第16話
新生パーティ『クローバー』、記念すべき初仕事選びだ。
私たちはギルドの掲示板に貼られた、依頼書が並ぶ掲示板の前に立った。
通常、登録したての『アイアン』ランクが受けられるのは、薬草採取や街中の雑用、せいぜいゴブリン退治くらいだ。
けれど、今の私たちには強い味方がいる。
「えっと、セシルさんが、ブロンズ帯の依頼までなら受注できるって言ってたよね」
私は、いつもよりも少し高い位置にある『ブロンズ』ランク向けの依頼エリアを確認した。
「ふふん! シルバーランクの私がいますからねぇ! この辺りも受け放題ですよぉ!」
フィエルさんが私の隣で、長い耳を揺らしながらドヤ顔で胸を張る。
その得意げな様子が可愛くて、私は思わず頭を撫でたくなった。
「うんうん、さすがフィエルさん! ありがと~!」
「えへへ、伊達に長く生きて……ゴホン、伊達にエルフやってませんからねぇ」
「むぅ……。わ、私も採取依頼では、たくさんお役に立ってましたから……」
反対側ではミリアが、ぷくーっと頬を膨らませている。
可愛い対抗心、心が和むなぁ。
まぁでも、せっかく上位の依頼が受けられることになったのだ、この制度を利用しない手はない。
私はブロンズランクのエリアに目を向け、一枚の依頼書に注目した。
【依頼内容:キラーウルフの群れの討伐】
【報酬:討伐数に応じて支給(一匹につき2000ユリー)】
【ランク:シルバー推奨、ブロンズ可】
【場所:カナン近郊の平原】
【期限:早めの対応を希望】
【備考:群れで行動しているため、複数人での対応を推奨】
「これなんてどうかな? 『キラーウルフ』の群れだって」
私が依頼書を指差すと、二人の表情がキリッと引き締まった。
「キラーウルフ……。名前からして強そうですね」
「はい。キラーウルフは動きが素早くて、集団で獲物を囲んでくる厄介な魔物さんですぅ。」
それを聞いたミリアが少し不安そうに身を縮める。
「単体ならそこまで強くないですけど、連携されると面倒ですねぇ。でも、ハルナさん率いる今の私たちなら、大丈夫だと思いますよぉ」
「じゃあ決まりだね! あ、あと提案なんだけど」
私は二人に向き直り、いたずらっぽく人差し指を立ててみせた。
「今回は単なる討伐じゃなくて、『連携の練習』にしない?」
「練習、ですか?」
ミリアがきょとんと小首を傾げる。
「うん。正直、私が本気を出せば一瞬で終わっちゃうと思うんだ。でも、それじゃあ二人の出番がなくなっちゃうでしょ?」
「さらっとすごいことを言ってますねぇ、ハルナさんは」
フィエルさんは呆れたように肩をすくめたけれど、その表情はどこか嬉しそうだ。
「フィエルさんは索敵と牽制。ミリアは魔法を上手く使って誘導。私は必要に応じて補助とトドメ、みたいな感じでやってみよう!」
私の提案に異論はないらしく、二人は顔を見合わせると、力強く頷いてくれた。
「私、足手まといにならないよう頑張ります!」
「こちらも、おまかせ下さい~! 一番弟子の弓の腕前、見せつけちゃいますからぁ!」
「むぅ~。フィエルさんはまたそうやってー!」
じゃれ合っている二人だが、やる気は十分そうだ。
「じゃあ、決定だね!」
「はいっ!」
「はい~!」
私たちはセシルさんに依頼書を提出し、「気をつけてね」のウィンクをいただくと、そのままカナン近郊の平原へと向かった。
◇
近郊、とは言っても、目的の場所までは徒歩で一時間ほどの道のりだ。
カナンを出て街道を進む間、私たちは他愛のないお喋りに花を咲かせていたけれど、ミリアだけはその合間にも魔法の練習に余念がなかった。
「……ふっ、……はっ!」
歩きながら、手のひらに小さな火の玉を出しては消し、出しては消しを繰り返している。
それだけじゃない。
「あ、ハルちゃん。あそこの地面、直してみました!」
と、足元に凹凸を見つけると、すかさず土魔法を使って平らに均す練習もしていた。
「ありがとう、ミリア。でも無理はしないでね」
「はい! 魔力はちゃんと残してます」
なんて健気で真面目な子なんだろう。
私は「ハルちゃんには、指一本触れさせない!」、と言ったミリアが大ネズミに立ちはだかり、初めての土魔法で撃退した光景を思い浮かべた。
少し教えたとはいえ、その魔法をこうも自然に応用できるようになるなんて。
きっと才能自体もあるのだろうけど、努力の天才でもあるんだろうな。
そんな風に感心しながら歩いているうちに、私たちは目的の場所付近に到着していた。
街道を外れ、ひざ丈ほどの草が生い茂る平原へと足を踏み入れる。
ここからは、フィエルさんの出番だ。
先頭を行く彼女は、時折立ち止まっては、長い耳をピコピコと動かしている。
「……!」
不意に、フィエルさんが足を止め、険しい顔つきで一点を見つめた。
ピリッとした緊張感が走る。
魔物か?
私とミリアも息を呑んで身構える。
「……ひゃうっ!?」
静寂を切り裂く、素っ頓狂な悲鳴。
フィエルさんが突然バタバタと手を振り回しながら、何かを追い払うようにして尻餅をついた。
「わわっ!? ど、どうしたんですかフィエルさん!」
ミリアが慌てて駆け寄ると、フィエルさんは涙目で鼻の頭をさすっていた。
「は、鼻に……虫さんが止まって……くすぐったかったですぅ……」
「……」
私とミリアは顔を見合わせ、ガクッと脱力した。
あんなにシリアスな雰囲気を出しておいて、それ!?
「もう、フィエルさんったら……驚かせないでくださいよぉ」
「すみません~。あまりに不意打ちだったのでぇ」
フィエルさんは「えへへ」と申し訳無さそうに笑って土を払うと、直後、スッと表情を引き締めた。
その瞳には、先ほどまでの緩んだ色はなく、鋭い射手の光が宿っている。
「……でも、こっちは本物です」
「え?」
「……匂いますねぇ。獣の臭いです」
「どっち?」
「風下から回ってきてます。……右側の岩場の陰。……5匹くらいでしょうか」
さすがフィエルさん。魔法を使わなくても、その感覚自体がレーダーみたいだ。
さっきの、『ドジっ子フィエたん』が嘘のような仕事ぶりである。
私が風魔法のソナーでこっそり確認すると、確かに岩陰に何かが潜んでいるのが分かった。
「よし、気づかれる前に仕掛けよう。……ミリア、いけそう?」
「はい!」
私たちは足音を殺して距離を詰める。
キラーウルフたちがこちらの匂いに気づき、鼻を鳴らしたその瞬間。
「今だよ! ミリア!」
詠唱の半分を終えていたミリアが、両手を前へ突き出し高らかに声を上げた。
「私たちを守る盾となって!」
「『ストーンウォール』!」
彼女の詠唱に応えるように、狼たちの前方の地面が盛り上がり、行く手を阻む土の壁が出現した。
突然の地形変化に、狼たちが「グルルッ!?」と動揺する。
しかし、当然それをすり抜けるように、こちらに向かってくる。
「フィエルさん!」
「まかせてくださ~い!」
フィエルさんは「えいっ!」という短い呼びかけと共に、流れるような動作で矢を放つ。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
目にも留まらぬ速さでの三連射。
放たれた矢は、先頭で指揮を執ろうとしたリーダー格の狼の足元と、左右に展開しようとした個体の鼻先を正確に射抜いた。
ものすごい精度だ。
「じゃあ、私も!」
私は、ミリアとフィエルさんが作ってくれた「的」に向けて手をかざした。
イメージするのは、範囲を薙ぎ払う無数の稲妻
「『サンダー・レイド』!!」
バチチチッ!!
私の手から放たれた激しい雷撃が、こちらに向かってきた狼たちを網羅した。
ズザザザァー。
狼たちは『キャン』という短い悲鳴を上げると、その勢いのまま地面に転がっていく。
そして、次々と黒い霧となって霧散していき、あとには魔石だけが残された。
「……よし! 作戦成功!」
私が拳を握ると、二人も嬉しそうに駆け寄ってきた。
「やりましたね、ハルちゃん! 今回も一瞬です」
「うん。ミリアが相手の動きを制限してくれたからだよ」
「私の矢はどうでしたかぁ?」
「もちろん! フィエルさんの誘導があったから、魔法が当てやすかった」
「わーい! 大勝利ですぅ!」
私たちは顔を見合わせると、自然とハイタッチを交わした。
パチン、パチン、と小気味よい音が響く。
「これなら、もっと強い魔物が来ても大丈夫そうだね」
「はい! 三人ならきっと!」
私たちは地面に残された魔石を拾い集めようと近づいた。
――その時だった。
「グルルルルッ……!!」
低い、地鳴りのような唸り声が、私たちの背筋を凍らせた。
草むらが大きく割れ、さっきのキラーウルフたちとは比べ物にならない、圧倒的な威圧感を放つ影が現れた。
「……ッ、ハルナさん、下がって!」
フィエルさんが鋭く叫ぶ。
現れたのは、先ほどのキラーウルフの倍以上はある、銀色の毛並みを持つ巨体。
その口元からは、白い冷気が漏れ出している。
「あ、あれは……『シルバーウルフ』!? なんでこんなところに……ランクC上位の魔物ですよ!?」
「えっ、ランクC!?」
ブロンズ級の依頼に出てきていい相手じゃない!
フィエルさんの説明に、私も身構え、ミリアは既に魔法の詠唱に入っている。
「グルァッ!!」
シルバーウルフが地面を蹴り、疾風のごとく迫る。
速い!
さっきの狼たちとは次元が違う。
「私たちを守る盾となって!」
「『ストーンウォール』」
ミリアが素早く詠唱を完了し、魔物と私たちの間を遮るように土の盾を展開する。
しかし――。
ドォォォン!!
シルバーウルフの体当たり一撃で、ミリアの作った土壁が粉々に砕け散った。
「きゃぁっ!?」
吹き荒れる衝撃波から身を守るように、ミリアは咄嗟に地面へ伏せる。
「ミリアっ!」「ミリアさん!」
フィエルさんも即座に反応し、背中の弓を引き絞った。
「させませんっ!」
ヒュンッ!
鋭い風切り音と共に放たれた矢が、シルバーウルフの眉間を捉える。
だが、巨獣はその巨体からは信じられない俊敏さで首を振ってそれを回避し、そのまま無防備なミリアへと牙を剥いた。
ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
視界が真っ赤に染まり、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。
ミリアに、私の大切な仲間には指一本触れさせない……。
「――ッ!!」
私は素早く一歩踏み込み、シルバーウルフとミリアの間に割って入った。
右手を、迫りくる銀色の巨獣に突きつける。
必要なのは、ただ殲滅する力。
――燃え尽きろ
「『プロミネンス・レイ』」
カッッッ!!
私の掌から、真紅の閃光が迸った。
それは槍でも矢でもなく、ただ純粋な凝縮された熱量の塊。
極太レーザーのような炎が、シルバーウルフの身体を飲み込んだ。
「グッ!?」
断末魔すら一瞬。
炎が通り過ぎた後には、黒焦げになった地面と、フワフワと漂う黒い霧だけがあった。
トスッ、と乾いた音を立てて、握りこぶし大の白い魔石が地面に落ちる。
周囲の空気すら焼き焦がす熱気の中、私は静かに腕を下ろした。
「……ハル、ちゃん……?」
ミリアが呆然とした声で私を呼ぶ。
「……ふぅ」
私は大きく息を吐き出し、体の中に残っていた滾るような熱を外へ逃がした。
振り返ると、ミリアとフィエルさんが、信じられないものを見るような目で私を見つめていた。
(あ、まずい。怖がらせちゃったかな)
私は慌てて表情を緩め、いつもの調子で舌をペロリと出した。
すると、ミリアが震える足で立ち上がり、私に抱きついてくる。
「ハルちゃん……ありがとうございます!」
「無事でよかった。怪我はない?」
「はい……ハルちゃんが守ってくれたから」
フィエルさんも、ため息交じりに弓を背中に戻しながら近づいてきた。
「はぁ……やっぱりハルナさんは規格外ですねぇ。あんな物凄い炎、無詠唱で放つなんて。私の弓じゃ、足止めすらできませんでしたよぉ」
「いや、フィエルさんの牽制があったから、私が狙えたんだよ。それに、ミリアの壁が時間を稼いでくれたし」
私は二人の頭を撫でる。
うん……連携や役割分担は今回もしっかりできていた。
でも、いざという時は、私がみんなを守らなくちゃ。
私が最強であれば、二人を危険な目に合わせなくて済む。
きっとそのための力だもんね、女神様。
私は心の中でそう呟くと、雲一つない青空を見上げた。
……さて、討伐証明の魔石も忘れずに回収しなきゃ。
私は、空間に手をかざして『アイテムボックス』の黒い渦を開いた。
「さぁ、みんなで魔石拾いしよっか」
「はいっ!」
「お宝回収ですねぇ~」
足元に転がる大きなシルバーウルフの魔石。
そして、その周囲に散らばるキラーウルフの魔石。
私たちは手分けしてそれらを拾い集め、次々と黒い穴へと放り込んでいった。
吸い込まれるように消えていく魔石を見届け、私は満足げに渦を閉じる。
「さて、それじゃあ大勝利のお祝いをしよう!」
私はポーチから、今日は少し変わったチョコレートを取り出した。
細長いオレンジピールを、ビターチョコレートでコーティングした『オランジェット』だ。
銀紙を剥くと、柑橘系の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
「はい、ミリア。口開けて」
「あ、あーん……」
まだ少し震えているミリアの口に、そっとチョコを含ませる。
カリッ、という小気味よい音が響くと、ミリアの瞳が驚きに見開かれ、次いで蕩けるような甘い表情へと変わっていく。
「ん……! 爽やかで、美味しいです……」
強張っていた表情がふわりと解け、ミリアはようやくいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
フィエルさんも、私が差し出したオランジェットをパクっと頬張る。
「ん~! 柑橘の香りが鼻に抜けますぅ!」
平原の風に吹かれながら、私たちは互いの無事と勝利を喜び合った。
『クローバー』の初陣。
私がちょっと暴走してしまった一幕もあったけれど。
三人の絆は、この戦いを通して、より一層深まった気がした。




