閑話 彼女と私―1
雪乃視点で、1~6話までをざっとおさらい。
長くなってしまったので分ける事にしました。
昔から私は、人が怖かった。
私に近付いてくる人はみんな、私にくっついてる「お金」や「権力」「立場」ばっかり見てて、私自身と仲良くなろうとしてくれる人なんていなかった。
安心できるのは家族の傍だけ。ずっとそう思ってた。
でも、出会った。出会えた。
私を見てくれる、彼女に……。
† † † †
それは入学式の時。
私は朝から憂鬱だった。
中高一貫の学園に高等部から入る人は多くなくて、殆どが中等部から通っている子ばっかり。私なんて余所者扱いで、孤立しちゃうに決まってる。
……知らない人ばっかり。でも、きっと、ここが一番安全……。
私は中学までは普通の学校に通ってた。
でも、そこで向けられるのは好奇の視線ばかり。
私の両親は代々続く名家の跡継ぎで、大手食品メーカーの社長……、所謂、大富豪。そして私は――自分で言うのもアレだけど――容姿にとても恵まれていた。
みんな、珍しい物を見るような目で私を見た。
みんな、私の外見だけで寄ってくる。
それがとっても嫌だった。
学校に行くのが憂鬱で仕方なかった。
それを両親に相談して、薦められたのがこの星蓮学園。お金持ちしか通えない学校。
そこなら、好奇の視線を向けられる事はないだろう、って父様は言ってた。もし受験で落ちてもコネで入れるから安心しろ、とも言ってたけど……。娘の学力をもうちょっと信用して欲しい。……たしかに、成績は悪かったけど……、入試はギリギリ合格点だったらしいけど……。
春休みは期待で胸がいっぱいで、来る日も来る日も高校生活を想像してはにやけてた。
やっと普通に楽しめる、そう思ってた。
でも、実際に来てみれば、男の子からの視線は感じるし、女の子達もそこまで洗練されているわけではなかった。
……なんか、がっかり。
裏切られた気分だった。……私が、勝手に期待していただけだけど。
校門でずっと騒いでる人達の中を通るに通れず、少し離れた所で立ち止まってた時だ。
突風が吹いた。
風から身を守ろうと、顔を横に向けたら。
目を奪われた。
漆黒の長い髪が風に靡いて、春の日差しを受けながら艶やかな輝きを放っている。
均整のとれた顔立ちは、美しいという言葉がぴったり。
一切の表情を消した、どこか人形めいた美しさだ。
どこか気怠げな視線は棘を含んで、校門に屯す生徒達に向けられている。
……ああ、綺麗……!
思わず見とれてしまう。
その時、何を考えてたっけ……?よく文学小説にある緑の黒髪はああいうのなんだなぁ、とか、あんなに肌が白い人ってるんだーとか?何も考えてなかったような気もするけど。
とにかく綺麗で、美しくて。
美化しすぎかなぁ?でも、その時は本当に、世界で一番綺麗だって思った。
ずっと見ていたいと思ったし、実際じっと彼女の方を見ていた。
ふと、校門から視線を外した彼女が私の方に顔を向ける。視線に気付かれてしまったのかな。目が合った。
やっぱり、綺麗だ。深い深い闇色の瞳。全てを見透かしているような、それでいて何も見ていないような目。
ふいっと目を逸らして、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き毟りながらそのまま行ってしまう。前髪が長くて、顔が隠れてしまった。もったいない。
ああ、もっと見つめあっていたかったけど、もう少しで始業式が始まってしまう。私も早く行かないと。
始業式の間は、彼女を見つけられなかった。壇上に上った彼女を見て一人でこっそり顔を赤らめたのは秘密だ。
教室に行く前に、とってもいい事があった。なんと、彼女――名前は、神宮寺 凛音ちゃんだと知った――と同じクラスだとわかった。それだけでも嬉しかったのに、更に!席まで隣だったのだー!
嬉しい、めっちゃ嬉しい!
嬉しすぎてまじまじと彼女、いや、凛音ちゃんを眺めてしまう。今は頬杖をついて外を眺めてるし前髪も長いからあんまり顔は見えないけど、十分綺麗だ。窓から射し込む光の加減で後光が射してるみたい。
髪の毛はやっぱりツヤツヤで綺麗だし肌も白くて綺麗だし、唇も薄くて形が良い。全部が綺麗。眺めていて一つも飽きる事がない。先生はもう来なくていいや。
……そういえば、凛音ちゃんはどんな声をしているのかな。
さっきも声なら聞いたけど、アレはきっと人前用の声。人間なら誰だって、大人数の前で話す時の声と普通に話す時の声は分けるはず。
だから、気になる。普段はどんな声で話すんだろう。どんな話し方なんだろう、どんな表情で話すんだろう。とっても気になる。
さっきは凛々しくてかっこいい声だったなぁ。低めの声で、耳に心地いい。普段はもっと低いのかな、それとも高いのかな。実は全然違う声だったりして!
うー、見てるだけじゃやだなー。いやいや、見てるのに飽きたんじゃなくて、いろいろと想像してたら声が聞きたくて堪らなくなってきたんだよ?
さっきから全く姿勢を変えずに外を眺めてる凛音ちゃん。綺麗だなぁ。写真撮って携帯の待ち受けにしたい。でもでも、勝手に撮るのは失礼だし嫌だろうから、今度聞いてみよう。
まだまだ眺める。凛音ちゃんは気付いているのかいないのか。多分、気付いてるよね。それで知らん振りしてるなら、それは話しかけて欲しくないってことだよね……。
……ちょっとだけなら、いいよね?うん、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。……そうだ。声を聞くまでにしよう。一言声を掛けて、それに一言返してもらったら、それでよし。うん、そうしよう。
「あ、あのっ!」
うぅ、声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
……凛音ちゃんは、こっちをちらっと見てまた外を眺め始めてしまった。声は、聞けなかった。
うん、もう一言。もう一言だけ声を掛けて、返してもらえなかったら、今日は声を聞くのは諦める。
深呼吸して、……よーし。
「お、お友達になりましょう!」
あ、あれっ?気合入れすぎて変な事言っちゃった!どーしよどーしよ!なんだかとっても恥ずかしい。
いやいや、私の事なんてどうでもいい。凛音ちゃんは?
じとっ、といったような感じでこっちを見ていた。明らかに睨んでいる。しかも首の角度が尋常じゃない。かっくーんって感じだ。伝わらない?……ごめんなさい。だって、なんともいえない角度にうまく傾げられてるんだもん。
それより、そんな事より。明らかに睨まれている。無表情に、気怠げな棘を含んだ視線に。それ自体は少し怖くもあった。
でも、傾げられた首の角度とか、その視線とか、さらりと流れた髪とか、陽射しとか。全ての要素が一つになったその光景は……、ひたすら、美しくて、かっこいいと思った。
多分、それが声に出てたんだと思う。
少し、本当にほんの少しだけ眉を顰めた凛音ちゃんは、また窓の外を眺め始めた。
その後、先生が来て何やら話してたけど私は凛音ちゃんを見つめてた。
先生が帰っても見つめ続けた。途中、誰かが話しかけてきた気もするけど、知らない。
下校時間ぎりぎりまで、ずーっと見てた。
だって、綺麗なんだもん。
ちょっと時系列がごちゃごちゃしてしまいましたが、基本的には現在形で進めていこうかと。
雪乃は友達が少なくて休日も家にいる、しかも本を読まないアホの子なので禁忌感が薄いです。一般的な常識はありますが。なので若干気持ち悪い感じになってしまいました。
誤字脱字、不自然な文章等ありましたらお知らせ下さい。