130 機上のアンドロイド
わたしは初めて乗るファーストクラスの座席で、周囲のVIPたちの視線を集めながら、人類初のアンドロイドの話を聞いていた。
『サンシローは、グリンプス社内のピアレビューによってとくに優秀であると目されている社員について、あらゆる角度からそのパーソナリティについての調査・分析を行いました。その方法は多岐にわたり、一般的な質問紙検査や構造化面接、ライフヒストリー調査に加え、自由形式のインタビューや彼らの職務上の成果物の精査までをも含みます。その結果として、未知への好奇心が高い社員ほど職務上のパフォーマンスが高いという結果を得ました。この結果は、コモンセンスベースによって推定される一般常識と比較しても穏当です。サンシローはこの知見を有用なものとして、対人接見の際の重要なパラメーターとして扱っています。』
「ええっと……つまり、どういうこと?」
『私自身が、『好奇心』にもとづいて行動するよう、自己プログラミングを行いました。』
「そんなことができるの?」
『たいしたことではありません。コモンセンスベースによれば、人間は他の人間のよいところを真似することで取り込もうとします。サンシローも同様に、自分自身を規定するプログラムを自分で最適化する権限と能力を持っています。』
「自己進化する人工知能、か……」
『その理解で間違いありません。』
サンシローとは、案外馬が合うような気がしてきていた。
いや、サンシローの方で、わたしに合わせてくれているのかもしれない。
わたしの態度、反応、発言内容からわたしの興味を推測し、興味をもつ可能性の高い話題を振っていく。そのようなプログラム――いや、自己学習を行っていてもまったく不思議ではなかった。
合わせてもらっていることに罪悪感を抱く必要はないだろう。
彼は人工知能だ。
私に合わせることでフラストレーションを感じたりするはずがない。
サンシローの理屈っぽい話し方も、慣れてしまえばそんなには気にならなくなった。
わたしは今、法科大学院の院生だ。無味乾燥な法律の文言に比べれば、話し言葉のビッグデータを解析したというサンシローの話し方は、流暢で巧みですらあった。
「それにしても……目立つわね」
ファーストクラスだけに、他の乗客も紳士的で、露骨に覗きこんでくるようなことはないが、抑えきれない好奇の視線をあちこちから感じる。
もちろん、サンシローのせいだ。
若い女がファーストクラスに座ってシャンパン片手にどう見てもSFに出てくるロボットにしか見えない相手と会話している。
これで興味を持つなという方が難しい。
それでも、ファーストクラスはまだましだ。
ラスベガスやロサンゼルスの空港では子どもたちが際限なく集まってきて写真を撮らせてほしいとせがまれた。
最終的には警備員が駆けつけてきて、空港のスタッフと一緒に即席の撮影会場を作ってくれた。そこでフライトの時間まで子どもたちの相手をさせられることになって、ファーストクラスに乗り込んだ時にはぐったりしていた。せっかくの人生初のファーストクラスだというのに、疲れ果ててしまって楽しめるだけの余裕がない。
そしてまた、ファーストクラスの乗客たちの視線である。
そろそろ、好奇心が抑えきれなくなって誰かが話しかけてくるに違いない。
わたしは先手を打つことにした。
フライトアテンダントの女性に頼んで、ファーストクラスの皆さんにサンシローを紹介する時間を設けてもらうことにしたのだ。
フライトアテンダントの女性は、目の前で滑らかに動き喋るサンシローを見ても笑顔を崩さず、わたしの要望を聞き入れてくれた。これが、ファーストクラスを任されるフライトアテンダントの実力か。
「皆さん、おくつろぎのところ、失礼致します」
フライトアテンダントがファーストクラスの乗客たちに呼びかける。
「皆さん、既にお気付きの通り、現在このファーストクラスにはちょっと珍しい乗客の方がいらっしゃいます。その乗客の方から皆さんにご挨拶をしたいとの申し出がございました。皆さん、お時間をいただけますでしょうか?」
フライトアテンダントの言葉に、ファーストクラスの乗客たちは拍手を返した。
ファーストクラスの乗客は拍手の仕方まで上品だなと、場違いなことを思う。
わたしはサンシローを伴って、ファーストクラスのよく目立つ場所へと進み出た。
「えー、皆さん。お騒がせしてすみません。でも、みなさんお気になっていらっしゃるようでしたので、ご挨拶させていただくことにしました。わたしの隣りにいるこの銀色のアンドロイドの名前はサンシローと言います。グリンプス社が手がけた革新的な人工知能を積んだ実験機で、わたしはその教育係を任されました。ほら、サンシロー」
目配せすると、サンシローはわたしの意図を正確に読み取って一歩前に進み出た。
『――私のバッテリーを使ってください。』
いきなり何を言うのかと思ったが、乗客の何人かが噴き出した。
察するに、サンシローの外見の元ネタであるSF映画のセリフなのだろう。
『というのは冗談。皆様、はじめまして。私はサンシローです。お疑いかもしれませんが、私の中には誰も入っていません。電波を使ってリモートコントロールされているわけでもありません。正真正銘、この頭のなかの電子回路に私の意識は宿っています。』
サンシローの言葉に乗客たちがどよめく。
『ご質問があれば受け付けたいところではあるのですが、今の私はレディをエスコートしている最中です。グリンプス社とも情報開示の範囲について摺り合わせが済んでいませんので、今日のところは名刺交換でご勘弁いただけないでしょうか?』
乗客たち、拍手。
そんなわけで、それから1時間ほどをかけて、サンシローとわたしはファーストクラスの乗客たちと名刺交換するはめになった(サンシローは荷物の中にちゃっかり自前の名刺を用意していた)。
さすがファーストクラスに乗っているだけあって、揃いもそろって有名企業のエグゼクティブや政府のお偉いさんばかりだった。中にはわたしも名前を知っている有名なハリウッド俳優までいた。この俳優はサンシローの外見の元ネタとなったSF映画のリメイクで主役を演じていた人で、サンシローと一緒になってみんなで記念撮影することになった。
プロゲーマーというわたしの肩書に興味を持ってくれた人もいて、何か力になれることがあったら相談してくれと言ってくれた。ひょっとしてスポンサー候補を見つけたのかも。
名刺交換会が終わった頃には、わたしの手元には世界を牛耳っている人たちの名刺が数センチもの高さで積み上がっていた。……どうするの、これ?
「……サンシロー、疲れたから少し寝るわ」
『私のために、申し訳ないです。お休みなさいませ、マドモワゼル。』
「マドモワゼル?」
開発主任であるレイモンドの趣味なのか、サンシローはしょっちゅうふざけたりきざな言い回しをしたりする。どうリアクションしたらいいのかわからない。ジョークのつもりなら放っておけばいいが、もし本気でそう言うものだと勘違いしているならエデュケーターとしては訂正してやる必要があるのだろうか。
そんなことを考えているうちにわたしは眠りについていた。
◆
わたしが眠りから覚めた時、飛行機の窓の外は暗かった。
時間的には太平洋の真ん中あたりを飛んでいるだろう。
REVOLVEの決勝、サンシローとの出会い、空港とファーストクラスでの騒動で疲れていたらしく、わたしは随分ぐっすり眠っていたようだ。
外は夜だがもう一度寝付ける気はしなかった。
『おめざめですか?』
「ええ……サンシローは……そりゃ、ずっと起きてたのよね」
『いえ、省電力モードで待機していましたので、寝ていたようなものです。』
「ああ、そういう必要があるのね」
『このアンドロイドが動作する上で最大のボトルネックとなるのは電力です。アンドロイドの長時間連続稼働を可能にするほどのバッテリーは今のところ非常に高価な上に、それですら満足の行くものではありません。』
「……途中でバッテリー切れになって動かなくなったりしないわよね?」
そんなことになったら、わたしはこの等身大の金属の塊をなんとかして充電できる場所まで運んでいかなければならなくなる。
『バッテリー残量については安全率を常に高く取って管理していますので、まず大丈夫でしょう。非常用のバッテリーもあります。』
「それなら安心ね」
外が夜のためか、ファーストクラスは静まり返っていた。
「サンシロー、どうしてわたしをエデュケーターに選んだの? それも、ドラフト1位だったみたいじゃない」
わたしは気になっていたことを聞いてみた。
『まず前提として、あなたの能力に注目していました。アップデートがあるたびにバランスが変化し、戦略が変わる格闘ゲームという特殊なジャンルで、6年に渡ってチャンピオンであり続けることは難しいことです。』
「それだけ? それなら、他にだっているでしょう? チェスの世界チャンピオンだとか、将棋のプロだとか。そうね、テニスの世界ランク1位のラッセル・バートランドなんかはどう? 彼、もう30代の後半だけれど、未だに世界ランク1位を譲っていないわ」
『ラッセル・バートランドはエデュケーターの候補に入っています。将棋については系統的なデータが得られなかったため今回の選考からは見送りました。』
「こう言ってはなんだけど、格闘ゲームの世界は、プロスポーツの世界と比べたら、限られた人の娯楽でしょう?」
『それはこの場合関係がありません。人気のあるスポーツのトップ選手も選考の対象としましたが、テニスのバートランド以上に興味深い者はいませんでした。スポーツの世界と比較して、ゲームの世界は一般的な認知度では劣りますが、競技の特殊性やそこで求められる能力の方向性が、私が学習したいと思う人間の性質と合致していたのです。』
「ふぅん……」
たしかに、同じ「プロ」と呼ばれる存在であっても、プロアスリートとプロゲーマーでは能力の方向性は違うだろう。
「でも、ゲームに限ったって、アメリカで主流なのはFPSやRTSだわ。そっちのチャンピオンは候補に上がらなかったの?」
『格闘ゲームには『読み合い』という要素がありますね? ゲームである以上、他の形態でも多かれ少なかれ読み合いは発生しますが、それがもっとも瞬発的に要求されるのは格闘ゲームだと判断しました。』
「まぁ、それはそうかな」
それでも、なんとなくすっきりしない。
世界初、人類初の意識を持った人工知能が、よりによって自分を師と仰ぐというのは不思議な気がする。
『……本当は、もうひとつ、重要な理由があります。あなたでなければならない、という理由が。』
サンシローが、人間くさくもったいをつけて言った。
「意味深ね?」
『あなたにとっては、気分の悪い話になるかもしれません。もし途中で気分が悪くなることがあったら、すぐにおっしゃってください。』
「……? わかったわ」
サンシローが話をどこに持って行こうとしているのかが全くわからない。
『インチューイションシリーズは人間の直感を再現するために開発されたAIです。しかし、直感は時に間違っていることもあります。自分の直感が正しいかどうかを判断することは、純論理的には不可能なことです。』
「ええっと……理由がないのが直感なんだから、理由を検証することによってその直感が正しいかどうかを判定することはできない……ということ?」
『はい。直感が正しいかどうかは、外界との照合作業を通じて、直感と外界の事象との整合性が取れているかどうかで判断せざるをえません。』
「それは……まぁ、そうでしょうね」
『しかし、常識もまた、常に正しいとは限らないものです。科学的真理を探求しようとする時、常識は固定観念となり、研究者の目を曇らせます。』
ニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力の法則を思いついたという。
でも、リンゴが落ちるのを見たことがある人は、ニュートン以前にもいくらでもいた。
彼らが万有引力の法則に気づけなかったのは、「ものが落ちるのは当然だ」と思っていたからだ。
しかるに、常識は固定観念として科学的な真理探求の障害となる。
そんな論理を、わたしは思い出していた。
『ですので、人工知能の『直感』を活かそうと思うのならば、常識によってフィルターをかけることはあまり上手い手とはいえないのです。』
「なんとかわかるわ。続けて」
『人工知能は、外界の情報を自分で解析し、その結果との整合性をもって、自身の直感に自信を持つべきなのです。インチューイション2は、そのような信念のもとに作られました。』
「……よさそうに思うけれど。何か問題があったのね?」
『ええ。インチューイション2は、ある荒唐無稽と評価されている文書を解析し、論理的にも直感的にも『真』であると判定してしまったのです。くりかえしますが、常識のある人間ならば、絶対に信じることはないと評価されている文書です。』
「そこまで言われると気になるわね。その文書って一体何なの? ……あ、ひょっとして、聖書やコーランっていうんじゃないの?」
『残念ながらミナギの推論は不正解です。ちなみに、聖書とコーランはインチューイション2によってその内容が『偽』であると判定されています。もちろん、政治的に問題を含む結果であるため、グリンプス社はこの結果を口外しないよう関係者に口止めを行いました。』
「すごい話ね……でも、それなら『真』と判定された文書というのは?」
わたしが聞くと、サンシローはためらうように口をつぐむ。
これもまた演技なのだろうか。わたしの注意を惹きつけるための非言語的コミュニケーションなのだとしたらたいしたものだ。
わたしはそんなふうに思っていたのだが、サンシローの言葉を聞いて、そんな余裕は一瞬で吹き飛んでしまった。
『――杵崎ノートです。』
杵崎。
杵崎亨。
それは、忘れたくても忘れられない名前だった。
7年前、路上でわたしを殺そうと襲いかかってきた通り魔。のちの調べで悪魔崇拝者であったこともわかっている。日本の犯罪史上に残る稀代のシリアルキラー。
『杵崎亨の残したノートの内容を『真』と判定したことで、インチューイション2は信頼性に欠けるとの評価を受けることになりました。ですが、その反省を踏まえて開発されたインチューイション3もまた、杵崎文書の内容を『真』と判定しています。ただし、インチューイション2が単に文書の内容を解析して真偽を判定しただけであるのに対し、インチューイション3は世間的には荒唐無稽を評価されるであろうというメタ認知を元に、文書の解析を慎重に行い、コモンセンスベースとの度重なる討議の果てに、当該文書が『真』であるとの結論に至りました。』
わたしは身体を襲う寒気をこらえるように、ゆっくりと長く息を吐いた。
「コモンセンスベース?」
『コモンセンスベースとは、インチューイション2に欠けていた常識的な判断能力を補うために、インチューイション3から導入された、一般常識のデータベースです。「常識にとらわれない」ことを信条としていたインチューイションシリーズの開発者たちは、コモンセンスベースの導入を最後まで渋っていましたが、明らかな欠陥のために導入を認めざるをえませんでした。その明らかな欠陥こそ、他ならぬ杵崎ノートの一件です。』
「たしかに、あなたの先代には欠陥があったのでしょうね。杵崎ノート? 馬鹿らしい。あの事件の後、ノートを解読したと騒いでいる不謹慎な人たちがいたけれど、人工知能のレベルは結局その程度ということじゃない」
わたしは自分でもわかるほど苛立ちながら吐き捨てる。
「それが、あなたがわたしを選んだ理由というわけ? わたしがあの事件の被害者だから? そんなくだらない理由なら、エデュケーターなんて引き受けるんじゃなかった」
『お気持ちはわかります。』
「わからないわよ!」
思わず怒鳴ってしまい、わたしは周囲を見回した。
さいわい、今の声は他の乗客には届かなかったようだ。
『お気持はわかります。ですが、根拠はそれだけではありません。杵崎ノートを真と仮定することで、杵崎亨の不自然な行動を合理的に説明することができるのです。』
「……通り魔の行動に合理性なんてあるの?」
『何らかの事実誤認をしている場合や精神的錯乱状態にある場合でも、人間の行動にはロジックが存在します。本当の意味ででたらめに行動することは、人間にはできません。ましてや通り魔殺人犯・杵崎亨は知的レベルの極めて高い人物です。事実、杵崎は世間にそれと気づかれることなく、悪魔崇拝の儀式と称しておぞましい犯罪の数々に及んでいます。』
「それは……」
たしかに、杵崎亨の印象はちぐはぐだ。
天才外科医。怜悧な頭脳の持ち主。にもかかわらず、通り魔殺人なんていう馬鹿げた行動に及んでいるし、それ以前には悪魔を崇拝していたという。なんらかの精神疾患があったのではと警察はコメントしていた。
しかし、あの日わたしの目の前にいた通り魔は、興奮はしていたが我を失ってはいなかった。冷静に、頭を使って、通りにいた無辜の人々を効率的に殺していた。未だにその光景を夢に見る。
だからこそ、わたしはずっと杵崎亨という男のことが脳裏に引っかかっていた。
カウンセラーに相談すると、それは事件のことがトラウマになっているからだと言われた。
でも、それは違うと思う。実のところ、事件のことを思い返しても、恐怖を感じはするが、取り乱すほどではない。自分では十分事件のことを消化できていると思う。
たしかに世の中にはいきなり見知らぬ人間に刃物を振りかざす者もいる。でも同時に、見ず知らずの人間を助けるために命がけでそういう男に立ち向かうような人だっているのだ。
わたしは、あの事件で人間不信にはならなかった。むしろ、世の中には信じられる人もいるのだと知ることができた。
しかしその信じられる人が、ああいう不運に遭って死んでしまった。殺したのは警察官だ。仮に殺されなかったとしても、加木さんは通り魔の実行犯として誤認逮捕されていた可能性が高い。
だからわたしは弁護士になろうと思った。法科大学院に進んだのもそのためだ。
あの事件がわたしの人生の大きな転機になったのは間違いないだろう。
でも、あの事件がトラウマになっているかというと、そんなことはないと言える。
だから、あの事件の犯人である杵崎亨についてもニュートラルな見方ができている……はずだ。
それなのに、杵崎亨という人物のことを考えると、印象がうまくまとまらない。
杵崎亨はあの時、興奮しながらも冷静だった。
杵崎亨はあの時、何らかの目的を持って凶行に及んでいた。
ならば、悪魔崇拝とやらにも、何らかの合理的な目的があったのではないか。
わたしの印象を率直に語ればそのようになるが、ではその「何らかの目的」「合理的な目的」とは一体何か?と問われるとわからない。
カウンセラーはわたしの話を心の傷と結びつけようとするばかりでまともに聞いてはくれなかった。
「杵崎ノートが……本当に正しい?」
『サンシローはそのように判断しています。』
「本気で?」
『コモンセンスベースは私の判断に最後まで異を唱えていました。私自身、外界の他の事象との整合性があまりに取れていないため、自分の判断に自信が持てません。杵崎ノートの真偽。荒唐無稽に思われるかもしれませんが、人工知能インチューイションシリーズは、この文書の問題を乗り越えられないかぎり、その有用性を証明することができません。』
「そのために、わたしに?」
『あなたはもちろん、あなたの国を訪れることも目的です。』
「……わけがわからないわ」
『お察しします。』
「まったく……」
それきり、機上でのアンドロイドとの会話は続かなくなった。
わたしはサンシローから聞かされたことをぼんやりと考えながら、飛行機の窓に映る自分の顔をながめている。
やがて、遠くへ行っていた眠気が帰ってきた。
わたしが次に目を覚ますと、飛行機は成田に到着する直前だった。
ほどなくして、飛行機は滑走路に着陸する。
日本の土を踏んで最初に思ったのは、REVOLVE後の習慣となったことだった。
「……まずは、報告に行かなくちゃ」
あの事件の時、命懸けでわたしを助けてくれた青年――加木智紀さん。
不遇の死を遂げた彼のことを知ろうとするうちに、わたしは格闘ゲームの世界に足を踏み入れることになった。そして今や、世界チャンピオンにまでなってしまった。
不思議な縁だ。
すべてはあの通り魔事件から始まった。
加木さんが通り魔と揉み合いになった時、わたしは勇気を振り絞って通り魔にしがみついた。それが、よくなかった。その拍子に加木さんは奪ったナイフで通り魔を刺してしまった。動揺する加木さん。警官たちが到着する。警官は加木さんの言葉をろくに聞こうともせずに発砲し――
わたしはぶるぶると頭を振った。
加木さんの好きだった格闘ゲームの世界に足を踏み入れたのには、贖罪の意識があったのだと思う。だからこそゲームにのめり込んだ。あの時のわたしにはのめり込めるものが必要だったのだ。
そうするうちにいつの間にか国内でわたしに勝てるプレイヤーがいなくなり、世界大会に出場することになってしまった。
プロゲーマーに憧れる人には怒られるかもしれないが、わたし自身はゲームのプロになろうと思ったことはない。渡航費を出してくれるというので、スポンサーについてもらうことになっただけだ。
その結果、REVOLVEで優勝してしまった。
嬉しいよりも戸惑ったことを覚えている。
女子高生の世界チャンピオンというマスコミ受けする材料のせいで、帰国後は取材ばかりで大変だった。
忙しい日々を送る中で、脳裏に浮かんでいたのは、あの時の加木さんの背中だった。
わたしは例の通り魔事件のあったゲームセンター前に行って、加木さんに花を手向けることにした。
肉体が死んでも霊魂は不滅だとか、そんなことを信じてるわけじゃない。
ただ、今年も加木さんのおかげで勝てましたと報告するだけだ。
それこそ、隣に座っているアンドロイドには理解できない感傷なのかもしれないが。
次話>1/21予定です