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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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157 交信

「サンシロー、戻ったよ」


 この世界で最初に目を覚ました魔導師の工房に戻り、わたしは中に向かって声をかける。

 中にいたサンシローがこちらを振り向く。


『おかえりなさい、美凪。無事なようで、胸を撫で下ろしました。』


 サンシローが、大きく空いた胸を「撫で下ろし」て言った。


「その胸はどうしたの?」

『ここには、もともと3Dプリンタのモジュールが入っていました。その3Dプリンタを使って、より精密な3Dプリンタを作り、その3DプリンタでMPコンバータの部品を作成したというわけです。』


 サンシローが、机の上にある、テントの骨組みに機械をぶらさげたようなものを指さして言った。

 その骨組み――即席の3Dプリンタの前には、小さな箱が置かれている。


「器用なことをするのね。その箱がそうなの?」

『ええ。しかし、作っておいてなんですが、私にはなぜこの箱が動作できるのか、原理がよくわかりません。』

「動かないの?」

『どうやら、ロボットにはこの装置を起動することができないようなのです。魔力を扱えるのは生身の人間だけなのだと。いつか安倍賢晴(あべのかたはる)さんがおっしゃっていたとおりですね。』

「わたしにできる?」

『魔力のもととなる物質を入れて、スイッチを入れるだけです。どうして人間とロボットで結果が異なるのか、まったくもって不可解です。』


 珍しく参ったようなことを言うサンシロー。


『もっとも、そのおかげで地球では、人工知能によって職を失った人々が魔法関連の仕事につくことができています。アッティエラが地球の神になったのは絶妙のタイミングだったようですね。』


 人工知能の普及による雇用の消失は、わたしがいた頃にも囁かれていた。

 が、思わぬ形で解決してしまったらしい。


「っと。こうしててもしょうがなかった。さっそくやってみましょう」


 わたしは「箱」を手にとった。


『上蓋を開けてください。』

「こう?」

『ええ。そこにある空洞に、魔力のもととなる物質を入れてください。』

「ここね。よっと……ギリギリのサイズだったわね」

『申し訳ありません。見越して大きめに造るべきでした。』

「なんとかなったからいいわよ。あまり大きくてもかさばるし」


 精霊核のかけらを押し込んだMPコンバータを軽く振る。

 容器がからからと音を立てる。


『ちゃんとしたスイッチは手持ちの材料では作れませんでした。蓋の反対側の面に手を載せてください。……ええ、それで大丈夫です。起動用に微弱でいいので魔力を流す……とあるのですが、美凪にはわかりますか?』

「魔法を使う感覚でいいのよね」

『使えるのですか?』

「道中で覚えたわ。わかると結構楽しいわよ。ええっと、こうね」


 わたしはMPコンバータに魔力を流す。

 MPコンバータが振動を始めた。


『ほう、本当にできましたね。私にはまったく起動できなかったのですが……。』


 サンシローが感心する。

 いや、サンシローに「感心する」なんて機能はないだろうから、対人間用の演技なのか。


『では、コンバータを貸してください。』


 わたしがサンシローにコンバータを渡すと、サンシローは腰の後ろから電源プラグを引っ張りだす。コンバータの片面にはコンセントがついている。サンシローは電源プラグをコンセントに差し込んだ。


『コンバータからの電流を確認しました。規格通りの電流で、出力も安定しています。問題なく充電できるかと。』

「よかったぁ」


 わたしは安堵の息を漏らしながら、部屋にあった椅子にへたりこむ。


『ご迷惑をおかけしました。』

「違うでしょ。こういう時は『ありがとう』でいいのよ」

『ありがとうございました、美凪。おかげさまで、この世界での活動のめどが立ちました。』

「このかけらで、どれくらいの間動けるの?」

『半年は優にもつでしょう。』

「そんなに?」

『MPコンバータは、タービン式の発電機に比べて効率が格段にいいのです。また、美凪の回収してきた『精霊核のかけら』が、魔力の源として非常に優秀だったからでもあります。』


 だんだんサンシローが饒舌になってきた。エネルギーに余裕が出てきたのだろうか。


『美凪、お願いがあります。』

「何?」

『よろしければ、美凪が戻ってくるまでに見聞きしたことを、可能な限り詳しく教えていただけないでしょうか?』

「ああ、それは必要ね」


 わたしの頭だけではわからないことでも、サンシローならなんらかの洞察を導き出せるかもしれない。それに、サンシローは地球のインターネットに接続できる。サンシローの開発者であるレイモンドに意見を聞いてもいいし、レイモンドに別の専門家を紹介してもらってもいい。これからは、わたしひとりですべてを抱え込む必要はないのだ。


 そう思うと、どっと疲れがのしかかってくる。

 が、ここだって絶対に安全とは言い切れない。休む前にサンシローのリクエストに応えておこう。


「そうね、じゃあ……」


 サンシローの充電を待ちながら、わたしは精霊核のかけらを入手するまでの体験を、細大漏らさず語っていく。


(ロボット相手だと気が楽ね)


 人間だったら、興味を引くように話を組み立てなければならないところだが、サンシローなら思いつくままに話しても自力で内容を整理してくれる。

 途中で休憩をはさみながら、話は3、4時間ほども続いた。




『興味深いことだらけでしたね。』


 というのが、わたしが語ったことに対するサンシローの感想だ。


「魔法のこと?」

『いえ、魔法については、実は緊急度はさほど高くありません。人の用いる技術であるという意味では、科学と区別する必要がないともいえます。この世界の人々は、武器を持っていないからといって油断はできないという点だけ押さえておけば、当面問題はないでしょう。もちろん、可能な限り情報を集める努力は必要ですが。』

「じゃあ、何が気になったの?」

『我々が注意するべき相手についてです。魔物という脅威の他に、『悪魔』と呼ばれるものを召喚できる邪悪な集団が存在することがわかりました。』

「ああ、そっちか」


 危険度という意味ではそうかもしれない。


「でも、もう遭遇する機会はないかもしれないわよ?」


 帰り道でも、出くわさないように注意しながら進んできた。

 魔眼で見る限りでも、当面は脅威となるようなもの(・・)こと(・・)は見当たらない。

 わたしの言葉に、サンシローがうなずく。


『そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。しかし、ここで問題となるのは、美凪の目撃した集団それ自体ではなく、その集団の存在が示唆することなのです。』


 サンシローは時々、英文の直訳のような言い回しをする。


「……わからないわ。どういうこと?」

『不法な集団が存在するという事実は、この世界の治安や秩序に対する大きな不安材料です。その集団と今後遭遇することがなかったとしても、他にも同様の危険な集団が存在するならば、我々はより慎重に行動しなければなりません。』

「それは、その通りね」


 サンシローの言葉にうなずく。

 ああいう集団が存在できる程度には、この周辺の治安は悪いのだろう。


『美凪。話の途中で、魔導師パンタロンの遺したとおぼしい手記を回収したと言っていましたね? 見せていただけませんか?』

「いいけど……読めるの?」

『おそらく、解読できるかと。』


 わたしは隠し部屋で魔剣〈穿嵐〉と一緒に回収してきたパンタロンの手記をサンシローに渡した。

 サンシローは機械の手で素早く、かつ丁寧にページを繰っていく。読んでいる時間より、読んでからの時間の方がずっと長い。たぶん、インターネットに接続して、グリンプス社の所有する専用サーバーで機械学習をかけているのだろう。


『手記の内容は、グリンプス社と共有して構いませんか?』

「うーん……問題はない、かな?」


 途中、そんな会話だけをして、数十分ほど待たされた。


『解読が終了しました。』

「内容は?」


 勢い込んで聞く。


『大半は日記です。といっても、研究の記録が中心ですね。資料的価値は高いと判断します。』

「彼は、パンタロンで合ってるのよね?」

『はい。手記に署名が残っています。パンタロンは、異世界との交信を研究していたようです。』

「異世界との交信?」

『さらにいえば、なんとかして異世界に渡りたい、というのがパンタロンの渇望でした。』

「レティシアさんと同じね。世界は違うけど、杵崎もそうか」


 どいつもこいつも、どうして異世界になど行きたがるのか。

 って、わたしも加木さんを追いかけて異世界までやってきたんだった。

 ブーメランだったわね。


『パンタロンは、最初に魔剣〈穿嵐〉を開発しました。世界はひとつの巨大な嵐であると、パンタロンは述べています。その嵐には核となる部分がいくつかあり、その部分を正確に『突く』ことで嵐を食い破ることができると書かれています。』

「たしかに、〈穿嵐〉はそういう効果を持ってるわね」

『地球風に説明すれば、世界をひとつの複雑系と見なし、その特異点に干渉することで系に大きな変化を与えられる、という発想ですね。パンタロンの述語は思弁的で難解ですが、カオス理論の核心的な部分を捉えていると思われます。』

「へぇ……」


 わたしにはそれがどれほどすごいことかはわからないが、パンタロンが天才だったことは、〈穿嵐〉を見るだけでもわかる。


『しかし、パンタロンは魔剣〈穿嵐〉を失敗作と見なしています。』

「なんで? こんなにすごい剣なのに」

『〈穿嵐〉では、世界そのものに干渉することはできなかったからです。〈穿嵐〉に干渉可能なのは比較的規模の小さい事象のみです。パンタロンは失望し、別の研究に取り掛かります。』

「別の研究?」

『ほかでもない、〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉ですよ。美凪をこの世界に召喚した魔法です。』

「ああ、そういうこと」


 正確には、パンタロンの遺した〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉の魔法を、アッティエラが起動して、わたしをこの世界に再構成したのだ。


『ですが、パンタロンにとって、この〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉ですら、失敗作でしかありませんでした。』

「……それはわかるわ。だって、パンタロンは自分自身が異世界に渡りたかったのでしょう? 異世界の英雄を召喚できたところで、パンタロンにはさして意味がない」

『そういうことです。手記の記述の大部分は、〈穿嵐〉と〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉の技術的解説、及び、それを可能とする魔法的な理論の証明に充てられています。地球の数学と比べれば稚拙な証明ですが、見るべき箇所は多いと思われます。』

「なるほど……アッティエラが激賞するわけだ」


 元はこの世界で魔法を司る神をやっていたアッティエラは、パンタロンのことを高く評価していた。彼の実績を知れば、その評価も納得だ。


「そういえば、さっき手記の内容を共有していいか聞いてきたわね? あれはどうして?」

『グリンプス社に協力してもらい、パンタロンの研究を検証してもらうためです。考えてみてください。美凪は〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉によってこの世界に召喚されました。では、もし地球で〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉を起動することができるとしたら?』

「そっか! 地球に戻れるんだ!」

『ええ。もっとも、〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉の場合、魂のみを異世界から召喚し、肉体は十年がかりで再構成するわけですから、行き来に毎回十年の時間が必要ではありますが。』


 だとしても、地球に戻れるというのは大きい。

 この世界が危険かもしれないとしたらなおさらだ。


『美凪は、天涯孤独だった加木智紀氏とは異なり、家族や友人が地球にいます。時間はかかりますが、帰還の手段についても模索するべきです。』

「……そうね」


 レティシアと戦った時は、世界の危機でもあり、自分の命をかけることにためらいはなかった。

 この世界で再構成されることについても、加木さんがいるならと前向きになれた。


 だが、状況が落ち着いてみれば、多くのつながりを失ってしまったことに気づいてしまう。

 ……まぁ、サンシローがいるので、インターネット経由でメールしたりテレビ通話したりはできるのだけれど。


「この世界で生きていくんだ! って思ってたけど……あなたの言う通りだわ、サンシロー。ありがとう」

『どういたしまして。ところで、美凪のご家族や友人・知人の現在の連絡先を、グリンプス社に依頼して調査してもらいました。グリンプス社の端末を持っている方については、既に連絡先が特定されています。他社のサービスを受けている方については、もうしばらく時間がかかるそうです。よろしければ、現在オンラインの方とおつなぎしましょうか?』


 サンシローの提案に少し悩む。

 だって、


(十年経ってるのよね……)


 わたしは、「神の杖」事件(わたしがレティシアによる核ミサイル発射を食い止めた事件はそう呼ばれているらしい)で我が身を犠牲にして世界を救ったことになっている。

 サンシローがわたしの最後の会話をクラウド上にバックアップして公開したため、一部始終が世界中に知られることになった……らしい。

 その後、この世界で再構成されたことはアッティエラしか知らないから、わたしは死んだことになっていたはずだ。

 しかも、再構成によって、当時22歳だったわたしは、十年後の今になって16歳相当の姿に若返るというわけのわからない変化を遂げている。


(こんな状況、どうやって説明しろっていうのよ……そりゃ、母さんや父さんや真希や伊澄には会いたいけど)


 わたしが思い悩んでいると、


『ああ、事情については既に私から説明しています。どちらにせよ、レイモンドには説明する必要がありましたので……。差し出がましかったですか?』

「えっ……あ、そうなんだ……気が利くわね」


 そういうことなら、悩むことはない。

 ……緊張はするが。


 というわけで、わたしは身近だった人たちに異世界での近況報告をすることになった。


 みんな十歳(とし)を取っていたけど、幸いなことにみな元気でやっていた。


 父は、わたしのことを誇りに思うと言ってくれた。

 でも、これからは他人のことより自分の身の安全を考えろと怒られた。


 母は、無事でよかったと泣いていた。

 何年かかってもいいから戻ってきてほしいと言われてしまった。


 高校時代からの友人である真希や伊澄には、あんたらしいねと呆れられた。

 異世界まで行ったんだったら、憧れの人を絶対に捕まえろとはっぱをかけられた。

 さすが、長い付き合いだけあって、わたしの言ってほしいことをわかっている。


 プロゲーマーとして世界大会で対戦した海外の選手にも連絡が行っていた。

 アメリカや韓国、香港の選手が、美凪がいないと張り合いがない、ネットが繋がるなら異世界からでも対戦できないかと詰め寄ってきた。


 通信を切ると、涙が出そうになった。


 早く、加木さんに会いたい。


 同郷の人たちと話したからか、その思いが強くこみ上げてきた。

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