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154 隠し部屋

「――《フレイムランス》!」


 わたしの放った炎の槍が、体高2メートルはありそうな巨大なアメンボ型の魔物を倒す。


「ふぅ……」


 ゴブリンとの遭遇から、半日ほどが経っている。

 あの後、わたしは下への階段を見つけ、「地を天と仰ぐ塔」の次の階層へと足を踏み入れた。

 休み休み進みながら、魔眼で狩るべき魔物と避けるべき魔物を峻別、戦いの経験を積極的に積んでいく。

 魔眼のおかげもあって、《フレイムランス》はとくに苦もなく放てるようになっていた。


「ハクスラっていうのよね、たしか」


 プロゲーマーとしての仕事でMMORPGに関わった時に、そんな言葉を聞いたことがある。

 高校生になるまでゲームとは無縁だったわたしにはいまいちピンとこなかったが、そのようなゲームのジャンルがあるのだという。

 モンスターを倒し、ダンジョンを探索する。プレイヤーキャラクターはモンスターを倒すことで強くなる。モンスターからのドロップ品や探索で発見したアイテムを装備することでもキャラクターを強化することができる。

 しかし、


「それが楽しいと思えるのは、ゲームだからよね」


 ゲームに限らず、エンターテイメント作品はなぜああも戦ってばかりなのだろう。

 実際に命がけで戦うとなったら、そこに楽しい要素なんてほとんどない。

 今だって、わたしは強敵との戦いを避け、慎重に弱そうな相手を選んで戦っている。

 戦いは一方的なもので、そこにはいかなるドラマも存在しない。

 《フレイムランス》を放って、できる限り一撃で魔物を屠る。

 やっているのはそれだけだ。


「魔物とはいえ、無益な殺生は嫌だけど……」


 そもそも、この世界の魔物とはどういう存在なのか?

 害しかない文字通りの怪物なら、倒すのをためらう必要はないのかもしれないが、たんに凶暴なだけで野生の動物と変わりない存在だとしたら?


「ううん……心象としては、とても邪悪なものみたいなんだけど」


 野生動物は意味もなく人を襲ったりはしない。

 動物自身が危険を感じるから人を襲うのであって、生まれつき人を襲うような本能があるわけではない。


 が、この世界の魔物は違う。

 わたしを見つけると、当たり前のように襲ってくる。

 攻撃し、殺すことそのものを楽しんでいるようにも見える。

 その点では、あまり良心の呵責を覚えずに倒すことができているのだが……


「この世界についての情報が足りなすぎる」


 襲ってくるのが魔物ならまだいい。

 もし、襲ってきたのが人だったら?

 わたしは自分を殺そうと襲ってくる人間と戦い、それを殺すことができるのだろうか?


「あの通り魔……杵崎亨」


 その名前を思い出すだけでも怖気が走る。

 あの通り魔は、後の報道によれば、真性の快楽殺人鬼だったらしい。外面では有能なエリート外科医を装いながら、裏ではその立場を利用して悪魔崇拝の儀式を行っていた。

 そんな最悪な人間を前にしても、相手が人間だというだけで、殺すことに躊躇を覚えないとは言い切れない。


「それも問題だけど……」


 もう少し差し迫った問題が別にある。


「何これ……眠い?」


 わたしは、眠気に襲われていた。

 魔物を何体か倒した頃からだったと思う。

 わたしの意識に、薄ぼんやりとした眠気がまとわりついてくる。

 今のところ、このダンジョンの中でわたしは安全地帯を見つけられていない。

 魔物の徘徊する場所で眠るわけにもいかないので、わたしは意識を引き締めて探索を続行するしかない。


 はじめ、わたしは眠気が集中力に悪影響をおよぼすのではないかと心配した。

 が、その心配は杞憂に終わっている。

 不思議なことに、この「眠気」は、わたしの集中力を阻害しない。

 格闘ゲームでは海外の大会にも出場していたが、最初の頃はジェットラグ――いわゆる「時差ぼけ」に悩まされた。瞬時の判断を要求される格闘ゲームにおいて、判断力の低下は深刻な問題なのだ。

 その頃の感覚を知っているからわかる。今、わたしは眠気を感じているが、集中力が下がってはいないらしい。少なくとも、自覚できる範囲では下がっていない。


「危険な場所にいるせいで、意識が過覚醒してる可能性もあるけど……」


 世界大会でだって、わたしは自分の意識の状態はきちんと把握できていた。

 今、わたしが自分で自分の状態がわからないほど興奮しているとは思えない。

 それに、もしそうだとしたら眠気も感じなくなるのではないか。


「まずは、安全地帯の確保ね」


 ゲームと違って、わたしは生身の人間だ。

 休まずにハクスラし続けるわけにはいかない。

 それに、さっきから《フレイムランス》を使っているが、ゲーム的に考えると、魔法を使うには魔力のようなものを消費するはずだ。敵前でいきなり魔法が打ち止めになってしまったら大変だ。


「ええっと……魔眼で調べるか」


 わたしは魔眼で選択肢を生成し、最寄りの安全地帯までの経路を探っていく。



 数時間後、わたしは無事に安全地帯に辿り着いた。

 選択肢によって、安全地帯の候補はいくつか見つかっていたが、この安全地帯には、他より強い可能性を感じていた。それが具体的にどんなものなのかはわからなかったが。


 ぶ厚い扉を押し開き、「安全地帯」に入る。

 室内の光景を見て、わたしは思わず眉をひそめた。


「何これ……?」


 安全地帯は、20畳くらいの部屋だった。

 最初に目を覚ました、魔導師の工房とよく似ている。

 が、決定的に違うのは、


「荒らされてる」


 書物は書棚から引きずり出されて床に積み上げられ、戸棚の引き出しは乱暴に引き抜かれたままだ。


 わたしは書棚を観察する。


「埃が残ってる場所と、残ってない場所があるわね」


 その痕跡から考えると、書棚から本が抜かれてから、埃が積もるほどの時間は経っていないことになる。


「最近誰かがこの部屋を荒らした、か」


 それが盗賊や遺跡荒らしのような危険人物だったらどうしよう?

 わたしは床に残された足跡を調べてみる。


「4、5人、かな」


 はっきりとはいえないが、何人分かの足跡が、床に積もった埃の上に残っている。


「どうしよう……こんなところで休んでいいの?」


 この部屋を荒らした連中が戻ってくる可能性もないとはいえない。


「でも、魔眼ではここがいちばんいい場所だったはず」


 魔眼で見える選択肢は、可能性のいいものほど明るく見える。

 が、何をもってその可能性が「いい」と判断されているのか、その基準がいまいちよくわからない。しゃがむことが敵の攻撃をかわす上で効果的だ、というような場合ならわかりやすい。が、壁についた傷跡を発見することがのちのち魔物の行動を予想する上で役に立った、というような場合、最初の段階ではその選択肢の何が「いい」のかがわからないのだ。


 選択肢が明るかったのは、ここがシェルターとして最もふさわしいという意味ではなく、別の意味で重要だったのかもしれない。


 わたしは、この部屋の探索について、選択肢を生成する。

 その中に、ひときわ明るい選択肢があった。


選択肢14:壁面をよくよく観察する。目で見ても異常を感じられないが、何気なく壁に手を伸ばしてみると、壁面を腕が突き抜けた


「この壁かな?」


 壁を触る。

 腕が壁を突き抜けた。

 選択肢であらかじめ見てなかったら驚いたのだろうが、先にカンニングをしているせいで感動が薄い。

 それでも念のため注意をしながら壁を調べる。

 壁に手を伸ばすと、粘土のような抵抗とともに腕が抜ける。上下左右を調べてみると、ひとがぎりぎり通り抜けられるくらいの範囲が隠し扉になっていた。

 ふと思いつき、一歩下がって、床に転がっていた小石を壁に向かって投げてみる。

 小石は壁にぶつかると、硬い音を立てて床に転がる。


「人間だけが通れるの? でも、万一ここを荒らした連中に見つかったら……」


 というか、この先にその連中が潜んでいないとも限らない。

 そう思いついて、わたしはあわてて身体を引く。

 が、これといって何も起こらない。


 魔眼であらためて確かめる。

 この壁を通るか、通らないか。


選択肢1:壁を通らないことにする。部屋で休息し、体力の回復と成長眠を待ってから再出発する

選択肢2:壁を通らないことにする。部屋では休息せず、疲労を押してダンジョンを進む

選択肢3:壁を通ることにする。隠し通路の先には部屋があり、そこで魔剣〈穿嵐〉と背教の魔導師パンタロンの遺骸を発見する


 選択肢1はやや暗く、2はさらに暗い。3は明るい。


「なんかいろいろつっこみどころがあるんだけど……」


 わたしは頭を押さえる。


 わかるところから整理しよう。

 まず、明るさ。3>1>2となっていて、3は1の3倍くらい明るい。逆に、2の暗さはこれまでの経験からしてかなり危険な部類に入る。


「休まずに進むのは危険、か。そりゃそうよね」


 ここまででだいぶ疲労が溜まっている。

 肉体的にも、精神的にもだ。

 神経が昂ぶっているから感じにくいが、思っている以上に疲れているだろう。


「逆に、ここで休んでも、そこまで大きな危険はないみたい」


 入ってきた扉は頑丈で、内側から鍵をかけられる。

 休んでいる間に魔物や危険人物に襲われるおそれはないだろう。


 ここまでは、常識で考えればなんとかわかる。


「問題はその他の部分よね」


 わからない部分は、大きく分けて大小二箇所。


 小さい方は、選択肢1の「成長眠」という言葉だ。


「『体力の回復と成長眠』か。並列されてるってことは、体力の回復と似たような何かってことね。体力の回復と並ぶくらいに重要だってことでもあるかな」


 成長眠=成長+睡眠、というふうに考えると、


「……もしかして、レベルアップ? って、ゲームじゃないんだから」


 自分でそうつっこむが、考えてみても他の可能性が思いつかない。


「とりあえず、寝てみればわかるってことよね? すくなくとも悪いことではないし、どちらにせよ睡眠を取らないわけにもいかないんだから」


 成長眠とやらが、睡眠とは異なるものである可能性もないわけではない。

 が、選択肢はわたしの取りうる行動なのだから、普通に休息すれば自然に成長眠とやらを行ったことになるんじゃないか。


「成長眠はそれでいいとして……残るは魔剣か。ええっと……〈穿嵐(センラン)〉でいいのかな」


 魔導師パンタロンの遺骸、というのは想像がつく。

 おそらくは、ここを根城にしていたという魔導師のことだろう。彼が〈英雄召喚(サモンヒーロー)〉の魔法を完成してくれていたおかげで、わたしは今この世界にいられる。


「遺骸があるなら、お墓くらいは作ってあげたいわね。でも、石で囲まれたダンジョンの中じゃ難しいか」


 隠し通路の奥に部屋があるということは、そこならこの部屋を荒らした連中が万一戻ってきても比較的安全だということだ。この隠し通路の奥に連中がいる可能性については、選択肢3の明るさから否定してもいいだろう。


「選択肢3が明るい理由は、魔剣があるから……でいいのかな」


 魔剣。

 解釈だけならいろいろできる。

 ゲームでいえば、魔法の力の宿った強い剣、というオーソドックスな解釈から、魔の剣、すなわちなんらかの呪いの込められた危険な剣だという解釈まで、相当に幅が広くなる。


「それは、魔剣を見てから、魔眼で確認すれば大丈夫ね」


 魔剣を持って行くべきか否かを魔眼で占えばいいだけだ。


「……よし、入るか」


 わたしは腹をくくって透過する壁に身を乗り出した。



 ぬるっとした感覚が全身を襲う。

 泥の中を進むように、身体を前に進めていく。

 一歩、二歩。三歩目で、泥を突き抜けた。


「きゃあっ!」


 突然抵抗がなくなり、わたしは前のめりに転びそうになる。


「わっ、とっ……」


 けんけんの要領で隠し通路を進む。

 通路は2メートルほどしかなく、すぐに扉に行き着いた。

 ついた勢いが止められず、体当りするように扉に突っ込む。

 扉が外れた。

 扉は奥に向かって倒れ、盛大な音と埃を立てて地面にぶつかる。


「ぶふっ、げほっ!」


 わたしはよろめいて、そばにある何かによりかかる。

 ひとしきり咳き込んでから目を開く。


 目の前に、ミイラの顔があった。


「き、きゃああああっ!」


 思わず悲鳴を上げて、尻もちをつく。


「げほっ……ほ、埃が……」


 悲鳴を上げたせいで埃を吸い込んでしまった。


 埃が収まってから、わたしはようやく立ち上がる。


 わたしがさっきよりかかったのは、安楽椅子のようだった。

 その安楽椅子に、朽ち果てた(むくろ)が横たわっている。


「魔導師……パンタロン」


 さっきの選択肢によればそういうことになる。

 朽ち果てた骸からは、パンタロンが苦しんで死んだのか、安らかに死んだのか、判断するすべはない。


 パンタロンの眠る安楽椅子の向かいに、大きなデスクがあった。

 デスクの上には、青と銀色の、ひとふりの剣が置かれている。

 剣は突くためのものらしく、先が尖っていて刃はついていない。刀身は60センチくらいだろうか。博物館で見た日本刀と比べるとやや短い。

 剣の隣に、埃をかぶった金属製の鞘も置かれている。


「これが……魔剣〈穿嵐〉?」


 手にとってもいいものなのかどうかわからない。

 選択肢を生成する。

 手にとっても悪いことが起きないことを確認してから、わたしは剣に手を伸ばす。


「軽い」


 剣は羽毛のように軽かった。剣というより、オーケストラの指揮棒のようだ。


「綺麗ね」


 刃には青と銀の刃紋があり、それが波紋を描いて、ゆるやかな螺旋を形作っている。

 武器というより、芸術品だと言われたほうが納得がいく。

 柄には、フェンシングのフルーレのようなハンドガードがついている。刃と同じような流麗なデザインだ。


「選択肢から察するに、この魔剣を持って行くべきだってことになりそうね」


 魔剣の隣に、埃をかぶった何かが置かれている。

 慎重に埃を払って取り出すと、それは一冊の本だった。


「ううん、日記かしら」


 革の背表紙をめくってみる。

 朽ちかけた紙に書かれているのは、わたしには読めない文字だった。


「この世界の文字かな? サンシローなら解読できるかも?」


 一応、これも持って行こう。


「あとは……この部屋で休んでいく必要があるみたいなんだけど……」


 見回す。

 埃っぽいことは我慢するとしても、安楽椅子にはミイラ化した死体が眠っている。

 蛆や蝿の姿が見えないのは幸いか。腐らずミイラ化しているということは、この部屋はひょっとしたら殺菌されているのかもしれない。


 わたしはあきらめ悪く選択肢を生成して別の手段がないか探ってみる。

 が、この部屋で休むという選択肢が、群を抜いて明るかった。


「はぁ……しかたないか」


 わたしは部屋の隅を軽く片付け、埃のないスペースをなんとか確保する。

 あとはうずくまって寝るだけだ。


 パンタロンの遺骸をぼんやり眺めながらじっとしていると、不意に眠気が襲ってきた。

 抵抗することもできず、わたしは深い眠りの中に落ち込んでいった。

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