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異世界チョコたび百合風味。~女神様にもらった無限チョコと全属性魔法で、可愛い仲間と甘々気ままな異世界ライフを満喫します~  作者: かわちょう


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第7話

 窓の外には、丸い月がぽっかりと浮かんでいた。


 異世界の月は、日本のそれよりも少しだけ青白く、そして大きく見える気がする。


 ノール村での生活は、驚くほど穏やかで満ち足りていた。

 朝、鳥の声で目覚め、ミリアの笑顔におはようを言う。

 温かな食事を囲み、魔法で村の人たちの手助けをして。

 お礼を言われたり、時にはおやつを貰ったりなんかして。


 それは、私がかつて過ごした学校と家を往復するだけの毎日とは比べものにならないほど、新鮮で優しい日々だった。


 けれど――。


 こうして夜、一人で月を見上げていると、ふいに胸の奥がざわざわと騒ぎ出すのだ。


「……街の灯りは、もっと眩しかったな」


 誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟く。


 帰りたくてたまらないわけじゃない。ここでの生活は気に入っている。

 でも、言葉も交わさずに別れてしまった両親や友達の顔が、ふとした瞬間に脳裏をよぎる。


 それに女神様にもらった、この規格外の能力。

 それが私の手にある意味を考えると、ただこの温かい場所で「お客様」として甘えているだけでいいのかと、不安になってしまうのだ。


 まぁ、のんびりしたいのは……それはそうなんだけど。

 そんな、ちょっぴり感傷に浸っていた時だった。


「……ハルちゃん?」


 背後で遠慮がちな声がした。

 振り返ると、部屋の入り口にミリアが立っていた。

 手には湯気の立つカップが二つ乗ったお盆を持っている。


「あ、ミリア。ごめん、起こしちゃった?」

「いえ、ハルちゃんがまだ起きている気配がしたので。……ホットミルク、淹れてきたんです」


 ミリアは隣に座り、私にカップを手渡してくれた。

 蜂蜜を溶かした甘いミルクの香りが、張り詰めていた心をふわりと緩めてくれる。


 一口飲むと、じんわりとした温かさが胃の腑に落ちた。


「……美味しい。ありがとう、ミリア」

「どういたしまして。……また、月を見ていたんですね」


 ミリアは私ではなく、窓の外の月を見つめていた。

 その横顔はどこか寂しげで、すべてを見透かしているようで。


「……月、綺麗ですね」


 静寂を埋めるように、ミリアがぽつりと呟いた。

 窓枠に切り取られた夜空には、冴え冴えとした満月が輝いている。


「うん。……すごく、綺麗」


 私の声は少し震えていたかもしれない。

 異世界の月は美しい。でも、その美しさが今の私には、なぜだか少しだけ切なく映る。


 この穏やかな時間を壊したくない。

 でも、この世界でやるべきことを探したい。

 二つの想いが胸の中でせめぎ合う。


 私は、温かいカップを両手で強く包み込んだ。

 指先から伝わる熱が、冷え切っていた私の決意を溶かし、形にしていく。


 今、言わなきゃ。

 これ以上、彼女の優しさに甘えて先延ばしにしちゃいけない。


 私は意を決して、ゆっくりと口を開いた。


「ミリア。私ね……そろそろ、ここを出ようと思うんだ」


 ミリアの長いまつ毛が、一度だけゆっくりと瞬いた。

 驚きはなかった。

 まるで、いつか来るその時を待っていたかのように静かだった。


「……やっぱり、行っちゃうんですね」


「うん。この村も、ミリアたちのことも大好きだよ。でも、もっと広い世界を見てみたいんだ。私がここに来た意味とか、この力の使い道とか……なんかある気がして」


 私は、自分の胸の内を正直に伝えた。

 ミリアはカップをサイドテーブルに置くと、私の方に向き直った。

 その瞳は潤んでいたけれど、強い意志の光が宿っていた。


「……ハルちゃん。それなら私を……私も一緒に連れて行ってください」


「え?」


「私、足手まといにはなりません。魔法だって練習して、少しは使えるようになりました。料理だって、洗濯だって、野営の準備だってなんだってします! だから……」


 ミリアが身を乗り出し、私の手をぎゅっと握りしめる。

 その手は小刻みに震えていた。

 断られることへの恐怖と、それでも譲れないという決意が伝わってくる。


「ミリア、でも……旅は危険だよ? 私みたいに無茶苦茶な力があるわけじゃないし、危ない目に遭うかもしれない」


「わかっています! でも、ハルちゃんは自分のことになると無頓着すぎます。ご飯を食べるのも忘れるし、たまに非常識な事なんかもするし……そんなハルちゃんを一人になんてしたら私、心配で夜も眠れません!」


 ミリアの瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。


「それに……約束しましたよね? 『ずっと隣にいる』って。指切り、したじゃないですか」


 ――あの日、川辺でした約束。

 彼女はそれを、宝物のように大切に守ろうとしてくれている。


 私はハッとした。

 「一人で行かなきゃ」なんて、勝手に思い込んでいたけれど。

 それはただの私の強がりで、本当は心細くてたまらなかったんじゃないか。


「……そっか。そうだね、約束したもんね」


 そうだ、なにをうだうだ考えていたんだ私!

 私は、温かい彼女の手を強く握り返した。


「ごめんね、ミリア。……一緒に行こう。私の隣には、やっぱりミリアがいてくれないと!」


「……っ! はい……! はいっ、ハルちゃん!」


 ミリアが泣き笑いのような表情で、私の胸に飛び込んでくる。

 その柔らかな感触と、日向のような空気に包まれて。

 私の胸にあった「澱」のような不安は、いつの間にかどこかへと消え去っていた。


          ◇


 翌朝、私たちは揃ってミリアの両親に旅立ちの決意を伝えた。


 お父さんもお母さんも最初は驚き、寂しそうな顔をした。

 けれど、ミリアの真剣な眼差しと私の決意を見て、最後には温かく背中を押してくれた。


 それから数日間、私たちは旅の準備に追われていた。


 ミリアは保存食を作ったり、荷物を整理したりと大忙しだ。近所のおばさんたちに挨拶回りをして、旅のアドバイスをもらっている姿もよく見かけた。

 私も、お世話になった村への最後の恩返しとして、古くなった井戸の石壁を魔法で補強したり、壊れかけた塀を直したりして回った。


 そうして過ごす慌ただしい時間は、別れを惜しむための大切な時間でもあったと思う。


 そして準備がすべて整った、雲ひとつない、穏やかな朝。


 村の入り口には、多くの村人が見送りに集まってくれていた。

 短期間とはいえ、魔法で村に貢献した私を、みんなは家族のように慕ってくれていたのだ。


「ハルナさん、これを持っていってくだされ」


 人混みをかき分けて進み出てきたのは、白髭を蓄えた村長さんだった。

 彼が差し出したのは、ずっしりと重い革袋だ。


「これは……?」


「村のみんなからのお礼じゃ。少ないが、路銀の足しにしてくれ。カナンは大きな街じゃ、宿代なんかも掛かる。金があって困ることはなかろう」


「そんな、受け取れません! お世話になったのは私の方なのに」


「いいんじゃよ。あんたが畑を耕してくれたおかげで、この村はこれからもっと豊かになる。これはその先行投資じゃ」


 村長さんの茶目っ気たっぷりのウィンクに、私はありがたくその袋を受け取ることにした。


「はい。ありがとうございます! 村長さん」


「お嬢ちゃんたち、お腹が空いたらこれを食べなさい。ノール特産の干し肉とドライフルーツだよ」

「こっちは焼きたてのパンだ。道中気をつけてな!」


 次々と渡される食料の数々。

 決して高価なものではないけれど、村の人たちの真心がこもった贈り物に胸がいっぱいになる。


 ミリアの両親も、涙を堪えながらミリアの旅装を何度も整えていた。


「ミリア、元気でね。……辛いことがあったら、いつでも帰ってくるのよ。ここはずっと、あなたの家なんだから」


 お母さんはそう言うと、ミリアを強く抱きしめた。

 その背中は震えていて、娘を手放す寂しさが痛いほど伝わってくる。

 お父さんはそんな二人の横で、何も言わずにミリアの頭を優しく撫でた。


「……うん、お父さん、お母さん。今まで育ててくれて、ありがとう」


 ミリアは二人に抱き着くように腕を回し、涙声で、けれど力強く告げた。

 二人が離れると、お母さんはミリアの頬に残った涙を指で優しく拭い、私の方を向いた。


「ハルナさん……。あの日、ミリアを助けてくれてありがとう。そして今、またこうして娘を導いてくれて……。貴女になら、大事な娘を任せられます」


「おばさん……」


「どうか、ミリアを……うちの娘を、よろしくお願いします」


 深く頭を下げるご両親に、私は背筋を伸ばして答える。


「はい! 任せてください。必ず、何があっても守りますから!」


 私の言葉に、二人は安心したように微笑んだ。

 そして、お母さんがミリアの肩を優しく叩いて、静かに告げた。


「うん……行ってらっしゃい、二人とも」


 その言葉に、私たちは顔を見合わせ、力強く頷き合った。

 ミリアの瞳にはまだ涙が光っていたけれど、その表情は晴れやかで、もう迷いはなさそうだった。


 私たちは深く息を吸い込み、青空に向かって声を張り上げた。


「「行ってきます!」」


 私たちは門をくぐり歩き出すと、一度だけ振り返り、村の人たちに手を振った。


 一歩足を踏み出すごとに、私を包んでいた「安らぎ」は遠ざかっていく。

 目の前に広がるのは、まだ見ぬ未知の街道と、どこまでも続く青い空。


 この大陸で一番大きな「カナン」という街までは、ノール村から徒歩で約三日の道のりだ。

 風魔法での移動もできるんだけど、私はやっぱり、この大地を自分の足で踏みしめて辿り着きたい。


 村が見えなくなったあたりで、私はポーチから一粒のチョコレートを取り出した。

 以前ミリアと分け合ったのと同じ、特別なミルクチョコだ。

 それを半分に割り、一切れをミリアの口へと運ぶ。


「出発の儀式だよ、ミリア。……準備はいい?」


 ミリアはチョコを口に含み、とろけるような甘さに幸せそうに目を細めた。

 濃厚なカカオと、ミルク甘い香りが、これからの旅への不安をワクワクするような期待へと変えていく。


「はい! どこまでも一緒です。ハルちゃん!」


 彼女は私の手をぎゅっと握りしめた。

 その手の温もりを感じながら、私たちは力強く大地を踏みしめる。


 「喜瀬 春奈」ではなく、この世界の一人の住人「ハルナ」として。

 私たちの旅が、ここから始まるんだ。

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