第19話
翌朝。
私たちの願いが通じたのか、昨日続いた雨は嘘のように上がり、窓の外には突き抜けるような青空が広がっていた。
爽やかな朝の日差しが、部屋の中にまで降り注いでくる。
私たちは宿の美味しい朝食(今日はふわふわのオムレツだった!)をしっかりと食べてエネルギーを充填すると、まずはギルドへと向かった。
ギルドへの道中、水たまりを避けながら歩く私たちの足取りは軽い。
もちろん、昨日立てた「クローバーハウス計画」のおかげである。
「晴れてよかったですねぇ。これなら後で商会さんも回れそうですぅ」
「はい! 安い土地が見つかるといいですね」
ミリアとフィエルさんも、期待に胸を膨らませている様子だ。
ギルドの扉を開けると、雨上がりの反動なのか、いつも以上の熱気が渦巻いていた。
私たちはいつもの受付カウンターへと進む。
そこには、今日も今日とて書類の山と格闘しているセシルさんの姿があった。
「おはようございます、セシルさん! いつも大変そうですね」
「あら、おはようハルナさん。そんなことないわ。お互い様よ!」
そういってウィンクをするセシルさん。
仕事はバリバリできる。それでいて謙虚で気遣いもできて、お茶目な一面もあって、なおかつ美人!
完璧な女性っているんだなぁ……
って違う違う! 感心してる場合じゃなかった。
まずは家に関することを聞いてみよう。
「お忙しいところすいません。実は、ちょっとご相談がありまして……」
「相談? めずらしいわね。どんなこと?」
セシルさんは手を止めて、不思議そうに首を傾げた。
「実は私たち、自分たちの家を建ててみようかなって考えてまして」
「えっ、家を?」
「はい! 拠点が欲しいなって。それで、どこか良い土地とか、空き家とかの情報がないかなーと」
私の言葉に、セシルさんはきょとんとした後、困ったような顔をした。
「ごめんなさいね、ハルナさん。冒険者ギルドでは土地の斡旋まではしていないのよ……」
「あっ! そ、そうですよね。すみません、つい何でも知ってる気がして」
言われてみればその通りだ。
ギルドは仕事を紹介する場所であって、家を紹介する場所ではない。
私が恥ずかしさで頭をかくと、セシルさんは「ふふ、いいのよ!」と笑って眼鏡の位置を直した。
「でも、拠点を構えたいという考え自体は悪くないわね。ずっと宿暮らしじゃお金もかかるし、素材の保管場所にも困るでしょうから。……ただ、カナンの土地は高いわよ?」
セシルさんは少し声を潜め、ため息交じりに続けた。
まぁ、素材の保管場所に関しては、アイテムボックスのおかげで困ってはいないのだけど。
というか、セシルさんってどこら辺に住んでるんだろ?
「中心街はもちろん、郊外でもそれなりの値段がするわ。不動産屋に行けば分かると思うけど、土地だけでも500万ユリーは覚悟した方がいいわね」
「ご、ごひゃくまん……!?」
提示された金額に、私たちは絶句した。
キラーウルフ数体と、シルバーウルフの報酬が10万ユリー。単純計算でそれを50回。
そもそも、遭遇できること事態がレアだったわけだし、現実はもっと厳しいだろう。
「うぅ……やっぱり高いんですねぇ」
「今のお金じゃ、全然足りません……やっぱり難しいんでしょうか」
ミリアとフィエルさんが、しゅんとして肩を落とす。
うーん、やっぱり甘かったか。
セシルさんはそんな私たちの様子を見て、少し思案するように顎に手を当てた。
「まあ、普通はランクを上げて、何年もかけてお金を貯めてから買うものだからね。……でも」
そこでセシルさんが言葉を切り、私の方をじっと見た。眼鏡の奥の瞳が、何かを探るように細められる。
「……ハルナさん。この前の魔力測定の時、水晶が割れる直前に『七色の光』が見えたのよね」
セシルさんは声を潜めるように言う。
「えっ……あ、はい」
「その中には、神聖な『白』や『金』の輝きも混じっていたわ。……もしかしてあなた、『光魔法』も使えたりしない?」
「――ッ!?」
鋭い指摘に、私はドキッとした。
やっぱり目の前にいたんだし、ちゃんと確認してたよね。
でも、ここで「使えません」と嘘をついてチャンスを逃すのも……。
「あ、えっと……その、と、得意ってほどじゃないですけど……少しなら、使えるかもしれません?」
私がしどろもどろに答えると、セシルさんは「やっぱり!」と嬉しそうに手を打った。
「それなら、もしかしたら『あれ』がいけるかもしれないわね」
「あれ?」
「ちょっと待ってて」
セシルさんは奥の棚をゴソゴソと探し始め、少し色褪せた羊皮紙を取り出した。
埃を払ってカウンターに置かれたその紙には、こう書かれていた。
【依頼内容:旧館の浄化および安全確認】
【報酬:当該物件および土地の譲渡】
【ランク:特殊(実力者推奨)】
【場所:カナン北西の湖畔】
【期限:特になし(長期間放置中)】
「土地の……譲渡!?」
私が驚きのあまり声を上げると、セシルさんはニヤリと意味深に笑った。
「そう。これは不動産の紹介じゃなくて、正式な『依頼』よ。成功報酬は、その土地と屋敷そのもの。……ただし、いわゆる『出る』物件よ」
「で、出るって……ハルちゃん」
「これは、もしかするともしかしなくても……」
ミリアとフィエルさんが、肩を震わせてこちらを向く。
……私もごくり、と息を呑む。
「ええ……実は数年前、実際に悪霊による被害が出たこともあってね」
やっぱりそっち系かぁ。
セシルさんは声を潜め、さらに細かな事情を説明してくれた。
「だから今は、強力な結界で厳重に封印されているわ。おかげで悪霊が外に出てくることはないし、近隣への被害も収まっているの。そこは安心して」
「へぇ、それなら安全なんですね」
「ええ。でもね、その結界を維持するための魔石代がかなり高額らしく、持ち主にとっては、ただお金を食い続けるお荷物になっちゃってるのよ」
なるほど。住めない家にお金を払い続けるなんて、確かに地獄だ。
「早く浄化したいところなんだけど、光魔法の使い手自体が実は稀少でね。加えて、国内の専門家は他の大きな仕事で出払っていて、全く対応できない、という状況なのよ」
セシルさんはそこで一度言葉を切り、安心させるように微笑んだ。
「そこで、ハルナさんの出番。結界の外から光魔法を撃ち込んで浄化できれば、持ち主は維持費から解放されるし、あなたたちは土地が手に入る。もし無理そうなら、撤退しても失敗扱いにはしないわ。どう?」
失敗しても大丈夫、という言葉に私たちは顔を見合わせた。
「悪霊……ですか……」
ミリアが顔を青くして、私の服の袖をぎゅっと掴んだ。
そうだよねぇ。普通は怖いよねぇ……。
「私はハルナさんの光魔法があるなら大丈夫な気もしますねぇ」
フィエルさんは長い耳をピコピコさせながら、意外と乗り気な様子だ。
まあ、無料で土地が手に入るなら、これ以上のチャンスはない。
それに、私には女神様からもらった「光魔法」があるのだ!
ここで活かさなければもったいない。
私は安心させるように、震えているミリアの手を両手でそっと包み込んだ。
指先からは微かな震えが伝わってくる。
「行ってみよう。ミリア! 大丈夫だよ。私がついてるから!」
「ハルちゃん……」
ミリアの強張っていた表情がふっと緩んだ。
彼女は一度だけ小さく深呼吸をすると、潤んだ瞳で私を真っ直ぐに見つめ返す。
「……はいっ! ハルちゃんが一緒ですもんね!」
ミリアは宣言するように言うと、繋いだ手をきゅっと握り返してくれた。
こうして私たちは依頼を受注し、早速その「幽霊屋敷」へと向かうことにした。
◇
カナンを出て北西へ歩くこと一時間半ほど。
小さな森を抜けると、視界が一気に開けた。
目の前には、鏡のように澄んだ水を湛える美しい湖が広がっている。
そして湖畔に静かに佇むようにして、その屋敷はあった。
レンガ造りの二階建て。
庭は雑草が伸び放題で、鉄柵は錆びつき、壁には蔦が絡まっている。
そして何より……
「……うわぁ、淀んでますねぇ」
フィエルさんが顔をしかめて鼻をつまむ。
屋敷の周りには、薄っすらと半透明の膜のようなもの――きっとこれが結界だろう――が張られていて、その内側は、どんよりとしたどす黒い霧で満たされていた。
まるでインクを垂らした水槽みたいだ。
「結界のおかげで外には漏れてませんけど……中は相当ですねぇ」
「ハルちゃん……」
ミリアが私の背中に隠れるようにして震えている。
確かに、中に入って探索するのはちょっと勇気がいりそうだ。
でも、セシルさんの話だと、外から浄化してもいいって言ってたよね。
「よし、危険だし中には入らないでおこう。ここから一気に浄化しちゃうね!」
「さすがです師匠っ! 外から浄化できちゃうとは」
「お願いします、ハルちゃん!」
私は屋敷の正面、結界からは少し距離を置いた外側に立った。
悪霊だか何だか知らないが、そんなの、私の魔法の前では無力だということを教えてあげる!
「みんなは私の後ろに!」
私は両手を広げ、屋敷全体をイメージした。
この淀んだ空気を一掃するには、中途半端な光じゃダメだ。
結界を貫通して、建物隅々まで徹底的に洗い流すような、強力な光じゃないと。
私は魔力を練り上げる。
イメージするのは灼熱の太陽。
すべてを照らし、浄化する圧倒的な輝き。
「『ホーリー・ノヴァ』」
カッッッ!!!
私の体から、爆発的な閃光が放たれた。
それは単なる照明のような光ではない。質量すら感じさせるような、濃密で神聖な魔力の奔流だ。
金色の光波は瞬く間に結界を透過し、屋敷全体を飲み込んでいく。
「グオォォ……眩シイ……」
「止メ……ロ」
中から聞こえてくる微かな怨嗟の声。
しかし、それも次第に穏やかなものへと変わっていくのがわかった。
黒い霧が、光に溶けるように薄くなり、キラキラとした粒子となって空へ昇っていく。
よし、いい感じ!
私はさらに魔力を込めた。
屋敷の隅の隅まで、一点の曇りも残さないように!
「いっけえぇぇぇぇーーーっ!!」
ドォォォォォンッ!!!
光の勢いが増し、屋敷全体が白熱電球のように発光した。
と同時に、メリメリ、バキバキッという不穏な音が響き渡る。
「え?」
「は、ハルナさん!? なんか建物が揺れてますよぉ!?」
「ハルちゃん、ストップです! ストップー!」
二人の悲鳴が聞こえたが、時すでに遅し。
出力を止めた時には、屋敷の柱が光に耐えきれず弾け飛び、壁がサラサラと砂のように崩れていくのが見えた。
「あ、あわわわ……」
私たちは慌てて後退した。
直後。
ズズズズズ……ドシャァァァンッ!!
盛大な音と土煙を上げて、幽霊屋敷は光の中で崩れ落ちた。
そして、光が収まった頃には……。
屋敷は瓦礫一つ残らず綺麗サッパリと消滅し、ただの平らな更地が広がっていた。
どうやら、私の光魔法は邪気を払うだけでなく、建物まで浄化(物理)してしまったらしい。
「…………」
沈黙。
小鳥のさえずりだけが、虚しく響き渡る。
「……やっちゃった?」
私が恐る恐る振り返ると、ミリアとフィエルさんは、更地になった元屋敷跡を呆然と見つめていた。
「き、消えちゃいました……屋敷が、跡形もなく……」
「すごい浄化力ですぅ……。悪霊どころか、物理的な存在まで昇天させちゃうなんて……」
「ご、ごめん! ちょっと張り切りすぎちゃった!」
私は頭を抱えた。
これじゃあ「屋敷を譲渡」してもらうどころの話じゃない。
ただの空き地になっちゃったんだから!
「ど、どうしよう……。依頼失敗かな?」
私が涙目になっていると、ミリアがふと、何かに気づいたように声を上げた。
「……でも、ハルちゃん。見てください」
ミリアが指差した先。
そこには、遮るものがなくなった湖畔から、鏡のような水面と、対岸に広がる豊かな森が一望できる絶景が広がっていた。
屋敷があった時は薄暗かった場所にも、今は太陽の光が燦々と降り注いでいる。
「本当だ……綺麗」
「はい。とっても日当たりがいいです」
ミリアが私に向き直り、優しく微笑んだ。
「それに……建物がなくなったってことは、逆に言えば『何もない』ってことです」
「……うん」
「昨日話した、クローバーハウス計画の土地が完成した、ということじゃないですか!」
「確かにそうですぅ! これで心置きなく私たちの理想のお家を作れますよぉ!」
フィエルさんも目を輝かせて同意してくれた。
もう、二人とも優しいなぁ……。
「そうだよね! すでに簡単な整地まで終わった、って考えればお得かも!」
二人の頼もしい言葉が、沈みかけていた私の心を、ぐいっと引き上げてくれた
うん! そう思うと、目の前に広がる地面が、新しいキャンバスのようにも見えてきた。
「よし! じゃあここはポジティブに。早速報告に戻ろう!」
「はいっ!」
「は~い!」
◇
私たちはギルドに戻り、事の顛末を報告した。
セシルさんは、報告を聞いてしばらく口を開けて固まっていたが、やがて「ぷっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「あははは! まさか屋敷ごと消し飛ばすなんて! やっぱりあなたたちって最高だわ!」
「わ、笑い事じゃないですよぉ! 弁償とか言われたらどうしようって……」
「大丈夫よ。そもそも依頼内容は『浄化』だし、報酬は『土地と建物の譲渡』なんだから、そもそも建物がなくなっても問題はないわ」
セシルさんは涙を拭いながら、書類にペンを走らせた。
「とはいえ、一応形式上は現地の確認が必要だから、ギルドの職員を派遣して結果を確認させてもらうわね。問題なければ、後日正式に土地の権利書をお渡しするわ」
「よ、よかったぁ……ありがとうございます、セシルさん!」
「はい! 楽しみに待ってます!」
「待ってますぅ!」
セシルさんの温かい言葉に見送られ、私たちはギルドを後にした。




