9話 ヤツが来る
やぁやぁ諸君。
突然だが、今は4月の下旬である。
そっちが春夏秋冬いつであろうと今は4月の下旬だ。
もっと言うなら現在放課後、下校時間真っ只中だ。
……ん?雪乃か?今日は風邪で休んだ。お蔭で久々に快適に過ごすことが出来た。
おいおい、ご都合主義なんて言わない約束だろ。
とまぁ、そんな話はどうでもいい。
4月といえば、入学や進級、そして新たな役員を決めたりなんだかんだでかなり忙しくなる月だ。
ただまぁ、それも初旬~中旬までの話で下旬にもなれば大分落ち着いて余裕が出てくる訳で。
かくいう我らが一年生も近頃はメリハリのないだらけた日々を送っている訳だが。
さて、私が何故こんな話を突然するのかというとだな。
諸君も知っている通り、この星蓮学園は中高一貫校である。
そして私は中等部の頃から通っている。
という事は、当然知り合いの後輩がいる。
まぁ人と関わらないようにしてきた私に親しい付き合いのある後輩なんていないに等しいんだが……。
一人だけいるのだ。これまた面倒なヤツが。
一つ年下の後輩。今は中学三年生だな。
暇さえあれば私に絡んできたヤツ。休み時間には毎回私の所まで来て居座っていた。
……よくもまぁ上級生しかいない教室にああも堂々と居座れたもんだ……。
私はこう予想する。
各クラスの委員会に加え、生徒会のアレコレもあり忙しかったであろう四月の初め。
しかしそれも過ぎ既に余裕が出てきた今。
ヤツはきっと私に絡みに来る……!
そんな訳で、私は現在ヤツに遭遇せずに済む方法を考えつつ廊下を歩いている。
いやはや。本に夢中になり過ぎてもう誰も見かけない。
そんなに読み入ってたつもりはないんだけどなぁ。
さて、どうしたものか……。幸い、高等部と中等部は基本的に行き来できないから、休み時間毎に訪ねてくる事はないだろうけど……。
そうなると登下校時が危険か……?
……おぉう。
雪乃とヤツが鉢合わせてみろ……、大変な事、いや、面倒な事になるに決まっている。
うっわーめんどくせー。絶対遭遇したくねー。
……いやしかし、ヤツは何故か私の居場所を常に把握していたし……。……どう逃げ切るか……。
「せ・ん・ぱ・いーっ!」
……おやおやおやぁ?誰もいない筈の校舎で何故か聞き覚えのある声が聞こえるなぁ。
しかも状況的に見て先輩って私か?私しかいない系?
…………。
おいもしかして自分で遭遇フラグ立てちゃったのか何してんだ馬鹿かよ馬鹿なの死ぬの勘弁してくれよ私ってば一人称視点であんな語り入れちゃったらヤツが登場するに決まってんだろマジ勘弁して。
こんなに早くフラグ回収に来るとは……。
チラっと周りを見れば……、居た。遠くて姿が不鮮明だが、アレはきっとヤツだ。
こういう時はアレだ。
逃げるが勝ち!廊下を走っては駄目?大丈夫だ、問題ない。今ここには私しかいないからな。
「あ、ちょっと待ってくださいよ先輩!会いたかったんですよ先輩!さぁこっちを向いて僕にその麗しいご尊顔を見せてください先輩!」
先輩先輩五月蠅い。毎回語尾に先輩を入れるんじゃない。
相変わらずいちいち言う事が気持ち悪いな……。
うん、逃げよう。ひたすら逃げよう。……振り切れたためしが無いんだけどな……。
いや、私の足が遅いんじゃない。自慢になるようで申し訳ないが私の運動神経は人並み以上だ。
ヤツは運動神経は人並みだが足だけはやたら速い。お前人間じゃねぇだろってくらい速い。
こうしている間にも、後ろを振り返ればほら……。
「逃げないでください先輩!久しぶりに四人で帰りましょうよ先輩!」
近いなオイ!さっきまで不鮮明にしか見えない距離にいたじゃねぇか!お前の足は機械か何かなのか!?
うわ、ちょ、待って、追いついて来ないでくれマジで。
今までのパターンで行くとヤツは私に抱き着く……というか飛びついてくる。
さすがにこの状態で飛びつかれると私も転ぶしかないんだが。いや受け身くらいは取れるけどな。
「先輩、つっかまえたーっ!」
「ぅぐぇっ」
ヤツに飛びつかれた所為で女子にあるまじき声を出してしまったが私は悪くないだろ?
† † † †
「いやぁ探しましたよ先輩!やっぱりこうも広いと人探しも一筋縄じゃいきませんね」
「……あぁ、うん。わかったからとりあえず私から離れてくれたまえ」
「えー嫌です。離れたら先輩また逃げるでしょ?」
「わかった。手を繋いでやるから私に抱き着くな」
「腕組みましょう先輩!」
「……どうぞ」
……諸君。紹介しよう。
私の唯一付き合いがある後輩、黒木 零夜だ。
はっはっは。あの後捕まったに決まってるだろう。飛びつかれて押し倒されて抱き着かれたよ。
……あーあ。あんな語りを入れなければ……。
「そういえば先輩」
「なんだね?」
「同級生の女子生徒と上級生の男子生徒と親しいようですね何があったんですか?何で去年まで僕の事をあんなに避けてたのに……それでも嫌われてないって信じてたのに、やっぱり先輩は人嫌いじゃなくて僕が嫌いだったんですか!?だからあんなにつれなかったんですか!?僕はこんなに先輩の事が好きなのに!」
「……いやいや落ち着きたまえ。私がいつ好き好んで二人と仲良くしている等と言った?」
「でもでも、最近は毎日三人で登下校してるって!」
「君のその情報源は一体どこなんだね……?」
「とにかくとにかく、あの二人は先輩の何なんですか?僕は先輩の何なんですか?」
「……あの二人はただの顔見知りで、君はただの後輩の筈だが……」
えー、改めて紹介しよう。
後輩の黒木 零夜。白い肌に黒い髪、大きな目に小さめの口……と外面だけ見れば見紛う事無き儚げな美少年だが、見ての通り非常に面倒な性格をしている。おまけにこの面倒な性格が発揮されるのは私のみという特典付きだ。いらねぇ。
コイツとの出会いなんてありがちなもんで、不良に絡まれていた所を度々発見し助けてやったら懐かれた。あの頃の見知らぬ人間でも助けるお人好しな自分を殴りたい。
ていうか何でコイツはあんなにいろんな奴らに何度も絡まれていたんだ?10回以上助けた覚えがある。
まぁコイツは普段はふてぶてしい奴だからな。腹も立つだろう。マジであの頃の顔がいい所為で絡まれてるんだろうとか思ってコイツを助けていた自分を殴り倒したい。
「せ、先輩?どうしたんですか?そんなに僕をじっと見つめて……、照れちゃいますよぉ」
「先程から穴が開くほど私を凝視していた君に言われたくないな……」
「まぁまぁいいじゃないですか!それよりそれより、今日からはまた僕達4人で行き来しましょうね!」
「……私は一人で帰りたいんだが……」
赤間先輩と雪乃がいる限り、コイツと帰るのも一人で登下校も出来ないだろうがな……。
…………ん?
「……ちょっと待て……、4人?」
「はい、4人です!ほらほら、早く行きましょう、二人はもう校門で待ってますよ!」
「はいはい……」
最近は大人しくしてると思ったら……。
コイツを唆してやがったな?……いや、コイツなら何も言われなくても動きそうだけどな……。
はぁ……本当、高校に入ってから面倒事が一気に増えたというか、いい事が一つもないというか……。
やれやれ、次々面倒事の種が舞い込んで来やがる。
凛音ちゃんは無口な振りをしてるだけなので一定以上に親しくなるとちゃんと喋ってあげるようになります。
一種のデレイベント的なアレです。
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