第18話
ざぁざぁ降り続く雨の音が、窓の外から絶え間なく響いてくる。
三人でのんびり休日デートを楽しんだあの日から、数日が過ぎた。
あれからも毎日様々な依頼をこなしていた私たちだったが……
「今日は一日、降りそうだねぇ」
私は宿屋の窓から外を眺めて、大きくため息をついた。
今日は朝からあいにくの雨模様だ。
しかも、しとしと、というよりは、しっかりと地面を叩くような本降りの雨。
当然こんな悪天候の中でお仕事をするほど、クローバーはブラックではない!
ということで、私たちは部屋の中で思い思いにくつろいでいる。
「暇ですぅ……。体が鈍っちゃいますぅ……」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、フィエルさんが退屈そうに声を上げる。
彼女はショートパンツから伸びる自慢の美脚を、天井に向けてバタバタさせていた。
エルフ特有のしなやかな肢体は、同性の私でもドキッとしていまう。
……羨ましいなぁ。
「仕方ないですよ。この雨じゃ、外に出ても泥だらけになっちゃいますし」
ミリアは椅子に座り、冒険でほつれた服の繕い物をしながら苦笑する。
彼女はリラックスした部屋着姿で、器用に針を動かしている。
その家庭的な姿からは、新婚の若奥様のようなオーラが漂っている。
お嫁さんかぁ……って、あれっ? 何考えてるんだ私!?
「でも、そうだよねぇ……。一日中部屋に籠もってるのもなぁ……」
私は椅子に座ったまま、ぐるりと後ろを向いて背もたれに抱きついた。
この世界にはスマホもテレビもない。
室内での娯楽が極端に少ないのだ。
そこで私は思いついた。
「……そうだ!」
ないなら、作ればいいじゃない!
私はポンと手を打った。
「二人とも、ちょっと遊ばない?」
「遊ぶって、何をですか?」
「『トランプ』だよ!」
「トランプですか?」「トランプとな?」
◇
私はアイテムボックスから、以前メモ用に買っておいた羊皮紙とペンを取り出した。
えっとまずは、トランプって52枚と、ジョーカーだよね?
「風よ」
ウィンドカッターを極小出力で使い、紙を同じ大きさの長方形52枚(プラス1枚)に瞬時に切り分ける。
こういう細かい制御はお手の物だ。
「わぁ、綺麗に切れましたね! 相変わらず凄いです」
「それで、これをどうするんですかぁ?」
興味津々で覗き込んでくる二人に、カットしたそれを振り分けていく。
「これは私の故郷の遊びでね。ハート、ダイヤ、スペード、クラブっていう4つのマークと、それに数字の描いたカードを作らないとなんだけど……」
そう言って、まずは4種類のマークを描いていく。
「まず、マークはこんな感じ。あとはそれぞれのマークに、1から13の数字を描いていけば、カード完成! 遊び方はその後で教えるね」
「へぇ……じゃあ、まずはカード作りですね!」
「私もやりたいですぅ! お絵描き、自信あるんですよぉ」
二人が目を輝かせて食いついてきた。
「よし、じゃあみんなで作ろう! ミリアは数字をお願いできる? フィエルさんはマークを描いてくれるかな?」
「はい、任せてください!」
「ふふ~ん、芸術的なマークにしちゃいますよぉ」
私たちは机の方に移動し、作業を開始した。
フィエルさん、芸術もいいけどマークは分かるようにお願いね……
サラサラとペンが走る音と、雨音が重なる。
ミリアは相変わらず、綺麗な数字を書いていく。
フィエルさんも、エルフの器用さを発揮して、植物のツタをあしらったようなお洒落なマークを描き上げていった。
たぶんクラブ? だよね……いや、上手いんだけど。
「二人とも上手!」
私は二人が描き上げていったカードを回収していく。
そして最後に、一番重要なカードが残った。
「よし、最後は『ジョーカー』。ゲームの主役を描いてくよ~」
「どんなものを描くんですか?」
「ここは分かりやすく、『魔女』を描こうと思います!」
私は自信満々にペンを走らせた。
頭の中には、とがった帽子をかぶり、箒に乗った魔女のイメージ。
サラサラっ、とペンを動かし「よしっ!」と会心の出来栄えにペンを置いた。
「できたっ!」
私がカードを掲げると、二人が覗き込んできた。
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙。
二人とも目をぱちくりさせている。
「……あの、ハルちゃん。これは……」
「これは……新種の野菜?」
「ちがーう! 魔女だよ! ほら、ここ! 箒も持ってるでしょ!?」
私が必死に指差すと、二人は顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出した。
「あはは! ごめんなさい。でも、素朴な感じが、癒されます」
「確かに! なんというか、この脱力感が最高ですぅ」
二人に謎のフォローをされ、私はむぅっと頬を膨らませたけれど、結局つられて笑ってしまった。
こうして、世界に一つだけの『クローバー印の手作りトランプ』が完成した。
「よし! まずは簡単な『ババ抜き』からやろうか」
「ばばぬき?」
「初めて聞く遊びですねぇ」
「ババ抜きっていうのはね……」と、まずは二人にルールを説明した。
隣の人からカードを一枚取り、数字のペアができたら捨てていき、最後にこの「魔女(力作!)」を持っていた人が負け、というシンプルなゲームだ。
「なるほど、運も重要そうですね」
「面白そうですぅ! 私、運には自信ありますよぉ! 負けません!」
私たちはベッドの上にぺたんと座り、カードを配った。
「まずは配られた手札で揃った数字があったら、どんどん捨てていってね」
手札が配られると、ミリアとフィエルさんは真剣な表情でカードを見つめ、揃ったペアを捨てていく。
「はい、じゃあ最初はフィエルさんから、私のカードを引いて」
「いきますよぉ……これっ!」
フィエルさんが私の手札から一枚引き抜く。
序盤なのに揃わなかったらしく、「むぅ……」と険しい表情だ。
「次は私の番ですね」
ミリアがフィエルさんの手札へ手を伸ばす。
「ふふふ、どれにしますかぁ? こっちですかぁ?」
フィエルさんがカードを扇のように広げて、怪しげに揺らしている。
ミリアは「うーん」と少し悩んだが、スッと真ん中のカードを引き抜いた。
「あっ! 揃いました」
「むぅ、やりますねぇ……」
揃ったペアを捨て、残りの手札が減っていく。
「さぁ、次は私だね!」
順調にゲームは進んで、最初に上がったのは私。
現在は、残るミリアとフィエルさんの一騎打ちだ。
ミリアの手元には一枚。
フィエルさんの手元には二枚。
次はミリアがフィエルさんのカードを引くターンだ。
「……フィエルさん、引きますよ」
ミリアが真剣な眼差しで、フィエルさんの持つカードに手を伸ばす。
フィエルさんはポーカーフェイスを装っているつもりなのか、口を閉じ、あさっての方向を向いていた。
……しかし、ミリアの手がカードに触れそうになった瞬間。
ピコン、ピコン。
彼女の長い耳が激しく揺れた。
あー、これは分かりやすいなー。
「……ふふっ」
「ああっ! 笑いましたねミリアさん! 今笑いましたねぇ!?」
「いえ、なんでもないです。……それっ!」
ミリアは迷わず、それとは逆のカードを引き抜いた。
結果は――ペア成立。
「上がりです!」
「あーっ! 負けましたぁ~!」
フィエルさんががっくりとベッドに突っ伏す。
最後にひらりと舞い落ちたジョーカーが、「とほほ」と笑っているような気がした。
「フィエルさん、わかりやすすぎだよ」
「うぅ……耳は正直なんですぅ……」
耳を手で押さえて恥ずかしがるフィエルさんが可愛くて、私とミリアは顔を見合わせて笑った。
◇
その後は『神経衰弱』。
こちらはミリアが圧倒的な強さを見せた。
「ここにあったのはハートの3。さっきハルちゃんがめくったのがここだから……」
「えええっ!? ミリア、記憶力良すぎじゃない!?」
「料理のレシピや、薬草の効能を覚えたりしたからでしょうか」
涼しい顔で次々とカードをめくっていくミリア。
いやいや! 確かに物覚えがいいのかもしれないけど……
これには、私とフィエルさんは完敗だった。
ひとしきり遊んで、お腹を抱えて笑った後。
ふと窓の外を見たが、雨の方は変わらずまだ降り続いている。
ザーーーーーッ……。
途切れることのない雨音が、部屋の静寂を埋めていく。
楽しい時間の余韻が引いていくと同時に、ふと、ある心配事が頭の隅っこに浮かんだ。
「……ねえ。この雨、明日は止むかな」
私がぽつりと呟くと、ミリアも「そうですね……」とため息をついた。
「宿の人に聞いた話だと、明日もぐずつくかもしれないそうです」
「明日もかぁ……」
「暇なのも辛いですけどぉ、外に出られないとお金が稼げないのが痛いですねぇ」
フィエルさんがベッドにごろんと寝転がりながら、天井に向かってぼやく。
その言葉に、私はドキッとした。
「……そうだよね。今は依頼を受けられない状態だもんね」
そう。私たちは当然、働かなければ収入はない。
そして収入はというと、ギルドでのクエスト報酬になる。
それが2日連続でできないとなると、お財布へのダメージは大きい。
いや、まぁ雨でもクエストは受けられるんだけど、やっぱり雨の中のお仕事は気が進まない。
一方で、生きていくための出費は当然に発生し続ける。
「えっと、ここの宿代って……」
「三人で、1万5000ユリーだね。二食付きで」
ミリアの不安そうな問いに、お財布を管理している私が答える。
そう、1万5000ユリー。
通貨価値が、日本にいた頃とほとんど変わらないこの世界では、1人あたり5000円で二食付きなら、宿としてはかなり良心的な価格設定だと思う。
実際予約したことなんてないけど、大浴場もあるし、たぶん安い……
でも。
「1日1万5000ユリー……2日で3万ユリー……。もし一週間続いたら、10万ユリー以上……?」
口に出して計算してみて、私は青ざめた。
日々コツコツお金は貯めている。
先日のシルバーウルフ討伐でも、まとまった報酬を手に入れたばかりだ。
けれど何もせず、ただ「雨宿りしているだけ」では、そのお金がどんどん消えていってしまう。
「……なんか、怖くなってきた」
私は震える声で言った。
何もしていないのに、財布の中身が目減りしていく恐怖。
これが、大人の世界というものなのだろうか。
「ハルちゃんがしっかり貯金してくれていますし、すぐにどうこうということはないと思いますけど……」
ミリアも心配して声をかけてくれたものの、その言葉とは裏腹に、表情には不安が滲んでいた。
「高いですねぇ、お家賃って。森で寝てた頃はタダだったのにぃ」
「まぁ、それは極論だけど……でも高く感じちゃうのは確かだよね」
私は腕組みをして考え込んだ。
冒険者として活動する以上、拠点は必要だ。
でも、ずっと宿暮らしを続けるのは、長い目で見るとお金がかかりすぎるんじゃないだろうか?
そんな時、ふとある考えが頭に浮かんだ。
「……ねえ、二人とも」
私は顔を上げて、二人を見た。
「いっそのこと、家を建てちゃわない?」
「「えっ?」」
ミリアとフィエルさんが同時に目を丸くする。
「家を……建てる、ですか?」
「私たちのお家、ってことですかぁ?」
「そう! 宿代を払い続けるより、自分たちの家を持っちゃった方が、長い目で見れば安上がりじゃないかなって」
私の突飛な提案に、ミリアは少し考え込んでから口を開いた。
「確かに、拠点があれば宿代はかかりませんし、自炊すれば食費も抑えられる気がします……でも、きっと高いですよね」
ミリアもさすがに家の値段について考えたこともないだろうし、不安そうな様子だ。
でも、ただ買うというよりは……
私はニヤリと笑って、自分の指先を動かしてみせた。
「買うんじゃないよ。……『作る』の」
「私には最上級の土魔法がある。ミリアには生活の知恵がある。フィエルさんには森の知識がある。……三人で力を合わせれば、住む場所くらい作れるんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間。
二人の表情が、パァっと明るくなった。
「た、確かに! ハルちゃんの魔法なら、整地も、お家の壁も作れちゃいそうです!」
「木材なら森から調達できますし! 以前、ベッドなんかも作ったことがありますよぉ!」
一度想像し始めると、夢はどんどん膨らんでいく。
「私、広いキッチンが欲しいです! 大きな石窯を置いて、毎日パンを焼いたりして……」
「私はハンモックが欲しいですぅ! 日当たりのいいテラスでお昼寝するんですぅ」
「いいねいいね! 私はやっぱり大きなお風呂かな! 3人で一緒に入れるくらいの!」
さっきまでの憂鬱が嘘のように、私たちはベッドの上で身を乗り出して語り合った。
どんな間取りにするか、家具はどうするか、庭には何を植えるか。
理想のマイホームの妄想は止まらない。
「でも、問題は土地だよね。勝手に建てたら怒られちゃうし」
「そうですね。どうしたらいいのか私も分からないですけど……セシルさんか、商会? とかにでも相談してみましょうか」
「郊外なら安い土地もあるかもしれませんしねぇ」
窓の外では相変わらず雨が降り続いているけれど、その音さえも、勝利のファンファーレのように聞こえてきた。
「よし、そうと決まれば!」
私はポーチから、とっておきのチョコレートを取り出した。
金色の包み紙に入った、ちょっとリッチなプラリネチョコだ。
「まずは、甘いもの食べて、エネルギー充填!」
チョコを二人に配ると、ミリアとフィエルさんは嬉しそうに受け取り、早速口に放り込む。
「ん~、カリッとしたナッツが美味しいです!」
「甘くてとろけます~」
二人は頬を緩ませ、とろけるような幸せそうな表情を浮かべた。
私も一粒食べると、カリッとした食感と、とろりと濃厚なクリームのコントラストが最高に美味しい!
さぁ、新しい目標もできたし、心機一転頑張っていこう。
「『クローバーハウス計画』始動だよ!」
「はいっ!」
「おぉ~!」




