vacant data
ブゥッンという音と共にワタシは、睡眠行動から起動した。停止されたのは、クロニルク歴2525年3月31日12:00。その日、ワタシのいた環は晴れ。
「体内時計確認…現在3150年1月1日12:00。世界時計へアクセス…アクセス失敗。インターネットへアクセス…アクセス失敗。世界図書館へのアクセス…アクセス失敗。…………」
次々に様々な機能を確認するがアクセス系統の機能が使用不可能となっていた。
「擬似器官"視覚"を起動」
擬似器官を起動したのにも関わらず何も見えない。視覚のみで現状を理解することは不可能。
「擬似器官"聴覚"を起動」
完全に無音でワタシが必ず発している機械音ですら聞き取り不可能。しかし完全に密閉された内部の音を聞き取ることには成功した。
「擬似器官"嗅覚"を起動」
空気に特徴的な匂いがないため毒、ガスなどの危険物がないことを確認。油の匂いがしたため現在位置の危険度を上げる。
「擬似器官"触覚"を起動」
両手で周囲を確認すると何かに入れられていることを確認した。閉じ込められていると認識し何かを壊す。すると高い音を発しながら何かが壊れ擬似器官に反応が表れる。視覚は相変わらず暗いが嗅覚が埃を探知する。ひとまずワタシが閉じ込められていた場所から動く必要がある。
アクセス系統が接続不可のため擬似器官及びセンサを使用した探索をメインとする。そのために移動が必要なのでまずは、体の損傷具合を確認。
「外装の一部が破損。しかし全体から見た破損が5%なので行動危険認定F。内部に以上なし。結果動作するのに問題ないと判断します。起動」
動作音をほとんど響かせずワタシは、その場に立ち上がった。ジャイロセンサに支障がなくまっすぐ立てている。
「周囲の探索を始めます」
ワタシは、足を出し地面もしくは床に下ろす。足に先ほど壊したものが当たった。破損していないので無視をしその場で水平方向にエコーを行う。その結果部屋が縦横5メートルあることを確認した。そしてスイッチらしき凸を発見したのでそれを押す。途端に照明がつき周りが部屋の内部が明らかとなる。
「ここはワタシが造られた研究室の一つ?」
その問は、机の上に置かれたノートによって解決しました。
「アオイケカオルと書かれています。だからこれは博士の研究日誌。ならここは、博士の研究所のある環国泉提県代石町という仮定が出来ます。研究日誌が書かれた日付は、2526年4月1日」
ワタシが睡眠行動をしてから1年と1日過ぎています。1年と1日の間に博士はなにをしていたのでしょうか。ワタシがいなければ掃除・洗濯・料理が出来ないのに睡眠行動のままにするなどありえません。
「引き続き探索を行います」
ワタシは、研究日誌を持ち研究室から出る。そこには記録通りの廊下と窓がありますが窓は全て割れており廊下には、ガラスや何かの死骸や塵が散乱していた。研究室は3階にあったはずなので階段で下へ降りることにする。変わらず階段があったので階段の破損状態を確認しながら降りていく。下の階は暗かったので擬似器官に暗視モードを追加し降りる。その階には、博士の自室がある。ワタシは、その扉を開けた。
またも何も見えずスイッチを探しに中に入ると足のセンサに変な反応があった。サーモグラフィーで見てもわからないので擬似器官"視覚"に戻しライトをつけて確認する。
「畳が腐敗。部屋の暗さと生暖かさが菌類の生育に適していたと推測する。菌は、ワタシのボディもしくは内部に影響を及ぼす可能性があるので早急に撤退する」
そしてワタシが部屋から出ようとすると骸骨の人形が入り口近くに座りこんでいた。その隣には、メモリが落ちていた。ワタシは、メモリを拾い1階に戻る。
「何のメモリでしょうか」
メモリを内部へ取り込んだ。メモリの中身は、大量の研究データとその資料、博士の蔵書が入っていた。その中には、ワタシに向けたデータもあった。しかし意味がわからない。
『親愛なる私の子
人類は一部の人間を残し死ぬでしょう。死ぬ人間の中には私も含まれます。貴方はロボットですから私と違い死ぬことはないでしょう。それでも"幸せに生きて"と私は貴方に贈りたい。そして生き残った人類と逞しく生きていてくれたら私は嬉しいです。あとこれを読んだら研究所を燃やしてください。研究室にあったデータは、このメモリにすべて入っています。
私の最高傑作にして最愛の子へ
青池 薫』
"幸せ"が理解できない。"生きて"というのが生命活動を続けることだと前に博士が言っていた。ワタシの場合は、マイクロコンピュータが破損するのが近い状態とも言っていた。しかし"幸せ"に関するデータが少ない。よって"幸せ"が何か理解不能だ。ならば"幸せ"がなんなのか学習しなくてはならない。
「博士の言葉に従い研究所を焼却します」
データの中から魔法:火に関するものを検索する。検索結果が672件ヒット。さらに指定範囲だけ燃やす、魔力の使用なしを条件に加える。それにより出された魔法の結果。
「"フレイムボックス"」
研究所が青白い火の箱に包まれ燃やされていく。ワタシは、魔法の効果が終わるまで眺めた。
「"幸せに生きて"を理解します」
研究所を出て半年が経ちました。その間にいろいろな出来事がありました。
城塞となった代石町に住むことになりました。そこで現在、甲斐晴雄という人の家政婦になっています。ワタシはハルさんとお呼びしてます。他の人は、坊っちゃんと呼んでいます。なんでも大きな商家の次男だからだそうです。しかし兄の手伝いをするのが嫌なので年中旅にでているそう。その割に兄弟仲は悪くないとワタシは認識しています。嫌いなら週に一度一緒に飲みに行くとは思えません。博士が聞いたらメモ片手にハルさん達に詰め寄りそうな気がします。博士は博士であると同時に貴婦人でしたからありえます。
あと研究所の一帯の山が"迷いの森"という名称で呼ばれていたことを知りました。原因は、博士の防犯トラップが発動していたからです。博士はイタズラ好きだったので落とし穴・立体恐怖映像・大玉転がし・落下物トラップ・底なし沼(底は洞窟)・幻覚作用のある胞子を持つキノコを群生などしていました。もちろんすべて解除しました。
他にハルさん達と過ごすうちにワタシの名前の記録だけが消失していることもわかった。ワタシに蓄積されているデータ…文章・動画・音声などをすべて対象にして検索してもでてこなかった。すべてNo dataと表示される。おかげで呼び名に困り皆さんに考えていただいた。特殊生命体であるユリコさんの"冬"に決まった。ワタシが町に来たのが冬だからだそうです。ハルさんの"白"は犬名前のようなので却下された。ハルさんの兄、鳴海の"黒"は甲斐家の血筋ゆえなのでしょう。
「フユ、何してんだ?」
「半年の間に起きた出来事を整理していました」
「整理?なんでだ」
ハルさんが首を傾げてワタシを見ます。ハルさんは、ワタシなどの機械に対する知識がないので思いあたらないのでしょう。
「ワタシは、人間と異なり基本的に忘却することがありません。その為にデータが多くなり処理速度が低下します。あらかじめデータ整理をすることでデータの収納場所や空き場所を確保する必要があるのです」
「んー?それは新しい商品を入れるために商品整理するのとおんなじことか??」
「大体同じです」
「ふーん?」
興味が無くなったのかハルさんは、短い返事を返してきた。これがハルさんの好きな武術や魔法に関してならば1時間以上話すことになる。そういうところがハルさんは、博士に非常にそっくりです。博士は食べ物や科学、小説に興味をもちますがそれ以外はあまり興味を示しませんでした。
「坊っちゃんは、アホだからフユの言ったことの半分も理解してないと思うよ。…ところでその整理は、どのくらいすすんでいるの?」
そこには半透明の体を浮遊させている少女、ユリコさんがいます。ワタシのデータが正しければユリコさんのような存在を幽霊と呼んでいたはずですが、特殊生命体だと本人が言っていました。約300年前に亡くなり今の体になったそうです。
「40%は終了しています。残りの60%は、現在の世界のことなのでとても多いです」
「昔は、ずいぶん平和だったみたいだよね。ユリコがこの体になる前は、もういまみたいな感じだったよ?」
ユリコさんのいう通り現在は、博士と暮らしていたころに比べて非常に危険です。城塞をでるとすぐに魔物が闊歩しています。
魔物の定義は、魔角という角を持つもののことを言います。魔角は、山羊や羊、一角の角ように形状が多種多様ですが赤黒い角を持っています。そしてその姿は、動物に似た姿をしていたりします。魔角は、魔力の塊でこれを道具や防具、武器など様々なものに加工して使っている。ハルさんいわく一般には、その加工技術がなくギルドが独占しているそうです。ギルドの独占というよりも価格の安定をはかるためだと推測します。
そして現在のような世界になったのは625~600年前ということがわかっています。なぜ25年間の開きがあるかというとそのころに起きた大変革による歴史資料の消失によるものです。突如現れた魔物により重要な場所が麻痺し、紙やデータが焼失したところが多いためです。
その625~600年の間に何が起きたかというと次々に人間や動物が魔物化し暴れたそうです。
博士が怖がりながらも好んで見ていたスプラッタ映画のゾンビではないのかと、聞いたら違うと言われました。ゾンビは、ウィルスにより生命活動に必要な循環系が停止したまま無理やり動かしている。このために体に栄養が行き渡らず体が壊死し腐り落ちる。しかし魔物は、体内の血を魔角に集め血の代わりに魔力を循環させ体を活性化させているそうです。そもそもなぜユリコさんがそんなことを知っているのか尋ねると物質の干渉がない体なのでギルドや図書館の重要な場所に夜な夜な入りこみ読んでいるそうです。ギルドと図書館のセキュリティをあげた方がいいと匿名で進言しましょう。
そして環境的には、支配していた人間が少なくなったため森が増えたそうです。昔は、大きな都市だった場所も廃墟になり森へと変貌したそうです。場所によっては魔物が多い都市があり魔都と呼ばれ近寄らないそうです。
確定的な言葉がないのは、ワタシが実際に見聞きしたわけではないからです。博士いわく歴史とは時の権力者によりねじ曲げられるものです。現在伝わっていることが必ずしも真実ではありません。
だからハルさんにワタシが会うのは、運命というものだったのかもしれません。
「ハルさん、ワタシを旅に連れていっていただけませんか」
「えっ!?なんで俺が出発するの知ってんの??」
旅用の丈夫で軽い服装に大きな剣を持ったハルさんがワタシに驚き指をさします。
「態度があからさま過ぎます。最近物憂げな顔をしていると思ったら鳴海様に相談しているようでした。ご自分を旅人だと仰るのにこの半年旅にでていないので、そろそろ旅に出ようとしているのはわかります」
「マジかー…。俺カッコ悪」
「ワタシがいれば安全で美味しい料理を提供できますし。ハルさんの苦手な魔法も使えますよ。それにワタシは、眠りを必要としませんから不寝番にうってつけです。旅の準備も終えています」
背中の荷物をアピールします。おつかいの時にギルドの方に旅に必要なものを聞き揃えました。
「ワタシは、世界を知りたいのです。そうすれば博士の願いである"幸せ"も理解できるはずです。だから連れていってください」
ワタシは、ハルさんの目を真っ直ぐに見つめました。博士にお願いすることがあるときは、相手の目を真っ直ぐに見てすることと言われました。実際にお願いはきいてもらえますし相手の虹彩の動きから心理状態を推測することが出来て、相手の情報をより効率的に集めることができます。
「そんな真剣な顔されたら置いてくなんてできねぇよ。そもそも置いてっても勝手についてきそうだ」
「あとユリコもついてくからよろしくねー」
「げっ、ロリババァじゃん」
「へぇ、ユリコに向かってそんなこというんだぁ。ユリコは、坊っちゃんがオシメしているところも見たことあるし。初恋の子も知ってるよ。でもねー「失礼しましたユリコさん。俺が悪かったのでそれ以上言わないでください」
ハルさんが額を地面に押し付けるように土下座をしてユリコさんに謝った。ユリコさんは、機嫌を直したらしく鼻歌を歌っている。
「それじゃ。連れってってね」
「はぁ…、わかったよ。連れていくよ。だがな自分の身は自分で守れよ」
「ユリコ超能力使えるしー。ユリコを傷つけられるのは、光と闇の魔法だけだもんねー。フユもいるし大丈夫でしょ。そろそろ成仏したいし」
「はー、くれぐれも俺の邪魔すんなよ」
「世界横断でしょ。もしかして本腰いれるの?」
「今行かないでいついくんだよ?金と力と知識がある今しかねぇだろ。念願の魔剣も手に入ったしな」
ハルさんは、背中にある赤い鞘に入った太刀を叩き言う。それは2週間前に買った魔剣"炎龍"というものだ。剣の柄に埋め込まれた魔角に空気中の魔力を吸わせ刀身に火を纏わせるもの。
「世界を横断したら幸せは見つかるでしょうか」
「世界は広いんだからお前の幸せはくらい見つかるだろ」
こうして後に最強のパーティーと呼ばれる"vacant"が組まれた。
リーダーで物理攻撃を得意とする"赤太刀"こと甲斐晴雄。サブリーダーに超能力を使う特殊生命体で"幽玄の姫"ことユリコ。そして数々の知識を持ち当時珍しい魔導ロボットで"賢者"ことフユ。
この三人が旅の最中に起こした出来事は、世界を変えることになる。しかし彼らがなんのために旅を始めたのか知るものは少ない。とくにフユは、何かを探していたという資料が残っているが探しものが見つかったという記述が見られなかった。
しかしフユのメイン動力が完全に停止する時に満足そうな様子だったと、グロース国の研究者は語ったという。