、覚悟しておいてね」


 女神様が脅すようなことを言った。


 そして事実――


「うわー! はっやーい!」


 アスラがバリアに両手を貼り付けてはしゃいでいる。

 十数秒ほどで宇宙船バリアはかなりの速度に達し、猛スピードで螺旋を描きながら上昇していく。


「うう……き、気持ち悪いっ」


 エレミアが青ざめた顔でバリアの底面にしゃがんでいる。

 俺も同じような気分だ。アスラとサンシローと女神様を除く全員が酷い船酔い状態になっていた。


「こ、こんなことなら慣性消去の魔法も組み込むんでした……」


 と、宇宙船設計者のアルフェシアさんが言う。

 始祖エルフでも、特別三半規管が強いということはなかったようだ。


「もうちょっとの辛抱よ。そろそろ成層圏を抜けるわ」


 女神様が励ますように言った。


 その言葉に反応したわけでもないだろうが、宇宙船の速度が落ちはじめる。

 上を見ると、世界樹の「天井」が見えるようになっていた。

 天井には大きな穴が開いている。


 宇宙船がその穴から飛び出した。


 最初に目に飛び込んできたのは、無数の星々だった。バリアが宇宙線や紫外線を防いでいる影響で、星々は瞬いて見える。地上では絶対に見られない、きらびやかな天幕がそこにはあった。


「うわぁ……!」


 エレミアとアスラが口を揃えて感嘆した。

 美凪さんも、声を出さないまでも口を大きく開けている。


「一旦停まりますね」


 アルフェシアさんがそう言って、宇宙船のバリアエネルギーを進行方向に噴射し、ブレーキをかける。

 宇宙船は、世界樹の樹冠から数百メートルほど飛び出したところで停止した。いや、停止はしていないのか。衛星のように惑星の軌道上を動いているはずだが、体感としては停まっている。

 足元を見下ろすと、今飛び出してきた世界樹の樹冠が見えた。樹冠には色とりどりの花が咲いている。十六年前、カラスの(ねぐら)のそばの群生地で見かけた光景を思い出す。

 思えば遠くに来たものだ。


 宇宙船が停止すると、移動中の慣性がなくなり、俺たちは無重力状態になった。


「わっ、わっ! 本当に身体が浮いてるよ!」

「面白いー!」

「わたしも無重力は初めてです……感動しますね」

『私にとっても貴重な体験です。今のところ、私の同型機も宇宙には出ていないようですから。』


 エレミア、アスラ、美凪さん、サンシローが口々に言う。


 俺だってけっこう感動している。

 元の世界でも、アポロ11号以来、人類の宇宙進出は停滞していた。

 俺も子どもの頃はロボットアニメやSF映画などで宇宙へのロマンを膨らませていた口だが、生きている間に宇宙へ行けるとは思ってもみなかった。

 転生やご褒美の時に女神様ルームに呼ばれたことはあったが、あそこを宇宙と呼ぶのは語弊があるだろう。


「ことが終わったら宇宙開発もいいですね」


 アルフェシアさんが、冗談でもなさそうな口調でそうつぶやく。


「感動に水を差すようで悪いけれど、あまり時間はかけられないわ」


 女神様だけは、普段通りの顔でそう言った。


「おっと、そうだった。月だよな?」

「ええ。惑星マルクェクトの西側に隠れているわね」


 地上でもまだ月は出ていなかったから、惑星の裏側にあることになる。


「それでは、わたしが操船しますので、皆さんは無重力に慣れていてください」


 アルフェシアさんがそう言って宇宙船バリアを動かしていく。


「こ、これ、思ったよりも……うわああっ!」


 エレミアが空中で態勢を崩し、俺に向かって突っ込んでくる。

 俺はそれをとっさに受け止めるが……


「どわっ!」


 踏ん張る場所がないので、エレミアと一緒になってバリアの端まで流された。


「ずるいー! わたしも!」


 アスラがバリアの壁を蹴って、俺たちの方に飛んでくる。


「ちょっ! アスラ危ないってば!」


 進路上にいたメルヴィが、慌ててアスラを避ける。

 メルヴィは普段から謎力学でふよふよ飛んでいるので、無重力にも比較的対応できているようだ。


「えーいっ!」

「うわっ!」

「ぐぇっ!」


 飛び込んできたアスラに押しつぶされ、エレミアと俺が悲鳴を上げる。


『私もダイブしていいでしょうか?』

「あなたはやめて。質量が一人だけ違うんだから」


 サンシローの冗談?に美凪さんが突っ込んでいる。

 そう言う美凪さんも、その場で身体が縦横に回転してしまって、それをなかなか止められずにいた。


「【念動魔法】を使うといいんじゃないか?」


 俺は(フィジク)を描いてアスラを引き離しながら美凪さんに言った。


「ええと、その文字を使えばいいのですね」


 美凪さんは何度かの試行錯誤の果てに、【念動魔法】を発動させる。


「ああ、これは便利です。……どうかしましたか? 遠い目をされてますけど」

「ん? ああ。そういえば、俺が最初に母さんから習ったのは【念動魔法】だったなと思ってさ」


 この世界に転生したばかりの頃、赤ん坊だった俺は、(フレイム)の魔法文字を使ってボヤを起こしかけた。その俺を、ジュリア母さんは叱るでもなく、代わりに比較的安全な【念動魔法】を教えてくれたのだ。


 その時、視界の奥、惑星マルクェクトの陰から、月がその姿を見せはじめた。


「ルラヌス、か」


 思えば、月にも思い出がある。

 赤子に転生した俺が最初に習得したスキルは【鑑定】だった。

 窓の外に映る月をくりかえし【鑑定】することで、スキルレベルを上げたのだ。

 その時に、月の名前が「ルラヌス」であることも知った。


「では、月に向かいますね」


 アルフェシアさんが言って、バリアエネルギーの噴射をはじめる。


「立ちっぱなしでは疲れるから座席が必要かと思っていたのですが、無重力では関係がなかったですね」


 たしかに、重力がないので立っていても疲れない。

 というか、正確には「立っていない」というべきだろう。

 もっとも、重力がない分、血が頭に上りやすいかもしれない。


 バリア型宇宙船は、アルフェシアさんや俺のMPを推進力に変えて、徐々に速度を増していく。


 視界の中で、次第に月が大きくなる。

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