第15話
翌朝。
窓から差し込む眩しい朝日で目を覚ますと、私の身体は金縛りにあったように動かなかった。
「……んぐ」
目を開けると、私の両腕はしっかりとホールドされていた。
右腕にはミリアが、左腕にはフィエルさんが、それぞれ幸せそうな顔でしがみつき、私の胸元に顔を埋めている。
しかも二人とも、足を私の足に絡めているという徹底ぶりだ。
……重い。
でも、それ以上に幸せを実感してしまうのはなぜだろう。
しばらく二人の寝顔を眺めて楽しんでから、私は意を決して声をかけた。
今日はギルドへの報告と、フィエルさんの冒険者登録、新しい依頼も受けたいしやることが山積みだ。
「おーい、二人ともー。朝だよー。起きてー」
私が声をかけると、二人はむにゃむにゃと目を擦りながら、不満げに、でも可愛らしく起き上がった。
「んぅ……おはようございますぅ……もっと寝てたいですぅ……」
「おはようございます。夢の中で、ハルちゃんと美味しいアップルパイを食べてました……」
寝癖がついた髪も、とろんとした目も可愛い。
私たちは、もぞもぞと重い体をシーツから引きはがすと、身支度を整えた。
宿の朝食は、卵液がたっぷり染み込んだフレンチトーストだった。
蜂蜜をたっぷりかけて食べると、口の中でじゅわっと甘さが広がり、朝から幸せな気分になる。
フィエルさんは「ほっぺたが落ちそうですぅ!」と三枚もぺろり。
エルフの燃費はどうなっているんだろう。
というか、それでこの体型って……羨ましすぎる。
お腹も満たされたところで、私たちは意気揚々と冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの重厚な扉を開けると、朝の活気が渦巻いていた。
依頼を探す冒険者たちの熱気と、あちこちで交わされる情報交換の声。
私たちは人混みをかき分け、真っ直ぐカウンターへ向かう。
受付には、いつものセシルさんが書類と格闘していた。
「あら、おはようハルナさん。今日は早いのね。……って、その後ろの子は?」
セシルさんが眼鏡の位置を直しながら、私の後ろに隠れるようにしているフィエルさんに気づく。
フィエルさんは人混みに慣れていないのか、私のスカートの裾を掴んで縮こまっていた。
「あ、おはようございます! 実は新しい仲間が増えまして……これから一緒に活動することになったんです」
「なるほど、新メンバーね。歓迎するわ。……エルフさんなんて珍しいわね」
「は、はじめましてぇ。フィエルと言いますぅ……」
フィエルさんがおずおずと頭を下げる。
その瞬間、近くにいた冒険者たちが「おい、エルフだぞ」「マジかよ、すげえ美人だな」とざわめいた。
「それじゃあ、まずはフィエルさんの冒険者登録をお願いします。」
私がそう言うと、フィエルさんが「あ」と声を上げて、懐をごそごそと探り始めた。
「登録なら、大丈夫ですぅ。私、持ってますから」
「えっ? 持ってるって……?」
「はい、これですぅ」
フィエルさんが取り出したのは、一枚の金属プレートだった。
セシルさんがそれを受け取り、確認する。
そして次の瞬間、彼女の目が驚愕に見開かれた。
「こ、これは……!」
セシルさんの手元で輝いているのは、私やミリアが持っている鈍色の鉄のプレートではない。
もっと白く、眩く輝いた。
――銀色のプレートだった。
「ランク『シルバー』!? ……うん、しっかりエルフの里支部の発行印もある」
「「し、シルバー!?」」
私とミリアの声が重なった。
シルバーランクといえば、アイアン、ブロンズのさらに上だったはず。
中堅以上の実力者として認められた証だ。
あの、罠に吊るされていたドジっ子エルフさんが……シルバー!?
周囲の冒険者たちも、その言葉に色めき立った。
「おい、あの子シルバーランクだってよ!」
「アイアンの小娘たちと組むのかよ、勿体ねえ」
ざわめきが大きくなる中、フィエルさんはきょとんとした顔で首を傾げた。
「里にいた頃、修行の中で魔物を狩っていたら、いつの間にか上がっていたんですぅ。……これで手続き、大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ないわ。カードの情報を更新するわね」
セシルさんは震える手で魔道具を操作し、カードを読み取った。
「登録名、フィエル・エルシオン様。ランク、シルバー……。確認しました。これでカナン支部での活動も可能です」
「フィエル・エルシオン……。フィエルさん、そんなカッコいい名前だったんだ」
私が感心して呟くと、フィエルさんは「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「ただの家出エルフですよぉ。……でも、ランクが高いと何かいいことあるんですか?」
「そりゃもう! 受けられる依頼の幅も広がるし、報酬だって……あ、でも私たちと組むと、ランクってどうなるんだろ」
「規定では、パーティー内の最低ランクと最高ランクの中間、つまりハルナさんたちの場合は、ブロンズ帯の依頼なら受注できるようになるわ。よかったわね」
セシルさんがウィンクする。
なるほど、これは心強い。
言われてみると、弓の腕は確かだったし、知識も豊富だし、シルバーランクと言われても違和感はない。
ドジっ子である、という部分を除いては、だけど……
「さて、登録も済んだところで……今日は昨日の報告よね?」
「はい! まずはこれをお願いします」
私たちは、昨日収穫した蜜リンゴの入った麻袋を三つ、カウンターの上に並べた。
袋の口を開けると、甘酸っぱい濃厚な香りがふわっと広がり、周囲の冒険者たちが鼻をひくつかせる。
「あら、蜜リンゴじゃない! しかも、すごく色艶がいいわね。これなら市場でも高く売れるわよ」
セシルさんが嬉しそうに検品を始める。
ふふん、フィエルさんの案内のおかげだね。
「それと……昨日の帰り道で、ちょっとした大物が獲れまして」
私は続けて、『あれ』を差し出した。
ゴロン。
重厚な音を立ててカウンターに置かれたのは、ラグビーボールほどもある巨大な赤い石。
内側からドクンドクンと脈打つような、鈍い赤光を放ちながら鎮座するそれは――。
「…………」
セシルさんのペンの動きがピタリと止まった。
周囲の喧騒が一瞬で遠のき、張り詰めた静寂が場を支配する。
誰かが「ごくり」と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「ちょ、ちょっと待って。これ……レッドボアの魔石!? しかも、このサイズは……」
「はい。昨日、森の帰り道で襲われまして」
私がさらりと言うと、セシルさんは椅子からガタッと立ち上がり、身を乗り出した。
「返り討ちにしたってこと!?……いくらシルバーランクのフィエルさんが一緒でも、アイアンの二人を守りながら無傷で倒すなんて、そうそうできないわよ!?」
セシルさんが悲鳴のような声を上げる。
その言葉を合図に、ギルド内がまたざわつき始めた。
「おい、あの新人またやったのか?」
「シルバーがいるとしても、あのサイズは異常だろ……」
「化け物パーティの誕生かよ……」
ヒソヒソ話が聞こえてくるが、もう慣れっこだ。
フィエルさんは「ハルナさん、有名人ですねぇ」と呑気に感心している。
いや、今みんなが驚いてるのはたぶんフィエルさんかなぁ……
セシルさんは深いため息をつきながらも、すぐにプロの顔に戻り、テキパキと査定を進めてくれた。
「はぁ……もう驚かないつもりだったけどなぁ……」、あきれ顔で呟きながらも報酬を革袋へ詰めていく。
元の世界だったらきっと、バリバリ仕事ができるキャリアウーマン、って感じなんだろうな。
私は、セシルさんがパリッと決めたスーツで、キーボードを鮮やかに叩いている姿を想像した。
うん、似合い過ぎる!
と、どうでもいい妄想をしているうちに、どうやら報酬の準備も終わったようだ。
「はい、蜜リンゴの報酬に加え、レッドボアの討伐報酬と、魔石の素材買取で、合わせて55000ユリーよ」
革袋に入った大金が差し出される。
「ご、万!?」
予想以上の金額に、私たちは顔を見合わせた。
登録初日に、後先考えずの採取で30000ユリーを稼いだことがあったが、それのほぼ倍とは。
これなら一人増えた宿代も、なんとかなりそうかも。
「それと、ハルナさん。あなたたちに提案があるんだけど」
「提案?」
「せっかく三人になったことだし、正式に『パーティー』を結成したらどう? パーティー名が決まれば、ギルドカードにも記載されるし、指名依頼も受けやすくなるわよ」
パーティー……か。
そういえば、ギルド内ではよくパーティー名で呼ばれたりしてるのを耳にしていた。
……うーん、正直パーティーのつもりではいたけど、名前の方は全然考えてなかった。
私たちは顔を見合わせる。
「どうする? 何かいい案ある?」
私が尋ねると、フィエルさんがすぐに口を開いた。
「『美味しいもの探検隊』とかどうでしょう?」
たぶん脊髄反射で出たんだろうなぁ……
「フィエルさん、それはちょっと……。あ、『ハルちゃん親衛隊』なんてどうですか?」
こっちもかぁ……
「ミリア、それも却下で」
……うーん。
二人のネーミングセンスに不安を感じつつ、私は少し考えてから口を開いた。
「『クローバー』はどうかな? 三つ葉のクローバー。三人で一つ、みたいな」
私はふと思いついた花の名前を提案してみた。
「クローバー……。可愛いです!」
「素敵ですぅ! 花言葉は『幸福』でしたっけ? 私たちにぴったりですね」
この世界にもクローバーってあったんだ? という発見はさておき、二人はすぐに賛成してくれた。
「じゃあ、決定かな! 今日から私たちは『クローバー』」
「ふふっ、決まったみたいね」
その様子を微笑ましく見守っていたセシルさんに申請用紙を提出すると、晴れて私たちは正式なパーティーとなった。
ギルドカードのパーティー欄に『クローバー』の文字が刻まれる。
なんだか、くすぐったいような、誇らしいような気持ちだ。
「おめでとう、『クローバー』の皆さん。……これからもよろしくね」
「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!」
無事にパーティ登録手続きを終え、受付から離れた時のことだった。
歩き出そうとする私の前へ、フィエルさんがくるりと回り込んで立ちふさがった。
その澄んだ瞳が、いつになく真剣な光を宿して私を見上げている。
「……あの、ハルナさん。いえ、ハルナ『師匠』」
「えっ? 師匠?」
いきなりの呼び方に、私は目を白黒させる。
フィエルさんは、私の目の前で居住まいを正し、長い耳をピンと伸ばして深く頭を下げた。
「お願いがあります。私を、ハルナさんの『弟子』にしてください!」
「で、弟子!? どうしてまた急に?」
「昨日のレッドボアとの戦いです! あの巨大なイノシシさんを、風の刃でスパァンッと一刀両断したあの威力……! それに、荷物を一瞬で消し去った魔法……!」
フィエルさんが顔を上げ、興奮気味に身を乗り出してくる。
その距離が近すぎて、ドアップの顔に私がのけぞってしまうほどだ。
しかも、これだけの至近距離だというのに、毛穴が一切見当たらない。
……これが種族補正なのか?
「エルフは風魔法も使えるんですけど、あんな風に無詠唱で魔法を使うなんて、長老様でもできません。私の場合、弓の方が自信ありますけど、魔法の応用はまだまだ未熟で……。だから、ハルナさんの側で、その極意を学びたいんです!」
「ご、極意と言われても……」
私は頬をポリポリとかいた。
正直、女神様からもらったチート能力をイメージだけで使っているだけなので、理論とかはさっぱりなんだけど。
でも、彼女の熱意は本物だ。
師匠と弟子というよりは、お互いに無いものを補い合える関係になれば素敵だと思う。
「……師匠っていうのは、ちょっと柄じゃないけど。でも、一緒に成長していく仲間としてなら、教えられることは全部教えるよ」
「本当ですか!?」
「うん。だから、師匠はやめて、今まで通り『ハルナさん』でいいよ」
「わかりました! ……でも、心の中では師匠って呼ばせてもらいますね! ハルナ師匠!」
結局、呼ぶんかい!
まあ、本人が嬉しそうだからいいか。
耳もパタパタしてて可愛いし。
と、その時。
横で見ていたミリアが、私の袖をクイクイと引っ張った。
見ると、少しだけ頬を膨らませて、むぅ、と唇を尖らせている。
「……フィエルさんだけ『弟子』なんて、ズルいです」
「えっ、ミリア?」
「私は最初からずーっと一緒なんですよ? だから、そ、その……私はハルちゃんの『一番弟子』ですし、『お世話係』ですからね! ハルちゃんの身の回りのお世話をする権利は譲りません!」
ミリアが対抗意識を燃やして宣言する。
するとフィエルさんも負けじと胸を張った。
「あはは、ミリアさんは欲張りさんですねぇ。じゃあ、私は『一番の弓矢』兼『おやつ係』になりますぅ! 美味しいものを一番に見つけるのは得意ですから!」
二人が私の左右を陣取り、競い合うように私の腕を抱え込んでくる。
右から伝わるミリアのしっとりとした温もりと、左から伝わるフィエルさんの柔らかい感触。
すれ違う冒険者たちの視線が痛い……!
「えっと……二人とも、くっつきすぎじゃない? ちょっと歩きにくいかなぁ……」
「ダメです。離しません!」
「師匠の魔力を肌で感じて勉強してるんですぅ」
言い訳が適当すぎる。
でも、ぎゅっと抱きついてくる二人の重みは、不思議と心地よかった。
私は観念して、そんな二人に笑顔を向ける。
「じゃあ、せっかく三人になったことだし、早速『クローバー』としての初仕事を探しに行こうか!」
「わぁい! 初依頼ですぅ!」
「はいっ! ハルちゃん、私、頑張りますから!」
私たちは腕を組んだまま、お団子状態になって、掲示板の方へと歩き出した。
これからの冒険が、今まで以上に賑やかになることだけは間違いなさそうだ。




