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NO FATIGUE 24時間戦える男の転生譚  作者: 天宮暁


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106 不死者遊戯

 勝負を引き受けるにあたって、俺は〈バロン〉と〈クイーン〉にひとつだけ条件を提示した。

 それは、


「勝負の方法はこちらで決めさせてもらう。その方が公平だろ?」


 ということだ。

 〈バロン〉と〈クイーン〉は数百年に渡って互角の戦いを繰り広げてきた。

 そのペースに巻き込まれてはたまらない。

 たしかに俺は【不易不労】のおかげで疲れないし、エレミアも【疲労転移】で疲労が軽減できるが、ずるずると終わりのない勝負に巻き込まれるのは避けたかった。

 〈バロン〉と〈クイーン〉はこの条件を呑み、俺たちの弟子入りが決定した。


 俺は〈バロン〉から【死霊術】を習い、エレミアは〈クイーン〉の怪しげな儀式を受けて「血脈」とやらを引き継ぐことになった。


 その間、放っておかれることになってしまったイッキの面々+メルヴィ+アスラたちには、次元収納からバーベキューセットを取り出してやった。

 これは俺が〈錬金術師〉と〈機工術師〉の力を使って作り出したものだ。次元収納の中では時間が止まる――などという便利設定は存在しないが、地下空洞の探索が長くなる可能性を見越して出発前にいろんな食材を突っ込んできている。それを鉄串に刺して炭火で焼く。

 5年経っても不動の食いしん坊キャラを維持しているベックがよだれを垂らしながらバーベキューが焼けるのを待っていた。その隣ではミゲルが「腹減ったー!」と言いながら意味もなく腕立て伏せをやっている。腕立て伏せと言っても、【軽功】を駆使して腕の力だけで下半身を持ち上げ半ば倒立するような格好だ。道中の魔物はあまり強くなかったので力を持て余してるのだろう。

 ドンナはメルヴィと一緒になってアスラをあやしてくれている。カラスの塒でもドンナは最年長者として少年部屋の子どもたちをまとめていた。義務感もあるだろうが、それ以上に小さい子の面倒を見るのが好きなようだ。アスラも珍しく、エレミア以外の人に懐いていた。


 ところで、〈クイーン〉がアスラを見ながら、気になることを言っていた。


「その者からは我が種族の血を感じるが……不気味じゃな。単に世代を経て薄まっているのとも違う……なんじゃこれは?」


 〈クイーン〉は元ヴァンパイアの死霊のようだから、アスラにはヴァンパイアの血まで入っていることになる。


「……ねぇ、エドガー君」


 考え込んでいると、エレミアが話しかけてきた。


「せっかくだから、ボクたちも賭けをしない?」

「賭け?」


 エレミアらしからぬ提案だ。


「といっても、〈バロン〉さんや〈クイーン〉さんみたいなすごいのじゃなくていいんだけど」

「……どういうのがいいんだ?」

「そうだね、負けた方が勝った方の言うことをなんでもひとつだけ聞くっていうのはどうかな?」


 エレミアがいたずらっぽく微笑みながらそう言った。

 なんでもとは穏やかじゃないな。

 だが、今のままでは完全に死霊たちの争いに巻き込まれた格好だ。モチベーションを上げる意味でも、そんな賭けをするのも悪くはないかもしれない。


「いいよ、乗った」

「ふふっ。約束だよ?」


 エレミアは笑って、〈クイーン〉のもとへと戻っていく。

 エレミアの奴、どうやら「なんでも」の中身をもう決めてるっぽいな。


 俺が勝った場合はどうしようか。

 ――エレミアがなんでもひとつ言うことを聞いてくれる。

 なんでもするって言ったよね? という奴だが、とくにしてほしいことが見当たらない。俺はまだ子どもだし……大人だったとしても12歳の女の子にそんなことは頼まないよ? ……いやほんとに。


 さて、じゃあ〈バロン〉先生に【死霊術】を習いますか。



 ◆


 俺は〈バロン〉の研究室に通され、一昼夜かけて【死霊術】の基礎を仕込まれた。

 今回は時間がないので一からアンデッドを創ることはせず、〈バロン〉の創った至高のアンデッド・ボーンドラゴンゾンビ〈隻眼竜カオティックエンペラー〉を操って〈クイーン〉・エレミアと戦うことになる。

 エレミアの方も、〈クイーン〉から血脈と【眷属魔法】を授けられ、ヘルフォールンヴァンパイア†黒き死滅の堕天使†エンヴァネラ・ルーゲンスハイムを操る方法を学んでいるはずだ。


 ――そして、翌日。

 朝か昼か、ここにいるとわからなくなるが、こっそり次元収納から腕時計を取り出して確認してみると朝のようだ。


 俺と〈バロン〉は〈バロン〉の研究室から、エレミアと〈クイーン〉は〈クイーン〉の(その)から、昨日アンデッド対決が行われていた広い空間へと現れる。

 なお、その他のイッキ、メルヴィ、アスラは広い空間でキャンプをしていた。


「じゃあ、対戦のルールを説明するぞ」


 俺がそう言うと〈バロン〉と〈クイーン〉が頷いた。

 俺がルールを決めてしまうことに〈クイーン〉が意義を唱えるかとも思ったのだが、そこは信用してくれたのかもしれない。


「俺とエレミアは、昨晩のうちに手に入れた力『のみ』を使って、アンデッドを操り、相手のアンデッドの撃破を目指す」

「ふむ。しかしそれでは、これまでとあまり変わらんではないか」


 〈クイーン〉がやや拍子抜けしたように言った。


「もちろん、それだけじゃない。俺とエレミアは、それぞれ魔力の及ぶ範囲で複数のアンデッドを使役していい。ただし、俺とエレミアでは保有MPに差があるから、使えるMPは3000までとする」

「ほう……それでは、強力なアンデッドを少数使役するか、弱いアンデッドを多数使役するかという戦術の問題が出てくるわけだな」


 〈バロン〉が面白そうにそう言った。


「勝敗は、相手の『王』を倒した時点でつくものとする」

「ふむ。配下のアンデッドをいくら倒しても、『王』が倒せなければ勝ちにはならぬということか。面白いではないか」


 〈クイーン〉も乗り気になってくれたようだ。


「審判は……あえて設けることはしない。〈バロン〉、〈クイーン〉、あんたらの魔法にかける情熱を信用して、フェアな判断をすることを期待している」

「紳士協定というわけか。よかろう、見苦しい真似はせんことを誓おう」

「妾もじゃ。万にひとつもありはせぬじゃろうが、負けた時は潔く敗北を認めよう」


 〈バロン〉と〈クイーン〉が頷くのを見て、最後にこれを付け加える。


「これはあんたらが言い出した条件だが……負けた方が勝った方に吸収される。恨みっこなしだ」


 恨みっこなしの死霊とはこれいかに、などと思ったが口には出さないでおく。

 〈バロン〉、〈クイーン〉はいずれも緊張した面持ちで頷いた。


「それじゃあ早速始めるが、最初にそれぞれの『王』を決めておく。これについては、俺はボーンドラゴンゾンビ〈隻眼竜カオティックエンペラー〉を『王』にすることに決めている。エレミアはどうする?」


 俺がエレミアに視線を向けると、エレミアが頷いて言う。


「うん。ボクもヘルフォールンヴァンパイア†黒き死滅の堕天使†エンヴァネラ・ルーゲンスハイムを『王』にする」


『王』がやられたら負けなのだから、最強の駒を『王』にするのが合理的だ。

 それにしても、


「どっちも名前が長ったらしいな。略称を決めないか?」


 〈バロン〉と〈クイーン〉にそう言うと、2体は渋い顔をした。


「何故だ。格好いいではないか!」

「そうだ、何故妾が三年考え抜いて決めた名前を略さねばならぬ!」


 ほんとどうでもいいところで気の合う2体だな。


「格好つけるなら、もっとビシッと短く決めてくれよ」

「なん……だと? ボーン、ドラゴン、ゾンビ、隻眼竜、カオティックエンペラー。どれひとつとっても妥協はできぬ!」

「同じくじゃ、ヘルフォールンヴァンパイア†黒き死滅の堕天使†エンヴァネラ・ルーゲンスハイム。どの言葉にも我が願いと意味とが込められておるのじゃぞ!」

「だけど、そもそも覚えられなかったら意味ないだろ」

「ぐっ……それは……だ、だが、隻眼竜だぞ! カオティックなエンペラーなのだぞ!? 男としてロマンを感じぬというのか!」

「この名前の高貴さがわからぬとは……地獄より蘇りしヴァンパイアにして死を撒く天使……その上、ハイムじゃぞ、ハイム!」


 そこなんだ。


「とりあえず、隻眼竜とエンヴァネラって呼ぶからな」


 しょうもない論争に終止符を打って、俺とエレミアは地下空洞の端と端に分かれて対峙する。


「開始の合図は……そうだな、ドンナ、頼めるか?」


 俺たちを見守っていたドンナにそう頼み、俺は【死霊術】の準備に取りかかる。

 その間にドンナがカウントダウンを始めている。


「3、2、1……始め!」


 ――というわけで、俺とエレミアの不死者遊戯が始まった。



 ◇


 で、どうなったかというと……


「くっ、やるな、エレミア」

「さすがだね、エドガー君」


 開始数十分で、互いの呼び出した下級・中級のアンデッドは全滅し、結局は隻眼竜とエンヴァネラの対決となってしまっていた。

 しかもこれが、まったくの互角だ。

 【不易不労】で一晩中トレーニングを積んだ俺に対抗できるとは……〈クイーン〉が言うようにエレミアは【眷属魔法】に高い才能があったようだ。


「でもこれ……終わらないよね?」

「……そうだな」


 エレミアがややうんざりした顔で言ってくるのに、俺も頷いた。

 そう。戦いは完全に膠着状態に陥っていた。俺の操る隻眼竜の力任せの攻撃を、エレミア操るエンヴァネラはひらりひらりとかわしていく。しかしエンヴァネラの攻撃は隻眼竜を構成する濃密な魔力によって散らされ致命傷にはなっていない。隻眼竜には再生のアビリティがあるから、時間経過とともにその傷も埋まっていく。

 やってる俺たちもうんざりしているが、観戦しているミゲルたちもいい加減飽きてしまっている。

 テンションを保っているのは〈バロン〉と〈クイーン〉2体の死霊だけだ。


「もう引き分けでいいんじゃない?」

「……それであいつらが納得すると思うか?」


 はっきり言って戦いはぐだぐだである。

 〈バロン〉と〈クイーン〉はおそらく、このようにして数百年もの間ずっと戦い続けてきたのだろう。時間感覚の狂った死霊だからこそできる千日手だな。

 これを……どうするか。


「なあ、〈バロン〉、〈クイーン〉」

「何だ?」

「何じゃ?」

「見ての通りだ。あんたらの力は互角だし、あんたらの弟子の力も互角だ。もうそれでいいんじゃないか? どうしても雌雄を決する必要があるのか?」

「何を言う! 我が魔道こそ至高! その証を立てねばおちおち成仏もできぬわ!」

「妾とて、眷属を虚仮にされたままどうして引き下がれようや」


 やっぱり無理か。

 俺とエレミアの戦いを観戦していた2体が睨み合いを始めてしまう。


「ええい、弟子同士でも勝負がつかぬなら、実力行使しかあるまい!」

「人間の魔術師風情が粋がりおって……しかし妾も我慢の限界じゃ。我らが血族こそ最強であると示してくれよう」


 エキサイトしてついにはアンデッドすら介さずに直接バトルを始めてしまった。

 見たこともないような巨大な魔力が地下空洞を飛び交い、天井の鍾乳石が次々と地面に向かって崩れてくる。


「うぉっ! おい、エドガー! このままじゃ生き埋めだぞ!」


 ミゲルが落ちてきた鍾乳石をかわしながらそう叫ぶ。


「わかってるけど……」


 こうなったら仕方ない。どこまで通じるかはわからないが、俺とエレミアとメルヴィで連携してあの死霊たちを倒すしかない! 正直、一日とはいえ師匠だった相手に武器を向けるのは気が進まないが……。


 俺が迷っていると、まったく予期していなかった人物が動き出した。

 アスラだ。

 アスラはぶつかりあう死霊2体の間に羽を振るって飛び込んだ。

 中間地点で両手と羽を広げるアスラに、〈バロン〉と〈クイーン〉も攻撃の手を止める。

 そして、アスラが2体のそれぞれに小さな手のひらを向けながら言った。


「けんかはだめっ! ……っておねーちゃんが言ってた」


 バシュッと音を立てて2体の死霊が消え失せた。

 えっ……まさか。

 俺は、アスラは見つけた日に、アスラがヴァンと呼んでいた双子氷竜を「しまって」しまったことを思い出す。


「アスラ……その、あいつらをしまって(・・・・)しまったのか!?」


 目を剥いて言う俺に、アスラがこくりと頷いた。

 なんてこった……アスラは〈バロン〉と〈クイーン〉という強力な死霊すら身体のうちに吸収してしまったのだ。


「ええっと、アスラ、あの2体を出すことはできる?」


 そう聞くと、アスラはこくりと頷いて再び両手を広げた。

 2体の死霊が元通りの姿で現れる。


「こ、これは……」

「な、何をしたのじゃ!?」


 〈バロン〉と〈クイーン〉がうろたえて言う。


「あんたらは、この子に吸い込まれたんだよ」


 見たまんまを告げると、


「なんと……我ほどの死霊を呑み込みうる魂の器が存在するとは……」

「妾はヴァンパイアぞ? 精神生命体としての性格を持つ妾を収めるなど……」


 〈バロン〉と〈クイーン〉が穴が開きそうなほど熱心にアスラを見つめる。

 アスラは2体の視線から逃れるようにエレミアの背後へと隠れた。


「はぁ……毒気が抜かれたわ。我が魔道はその少年に受け継がれたし、〈隻眼竜カオティックエンペラー〉もおぬしが使役するのであればそれでよい」


 〈バロン〉がそんなことを言った。


「妾も同じくじゃ……その少女に妾の技術の精髄は仕込むことができたし、エンヴァネラも娘が使役するのであればそれでよかろう」


 そういう〈クイーン〉の顔からも執念が綺麗に消えていた。

 ずいぶん急激な変化だが、ひょっとしてアスラに吸収されたことが関係しているのか?

 それはともあれ、執念がなくなったのならこちらとしては有り難い。


「成仏でもするのか?」

「そうすぐにできることではあるまい。執念を失った我らは次第にアトラゼネクのシステムへと回収され、魂は浄化されて輪廻することになろう」


 憑き物が落ちたような様子で(どちらかというとこいつらのほうが「憑き物」だろうが)〈バロン〉が言う。〈クイーン〉にも異存はないらしい。


「なんだかしまらないけど、〈バロン〉の魔道は俺が引き継いだし、〈クイーン〉の力もエレミアが引き継いだ。それに、あんたらの強さは俺たち『イッキ』がしかと見届けたよ」


 イッキの他の面々も、慌てて俺に合わせて頷いてくる。

 長い戦いだったからな。【不易不労】のある俺以外には相当しんどい半日だったことだろう。これでまた戦いが再開したらたまらないってことだな。


 ――ともあれ、そんな形で死霊の死霊術師たちの対決は決着を見たのだった。

次話>明日です

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