第17話
のんびり道草をしながらカナンに戻った私たちは、まず報告のためにギルドへと向かった。
夕方のギルドは、依頼を終えた冒険者たちでごった返している。
私たちは人混みを抜け、いつもの受付カウンターへ。
そこには、書類の山と格闘するセシルさんの姿があった。
「おかえりなさい、『クローバー』の皆さん。……その様子だと、無事に終わったみたいね」
「えへへ、ただいま戻りました! キラーウルフの討伐、完了です!」
「あと、追加で『これ』もお願いしますぅ」
私がキラーウルフの魔石を置くと同時に、フィエルさんがシルバーウルフの魔石をカウンターにゴロンと転がした。
握りこぶし大の、白く美しい光を放つ石だ。
「……綺麗な魔石ね。大きさ、色、魔力の密度……間違いなくランクC上位、『シルバーウルフ』のものね」
セシルさんは眼鏡を指先でクイッと押し上げ、レンズ越しに鋭い視線で魔石を鑑定し始めた。
そして、ふぅ、と深ーいため息をついて額を押さえた。
「はぁ……。あなたたち、結成してまだ半日よね? ブロンズの依頼で、なんでランクCの魔物を狩ってくるのよ……」
「向こうから襲ってきたんです! 不可抗力ですよぉ!」
「そ、そうです! ハルちゃんがすごい魔法で、一撃で倒してくれて……!」
二人が必死に弁明する。
セシルさんは「わかってるわよ」と苦笑しながら、手早く書類を作成した。
「ま、ただで終わるとは思ってなかったけど……はい、今回の報酬よ」
ドンッ、と重そうな革袋がカウンターに置かれる。
「討伐報酬と魔石の買取、……締めて、10万ユリーよ」
「じゅ、じゅうまん……!?」
桁が一つ違う。
前回までの報酬もすごかったけど、今回は別格だ。
私たちは顔を見合わせ、言葉を失う。
「シルバーウルフの魔石は、武器や防具の素材として需要が高いの。……お金、大切に使いなさいよ?」
「は、はい! ありがとうございます!」
私たちは震える手で報酬を受け取り、ギルドを後にした。
外に出ると、夕日が街をオレンジ色に染め始め、家路につく人々の影を長く伸ばしていた。
「すごいですね……。こんな大金、見たことありません」
「私もですぅ。里でもこんな額、扱ったことないですよぉ」
ミリアとフィエルさんが、夢見心地な表情で革袋を見つめている。
私もドキドキが止まらない。
でも、ここで浮かれて散財しちゃダメだ。
まずは宿代と食費、それにこれからの活動費を確保して……。
うーん……。
でも、これだけ頑張ったんだもん。少しぐらい、自分たちにご褒美があってもいい気もする。
「ねえ、二人とも」
私は足を止め、二人に向き直った。
「明日は依頼をお休みにして、三人で街へ出かけない?」
「えっ? お休みですか?」
「うん。『クローバー』結成記念と、初任務達成のお祝い! お仕事だけじゃ疲れちゃうし、息抜きに、ね!」
私の提案に、二人の目がキラリと輝いた。
「賛成です! 私、カナンのお店をもっと見てみたかったんです!」
「私もですぅ! 人間さんの街の美味しいもの、いっぱい食べたいですぅ!」
「じゃあ決まり! 明日は『クローバー』の休日デートだよ!」
◇
翌朝。
窓を開けると、そこには雲ひとつない快晴が広がっていた。
絶好のデート日和だ。
私たちは朝食を済ませると、いつもより入念に身だしなみを整えて街へと繰り出した。
とは言っても、私はいつものセーラー服、ミリアは村から着てきているブラウスにスカート、フィエルさんはこれぞエルフっ、て感じのする森色のワンピースだ。
……うん、やっぱりちょっと浮いてるかも?
特に私の制服は、この世界では「異国の奇抜な衣装」、だしなぁ。
「まずはどこへ行きましょうか?」
「服屋さんに行きたいですっ! このせ……カナンの服ってどんなのか見てみたかったし」
ミリアの質問に私は即答する。
一瞬この「この世界の!」と言いそうになったが……
ということで、私たちは大通りにある大きな服飾店へ向かった。
お店の外からは、色とりどりのドレスや、冒険者向けの機能的でお洒落な服が飾られているのが見える。
店内に入ると、そこは乙女のパラダイスだった。
フリルたっぷりの可愛いワンピース、刺繍が施されたチュニック、格好いい革のジャケット……。
色とりどりの衣装たちが、私たちの目を楽しませてくれる。
「わぁ……! 素敵です!」
「こっちの服、すごく肌触りがいいですよぉ~」
三人ではしゃぎながら、店内を見て回る。
店員さんも、私たちの楽しそうな様子をニコニコと見守ってくれている。
「ねえミリア、これ着てみてよ!」
私が手に取ったのは、淡いピンク色のフリル付きワンピース。
ミリアのふわふわな髪色に絶対似合うはずだ。
「えっ、私ですか? そ、そんな可愛らしい服……」
「いいからいいから! ほら、フィエルさんも!」
フィエルさんには、深い青色の大人っぽいロングドレスを選んでみた。
金髪とのコントラストが映えそうだ。
「えへへ、お姫様みたいですねぇ。着てみますぅ!」
二人は少し照れながらも、試着室へと消えていった。
数分後。
シャラ……とカーテンが開く。
「……ど、どうでしょうか、ハルちゃん……」
「似合ってますかねぇ……?」
モジモジと出てきた二人の姿に、思わず息を呑んだ。
ミリアは、ピンク色が彼女の愛らしさを引き立てていて、まるで春の妖精のよう。
フィエルさんは、青いドレスが彼女の(黙っていれば)神秘的な雰囲気にマッチして、どこかの国の令嬢そのものだ。
「……最強だ。二人とも、すっごく可愛い!」
親指を立てて絶賛すると、二人は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「ハルナさんも着てみてくださいよぉ!」
「そうです! ハルちゃんには、これが似合うと思います!」
そうして押し付けられたのは、真っ白な生地に銀の刺繍が入った、清楚なワンピースだった。
え、私に白? 似合うかな……。
試着室で着替えてみる。
鏡に映った自分は、いつもの見慣れたセーラー服姿とは全く違う、ちょっと大人びた「異世界のお嬢様?」に見えた。
「……お待たせ」
カーテンを開けると、二人が目を丸くして固まった。
「……っ! ハルちゃん、素敵です……! 天使様みたいです!」
「はいっ! とっても綺麗ですぅ!」
二人にキラキラした瞳でベタ褒めされて、なんだかむず痒い。
うん、悪い気はしないな。
「じゃあ、これ買っちゃおうかな……?」
私がカーテンを閉めようとすると、横からスッとミリアの手が伸びてきた。
「ダメです、ハルちゃん。これ、一着で3万ユリーもします」
「うぐっ……」
値段を見てなかったけど、3万ユリーかぁー……さっきの報酬があるとはいえ、ここでの散財はよくない。
しかも、今は三人での宿代が毎日1万5000ユリー。
「うぅ……でも、せっかくだしなぁ……」
私が名残惜しそうにワンピースを撫でると、ミリアは小さく溜息をつきながらも、優しく微笑んだ。
「……さすがにその服は高すぎますけど、あっちの棚になら安いのもありますよ」
「えっ、本当!?」
ワンピースを戻し、ミリアの言った棚を見てみると、確かにこっちは値段が手ごろな物が多い。
よし、これならお財布へのダメージも少なそうだ。
その後は、お互いに服をあてがっては鏡の前でくるりと回り。
「ハルちゃん、こっちの色の方が顔が明るく見えますよ」
「フィエルさんは、ショートパンツとか、あ、これね! 結構似合うと思うなー」
「えへへ、ミリアさんは情熱的な赤も意外と似合いそうです!」
などと、わいわい品定めをする時間が続いた。
そうして試着を繰り返すこと数回。
私たちはそれぞれお気に入りの一着(お値段控えめ)を見つけることができた。
私は動きやすくて可愛い刺繍入りのチュニックとスカートを。
ミリアは最終的に、最初に試着したフリルの付いたピンクのワンピースを。
フィエルさんは動きやすそうな、ショートパンツにブラウスを。それぞれ購入した。
一緒に選んだ服が入った紙袋を持つだけで、心が弾む。
「えへへ、買っちゃったね!」
「はい。ハルちゃんの服すごく似合ってましたよ。今度お出かけするときは絶対着て行きましょうね」
「ミリアさんのも可愛かったですぅ! 次はみんなで、新しい服を着てお出かけしたいですね!」
「うん! 二人とも似合ってたし、次のデートが楽しみだね!」
「そういえば、その『デート』ってなんですか?」
「ふふふっ、ミリア、デートっていうのはね……」
店を出た後も、私たちの楽しいおしゃべりは続いた。
◇
ショッピングを楽しんだ後は、お待ちかねのスイーツタイムだ。
私たちは、以前ミリアが「いつか行ってみたい」と言っていた、広場の近くにあるカフェへと向かった。
テラス席に座り(紙袋はアイテムボックスに入れてある)メニューを開く。
そこには、異世界ならではの不思議なスイーツが並んでいた。
『カナンの夕焼けパイ』『月光果実のタルト』『七色水晶のゼリー』……。
「どれも気になりますねぇ……」
「迷っちゃいます……」
真剣な顔でメニューとにらめっこする二人。
悩みに悩んだ末、私たちはそれぞれ違うものを注文して、シェアすることにした。
運ばれてきたのは、目にも鮮やかな三皿だ。
私の前には、角度によって七色に煌めく『七色水晶のゼリー』。
ミリアには、たっぷりのベリーとオレンジで夕焼けを表現した『カナンの夕焼けパイ』。
そしてフィエルさんには、淡く発光する果実が乗った『月光果実のタルト』がそれぞれ置かれた。
「「「わぁぁ……!」」」
テーブルの上が一気に華やぐ。
甘い香りがふわりと漂い、私たちは顔を見合わせてスプーンを手にした。
「いただきます!」
まずは自分のゼリーから。
スプーンですくうと、光の加減で青から紫へと色が変化した。
口に入れると、プルンとした食感と共に、さっぱりとした甘みが広がり、後味に花の香りが抜けていく。
「んんっ! 美味しい!」
「ハルちゃん、こっちも食べてみてください。あーん」
ミリアがパイを小さく切り、私の口元へ差し出してくる。
こんがり焼かれた生地に、色鮮やかなフルーツが乗っている。
「あーん……ん~! サクサクで甘酸っぱい! これはなんか贅沢な味だね!」
「えへへ、よかったです。夕焼けみたいな色が綺麗ですよね」
「師匠~! こっちもすごいですよぉ! 果物が光ってますぅ!」
フィエルさんが興奮気味にタルトを指差す。
師匠呼びはしないんじゃなかったのか……
上に乗っている黄色い果実は、ぼんやりと優しい光を放っていた。
「わっ、本当だ! どんな味?」
「いただきまーす……ん~~っ! 濃厚ですぅ! クリームがたっぷりで、とろける甘さですぅ!」
フィエルさんは口の周りにクリームをつけながら、幸せそうに頬張っている。
私はハンカチを取り出し、彼女の口元を拭いてあげた。
三人でつつき合いながら食べるスイーツは、それだけで特別な味がした。
スイーツは私たちを救う!
「……ふふ、幸せだね」
私が呟くと、二人はスプーンを止めて私を見た。
「はい。こうして三人で笑っていられる時間……私大好きです」
「私もですぅ。森で一人だった時が嘘みたいに、今は毎日がキラキラしてます」
ミリアとフィエルさんの言葉に、胸が温かくなる。
異世界に来て、やっぱり不安はあったけれど。
この二人に会えたことだけで、ここに来た意味はあったんじゃないかなって思える。
「これからも、いっぱい楽しいことしようね」
「はい!」
「もちろんですぅ!」
私たちは最後のひと口を味わい、満足げに息をついた。
こうして賑やかに囲むテーブルの空気こそが、何よりも甘くて極上のデザートなのかもしれない……なんて。
◇
会計を済ませ店を出ても、外はまだまだ明るく、街は活気に満ちていた。
大通りを歩く私たちの足取りは、行きの時よりもずっと軽い。
自然と手が触れ合い、私たちはどちらからともなく手を繋いだ。
右手にミリア、左手にフィエルさん。
二人の体温を感じながら、私は空を見上げる。
「あ、ハルナさん! あそこから、いい匂いがしますよぉ!」
不意に、フィエルさんが鼻をひくつかせ、通りの向こうにある屋台を指差した。
そこには、ジュージューと音を立てて肉を焼く香ばしい煙が立ち上っている。
「串焼き……ですか? さっきお菓子を食べたばかりなのに……」
ミリアが目を丸くして驚くと、フィエルさんは長い耳をパタパタさせて胸を張った。
「甘いものの後は、しょっぱいものが食べたくなるんですぅ! 次はあれを食べましょう!」
「うーん……それは確かにある! けどさすがにまだお腹空いてないよー」
呆れ声で言うと、二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。
「ふふ、フィエルさんは食いしん坊さんですね」
「お二人とも一緒にどうですかぁ? お腹いっぱいで幸せになるのも、冒険者の務めですよぉ」
務めかぁ……
そんな無茶苦茶な理屈も、今の私たちなら許されてしまう気がする。
「しょうがないなぁ。じゃあ、一本だけね?」
「やったぁ! レッツゴーですぅ!」
私の手を引いて駆け出すフィエルさん。
ミリアと視線を交わして「ふふっ」と笑い合うと、私たちはその賑やかな背中を追いかけた。




