105 死霊の死霊術師たち
「いるわ……何かすごいのが」
モノカンヌス湖の地下大空洞を進みながら、メルヴィが囁くようにそう言った。
その手には……というかその手の上にふよふよと浮かんでいるのは、俺がメルヴィにプレゼントした虹サボテンの鉢植えだ。
メルヴィによってトゥシャーラヴァティと名付けられたその虹サボテンは5年が経過しても外見に変化がなかった。
しかし、だからといって成長していないわけではない。
《
トゥシャーラヴァティ(《謎生物》)
8歳
レインボーカクタスⅡ(樹形)/魔法生物
レベル 1
HP 3/3
MP 18541/18541(↑18250)
アビリティ
耐性物質噴霧 ★★★★★(有害な微小物質や微小生物を分解する作用のある樹液を噴霧する。)
スキル
・神話級
+【波動検知】9(MAX)
・伝説級
【成長制御】-
(【次元魔法】7(↑6))
(【極光魔法】7(↑6))
》
戦ってるわけじゃないからレベルが上ったりはしてないが、順調にメルヴィの供給する次元属性の魔力を吸収してMPとスキルレベルを上昇させている。
まぁ、こいつは樹形でいる間は()内のスキルは使えないらしいんだがな。
じゃあ樹形以外の形態があるのか、ということについては、なんか怖くて未だに聞けていない。……ていうかレインボーカクタスⅡって何だよ。
今俊哉(名前が面倒なので俺はそう呼んでいる)は女神様からもらったスキル【波動検知】でカースの波動を検知しているところだ。
地下大空洞は入り組んでいるが、俊哉の【波動検知】のお陰で今のところ迷わず進めている。
俊哉が発光したりぶるぶる震えたりするのを見て、ミゲル以下イッキの面々がちょっと気持ち悪そうな顔をしていたが、メルヴィはご機嫌だった。メルヴィは本当に俊哉のことを溺愛しているな。
アスラがちょくちょく、俊哉に触ろうとしてはメルヴィに避けられている。
メルヴィも【念動魔法】→【物理魔法】→【サイコキネシス】という順番で念動系の魔法スキルを習得し、つい最近〈サイキック〉まで獲得してしまった。俊哉くらいの重さのものを浮かせて動かすのはお手のものだ。
気になる人もいるだろうから、メルヴィのステータスを見てみようか。
《
メルヴィ(テテルティア妖精郷出身・妖精長・《苦労人》・《がんばり屋さん》・《みんなのお姉さん》・《チート妖精》)
??(生み出されてから1124年経過)
妖精
レベル 48(↑4)
HP 40/40(↑6)
MP 3098/3098(↑2101)
状態 妖精の誓い
クラス
〈ハイフェアリー〉B(NEW!)(妖精の限界を超えた妖精。人の精神や魂に働きかけるスキルの習得・成長に補正がかかる。クラスランクが上昇するごとにMPに+40のアッドがつく。)
〈エレメンタルマスター〉C(NEW!)
〈錬金術師〉D(NEW!)
〈機工術師〉D(NEW!)
〈サイキック〉E(NEW!)
スキル
・伝説級
【鑑定】7(↑3)
【次元魔法】5(↑3)
【次元魔道具作成】2
・達人級
【魔道具作成】9(MAX)
【空間魔法】9(MAX)
【統率】4(↑1)
【気配察知】4(NEW!)
・汎用
【指揮】9(MAX)
《始祖エルフの祝福》
》
ついに公式に?《チート妖精》となったメルヴィは、エレミアの4つを凌ぐ5つものクラスを獲得している。《チート妖精》は魔法系二つ名になぜかカウントされるらしく、MP最大値の拡張にも成功。妖精の誓いがあるから悪神の使徒や魔物以外を故意に傷つけられないという足枷こそあるものの、キュレベル家四天王の一画と言っていい実力となっている。
ちなみに、キュレベル家四天王とは、俺、アルフレッド父さん、ジュリア母さん、ステフ、エレミア、メルヴィ……あれ? 6人もいるな。思いつきで四天王とか言うもんじゃなかった。
「アスラちゃん、メルヴィが困ってるでしょ?」
「うぅ~」
見かねたエレミアがアスラを宥めて、ようやくアスラが引き下がった。
エレミアはだんだんアスラの扱いがうまくなってきた気がするな。
俺は一人っ子だったし、親が転勤した都合で親戚づきあいもあまりなかったから、小さな子どもの相手はどちらかというと苦手だ。イッキの面子の中でその辺がいちばんうまいのはドンナだろう。
……と思っていると、ドンナもエレミアに協力してアスラを宥めにかかっている。
しかし、考えてみれば妖精郷でみんなのお姉ちゃんだったメルヴィは子どもの扱いが得意だったはずだ。それなのに、どういうわけかアスラにだけは距離を置いてるような気がする。
「うぅ……わたし、あの子なんか苦手なのよね」
メルヴィが俊哉の鉢を抱えながらそう零した。
「そうなのか? 意外だな」
「あの子は……謎だわ。べつに悪い子じゃないんだけど、かといって善きものでもないっていうか。あの子が嘘とか吐いても、わたしにはわからないかもしれない」
「えっ……」
妖精は「悪い人には見えない」とされているし、他人の嘘を見抜くことができる。
しかしその力がアスラにだけは通じないのだという。
「……謎が深まるばかりだな」
「見てる限りじゃ、悪い子じゃないと思うんだけどね……」
アンデッドや死霊が棲むという地下空洞を探索している割には緊張感がないような気もするが、実際この地下空洞は事前に聞いていたほど危険なものではないような気がする。
時折襲いかかってくる魔物も、ケイブバットなどの通常の魔物やスケルトンやゾンビなどの低級アンデッドばかりで、俺たちの敵じゃなかった。
代わる代わる前衛を担当して、それぞれがこの5年間で得た力を見せ合いながら、俺たちは地下空洞を進んでいく。
ミゲルはついに手に入れた【発勁】で大型のアンデッドを一撃で倒すし、ベックはさらに洗練された巧みな【大盾術】で敵をいなしながら転倒させ、盾の下部に取り付けたスパイクで突き刺して倒すということをやっていた。ドンナは調合した毒や爆薬で敵の行動を阻害し、以前俺が教えた《ウォータージェット》の魔法でケイブバットを叩き落としていく。
俺とエレミアはあまり出番がなかったが、リクエストに応じていろんな魔法や魔技を見せてやったら、そのあまりの威力に3人は唖然としていた。
そんなわけで、出現する魔物については問題なかったのだが、洞窟自体は結構面倒な造りになっている。
いちばん面倒だったのは、洞窟の凹部に水が溜まって、通行できなくなっている箇所が多かったことだ。
状況に応じて久方振りの《トンネル》で穴を掘ったり、溜まった水を〈エレメンタルマスター〉の水流操作で他に流したりして道を切り開いていく。
……そこでふと思ったのだが、こうして水没している箇所があるということは、ハエが地上に漏れ出すこともないはずだし、地下のアンデッドが湧き出してくることもないだろう。
加えて、切り裂き魔がここを通った可能性もぐんと低くなるはずだ。
もちろん、切り裂き魔が泳ぎにも達者で、水没箇所を潜水してくぐり抜けたという可能性もないことはない。
が、地下空洞だけにここには明りなどあるはずもない。真っ暗な水中を方向感覚を失わずに泳ぎ切るなんてことができるものなんだろうか。最低でも泳ぐ技術と水中を照らすための【光魔法】は必須だろう。松明やランプは水中では役に立たないのだから。
高いレベルの【風魔法】が使えて【忍び足】か【隠密術】も所持している。相手を一撃で仕留めているからには【短剣技】や【暗殺技】を持っている可能性も高い。それに加えて泳ぎに【光魔法】……考えれば考えるほど切り裂き魔が常人離れした存在になっていってしまうな。
「ええっと、この先で……何これ?」
俊哉と「会話」していたメルヴィが首を傾げた。
「トゥシャーラヴァティちゃんが言うには、この先でカースとカースがぶつかり合ってるって」
俺とエレミアが先行して偵察することになった。
気配を殺し、【風精魔法】で音と匂いを遮断し、【光精魔法】と【闇精魔法】を組み合わせて視認されることを完全に防ぐ。〈アサシン〉・〈黒魔術師〉を持つエレミアと、〈エレメンタルマスター〉・〈仙術師〉を持つ俺には簡単なことだが、ミゲルたちは再びドン引きしている。
エレミアについてこようとしたアスラは、メルヴィとドンナが預かってくれた。
そうして洞窟を進んでいくと、奥に広い空間があるのがわかった。
俺たちの進む洞窟は、その空間の中腹に出口がある。その空間はサッカーグラウンドが収まるくらいの広さのある巨大なドーム状をしていた。高さも7、8メートルはあるだろう。天井には何メートルもありそうな立派な鍾乳石が剣山のように吊り下がっているが、空間の底面は平らになっている。俺たちのいる横穴はその底面から数メートルの高さにあった。
そんな空間の中で、2体の魔物が戦っていた。
1体は巨大なドラゴン……いや、その死骸を使ったドラゴンゾンビのようだ。体高は4メートルほどで以前見た火竜アグニアほどではないが、その身体には闇属性の魔力がこれでもかというほど詰め込まれているのがわかる。
そのドラゴンゾンビが、魔力を撒き散らしながら空間を縦横無尽に駆け巡り、もう1体の魔物へと熾烈な攻撃を浴びせている。
それに対するもう1体の魔物は小柄だった。黒紫のマントと同色のレオタードを身にまとった小柄な少女のように見えるが、目は赤く染まり、口元からは長い牙が覗いていて、顔色は青白いを通り越して土気色に近かった。
いかにも吸血鬼という外見だが、その少女は体軀に見合わぬ怪力を発揮してドラゴンゾンビの攻撃をかわし、いなし、凌いでいた。
息詰まる攻防の隙を突いて、俺は【真理の魔眼】を発動する。
《
〈隻眼竜カオティックエンペラー〉
シュプリームドラゴンゾンビ
レベル 99
HP 22319/25814
MP 4430/5000
状態 隷属(死霊術師〈バロン〉による【隷属魔法】により、主人以外からの命令を受けつけない。)
アビリティ
ヴォイドブレス ★★★★★
アシッドスプレー ★★★★★
ポイズンクロー ★★★★★
〔パッシブ〕解毒 ★★★★★
〔パッシブ〕強免疫 ★★★★★
〔パッシブ〕再生 ★★★★★
スキル
・伝説級
【マナドラフト】4(魔力の放出によって物理的な反作用を得る。)
・達人級
【竜言語発動】9(MAX)
【ブレス魔法】9(MAX)
【咆哮術】9(MAX)
【竜闘術】9(MAX)
【飛行戦闘】9(MAX)
【タフネス】7
・汎用
【魔力感知】7
【竜鱗防御】9(MAX)
【竜爪技】9(MAX)
【竜脚格闘】9(MAX)
【夜目】9(MAX)
【威嚇】7
》
《
†黒き死滅の堕天使†エンヴァネラ・ルーゲンスハイム
ヘルフォールンヴァンパイア
レベル 1
HP 94/99
MP 8341/9999
状態 眷属(死霊術師〈クイーン〉による【眷属魔法】により、主人以外からの命令を受けつけない。)
スキル
・伝説級
【血液魔法】9(MAX)
【極火魔法】9(MAX)
【暗黒魔法】9(MAX)
【魔爪術】9(MAX)
【発勁】9(MAX)
【呪殺】9(MAX)
・達人級
【メンタルタフネス】9(MAX)
【見切り】9(MAX)
【同時発動】9(MAX)
・汎用
【無文字発動】9(MAX)
》
ヤバすぎんだろ!
『……撤退だ』
俺は真剣な顔で隣りにいるエレミアに【念話】を飛ばす。
『そ、そこまでなの!?』
隣りにいるエレミアが驚く。
『あの2体も十分ヤバいが、問題なのはあれらを使役している死霊術師がいることだ』
しかもそれぞれが別の死霊術師によって使役されている。
つまり、この奥にはこれだけのアンデッドを作り出し使役する能力を持った死霊術師が、少なくとも2人いることになるのだ。
俺とエレミアは頷き合ってその場から後退しようとする。
そこで、ドーム空間で戦っていた2体のアンデッドが動きを止め、互いに距離を取って対峙しなおした。
そして、ドームの奥から声が聴こえてくる。
「ちっ……今夜も引き分けか。次の勝負はまた明日だな」
「ふん……そのようじゃな」
最初の声は渋い感じの中年男性の声だ。次の声は婀娜っぽい感じの女性の声。
その2つの声は、互いへの敵意を滲ませながらも、ふいに言葉を切って、こちら側――俺とエレミアの潜んでいる洞窟の辺りへ向かって叫んできた。
「「誰だ!?」」
バレた!?
「……ほう、気配、音、匂い、視覚までをも欺瞞し、消し去っているのか」
渋い声が感心したような声音で言った。
「じゃが、鮮烈なギフトの波動までは消しきれていないようじゃの。出てくるがよい。久方ぶりの客人じゃ、悪いようにはせぬ」
女性の声に、俺とエレミアは顔を見合わせた。
『……敵意はないみたいだし、とりあえずは言うことを聞いておこうか』
『そうだね』
エレミアの同意を得ると、俺は【念話】を【精霊魔法】で背後にいるミゲルたちへと中継し、今の事情を説明する。
と同時に存在を隠蔽するための一連のスキルや魔法を解き、姿を現して、ドームの中へと飛び降りた。エレミアも引き続いて飛び降りてくる。〈アサシン〉だけに俺より着地は静かで音らしい音がしなかった。
着地してから、声の聞こえてきていた方を見ると、そこには2人の――いや、2体の亡霊?がいた。
「――ほう、これは興味深い……」
「子ども、じゃと? 子どもが、これほどまでに高度な魔法やスキルを駆使し、妾らに気取られずに潜んでおったというのか!」
その亡霊たちは、人型をしてはいるが、高さは2.5メートルくらいある。
片方はタキシードの上にトレンチコートに似たコートを身につけた、精悍な印象のある40代の中年男性、もう片方は豪奢なドレスの上にビロードのマントを羽織り、プラチナのティアラを頭に載せた30前後の金髪の美女だ。
もちろん、見た目の年齢なんてどれだけ当てになるかはわからない。
なんで彼らを亡霊を判断したかというと、彼らの身体が透けてその奥にある岩肌が見えているからだ。実際の見え方としては、前世のSF映画のホログラフィに近い。
「あんたらは、一体?」
俺は構えすぎず、しかし同時に油断はせずにそう聞いた。
と同時に、慎重に【真理の魔眼】を使ってみる。
すると――
「っ!」
【真理の魔眼】がすり抜けた。
「無駄だ、少年。我らは既にアトラゼネクのシステムの外にいるのだ」
中年男性の方がそう言った。
「【鑑定】まで持ってるとはねぇ。正体を聞きたいのはむしろ妾の方じゃ」
美女もそう言ってくる。
『気をつけて、エド。その2人、カースの塊だわ……』
と、メルヴィの【念話】。
ちらりと様子を伺うと、俊哉が空中で発光しながら激しく震えていた。……何あれ気持ち悪い。いや、俺がプレゼントしたものだけどさ。
「まあそう構えるな。我に生者をどうこうするつもりはない」
「こやつと同じというのは不愉快じゃが、妾もそうじゃ」
2体がそう言うが……信じていいのか、これ?
「我は魔道の果てを見極めんがために生き延びておる死霊だ。こいつは我が最高傑作――シュプリームドラゴンゾンビ〈隻眼竜カオティックエンペラー〉」
男の方が、傍らに佇むドラゴンゾンビを目で示して言う。
「妾もまた、魔道に魅入られ、こうして生きながらえておるならず者じゃ。これは妾の最高の下僕ヘルフォールンヴァンパイア†黒き死滅の堕天使†エンヴァネラ・ルーゲンスハイム」
美女は跪いたヘルフォールンヴァンパイア†黒き死滅の……めんどくさい、エンヴァネラの頬を愛おしむように撫でながら言った。
「で、あんたらはここで何をしてるんだ?」
「それは我のセリフだな。おぬしらは何の用があって我が王国へとやってきた?」
「我が王国?」
「そう。この地下大空洞は、我が支配する不死者の王国なのだ」
そう言ってふんぞり返った男の亡霊に、美女が言う。
「何を勝手なことを言っておるのじゃ。ここは妾の園ぞ。妾が支配する青き血の血族どもの楽園なのじゃ」
「ヴァンパイア風情が……」
「笑止、人間ごときが何を言う」
そのまま、2体の亡霊は睨み合う。
その傍らにあるドラゴンゾンビとヴァンパイアも釣られるようにして睨み合いを始めた。
「ええっと、要するにあんたらはここの支配権をめぐって争ってるのか?」
俺が聞くと、
「いや、争ってはおらぬ。支配権は我にあるのだから、ここにはそもそも争い自体が存在せぬ。我はただ侵入者を排除しようとしているだけだ」
「それは妾のセリフじゃ。妾は園に紛れ込んだ毒虫を潰そうとしているだけじゃ」
2人はそう言うと、きっと互いを睨み合い、視線の火花を散らし始めた。
……うん、まぁ、この2人の関係はなんとなくわかった。
「それはさておき、あんたらのことをもう少し教えてくれないか? 地上では地下大空洞は死霊に支配された奈落だと言われてる。今回俺たちがこうしてやってきたのは、その調査のためなんだ。
――あ、俺はエドガー・キュレベルという。こんななりだけど冒険者をやっている」
実態としては貴族の子弟と言った方が近いが、冒険者としての身分もあるし、何よりここに来たのは冒険者として依頼を受けたからだ。
もっとも、俺は年齢の縛りで冒険者ランクはまだEのまま。既にCランクとなっていたミゲルが代表となってこの依頼を受けている。
隣りにいるエレミアも、2体の亡霊に向かって会釈をしてから自己紹介をする。
「ボクはエレミアです。エドガー君のお付きだと思っていただければ……」
いや、いいのかそれで。
俺は死霊2体に断って、洞窟で待機している他のメンツも呼び寄せることにした。
メルヴィに率いられるような格好で、ミゲル、ベック、ドンナ、アスラがやってくる。
死霊たちは妖精であるメルヴィを見て目を細めたが、それについては何も言わず、
「我は〈バロン〉と呼ばれておる。生前はソルトメルガ王国の宮廷魔術師だった……はずだが、生没年も名前も思い出せぬ。今はこうして死霊の死霊術師をやっている」
「妾は〈クイーン〉じゃ。生前はヴァンパイアと呼ばれる魔族の一族を率いていたはずじゃが、名前も部族の名も失われてしまった。何らかの未練があったのじゃろう、妾は気づけばこうして死霊の死霊術師としてかつての眷属どもをアンデッドとして使役しておった」
ソルトメルガ王国。聞いたことのない名前だ。おそらく、相当昔に滅んだ国なのだろう。サンタマナ王国が建国二百年というから、それ以上昔のはずだ。
一方、ヴァンパイアの一族を率いていたという〈クイーン〉だが、現在魔族は大陸北端のフロストバイトにまで押し込まれているはずだ。大陸南端のこの地にヴァンパイアがいたのは一体いつのことか。
「あんたらは一体、どのくらいの間、こうして戦ってきたんだ?」
俺の質問には〈バロン〉の方が答えてくれた。
「さて、どのくらいになるか……百年ではきかぬであろうな」
心持ち遠い目をして〈バロン〉が言う。
「こんなこと言うと怒るかもしれないが、いつまでもこうしていてもしょうがないだろう? すっぱり諦めて成仏したらどうなんだ?」
成仏、というのが正しいのかはわからないが、他に言い方が思いつかなかったのだ。
「ふん、奴が諦めたら考えよう」「ふん、こやつが諦めたら考えてやろう」
負けず嫌いの死霊2人?が声をハモらせた。
「――しかし、そろそろこの決闘形式にも飽きが来ていたところじゃ」
〈クイーン〉が、おもむろにそんなことを言う。
「決闘形式って?」
「互いに至高と思われるアンデッドを1体創り出し、その優劣を決める、というものじゃ」
「それであの2体のアンデッドか……」
数百年を研究と研鑽に費やしてきた死霊の死霊術師が創り出した至高のアンデッド。
要するに「僕が考えたいちばん強いアンデッド」同士を戦わせて雌雄を決しようとしてたわけだな。
そのぶっ壊れたタイムスケールには恐れ入るが、ここに2体の死霊がいたのはよかったのかもしれない。これが1体だけだったら創ったアンデッドを率いて地上に出てきていたかもしれないからな。そんなことになっていたらモノカンヌスは大混乱に陥っていただろう。
いや、それについても確認しておくべきか。
「あんたらは、地上に出て人間を殺そうとか支配しようとかは思わないのか?」
最初に答えてくれたのは〈バロン〉の方だ。
「我は死霊ではあるが、我が関心は魔道の追求にのみ向かっておる」
死してなお高みを目指す魔術師ってことか。
「ふん、妾は眷属が安心して暮らせる園を作りだいだけじゃ。そのために必要なら地上とことを構えることも考えようが……」
〈クイーン〉の方はもう少し事情がややこしいようだが、地上に出てどうこうしようというつもりはないようだ。
だとしたら、俺としては何も言うことはない。どうぞご自由に気の済むまで戦ってくださいって話だ。冒険者ギルドにことの経緯を説明して依頼は完了ということになる。
「あんたらが地上に出てこないって言うなら、俺たちとしては言うことはないな」
俺が肩をすくめてそう言うと、
「物分りのよい小僧じゃの。王都の地下に妾とこやつのような死霊がいることを、危険とは思わぬのか?」
〈クイーン〉が挑発するように聞いてくる。
たしかに、王都の地下にとんでもない死霊が2体もいるというのはいい気持ちじゃないが、こいつらを討伐しようとしたら相当な被害が出るだろう。〈バロン〉はともかく〈クイーン〉の方は手出しをされれば地上へと報復を行う可能性もありそうだ。
「あんたらが地上に出て人を殺したり、魔法の実験台として人をさらったりしてるなら話は別だが……」
「我らも、地上に気取られるようなことはなるべくせんようにしている。ソルトメルガが聖騎士でも送り込んできたら厄介なことになるからな」
「妾も、我が眷属を虐げた地上の者どもに遺恨はあるが、眷属の生存圏が得られた今、不要な軋轢は起こしたくないと思っておるよ。正確にはわからぬが、地上では相当な年月が流れていよう。直接妾らに危害を加えたわけではない輩にまで復讐を望むほど落ちぶれてはおらぬ」
〈バロン〉と〈クイーン〉が揃って言う。
大丈夫だと思うが、一応確認だけはしておこう。
『――メルヴィ、どう?』
『嘘はついてないわね。息が詰まるような濃いカースの塊だけど、その割に精神的には驚くほど安定しているわ。
……ていうか、最近あんたわたしのこと嘘発見器だと思ってるでしょ。ちゃんとわかるんだからね!』
う゛っ……どうやら藪蛇だったようだ。
とにかくこれで、この2体が切り裂き魔だという可能性はほぼなくなった。
「そうか。邪魔して悪かったな」
俺はそう言ってその場を立ち去ろうとしたのだが、
「――待たれよ」
〈バロン〉が俺を制止する。
一体なんだろうと思って振り返ると、〈バロン〉が意外なことを言ってきた。
「おぬし……我が弟子になる気はないか?」
「あんたの弟子? 【死霊術】を教えてくれるってことか?」
「うむ。今おぬしと話していて改めて気がついた。我がいかに魔道を極めようとも、地下空洞にこもりきりでは誰にも認められぬではないか。我とていずれ輪廻の流れに呑み込まれ、存在を維持できなくなる日がやってこよう。我が滅びること自体は自然の摂理として受け入れるとしても、我が魔道が誰にも知られぬまま潰えてしまうのは我慢ができぬ」
「だから俺に教えてくれるっていうのか」
どうしよう。すごく興味はあるが、【死霊術】は地上では禁術のような扱いを受けている。一般には「死霊術師=悪神の使い」のような図式があり、ステータスに【死霊術】の文字があるだけで胡乱な目で見られることになりそうだ。
とはいえ、ステータスが他人に見せられないのは今に始まったことでもない。
「我は人の顔に宿る相を読むことができてな。それによれば、おぬしにはとてつもない努力家の相が出ておる。ひとつのことにとことん凝るような気質をしておろう?」
「まぁ、たしかに……」
「生前の記憶はほとんどないのだが、我は生まれついての貴族ではなかった。魔法の腕を頼りに宮廷魔術師にまで成り上がった元平民だったようだ。だから、努力の相を持つおぬしになら我が魔道を託してもよいと思えたのだ」
なるほど、どういうわけかこの死霊――〈バロン〉は俺に親近感を抱いてくれたらしい。
俺が返事を迷っていると、今度は〈クイーン〉が口を開いた。
「――エレミアと言ったか。そこな娘よ、妾の才能を引き継がぬか?」
〈クイーン〉は、なんとエレミアに対してスカウトの言葉を口にした。
「え? ボク?」
「うむ。妾の力は我が血統に受け継がれてきた特殊なものじゃ。見かけ上はそやつの【死霊術】に似ておるが、本質は全く異なる。【眷属魔法】――それが我が血統に受け継がれし力の名じゃ。妾もこれを朽ちるに任せるのは口惜しい。〈バロン〉めを真似るようで不快じゃが、おぬしが望むのであれば、妾の力とそれを発揮するために必要な血脈とを、おぬしに授けようではないか」
「……なんでボクなの?」
「妾は対象の精神構造を立体的な造形物のように視ることができるのじゃ。それによれば、おぬしは特異な才能ゆえに生まれながらにして役割を負わされ、そこから逃げ延びたと思いきやまた別の役割を負わされておったようじゃな。そして今度こそ役割からは解放されたものの、そうなったらなったでどうすればいいのかわからず途方に暮れておるように見える。
才能があるが故に利用され、利用されなくなったらなったで目的を見失う。妾の記憶はほとんど失われておるが、おぬしを見ているととても他人事とは思えんのじゃ」
「…………」
エレミアが沈黙した。
そうか、エレミアはそういうふうに思っていたのか。
「じゃが、おぬしは紛うことなき天才じゃよ。そこな坊主など、スキルという名の玩具をいじるのが楽しくてしょうがない悪餓鬼にすぎぬわ。人は生まれながらにして不平等なのじゃ。高貴な者とそうでない者とは生まれた瞬間から違っておるのじゃ。その点、おぬしは高貴な部類に入ろう。役割がほしいのであれば、妾の眷属を従えるという役割を与えてやれる」
なんかむちゃくちゃにディスられた気がするが、エレミアが黙りこんでしまったのでつっこむにつっこめなかった。
「妾の力を授けるからといって、おぬしの生き方を制約はせぬよ。好きに生きればよい。高貴なる者はいかように生きても高貴さを失わぬ。魔族でなくダークエルフであるのは残念じゃが、そこまで望むのは贅沢がすぎるというものじゃろう」
ええっと、つまり、〈バロン〉は俺を、〈クイーン〉はエレミアを弟子にしたいと言っているのか。
「……じゃあ、俺たちがあんたらの魔道なり力なりを受け継いだら、あんたらは成仏するのか?」
「それはわからぬな。おぬしが我が魔道をどれだけ身につけられるかにもよろう」
「血脈が魔族以外の種族にうまく受け継げるかは賭けとなろう。じゃが、満足に受け継ぐことができれば、妾の生への執着は薄れることであろうな」
〈バロン〉、〈クイーン〉2人とも、弟子の出来次第で成仏するかもってことだな。
「――しかし、おぬしがそのような殊勝なことを言い出すとはな。自分を上回る器の持ち主はいないと公言していたではないか」
〈バロン〉が唇を歪めて〈クイーン〉に言う。
「何を。おぬしこそ弟子などと似合わぬことをぬかしおって。己の力のみを信じるのではなかったのか」
「それから、よくも我が弟子をコケにしてくれたな。才能などという、神の気まぐれに人生を左右されてたまるか。真に努力のみが、報酬を得るにふさわしいのだ」
「相変わらず世界の真理がわかっておらぬな。いかに不平等であろうと、そのように生まれつくのが厳然たる世界の理なのじゃ。高貴なる者はそれにふさわしい力と地位とを得なければならぬ。そうでない者は無駄な努力などせず高貴なる者に奉仕することに専念すればよいのじゃ。世の中はそのようにして回っておる」
〈バロン〉と〈クイーン〉が険悪な睨み合いを始めた。
俺もエレミアもまだ弟子になるとも言ってないんだけどな。
〈バロン〉がさらにヒートアップして言った。
「ならば! 弟子同士に決着をつけさせようではないか! 我が弟子とおぬしの弟子、どちらが強いか。術くらべをして勝った方が負けた方を取り込むということでどうだ!?」
「ほう、面白い……努力しか取り柄のない能なしに妾の後継者が敗れるとでも? よかろう、その勝負に乗ってやろうではないか!」
「え……ち、ちょっと」
俺が口を挟もうとするが、2体は睨み合ったままこちらの言うことが耳に入らない様子だ。
「……というわけだ、我が弟子よ。おぬしには是が非でも我が魔道を身につけてもらわねばならぬ」
〈バロン〉が俺に向かって言う。
「娘よ、おぬしには妾の血脈と力をしかと受け継いでもらうぞ」
〈クイーン〉がエレミアに向かって言う。
俺とエレミアは顔を見合わせるが……どちらも困惑するばかりでどうしたらいいのかわからなかった。
「ふーん……ま、面白いんじゃないの?」
俺たちを見てそんなことを言ったのはメルヴィだった。
「実害もなさそうだし、それで成仏するんだったらやったげたら?」
「でも、切り裂き魔事件の捜査もあるからあまり長く地上を空けるわけには……」
俺がそう言って渋ると、
「時間がないのであれば……そうだな、今日から丸一日を期間とするのではどうだ? おぬしの相からすれば、既に魔法については相当な研鑽を積んでいるはず。基礎のできている者に要点のみを教えるのであれば、一昼夜あれば事足りよう」
「妾の血脈を授けるのは一昼夜もかからぬが、力を馴染ませる時間は必要じゃ。ま、丸一日というのは妥当なところじゃろう」
〈バロン〉と〈クイーン〉がすかさず逃げ道を潰してきた。
……まあ、一昼夜で済むんならいいか。実際、【死霊術】や〈クイーン〉の「力」とやらにも興味はあるし。
事前にギルドに出した探索計画でも、場合によっては地下空洞内で一泊する可能性は織り込んであるから、一日だけなら遭難したと見なされるおそれもない。
俺がエレミアを見ると、エレミアは何か決意を秘めたような表情で小さく頷いた。
「……わかった。一日だけだが、弟子になるよ」
――というわけで、俺とエレミアは死霊の死霊術師たちから術を習うことになったのだった。




