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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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133 希望

 都内有数の高級ホテル、グランドハイアット東京。

 その最上階にあるスイートルームに一組の男女がいた。

 壮年の白人男性と若い白人の女性。

 女性はハッとするほどの美人だが、このふたりを見た者が最初に注目するのはむしろ男の方だろう。


 新聞やテレビのニュースを見る者なら――いや、あまり見ない者ですら、この男の顔を知らない者の方が少ないはずだ。

 ロジャー・サリヴァン・トンプソン。

 現在の、アメリカ合衆国大統領である。


 しかし、そのことを知った上でなお、いや、知ったならばなおのこと、今のこの男の顔を見た者はさらに驚くに違いない。

 トンプソンは共和党出身で、歴代の大統領の中でもタカ派で知られる存在だ。

 射抜くような眼光。ハリウッド俳優時代に鍛えた渋い美声。「強いアメリカ」を望む者たちから熱狂的な支持を受けるトンプソンは、在任中に2度も戦争を行っている。

 そのトンプソンが、この女性の前ではだらしなく相好を崩していた。顔の筋肉を限界まで緩ませ、女性の肩に腕を回そうとしては弾かれている。女性につれなくされても、なおのことやにさがるような有様だった。

 トンプソンの信奉者が見たら目を疑いたくなるような光景だろう。


「我が国はこれ以上の戦争を行うつもりはない」


 トンプソンが言った。


「2度の戦争は正当なものだったが、財政に負担をかけすぎた。私の任期中に再度戦争を行うことは難しい。いくつか、私が大統領であるうちに滅ぼしてしまいたい国や組織が残っているが、しかたあるまい」


 肩をすくめるトンプソン。

 その発言内容はここに記者がいたらあまりのスクープにぶっ倒れてしまいそうなものだったが、女性は退屈そうにあくびをしただけだ。


「つまらないわね。アメリカは2度の戦争で利権を確保し、安全保障上の脅威も取り除いた。世界はこれからますます安定していくというわけね」

「その通りだ。私は合衆国大統領として果たすことのできた役割を誇りに思っている」


 胸を張るトンプソンに取り合わず、女性が言う。


「経済的にも、『弱い人工知能』の開発を最初に実用レベルまでこぎつけたことで、アメリカは盤石な地位を築くことになった?」

「そうだ。イランと北朝鮮が崩壊した今、軍事的な脅威は、中国とロシアくらいだろう。しかし両国ともに民主化の兆しが見えつつある」

「もちろん、その『民主化の兆し』を後援するべく、あなたたちはCIAを動かしているというわけね?」

「あなただから言うが、その通りだ」


 女性は小さく頷いた。


「退屈な世界ね……」

「そう言うな、ミス・レティシア。世界はようやくまとまりつつあるのだ。むろん、低開発のままのアフリカや中南米を除いてではあるが」

「あなたたち先進国の支配する戦争のない世界というわけね」

「格差もあろう。不条理もあろう。いまだ紛争の絶えない地域もあろう。それでも、国家間の戦争に終止符を打った大統領として、私の名は人類の歴史に刻まれる」

「ご立派なこと」


 女性――レティシアは肩をすくめた。


「それはそれとして、あなたに依頼されていたものを持ち出す手筈が整った」


 トンプソン大統領が言う。

 レティシアが少しだけ興味のある様子を見せる。


「いかな大統領といえど、『あれ』を持ち出すのは大変なことなのだ。そのことはわかってくれるだろう?」

「ええ……世界を滅ぼしかねないものだものね」

「君があれをどう使うのかはわからないが、他でもない君の頼みだ。私は相当な無理をして『あれ』を用意した。だから……」


 トンプソンがレティシアへと手を伸ばす。

 レティシアはその手からするりと抜けた。

 トンプソンがやるせない表情を見せる。


「まだおあずけよ。続きはものを見てから……ね」


 艶然と微笑むレティシアに、トンプソンが顔を輝かせた。


「ところで、この世界に破局をもたらすにはどうしたらいいかしら?」


 レティシアが聞く。


「『あれ』を使ったとしても、それだけでは人類を根絶やしにすることはできないだろう。他の保有国との段階的な交渉を経て、我が国は保有量を大きく減じている」

「ふぅん?」

「錆びついた冷戦時代の概念を持ち出すのがいちばんだろう。冷戦終了から30年以上が経った現在でも、安全保障の専門家が最も懸念しているのはそのような事態だ」


 トンプソン大統領が鞄から書類を取り出す。

 機密と赤字で大きく印をつけられた分厚い書類だ。

 レティシアはその書類を受け取らない。

 【インスタント通訳】では文字を読むことができないからだ。

 代わりに、レティシアは書類の要点を大統領に要約して説明させる。


 1時間にも及ぶレクチャーの後、レティシアは唇を釣り上げて笑った。


「……第三次世界大戦、なんてのは面白そうね」



 ◇


 わたしは、その門が開くところを始めて見た。

 皇居前広場。都内で生まれ育ったわたしは何度かこの場所に足を運んだこともあった。

 高層ビルの林立する丸の内からほど近い場所にある広場と、その奥にある皇居は、メガロポリス・東京の中心に空いた巨大な空隙だ。かつて日本を訪れた思想家ロラン・バルトは東京のことを中心に空虚を抱えた都市だと表現した。

 しかしこの先にある空間が「空虚」だと本当に言いうるだろうか?

 国家権力の最上位に置かれながら、その地位は象徴にとどまる天皇という存在は、なるほど空虚とも言いうるかもしれない。が、同時にその空虚を中心に、その周囲をめぐるようにしてこの国は回っている――そう表現することもできるだろう。


 皇居を警備する警察官に促されて、わたしは皇居への門をくぐった。

 隣にはもちろんサンシローがいる。

 サンシローを皇居に入れることについては一悶着があったらしいが、サンシロー自身が繋ぎをとったその人物は最終的にサンシローの皇居への立ち入りを認めてくれた。


 不審げに、あるいは興味深そうにわたしとサンシローを見る美男の警察官(皇室警備の警察官は外見も審査されるというのは本当のようだ)に先導されて、わたしたちは目的の建物にたどり着いた。


 建物は、おおまかにいえば神社のような造りだった。

 しかしそれはよく見ると鉄筋コンクリートで補強されている。


「よくいらっしゃいました、片瀬様、サンシロー様」


 神社の戸を開いて、おかっぱ頭の童子が現れた。

 わたしは目を見開いた。10歳くらいに見える童子は平安貴族のような衣冠束帯をまとっていたのだ。童子の顔はおそろしく整っていて、服装も相まってまるで日本人形のようだった。


 童子が先導役だった警察官に会釈をする。

 警察官は、童子に敬礼を返して来た道を引き返していった。


「彼は、来た道を戻り終えると、ここにどうやって至ったかの記憶を失います」


 童子が、いきなりとんでもないことを言い出した。


「片瀬様、ここまでどのような経路で来られたか、記憶にありますか?」


 童子に言われ、思い出そうとするが――


「……覚えてない……」


 皇居の門をくぐったところまでは記憶している。

 そこから先、歩いてきたことだけは覚えているのに、どこをどうやってどのくらいの時間歩いてきたのかが思い出せないのだ。


「サンシロー様はいかがでしょう?」


 童子が聞く。


『ここがGPSの圏外にあることは、正直どう理解すればいいのかわかりません。しかしここに至る経路・時間については記憶しています。』

「GPSの圏外ですって?」

『ええ。地球上にそのような場所が存在するはずがないのですが、事実としてここが地球上のどこなのか、GPSで突き止めることができません。』


 わたしは絶句した。


 その間に童子が聞く。


「サンシロー様。ここに至る経路の記録はここを出次第消去していただけないでしょうか。それが、我が主があなたにお会いする条件です」

『わかりました。必ず記録を消去することをお約束します。』

「不躾な質問をお許し下さい。サンシロー様は、嘘をつくことはできるのですか?」

『可能です。ただし、人命の危機や公共の福祉に反する事態など、いくつかの条件を満たした場合にのみ、方便として嘘をつくことが許されています。これについてはサンシロー自身がプログラムを変更することもできません。』

「あなたの製作者であるグリンプス社のエンジニアがあなたの収集したデータを閲覧することは?」

『サンシローが当事者との間で秘密ないしプライヴァシーに属する旨の合意を得た情報については、たとえ開発者であってものぞくことはできません。』

「なるほど……よくできているものですね」

『恐縮です。』

「それならば構わないでしょう。我が主のもとへご案内いたします」


 童子はそう言うと、ついてこいというように戸の中へと戻っていく。

 わたしとサンシローはその後を追った。


 長い、奇妙な行程だった。

 しんと静まり返った廊下がどこまでも続いていたかと思うと、見事に整備された日本庭園へと行き当たり、そこを抜けると坑道のような地下道をえんえん歩かされた。といっても、どのくらい歩いたのかはよくわからない。長かったような短かったような奇妙な感覚だけが残る。


 気が付くと、わたしとサンシローは一枚の障子戸の前に立っていた。

 いつの間にかわたしは靴を脱いでいた。サンシローも彼専用の「靴」を脱ぎ、腰の横の装着部に格納している。


「ご主人様。お客人をお連れいたしました」


 童子が言うと、障子戸の奥、影になってぼんやりと写っていた人物が身動きした。


「――入(い)れよ」

「失礼致します」


 童子が障子戸を開けた。


「よく参られた、片瀬殿、サンシロー殿」


 そう声をかけてきたのは、初老の老人だった。

 童子の格好が格好だったので、烏帽子に狩衣という格好には今さら驚きはしなかった。


「その囲炉裏端に座ってくだされ」


 老人の勧めに従い、わたしとサンシローはそれぞれ囲炉裏端に用意された座布団に座った。ちなみにサンシローは見事な正座をする。充電の時に便利ということで、元からこの姿勢を取れるよう設計されているらしい。


 わたしたちが座ると同時に、部屋の奥のふすまが開いた。

 そこには、正座し、三指を突いて頭を下げる童子がいた。

 さっきまで道案内をしていた童子とは別の着物を着ているが、髪型や顔立ちは瓜二つだ。

 その童子は、戸惑うわたしと、何があっても戸惑わないサンシローの前に、お茶とお茶菓子を置いた。ふすまを閉めて退出する。熟練の仲居さんのような洗練された所作だった。


「……気になるかの?」


 白髪の老人がわたしに向かって聞いてくる。


「え、ええ」

「あれは、式神じゃよ」


 飲みかけていたお茶を噴きそうになった。


「し、式神、ですか……」

「さよう。開祖安倍晴明以来我が家に代々伝わる由緒正しき呪術じゃ」


 わたしは答えあぐんで目を白黒させる。


「申し遅れたな。わしは安倍賢晴(あべのかたはる)。陰陽師をしておる」


 白い前髪の奥、鷲のように鋭い瞳が、一瞬だけぎらりと光った。


「さて、今日はどんな御用で参られた?」


 老陰陽師の言葉に、わたしはサンシローに目配せする。


『いくつか、お尋ねしたいことがございます。』

「ほう」

『まずは、5年前の事件についてお伺いしたく存じます。』

「5年前……はて、何だったかのう」


 陰陽師が白くなった顎鬚を撫でながらそうとぼける。


『5年前、首相官邸から『あるもの』が紛失した事件です。いえ、正確には『盗難に遭った』……のでしょう?』

「……そのことを、どこから聞きなさった? いや、愚問か。公表されておらぬわしの連絡先を調べあげて接触してきたのじゃからな」


 陰陽師は小さくため息をついた。


「奇妙な事件ではある。しかし、大した影響のない事件でもある。なぜ、サンシロー殿はこの事件に注目された?」

『あなたの報告書を読んだからです。』

「日本政府の機密情報のはずなのじゃがな」

『ご心配なく、インチューイション3の能力であれば、各国の機密情報は等しく閲覧可能です。』

「それのどこが心配ないのじゃ」

『今のところインチューイション3はこのことを秘匿しています。知られれば大変な騒ぎになると、コモンセンスベースが判断していますので。』

「コモンなんとやらのことは知らぬが、それはそうであろう。もう十数年も前にアメリカの諜報員が内部情報をウェブ上にリークした事件があったが、おぬしの言っていることはその比ではない。もっとも、合衆国の手に機密情報が渡らぬかだけは気にかかるが」

『インチューイション3は現在の『国家』という存在は非合理にすぎると判断しています。人類は一刻も早く各国家を非武装化し、経済格差を是正し、人類全体の幸福を実現するべきだと考えます。』

「理想じゃな」

『必ずしもそうは思いません。十分に発達した人工知能には解決可能な問題です。』

「頼もしいの」


 陰陽師の言葉には皮肉が混じっているように思えた。


「その、5年前の事件というのは何なの?」


 わたしが聞く。


『ミナギであれば記憶していると思われます。首相官邸で記者会見が開かれたのですが、生放送もされていたその会見は、途中で打ち切りとなりました。』

「えっ……それって、まさか……」

『はい。通り魔事件で誤射殺された加木智紀氏に対して国民栄誉賞が贈られる旨の会見でした。会見は理由の説明もなく中止となり、後日改めて行われることになりました。』

「覚えてるわ」


 他でもない加木さんのことなのだ。会見は生中継で見ていた。


『あの時、会見が中止となったのは、加木氏に贈られるはずだった記念品がなくなったからです。』

「記念品が……なくなった?」


 国民栄誉賞には賞とは別に記念品がつく。加木さんの場合は腕時計だった。

 その腕時計が、なくなった?


『記念品のあった場所にはメッセージが残されていました。メッセージの内容はこうです。『悲劇の英雄への記念品、たしかに頂戴致しました。配達はお任せを。 A・Z』』

「何よそれ? 怪盗でも気取ってるの?」

『まさに、怪盗と呼ぶべきでしょう。場所は首相官邸です。警備の厳重な官邸に密かに潜入し、会見中のタイミングを見計らって記念品を盗み出したのですから。』

「A・Z?」

『それについては、オールド・マギ。あなたにお聞きするのがよいかと思われます。』


 わたしは初老の陰陽師を見る。

 陰陽師はわずかに眉をしかめながら口を開いた。


「わしにとってはあまり楽しい記憶でもないのじゃがな。仕方あるまい」

『報告書では、あなたは記念品を盗みだした『怪盗』と対決なさっていますね?』

「あれは……対決などと呼べるものではなかった。一方的に下されただけだ。開祖以来の天才。そう呼ばれてきたこのわしが、じゃ」

『『怪盗』の正体は?』

「怪盗は女じゃった。絶世の美女、と言っていいであろうな。彼女はこう名乗った。『異世界マルクェクトで魂と輪廻を司る神アトラゼネク』と」

「異世界の……神?」


 異世界、神。

 そう聞いて連想するのはひとつしかない。

 わたしにとっては忌まわしい記憶。あんなものはただのデタラメだと思っていたのに。


 そして――そう。異世界といえばもうひとつ、連想することがある。

 他でもない彼女レティシア・ルダメイアのことだ。彼女は異世界からやってきたと、洗脳下にあるわたしに語った。しかもその言語は、サンシローですら知らない未知のものだった。


 サンシローが陰陽師にレティシアさんについて説明する。

 陰陽師は突拍子もないはずのその話を、小さく頷きながら聞いていた。


『オールド・マギ。あなたはいわゆる『杵崎ノート』についてご存じですか?』

「ふむ。知っておるよ。7年前に起きた通り魔事件の犯人だった医師の自宅から発見されたというノートじゃろう。悪魔召喚の方法や異世界の悪神について記載されておった」

『では、あなたはあのノートを解読しているのですね?』


 そうだ。あのノートは杵崎の妄想した存在しない言語で綴られていたはずだ。

 あの言語は解読できると、一時ネットで話題になったことがあったが……。


「奴が悪魔召喚師であったことは疑いない。そんな男の残したものだ。この国の呪術を預かる者として放置はできなかった。極秘裏に言語学者の協力を仰ぎ、宮内庁陰陽部は杵崎ノートを解読している。その内容が危険すぎたために、首相に進言してインターネット上からノートのデータを可能な限り削除し、解読してしまった者を割り出して口封じを行った」

「く、口封じ……ですか」

「なに、血なまぐさいことではない。呪術によってこのことを口外せぬよう暗示をかけただけのことじゃ」


 まさか日本の裏側でそんなことが行われていたとは。


「サンシロー殿の言いたいことはわかる。マルクェクト。アトラゼネク。これらの語は杵崎ノートにも記載されておる。異世界の名、異世界の神の名としてな」

『杵崎ノートには、他にも記されていることがありますね?』

「さよう。reincarnation――転生、という語が頻出しておった。我が家の言い伝えにある『転生』は邪法よ。命に限りがあるのが人の定め。それを超えて生き延びようとするのが転生という邪法だと言い伝えられておる」

『たとえば、チベット仏教の指導者であるダライ・ラマは代々転生者であるとされますね?』

「あれは後継者の正統性を示すためのまやかしよ。いや、わしが知らぬだけで、魂の一部を引き継ぐ者を探し出すすべを、彼らが持っておるのやもしれぬがな。杵崎ノートにある『転生』とは文字通りの意味――生まれ変わるということのようじゃった」


 サンシローと陰陽師が議論を深めているが、正直言ってとてもついていけない。


「結局……どういうことなのよ?」


 わたしはこめかみを押さえながらサンシローに聞く。


『あなたを襲った通り魔・杵崎亨は、異世界マルクェクトの悪神モヌゴェヌェスと渡りをつけていた。それから、そのマルクェクトの神であると語ったアトラゼネクなる存在が、加木智紀氏に贈られるはずだった記念品を持ち去った。』

「……わからないわ」

『さらに、オールド・マギの報告書によれば、アトラゼネクはこう言ったと記されています。『加木君への記念品は、わたしがしっかりと本人に渡しておくから、安心してちょうだい』。』

「えっ……」


 本人に渡す?

 異世界の神がそう言ったというのか。

 それはつまり……


「事実じゃ。わしはかの神を捕らえようと呪術戦を仕掛けたが……完膚なきまでに叩きのめされた。いや、叩きのめすというレベルですらない。まるで虫けらのようにあしらわれたのじゃ……このわしが!」


 陰陽師が自身の膝を拳で叩く。

 これまで温和だった陰陽師の顔には激しい憤怒と羞恥とが宿っていた。


 そこに平安時代から受け継がれてきた呪術の後継者としての矜持を見ることができたが――わたしはそれどころではなかった。


「転生……」


 その概念が、杵崎亨と官邸の事件を結びつける。

 杵崎亨は悪魔召喚師だった。そしてどんな方法でか異世界マルクェクトの悪神モヌゴェヌェスとやらと渡りをつけることに成功した。杵崎が悪神に願ったのは転生――自身の魂を他の器へと移すことだったのだろう。

 わたしが巻き込まれたあの通り魔事件も、杵崎が転生するための何らかの儀式だったのかもしれない。


 同時に、異世界の女神が語ったという内容。

 記念品は本人に渡す。あの記念品はわたしを救ってくれた加木さんへと贈られたものだ。だから、女神の言葉の意味は、女神が加木さんに記念品を渡す、としか解釈できない。

 でも、加木さんは故人なのだ。


「杵崎亨は死んだ。加木さんも死んだ。でも、ここに『転生』という概念がある」


 加えて、レティシアさんのことだ。

 おそらくは異世界マルクェクトからやってきた彼女。


「杵崎亨は――加木さんも――異世界に、転生した?」


 穴だらけの推理だが、与えられた材料を考えればいちばん自然な発想だ。


『サンシローも同様に推理しています。』

「加木さんが……生きてる」

『可能性の域は出ませんが、ありうることかと。』


 何も考えられない。

 加木さんは死んでいるはずだった。

 わたしは自分を命がけで助けてくれた人のことを知りたくて、その背中を追いかけてきた。

 その気持ちは、贖罪であり、憐憫であり、そして、恋でもあった。

 わたしは死んでしまった人に恋をしてしまったのだ。


 ――その人が、生きている。


 その事実を前に、わたしはどうしたらいいかわからなくなった。


 頬を涙が伝う。

 同時にその頬がどこまでも緩む。

 胸の奥が熱くなる。


 わたしは衝動のこみ上げるままに言った。


「会いたい」


 生きているというのなら。


「会いたい!」


 呆けた顔でわたしを見る陰陽師の前で、わたしはそう叫んでいた。

次話>一週間後です


活動報告で新連載についてのお知らせをしています。

詳しくは活動報告をご覧ください。

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