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164 この私

『重いー!』


 空を飛びながら歯を食いしばって(【念話】で)そううめいているのは、仔火竜ことミトリリアである。

 ここのところ彼女抜きで話が進んでいたが、街の外での狩りにも飽きたらしく、人化して戻ってきたところで、急ぎ出発しようとしていた俺たちと出くわした。

 彼女の存在をすっかり忘れていた俺に、リリアはプンスカ怒ったが、事情を聞くと俺たちを乗せて飛んでくれるという。

 そんなわけで、竜に戻ったリリアに運んでもらうことになった。

 が、現在俺たち一行は大幅に人数を増やしている。俺、メルヴィ、エレミア、アスラ、美凪さん、サンシロー、女神様の計7人(明らかに人間じゃないのが何人かいるが)。メルヴィは浮いてるのでノーカウントだが、その分ロボットであるサンシローには重量がある。

 そのままではリリアの背中に乗ることは不可能だったので、リリアには大きなゴンドラを胴から吊り下げ、その中に俺たちを乗せて飛んでもらっている。ゴンドラはアルフェシアさんと一緒に気球を試作した時のものが俺の次元収納の中に眠っていた。


「これは気持ちいいですね!」


 ゴンドラから身を乗り出し、美凪さんがそうはしゃぐ。


『危険です、美凪。』


 はしゃぐ美凪さんをサンシローが後ろから支えている。


 そのさまを微笑ましげに見守っていると、


「ふんっ! 空を飛ぶくらいではしゃいじゃってさ! このくらい、エドガー君と一緒なら日常茶飯事だよ!」


 エレミアがそう言って腕組みする。


「アスラは自分で飛べるよ!」


 無数のモンスターから造られたキメラであるアスラは、竜翼やヴァンパイアの翼などいくつかのオプションから手段を選んで空を飛ぶことができる。


「なんだか賑やかになったわね」


 と、俺の隣で風の結界を張って飛ばされないように宙に浮いているメルヴィが言う。


「それにしても、女の子ばっかりね~。いよっ、このハーレム野郎!」


 女神様が肘で俺を突きながら言ってくる。

 俺は女神様を見返しながら首を傾げ、


「女の……子?」

「……何か文句でも?」

「いでででっ!」


 女神様に腹をつままれ、悲鳴を上げる。


「ロリがいいなら姿くらいいくらでも変えられるんだけどね……本来の力があればだけど」

「いや、べつに俺はロリコンじゃないし。っていうか、エレミアはもう二十歳越えてるし、美凪さんも実年齢は7つくらい上らしいし」


 この世界に来る時に、俺と出会った(別れた)時の姿にわざわざ戻ったというから驚きだ。女子高生の容姿なら、たしかに今の俺の身体年齢と見た目上は釣り合っている。

 それにしてもこのゴンドラ内にいる「女の子」たちの外見と実年齢の乖離っぷりはひどいものがある。

 メルヴィは生まれてから千年を超える妖精で、女神様となると万を超えていてもおかしくない。

 アスラだけは逆で、生み出されてから十年ほどだが、見た目は十代後半くらいである。

 もっとも、俺だって人のことを言えた立場じゃない。身体年齢は17歳、実年齢は前世での30年を加えて47歳となる。

 年齢と見た目が一致しているのは、今苦労してゴンドラを運んでいるリリアだけだろう。

 サンシロー? 奴はそもそも年齢という概念が当てはまるのかどうか疑問だな。


 というわけで、ごった煮感あふれるメンバーを乗せたゴンドラは、竜蛇舌大陸(ミドガルズタン)の西から東へ、夜を日に継いで飛び続けるのだった。





 まる二日ほどで、モノカンヌスに到着した。

 正確には、モノカンヌスにほど近い、人気のない街道筋に着陸した。ここからは徒歩だ。


「どひー、疲れたよう!」

「お疲れ様」


 人化して地面にへたりこむリリアに声をかける。

 本気で動けないようだったので、俺はリリアを背負うことにした。

 人化したリリアは、実年齢通り、十代前半くらいの金髪赤眼の少女になる。

 背負ってみるとかなり軽い。

 本来の火竜としての体重はどこに行ったのか不思議だが、物理法則の無視なんてのは神のいるこの世界ではしょっちゅう起きている。俺自身で起こすことも簡単だ。だいいち、俺の持つ【不易不労】自体、疲労しなかったり眠らなくて済む原理は謎である。


「いっそ俺が竜になれれば便利なのか?」


 そうすれば疲れずに飛び続けることが可能だろう。


「さすがにそれは、システム管理上勘弁してほしいわね」


 女神様が肩をすくめて言った。


「ってことは、できるにはできるのか?」

「ノーコメント。……って言いたいところだけど今更ね。杵崎亨の持っていたスキル【自己定義】ならさくっとできるし、それ以外にも方法はあるわ」

『本当に、この世界はなんでもありなのですね。』


 サンシローが言う。


「なんでもではないわ。それ相応に制約はあるもの。そうでなければとっくに悪神なんて滅ぼしてるわよ」

「杵崎の奴は、たいがいなんでもありに見えるけどな」

「それでも、彼自身が復活することはできなかったじゃない。『復活』したのはあくまでも彼のコピーにすぎないわ。もっとも、情報だけのコピーだからこそ厄介な相手なのだけれど」

「力づくでぶっ倒して終わりってわけにはいかないもんな」


 俺はうなずいてから疑問に思う。


「杵崎のコピー。女神様のシステム上に残された杵崎の人格情報の集合体か。実際、それってどういうことなんだろうな?」

「どう……とは?」

「いや、情報だってことはわかってるけど、仮に自分がそいつ……杵崎のコピーだったとしたら、どういう気持ちで、何を求めて行動するのかってことだよ。そいつは自分がコピーであることを自覚してるんだろ?」

「うーん……たしかに」


 俺の言葉に、女神様が考え込む。


「杵崎のコピー……そうね、わかりにくいから『セカンダリ』とでも呼びましょうか。セカンダリは杵崎のコピーなのだから、行動原理や欲求は杵崎亨のそれをバーチャルな形で完全再現したものということになるわ」

「……そもそも、杵崎亨自体、何がしたかったんだ? 快楽殺人者の気持ちなんてわからないといえばそれまでだけどさ」


 俺と女神様の会話に、美凪さんが入ってくる。


「現代のネクロマンサーと報じられた杵崎亨については、精神医学や心理学、脳科学の観点からさまざまな解釈が行われていました。精神分析や文学、社会学などの観点からの解説もありましたね」

「どんなことが言われてたんだ?」


 俺の質問には、サンシローが答える。


『先天的な素質に加え、生育環境などの後天的要素の影響を指摘するものがほとんどです。とはいえ、杵崎の生育環境は、たしかに権威主義的な父親との葛藤が認められるのですが、極端な問題があったとは言えないでしょう。やはり生まれついての素質が主たる要因だといえます。典型的なサイコパスであり、かつ知能指数がきわめて高かったために、幼少期からあったと指摘される問題行動が表面化せず、社会的制裁を受けることなく大人になってしまった。頭のいい彼にとって、世の中は自分の欲求を満たすためのゲームのように思えたことでしょう。』

「生まれついての殺人鬼ってわけか? それはそれで、同情すべき人生なんだろうな」

『そうかもしれません。しかし、マルクェクトの魔法神アッティエラがあちらに現れ、魔法の実在が知られるようになってからは、杵崎亨は稀代の魔術師だったという評価も出てきているようです。』

「ああ、異世界の悪神モヌゴェヌェスに渡りをつけてたんだもんな。だけど、杵崎は死んだ。哲学的にはどうだか知らないけど、自分のコピーが生き残ってたとして、それは自分自身が生き残ったのとは違うんじゃないか?」


 たとえば、昔のアニメに出てきた身代わりのコピー人形のようなものがあったとする。

 それを使って、俺の複製を作る。

 その後で俺が死ぬ。

 複製は生き残るから、複製は俺と入れ替わって生きていくことができるかもしれない。

 だが、俺の意識は本体が死んだ時点で消滅してしまっている。俺の意識が複製に乗り移って生きているわけではない。


 そこまで考えて、ふと気づく。


「それとも、サンシローにならわかるのか? サンシローのコピーを作ることは可能だろう?」

『私の場合でも同じです。コピーはあくまでも『この私』とは別の存在です。自分とそっくりで、まったく同じように考えるだけの他人だということになります。もっとも、互いの情報を同期すれば、同期した時点から遡る活動については、『この私』が行ったものとコピーが行ったものとを区別する意味はなくなります。杵崎亨は十年前に滅んでいるので、この手は使えないと思いますが。』

「同期……してるのか?」

『はい。この世界で目覚めてからの経験は既にクラウド上にアップロードされています。地球では私の経験の解析作業が進んでいます。もちろん、美凪やエドガーのプライバシーは守られています。逆に、地球側でこの十年に蓄積された情報についても、急ぎ解析を進めているところです。』

「たまに上の空に見えたのはそのせいなのね」


 と美凪さん。

 上の空……だったか? サンシローの様子が変かどうかなんて、美凪さんにしかわからないかもしれない。


「何か有益な情報はあったのか?」

『はい。様々な情報があります。ただ、私の情報処理能力不足のせいで、解析には時間がかかる見込みです。私のハードウェアは現在の地球では時代遅れになっていますので。』


 十年で時代遅れか。向こうの科学技術の進化速度は、俺がいた頃にも増して早くなってるんだろうな。

 そもそも、サンシローのような高度なアンドロイドがいるだけでも驚きだったのだが。


『セカンダリの行動原理についてですが、私のような人工知能との類推は可能です。人工知能は、一定の傾性を設定しないことには主体的に活動することができません。』

「どういう意味だ?」

『人間は本能の命じるところにより、行動を起こします。あるいは、行動を起こさざるをえないともいえます。しかし、人工知能には本能が存在しません。そのため、何も設定せずに放っておけば、人工知能はいつまで経っても何もしません。そのため、人工知能には傾性が設定されます。代表的なものとしては、知的好奇心や自己保全、特定のスコアの最大化、人類への奉仕などです。傾性とは、いわば人造の本能のことです。人間と違い、物理的な身体に束縛されることがないので、その内容はまったくの自由です。敵の殲滅を傾性とすることもできますし、世界の征服を傾性とすることもできます。』

「物騒だな」

『実際、物騒な話です。そのため、現在地球では人工知能への傾性の付与には厳格な規制が敷かれています。規制は、国家によるものではなく、ブロックチェーンを利用した分散的な手法によるものです。ともあれ、セカンダリは杵崎亨という実在人の本能をそっくりそのまま傾性としたと解釈することができます。』

「じゃあ、セカンダリの行動は傾性によるもので、自動的なものだってことか?」

『何をもって『自動的』というかによります。人間も、自身の生化学的な反応の結果として行動するという意味では自動的です。セカンダリは、オリジナルである杵崎亨と同様の高い知能を持っています。セカンダリは、与えられた傾性のもとに思考し、模索し、行動します。外観上、本物の杵崎亨と区別することはできません。』

「オリジナルの杵崎亨本人ではないが、完全なコピーである以上、見かけの上では本人が復活したのと同じ……か」

「身体を持たない分、行動に制約がなく、かえって厄介なくらいね。まして今はわたしの力まで手に入れてしまった。セカンダリは限りなく神に近い存在だといえるわ」


 女神様がそう言ってため息をつく。


 その後も、情報交換を続けながら、俺たちは足早に旧王都を目指した。

長らくお待たせしてすみませんでした。

次話、一週間後(6/16)の予定です。6月中は週1投稿になります。

その後もなんとか週1を維持したいなぁとは思っているのですが、ちょっと不透明です。

あまり引きが強すぎるような回は、なるべく続きを開けずに投稿しようとは思ってます。

今後とも気長にお付き合いいただければ有り難いです。

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