12話 不機嫌の理由
うーん疲れた。今日は朝からぐったりだ。
お蔭で気付いたら半日経っているというなんとも都合のいい体験をしてしまった。これいいな、楽で。
という訳で、現在昼休み。
今日は大人しく教室で食べている。……勿論、雪乃も一緒に。
ちなみに赤間先輩は抜き打ちテストの点数が学園史上類を見ないほど悪かったとかで休み時間も返上して補習してるってさ。流石はバカ。様見ろ。
私にはもう逃げる気力も避ける余力もないからな。最近は教室から出ない。
バカに絡まれるよりは雪乃に眺められてる方がマシだ。
私に話し掛けるような物好きな同級生もいないし。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
「…………」
見知らぬ女子に話し掛けられたけど知らん。どうせ私じゃないしな。
ほら、今回も。
「えーと、桜野さん、だよね?」
「うん」
「斉藤君が体育館裏まで来てってさ。行ってあげて」
「ああ、そう、うん……」
な?私じゃないって言っただろ?
このように雪乃はその外見により非常に多くの男子生徒から告白の為の呼び出しを受けるのだ。
……いや外見によってってのはそういう意味じゃない。大半が他のクラスの男子か先輩だから、あーまぁ雪乃は見てくれは完璧美少女だもんなーわかるわー、となっただけだ。
同じクラスの奴らなら、四六時中私の事を眺めてるのを知っているからな。告白しようとも思わないだろう。
いやそれにしても、週に一回は呼び出しくらってるよコイツ。
モテ期ってやつかい?羨ましいこった。嘘だけど。
……まぁ、可哀相な事に……
「……じゃあ、すぐに振ってくるから待っててね、凛音ちゃん!」
「…………」
雪乃はこれっぽっちも嬉しそうじゃないし、振る気しかないんだけどな。
いやぁ報われない恋ってのは案外身近にあるもんだね。なぁ、男子生徒諸君?
やれやれ、今は昼休みで何処にも行けないってのになーにが待っててなんだか……。
まぁいい。昼休みはまだ大分あるし、本でも読んで待ってやろうか。
† † † †
不機嫌な様子を隠そうともせず、雪乃は歩く。
すれ違った先輩だか同級生だかわからない誰かが何事かと二度三度振り返ったが、そんなものを意に介さずただひたすら目的地に向かって歩く。
雪乃にとって、凛音以外の有象無象が起こす事象なんてただひたすら、くだらない。
――早く終わらせて凛音ちゃんと一緒にいたい。
凛音の前では見せた事のないような凶悪な表情で、体育館裏に佇む自分を呼び出したであろう男子生徒の前に現れる。
男子生徒は、雪乃が普段の表情とは真逆の表情なのを見て一瞬うろたえたが、気を取り直し想いを告げる為口を開く。
「好きだ、付き合ってください」
「無理です。それじゃあ」
……が、それもあっさり一刀両断される。
あまりにも呆気ない振られ方に納得いかなかった男子生徒は、既に背を向けた雪乃の肩を掴み振り向かせる。
振り向かされた雪乃は射殺しそうな目で男子生徒を睨む。
まるで邪魔するな、と言っているようなその目に怯むが、それよりも怒りが勝った。
負けじと睨み返しながら問い詰める。
「無理ってなんだよ無理って。意味わかんねぇ。断るならもうちょっと人の気持ち考えて断れよ」
「……放してください。生理的に受け付けない。貴方じゃダメ」
「俺じゃダメ?どういう事だよ。他に好きな人でもいんの?俺がソイツじゃないからダメなのか?」
「そうだよ。貴方は凛音ちゃんじゃないからダメ。もういいでしょ?……放してよ!」
「はぁ?」
一度は離れた雪乃だが、またその腕を男子生徒が掴み引き止める。
思い切り掴まれ痛みに怯んだ雪乃をまた問い詰める。
「凛音ちゃん?女かよソイツ?」
「そうだよ。女の子だけど貴方よりかっこよくて綺麗でいい人だよ」
「……何だそれ、気持ち悪ぃ」
ボソっと呟かれた一言に、雪乃の表情が凍った。男子生徒はそれに気付かない。
「気持ち悪く、ない」
「女子同士って……百合だかレズだか知らねぇけどさぁ、気持ち悪いに決まってんだろ。ありえねーし」
「一回振ったのにずっと引き止めるお前よりはマシだ!!!」
今度こそ雪乃は男子生徒の腕を振り切って逃げる。
残された男子生徒も、期待外れだ、なんて身勝手極まりない事を呟いて校舎に戻っていった。
† † † †
引き戸が開く音がした方を見ると、いつもとは違い無表情……よりは怒ったような表情の雪乃が入ってくる。
随分時間が掛かってたが……、大方相手がしつこく引きとめたんだろう。よくあることだ。
まぁしばらく経てば機嫌も直るだろう。……あーでも、こうなるとやたらひっつこうとしてくるからなぁ……。それはちょっと困る……。
とかなんとか考えていた。が。
何があったのか、席に着いた雪乃は俯いてずっと何かを考え込んでいる。
一切こっちを見ないし、話し掛けてもこないし、ひっつこうともしない。
……もしかして、相手が案外好みだったとか?
それで告白を受けようか悩んでたりして。……そうだったら私は晴れて一人になれるし、相手は彼女ゲットで万々歳だな。
まぁ私は何も言わん。せいぜい悩むがいいさ。
……とまぁこの後は特に何事も無く時が過ぎ、現在放課後。気付いたら私と雪乃以外誰もいない。
やる事がないから視線を前方に泳がせてひたすらボーっとしてたらまた時間がカットされてる。これマジで楽だわ。
え?授業?HR?最初から聞いてねぇよそんなもん。聞かなくてもわかるしー。HRとか聞く人いないしー。
さて、終わったなら本でも読むか……
と、思ったら。
ずっと俯いて座っていた雪乃が立ち上がって、私の前まで来た。
相変わらず俯いていて、前髪で顔が隠れている。表情が全くわからない。
「ねぇ、凛音ちゃん」
「……なんだい、雪乃」
「私ね、凛音ちゃんの事、好きだよ」
「……は?」
「ほんとだよ。ねぇ、信じて?私、凛音ちゃんの事、好き、大好き、愛してるよ」
「……な、に、言ってんだ……?」
目の前まで来て、急に顔を上げた雪乃がおかしな事を言い出した。
ていうか待て、目がどっか別の世界にイっちゃってるんだが。
怖い。怖すぎるだろコイツ。何があったし。
「ねぇねぇ凛音ちゃんは?私の事嫌い?ねぇ、ねぇ!」
「待て、落ち着け、何が言いたいんだお前は?」
「私は凛音ちゃん大好き。他はいらない。ねぇ、私の事気持ち悪いって思う?」
肩を掴まれ、息がかかる距離で問い詰められる。
…………。
背筋を冷たい物が走る。ゾワッとか、ゾクッとか、そういった言葉で表される、所謂、恐怖のようなものが。
他人に対してこれほどの恐怖を抱いたのは、初めてかもしれない。
私にはわからない。どうして雪乃が私に執着するのか。どうして私に好意を抱くのか。何がしたいのか。
私がいるだけでいいなんて、訳がわからない。コイツは、私に何を求めてるんだ?
「ねぇ、ねぇ、凛音ちゃん! 凛音ちゃん、凛音ちゃん!」
何かが抜け落ちたような目で私を見詰めながら、ただひたすら名前を呼ぶ雪乃。
私は、雪乃が怖い。その好意の代償が、わからない。
「……うるさい。お前は、何がしたいんだ。私に、何がして欲しいんだ!何が欲しいんだ!やめろ、私の名前を呼ぶな!もう私に近付かないでくれ!」
「あ、凛音ちゃ……ごめ、なさ、待って、ねぇ……っ!」
鞄を引っ掴んで走る。
とにかく雪乃から離れようと。一度も立ち止まらず振り返らず、逃げた。
わからない。わからない。怖い。
そろそろ一区切りつけようかと。
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