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115 勇者の実力

「私が直接やってもいいのですがね。ここは、勇者様の出番でしょう。

 【自己定義】による認識の定義――『転生者エドガー・キュレベルはこの世界に歪みをもたらす存在であり、その存在自体が神の意向に沿いません。勇者アルシェラートは全力を持って転生者エドガー・キュレベルを殺害します』」


 杵崎の言葉とともに、杵崎――いや、シエルさんの身体がぐらりとよろめいた。


「くくっ……安心していいですよ。ノワールとブランシュは〈牢獄〉の維持で手一杯です。エドガー・キュレベル、あなたの相手は――」「――私です。勇者の名にかけて、この世界の秩序を乱す外来者の存在を許しません」


 唐突に杵崎の表情と口調が切り替わり、俺のよく知るシエルさんのものに戻った。

 瞳の色も、杵崎がしゃべっている時の銀色からシエルさん本来の夜のような藍色へと戻っている。

 しかし、そのシエルさんは俺に対し激しい敵意のこもった視線を投げつけてきた。


「シエルさん、惑わされるな! あんたは操られてるんだ!」

「……世迷言を」


 無駄と知りつつ叫んだ俺の言葉を、シエルさんが切り捨てる。


 予兆は、何もなかった。

 次の瞬間、俺のいた空間を高速の斬撃が駆け抜けていた。

 ガゼイン・ミュンツァーから継承し、〈仙術師〉へと織り込まれた【危険察知】のスキルがなければ今の一撃でやられていただろう。


 しかしそれは、シエルさんにとっては気軽なジャブでしかなかった。


 次々と襲いかかる高速の剣撃をかわしながら、俺は次元収納から秘密兵器を取り出した。


「――ほう、銃ですか」


 一瞬、シエルさんから杵崎へと口調が切り替わった。

 そう。俺の取り出したのは、カラスの(ねぐら)で手に入れた拳銃だ。

 過去の悪神側転生者が復元したその銃に銘は入れられていなかったが、前世の記憶によればワルサーP38という戦時中のドイツ製拳銃だったはずだ。


「しかし、そんな古ぼけた銃が役に立つとでも?」


 杵崎の言うとおりだ。

 前世の基準でも第二次大戦中のロートルな拳銃だし、こっちの世界で作られてからでも半世紀は経っている。

 ついでに、この世界にはHPの概念があるから、銃弾が当たったからといって即死ということもない。ましてシエルさんは高レベルの勇者なのだから、銃弾より危険な攻撃をこれまで幾度となく凌いできているはずだ。口径の小さい拳銃弾など、石つぶてのようにしか感じないかもしれない。


 だから、俺は取り出した銃を次元収納にしまうと同時に、その手の中に別の銃(・・・)を取り出した。


「――ちっ、『シエル』、それは危険なものです」


 杵崎の言葉にかぶせるように、俺は銃の引き金を引いた。

 ズタタタ――と連続して空気の抜けるような発射音が銃から漏れる。

 ほとんど同時に銃口から飛び出したのは1カートリッジ分32発の銃弾だ。


 そう、こいつはサブマシンガンだった。

 前世の記憶から復元した銃のひとつで、俺はイングラム改と呼んでいる。高校時代に読んだサスペンス小説の主人公が使っていたイングラムという短機関銃(サブマシンガン)について、俺はネットで調べたことがあった。設計図も見ているはずだが、記憶は曖昧な部分が多く、復元にはかなりの手間隙がかかった。メルヴィの【催眠術】による記憶再現と〈機工術師〉の「一度見た機構を直感的に把握できる」特性がなかったらとても復元できなかっただろう。

 イングラム改の連射能力は、フルオートで毎分800発。元のイングラムが毎分1200発だったのには見劣りするが、この世界では十分だ。


 いくらシエルさんでもこれを防ぐことはできないだろう――そう思ったのだが、


「――ふっ!」


 シエルさんが鋭い呼気とともに聖剣を閃かせる。

 ……って、まさか……!


「……マジかよ」


 シエルさんは剣閃でもって毎分800発の銃弾を防いでみせた。

 いや、毎分800発といっても1カートリッジは32発だから、防いだのは32発ではあるのだが、まったく人間業とは思えない技倆だ。

 そういえば、シエルさんには「手にした武器で相手のあらゆる物理攻撃を弾くことができる。」(byヘルプ情報)という【パリイング】なんてスキルがあったな。


 ひさしぶりだから確認しておこう。


 アルシェラート・チェンバース(《聖剣〈空間羽握(スペースルーラー)〉の勇者》・《絶対破断》・《残念美人》・《残念勇者》・《北限帝国狼牙勲章》・《チェクスタット市(ソノラート王国)オリハルコン勲章》)

 24歳


 レベル 95

 HP ???(《善神の加護》により読み取り不可。)/243

 MP ???(《善神の加護》により読み取り不可。)/4390(294+4096、アッドは聖剣〈空間羽握(スペースルーラー)〉の内蔵MPコンデンサを接続したもの。)

 状態 ???(《善神の加護》により読み取り不可。)


 スキル

 ・伝説級

 【次元魔法】11(6+5、アッドは聖剣〈空間羽握(スペースルーラー)〉による制御補助。)

 【空歩】5(スキルレベル分の歩数だけ、空中を踏みしめることができる。)

 【魔剣術】5

 【鑑定】2


 ・達人級

 【剣術】9(MAX)

 【空間魔法】9(MAX)

 【パリイング】5(手にした武器で相手のあらゆる物理攻撃を弾くことができる。)

 【空間認識】4(どのような姿勢を取っていても、あらゆる方向への方向感覚を見失わない。)

 【付加魔法】4

 【気配察知】4

 【潜伏】4

 【治癒魔法】3


 ・汎用

  ・

  ・

  ・


 《善神の加護+3(ロジェ=ルール)》(遊戯と悪戯を司る神ロジェ=ルールの加護。習得の難しいスキルの習得・成長に強補正、習得の簡単なスキルの習得・成長に若干のマイナス補正がかかる。相対する相手の調子を狂わせる。善悪を問わず奇妙な人物と出会いやすくなる。ステータスの一部を任意に隠蔽できる(3箇所まで)。)


 こんなのと戦わないといけないのかよ。


「その程度ですか、エドガー君!」


 シエルさんが斬りかかってくるのをかわしつつ、俺は撃ち尽くしたイングラム改の弾倉だけ(・・)を次元収納に収めると同時に、別の弾倉を次元収納から取り出した。もちろん、ダイレクトにイングラム改のマガジンキャッチへと固定する。

 この次元収納を使った瞬間リロードは、無意識にできるようになるまで何千回となく繰り返し練習してきた動作だった。そう、すべてはこの日のために。


 そして、再びのフルオート射撃。

 シエルさんはさっきと同じように【パリイング】を試みるが――


「――っ!?」


 ドドドンと銃弾の一発ずつが爆発した。

 その衝撃までは受け流せなかったらしく、シエルさんは剣を構えたまま弾き飛ばされ、燃え上がる屋敷の壁を突き破って中庭の上空へと放り出される。


 しかしシエルさんには【空歩】がある。

 シエルさんは空中を踏みしめて衝撃を殺し、なんなく中庭へと着地した。


 だがその間にこっちのリロードは終わっている。

 再びのフルオート射撃。

 シエルさんは今度は聖剣に【次元魔法】をまとわせた上で【パリイング】してくる。

 着弾と同時に爆発音を立てて火球が膨れ上がるが、今度は完全に防がれたようだ。


 俺はその間に燃え落ちようとしている部屋から脱出して、中庭へと着地する。


「……おかしな手品を使いますね?」


 この口調は杵崎か。

 この攻撃が見きれないということは、杵崎はスキルについては一般的な知識しか持ち合わせていないのかもしれない。


 俺は今の銃弾に〈錬金術師〉の【付与魔法】によって《ファイヤーボール》の魔法を付与しておいたのだ。


 しかし、シエルさんは【次元魔法】によって次元の障壁を張ることで銃弾に込められた魔法を受けきっていた。


 ……実は、この【次元魔法】による障壁、俺も使える。

 というか、防御用の魔法が必要だと思ってメルヴィと一緒に開発した防御魔法のひとつがこれなのだ。

 切り札のひとつにしようと思っていたのに、シエルさんはそれを平然と使用してきてしまった。


「……弱ったな」


 俺は次元収納を使ってイングラム改を瞬時にリロード、今度は《サンダーボルト》を付与した銃弾をシエルさんに向かって叩きこむ。

 紫電がシエルさんの周囲で荒れ狂うが、やはりというべきかシエルさんは無傷だった。


 しかし、シエルさんの足は止まっている。


「地の精霊よ、我が敵を縛めよ!」


 俺は〈エレメンタルマスター〉の【精霊魔法】を使ってシエルさんの足を土の蔦で拘束する。


「悪あがきを……」


 シエルさんは冷たくつぶやき、力任せに土の蔦を引きちぎり、俺へと向かって一歩を踏み出す。


 俺は表情に焦りを滲ませつつ、イングラム改を瞬間リロードして1弾倉分の弾丸をフルオートでシエルさんへと叩きこむ。


 シエルさんは眉ひとつ動かさず、また踏み出す足を緩めようともせずに飛来する弾丸に向かって聖剣を一閃する。

 【次元魔法】のまとわされた一閃は、銃弾の群れを一撃で蹴散らす――


 シエルさんはそう思ったことだろう。


 しかし、そうはならなかった。


「ぐっ……!?」


 俺の放った銃弾はシエルさんの【次元魔法】による障壁を突き破り、シエルさんの精緻な装飾の施された白銀の鎧に着弾していた。さすがに全弾命中とはいかなかったが、5、6発は命中し、1発は鎧の隙間を抜けてシエルさんの腹部へと食い込んでいた。


 今俺が撃ち込んだのは、【次元魔法】を付与した銃弾だ。名づけて、次元障壁徹甲弾。

 前世で読んだライトノベルで、あるキャラクターがこんなことを言っていた。


『優れた術士は、新しい術を編み出した時、同時にそれを破る(すべ)をも考えておくものだ』――と。


 同じく転生者である杵崎が、俺と同じような魔法やスキルにたどり着く可能性は十二分にあった。また、もし仮に杵崎がそのような魔法やスキルを持っていなかったとしても、俺が使うのを見れば、その仕組みを見破ってコピーしてこないとも限らない。

 俺はそのキャラクターのアドバイスを生かして、次元障壁の魔法を編み出すと同時に、それを破るための方法を用意しておいたのだ。


 俺は再びイングラム改を瞬間リロードし、次元障壁徹甲弾をシエルさん目がけて叩きこむ。

 シエルさんは【次元魔法】をまとわせた聖剣でいくつかの銃弾を弾いてみせたが、今度はそのすべてを叩き落とすことはできず、腕や足を負傷していた。


 さらに――イングラム改をリロード。

 今度は次元障壁徹甲弾と《サンダーボルト》を付与した銃弾の混合マガジンをシエルさん目がけて撃ち尽くす。

 《サンダーボルト》が一発だけ浅く入り、シエルさんの左大腿を痙攣させた。


「くっ……やりますね」


 その言葉はシエルさんのものか、杵崎のものか。


 シエルさんはイングラム改と〈錬金術師〉の【付与魔法】による他種類の混合弾によってその場に釘付けにされつつも、目から光は失われていない。

 捌ける銃弾は捌き、捌けないものはかわし、かわせないものは急所以外の場所で受け止める。

 全身から血を流しながらもシエルさんは倒れない。

 シエルさんの目からチャンスを窺う光が消えることもない。


 これこそ、勇者の顔貌だ。

 悪神モヌゴェヌェスやその使徒に向けられるべき、絶対に諦めない不屈の闘志が、今俺へと向かって放射されている。


 そのプレッシャーに、俺の手元が狂った。

 何千回と繰り返し練習したはずの瞬間リロードに失敗し、一瞬だけシエルさんへの弾幕に乱れが生じた。


 その隙を見逃す勇者ではない。

 刹那の後に、シエルさんは俺の目の前にいた。

 一瞬で駆け抜けてきたとか、そういうことですらない。

 俺とシエルさんの間にあった空間がなくなった(・・・・・)のだ。

 シエルさんの握りしめる聖剣〈空間羽握(スペースルーラー)〉が輝いている。

 シエルさんは聖剣の力を使って空間そのものに干渉したのだ。


 シエルさんの神速の突きが、動揺した俺へと襲いかかる。

 突きは、俺が苦心して組み上げたイングラム改をおしゃかにしながら突き進み、俺の心臓を一突きにしようとする。


 俺は身をひねることでその突きを辛うじてかわした。

 しかし、その突きは勇者の剣撃の一の太刀にすぎない。

 聖剣は一瞬の停滞もなく翻り、俺を袈裟斬りにしようと襲いかかる。


 ――が、その剣は持ち手によって引き寄せられ、俺の身体に届くことはなかった。


「……ちっ」


 舌打ちを漏らしたのは俺の方だ。


「鋼糸……ですか。それも、ただの鋼糸ではなく、雷の魔力が宿っている……?」


 シエルさんがつぶやく。

 そう、もしシエルさんがあのまま俺を斬りに来ていたら、シエルさんが聖剣を握っている方の腕は鋼糸によって確実に切断されていた。同時に鋼糸に流れる電流がシエルさんを襲い、戦闘不能に持ち込めていたはずだ。

 しかしシエルさんはそれに直前で気づいて剣を引いた。

 〈八咫烏(ヤタガラス)〉首領ガゼイン・ミュンツァー並みの――いや、それを上回るような反射速度だった。


「互角……この勇者アルシェラートと互角ですか……」


 シエルさんが賛嘆を滲ませた口調でつぶやいた。


「しかし、その厄介なおもちゃは潰しました。エドガー君、素直に投降するというのなら、なるべく苦しまないように殺すことを約束します。どうか、投降してくれませんか?」


 シエルさんがそう静かに問いかけてくる。

 その言葉に偽りはなさそうだ。勇者として無益な殺生はしたくない。しかしやむを得ないならできる限り苦しまないように一瞬で命を断つ。この人はこれまでそうして生きてきたのだろう。


「シエルさん、あんたはどうして俺を殺したいんだ?」

「それは……あなたが外来の秩序紊乱者だからですよ、エドガー君。さきほどのおもちゃ(・・・・)もそうです。あんな危険なものを持ち込まれては、この世界の秩序が崩壊する」

「俺は魂と輪廻を司る神アトラゼネク様の使徒としてこの世界にやってきた。俺の目的は悪神の使徒である杵崎亨を討つことだ。目的は一緒のはずだろう?」

「杵崎……うっ……」


 シエルさんは頭痛が走ったように頭を押さえる。

 しかし、再び顔を上げた時、シエルさんは再び杵崎の表情を宿していた。


「ふふっ……無駄ですよ。これは〈八咫烏(ヤタガラス)〉の洗脳のような生易しいものではありません。語りかけて説得しようとは、さすが善神の使徒だけのことはある優しさですが、現実は常に残酷にできているのですよ」


 杵崎の言葉が終わるやいなや、再び空間がなくなって(・・・・・)シエルさんの斬撃が飛んできた。

 俺は次元収納から取り出した槍の柄でそれを受け流すが、シエルさんから間合いを取ることができず防戦一方に追い込まれる。


 しかしこれも計算のうちだ。


「――〈氷槍結閃晶〉」


 俺は槍でシエルさんの剣撃を受け止めながら、アルフレッド父さんの編み出した奥義を使う。

 聖剣と槍とが絡みあったまま氷に閉ざされた。


「っ!」


 シエルさんが驚きに目を見張る。

 こんな隙はおそらく今回一回きりだろう。俺は帯電させた鋼糸をシエルさんの右腕に巻きつけようとする。


 しかし、シエルさんは一瞬で驚愕から立ち直り、聖剣を手放して宙返りを打ち、俺の放った帯電鋼糸をかわしていた。

 どころか、【空歩】を使って空中を踏みしめ、グリーブの踵で蹴りをしかけてくる。


 俺は脳天目がけて振り下ろされた踵落としを地面に転がることでかわしながら槍を次元収納へとしまう。

 一緒に凍りついた聖剣もしまえないかと思ったがさすがにそれはできなかったらしく、聖剣は凍りついたままの姿で地面へと落ちた。


 シエルさんは凍りついたままの聖剣を拾うと俺から大きく距離を取り、庭に立っていた石像に聖剣を叩きつけることで聖剣の氷を割った。


 そこに帯電鋼糸で追い打ちをかけ、次元収納から取り出した剥落結界の砕片を投げつけ、《ガトリング・フレイム》を放ってシエルさんを休ませない。


 同時に、俺は《ガトリング・フレイム》の炎に紛れて別の炎をシエルさんの周囲へと潜ませていく。


「これは――」


 シエルさんは気づいたようだが――遅い!


(炎ヨ)(一陣ヲ)卜・卜(灼キ払ウ)λ・λ(旋風ト化セ)――《火炎嵐(ファイヤーストーム)S》!」


 ブワッ……と音すら立てて、シエルさんの周囲を火炎が取り囲む。

 火炎は小型の竜巻と化してシエルさんの姿を呑み込んだ。


 ジュリア母さんの必殺技である《火炎嵐(ファイヤーストーム)》――その小型版だ。

 本式の《火炎嵐(ファイヤーストーム)》より(スプレド)が一字少ないだけだが、それによって魔法の制御はかえって難しくなっている。

 しかしその分、本来なら広範囲に散らばるはずの火力が集中していて、攻撃力は格段に高くなっていた。


 シエルさんといえども、360度――いや、上方まで含めた全方位から襲いかかる火炎の嵐を喰らえばひとたまりもないはずだ。


 しかし――俺は確信していた。

 シエルさんは必ずこの術を破ってくると。


 俺は次元収納から槍を取り出してその時に備える。


 その時はすぐにやってきた。

 突然、《火炎嵐(ファイヤーストーム)S》の一部が、2メートル四方の矩形に刳り抜かれたのだ。

 そしてその矩形から炎を引きちぎりながらシエルさんが飛び出してくる。


 シエルさんが俺を視野に入れてからは一瞬だ。

 シエルさんは再び俺との間の空間をなくし(・・・)、無拍子の剣撃を放ってくる。


 それを予想していた俺は、槍の間合いを確保できる分だけ既に飛びのいている。

 【次元魔法】を込めたシエルさんの聖剣を、同じく【次元魔法】を付与しておいた槍の穂先でいなす。


 が、次の瞬間には聖剣が跳ね上がり、体重を乗せた斬撃が俺の槍を折ろうと襲いかかる。

 アルフレッド父さんに仕込まれた型どおりに動いていた俺は、考えるまでもなくシエルさんの斬線から槍をずらしていた。


 そして今度はこちらから突きを放つ。

 シエルさんは聖剣を縦に起こしてその突きを逸す。

 俺は型どおりに突きを薙ぎ払いへと変じさせる。

 シエルさんは聖剣の柄に反対側の手も添えて槍の薙ぎ払いを刀身で受け止めた。


 つかの間の膠着状態。

 俺とシエルさんの目が合った。


 【次元魔法】には【次元魔法】、【魔剣術】には【魔槍術】。

 シエルさんと俺のカードは互いによく似通っていた。


 シエルさんがにやりと笑う。


「紊乱者でなければ、私のパーティに欲しい実力ですね」

「それはどうも。俺もシエルさんがパーティメンバーならどれだけ心強いことか」

「――それだけに、残念です」


 シエルさんの瞳が、一瞬だけ銀色に染まった。


 次の瞬間、中庭の隅で何かが動いた。

 

「しまっ――」


 ――悪魔!

 杵崎が〈牢獄〉に専念しているため手は出してこないと言っていた2体の悪魔が同時に動いていた。

 黒い方の悪魔は俺に向かって毒霧を吐き、白い方の悪魔は翼の先についた鋭利な爪で斬りかかってくる。

 どちらもシエルさんに比べれば格段に遅いが――まったく無視できるほど弱いわけでもない。


 俺は馬鹿か!

 どうして杵崎の言うことを真に受けて、悪魔どもが何もしてこないと思い込んでたんだ!


 俺は毒霧を〈エレメンタルマスター〉の気流操作によって吹き散らしつつ、白い方の爪を身をひねってかわす。


 しかし、爪をかわしながら俺は背筋が凍るのを感じていた。

 言うまでもなく、今の俺は隙だらけだ。

 シエルさんが空間をなくして(・・・・)斬りかかってきたら到底無傷では切り抜けられない。

 一旦手傷を負ってしまえば、シエルさん相手にいつまでも互角の戦いが続けられるとはとても思えなかった。


 ――詰む!


 前世で格闘ゲームをやっている時に何度となく感じた敗北の予感。

 しかし今感じているこれは俺の生死に直結しているばかりか、俺の仲間である父さんや母さんやステフやメルヴィやエレミアの生死にも直結している。

 最大戦力である俺が死んだら、杵崎は喜々として残存戦力の殲滅に当たるだろう。間違っても俺より弱いなら見逃してやろうなんて思うような奴じゃない。


 俺は白い悪魔の爪をかわしながら思考を激流のように回転させる。

 しかし、思いつく案のどれもが下策だった。

 俺の脳裏に絶望がよぎったその時――


「――白の19番」


 涼やかな声とともに、俺と白い悪魔の間に1辺が3センチほどの立方体が出現した。

 どこからか飛んできたとかじゃなく、それ(・・)はいきなりそこに現れた。

 そして、シャッターの閉じるような音を連続で立てながら、その立方体は一瞬にしてその形を変えていく。大盾――いや、巨大なパラボラアンテナ――違う、それは機械仕掛けの天使の翼のような形になった。

 その翼が、ゅん、ゅんと中空で鋭く旋回する。

 その旋回の軌道上に白い悪魔の首があった。

 翼は悪魔の首を一撃で剪断し、さらに回転を重ねながら悪魔の頭部と胸から下を順番に輪切りにしていった。


「な、何が……」


 俺は呆然としつつも、ほとんど本能のようにシエルさんの動静を確認する。

 シエルさんも突然現れたこの異物に眉をひそめ、空間をなくす(・・・)直前で動きを止めていた。


 いや――シエルさんは、何かに目を奪われいた。

 その何かは――俺の背後にいる!


「――っ!」


 俺は正面の脅威を忘れて思わず背後へと振り返っていた。


 気配などなかったはずのそこに、俺の見知った人物が立っていた。


 しかし、そこにいたのは、この場にはいちばん似つかわしくない人物だった。


 地味なカーディガンとブラウス、ロングのスカート、三つ編みにした亜麻色の髪――そして、そこだけ不釣り合いに現代的な流線型の大きな眼鏡。

 そう。そこにいたのは――


「……ルーチェ、さん?」

「はい、エドガー君。お困りのようでしたので助けに来ました」


 にこり、と笑ってルーチェさんが言った。

次話>2日後です


追記15/11/11:

オーバーラップ公式サイトにて、2巻の口絵と立ち読みが公開されています。詳細は活動報告をご確認ください。(キャラデザのやつです)

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