第14話
カナンに到着すると、フィエルさんは目を丸くして街並みを見上げていた。
里から出たことのなかった彼女にとって、初めて見る人間の大都市は、驚きと発見の連続だったのだろう。
長い耳は終始ピコピコと動きっぱなしだった。
そんな反応が面白くて、私とミリアもつられて顔を見合わせ、ふふっと笑ってしまった。
そんなこんなで陽だまり亭に戻った私たちは、手早く荷物を置き、食堂の一角にあるテーブルを囲んだ。
夕食時で賑わう店内だが、窓際の四人がけの席が空いていたのは運がいい。
しばらくして運ばれてきたのは、この宿自慢の『冒険者満腹セット』。
分厚いステーキに、地野菜がゴロゴロ入ったクリームシチュー、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンがカゴいっぱいに盛られている。
「うわぁ……! すごいですぅ! お肉の輝きが違いますぅ!」
フィエルさんの目が、ステーキの脂よりも輝いている。
彼女はフォークとナイフを構え、もはや戦闘態勢だ。
「それでは……」
「「「いただきます!」」」
号令と共に、私たちの晩餐が始まった。
フィエルさんの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいほど豪快だった。
大きなステーキを一口大に切り分けると、それを次々と口の中に放り込んでいく。
もぐもぐと頬を膨らませながらも、ピコピコ動く長い耳。
何度見ても可愛いな。
「んん〜っ! 美味しいですぅ! 里で食べてた食事とは別次元の味ですぅ! 文明の味がしますぅ~!」
「ふふ、そんなに喜んでもらえると、誘った甲斐があるよ」
私はそう言って、同じくステーキを切り分けると、特製のタレをたっぷりとつけ口に運ぶ。
「んん~っ! 肉汁があふれて、幸せ~」
異世界に来て良かったこと。
それは当然ミリアや、フィエルさんに出逢えたことなんだけど、次に挙げるものは、毎日の美味しい食事かもしれない。
隣のミリアも、シチューを一口飲んでほっこりとした表情を浮かべている。
スプーンで人参? をすくい上げ、ふぅふぅと冷ましてから口へ運ぶ。
「ハルちゃん、このシチュー、ミルクが濃厚でとっても美味しいですよ。お野菜の甘みが溶け込んでいて……体が温まります」
「本当? ……あ、でもシチューはパンにつけて食べても最高なんだよ」
私はちぎったパンをシチューに浸して、たっぷりと吸わせてからミリアに向き直った。
そして、流れるような動作で彼女の口元へと差し出す。
「はい、あーん」
「はむっ!?」
無防備だったミリアは、条件反射でそれをパクッとくわえて、もぐもぐ、ごっくん、と飲み込む。
――直後、時が止まったように硬直した。
「――っ!?」
事態を理解したのか、彼女の頬は耳の先までみるみる朱に染まっていく。
「は、ハルちゃん!?」
「どう? 美味しいでしょ」
「……も、もう! お、美味しいですけど!……そうじゃなくてぇ」
収穫したての蜜リンゴのように赤くなった顔を伏せ、モジモジとするミリア。
その様子を眺めていたフィエルさんが、「ほほぅ……」とニマニマした笑みを浮かべていた。
「ハルナさんとミリアさんは、とっても仲良しさんなんですねぇ」
「えへへ、まあね。ミリアは私の大切なパートナーですから!」
私が胸を張って断言すると、ミリアはさらに顔を熱くして俯いてしまう。
「その無自覚ぶりが、なんとも罪深いですぅ……」
呆れたように呟いて、フィエルさんは大げさに肩をすくめてみせた。
「さ、さぁ、早く食べましょう! せっかくのお夕食が冷めちゃいますからっ!」
ミリアは羞恥を振り払うように声を張り上げると、私たちは賑やかな食事を再開した。
三人で囲む食卓は、一人よりも二人よりも、賑やかで温かいものだった。
◇
お腹も心も満たされた後、私たちは食堂を出て受付カウンターに向かった。
そこには、宿の女将さんが何やら記帳をしている姿があった。
「女将さん、こんばんは」
私が声をかけると、女将さんは笑顔になり顔を上げた。
「あら、ハルナちゃんたち。ご飯は美味しかったかい? ……って、そっちのお嬢ちゃんは?」
女将さんの視線が、フィエルさんに注がれる。
フィエルさんは緊張したように背筋を伸ばし、ぺこりと頭を下げた。
「は、はじめましてぇ。エルフのフィエルと言いますぅ」
「エルフかい! こりゃまた珍しいねぇ」
私は事情を説明した。
森で困っていたところを助けて、これから一緒に生活をすることになったこと。
そして、この宿に一緒に泊まりたいこと。
「そういうことなら大歓迎だよ! うちは来るもの拒まずさ」
女将さんは豪快に笑って、フィエルさんの肩をポンッと叩いた。
「ありがとうございますっ!」
「ただ、部屋がねぇ……今は満室で、ハルナちゃんたちの部屋に追加で泊まってもらう形になっちまうけど、それでもいいかい?」
「はい! むしろ、一緒の部屋がいいねって話してたんです」
「それならよかった。追加料金は、明日の朝でいいからね。ゆっくり休んでおくれ」
女将さんの温かい言葉に、フィエルさんの表情がほっと緩んだ。
女将さんにお礼を言い、私たちは地下の大浴場へと向かった
◇
女性用の脱衣所には人もほとんどおらず、貸切状態だ。
私がいつものごとく、そそくさとセーラー服を脱ぎ始めると、フィエルさんも慣れた手つきでワンピースを脱ぎ始めた。
露わになった彼女の肢体は、細くてしなやかで、無駄な贅肉が一切ない。
ミリアの健康的で柔らかな体つきとはまた違う、エルフ特有の神秘的な美しさがあった。
うーん……こういうのは勝ち負けではないと思うんだけど……
これは完全に負けた。
……けれど。
よく見ると、彼女の白い肌のあちこちに、擦り傷や泥汚れがついていた。
森での生活が、決して楽なものではなかったことを物語っている。
「……フィエルさん、結構傷がありますね」
ミリアもそれに気づいたのか心配そうな表情だ。
フィエルさんは「えへへ」と、恥ずかしそうに頬をかいた。
「まぁ、これくらい勲章ですよぉ。ちょっと転んだり、枝に引っかかったりしましたが……」
ドジっ子属性がゆえの宿命、ということか……
「でも、お風呂なんて久しぶりですぅ。里を出てから、ずっと冷たい川での水浴びだけでしたから」
「じゃあ、今日はゆっくり温まろう!」
「ですね。お仕事の疲れを癒しちゃいましょう!」
「はい~!」
私たちは浴室に入り、入念に体を洗うと、奥にある浴槽に向かう。
広い石造りの浴槽には、並々と張られた暖かいお湯。
足元からゆっくりと胸の高さまで身を沈めると、お湯が溢れる音が反響し、湯気が視界を白く染める。
「ふはぁ……生き返りますぅ……」
「やっぱお風呂は最高ですねぇ……」
「そうだねぇ……」
三人並んでお湯に浸かる。
右にミリア、左にフィエルさん。そして真ん中に私。
お湯の温かさが全身の筋肉をほぐし、体から疲れが溶け出していくようだ。
湯気越しに見るフィエルさんの顔は、緊張の糸が完全に切れたように、蕩けるように緩んでいた。
長い耳も、お湯に浸かって少し赤くなっている。
そしてミリアの時と同様、視線を少し下げると、湯船の水面から覗く膨らみを確認する。
もちろん、報告書作成のためである!
……他意はない。
自分の胸元と何度か視線を行き来させる。
「――っ!?」
意外とある!!
服の上からでは気付かなかったけど……これは。
……こ、こっちも完敗だ。
私は脳内の『極秘調査報告書』を引っ張り出すと、今回の測定結果を赤字でデカデカと書き殴ってやった。
『結果:形よし! サイズよし! 文句なし!』と。
◇
報告書を提しゅ……お風呂から上がって部屋に戻ると、一つ問題が発生した。
フィエルさんの寝具一式は、先ほど女将さんから受け取ったのだが、この部屋にはベッドが二つしかないのだ。
まぁ、二つあってもミリアと二人で寝たりすることもあるから、問題ないと言えばないんだけど。
「えっと……ベッド、どうしようか。もう一つ貸してもらえるか、女将さんに聞いてみようか?」
私が腰に手を当てて考えていると、ミリアがベッドを見つめながら口を開いた。
「いえ、ハルちゃん。このベッド、結構広いですし……二つをくっつけちゃえば、みんなで寝られるんじゃないでしょうか?」
ミリアの提案に、私たちは顔を見合わせた。
確かに、二つ並べれば結構な広さになる。
えっと、三人で川の字?
「さすがミリアさん! 私は賛成ですぅ」
フィエルさんが目を輝かせて賛同する。
「うん、確かにそうかも……じゃあ早速模様替えだ!」
「「はいっ」」
私たちは協力してベッドを動かし、部屋の窓際に巨大な寝床を作り上げた。
さぁ、場所の確保ができたら、あとは誰がどこで寝るのか、ということなんだけど。
ここはいち早く主張しておいたほうが良さそうだ。
「えーっと、寝る場所なんだけど……私は窓ぎ」
「ハルちゃんは真ん中にどうぞ!」「ハルナさんが真ん中ですね!」
二人は私の言葉を遮るように、左右から私の腕をガシッとつかむと、満面の笑みを浮かべていた。
「あっ……」
……拒否権はなさそうである。
「じ、じゃあ真ん中で……」
こうして、ミリアとフィエルさんによる『サンドイッチ(具は私)』が完成した。
ランプの灯りを消すと、窓から差し込む蒼白い月光が、室内を夜色に染める。
両側から伝わる温もりと、右からはミリアの甘い香り、左からはフィエルさんの爽やかな香り。
「……」
なんだろう……ちょっとドキドキしてきたかも!
「……ハルナさん、あったかいですぅ。誰かと一緒に寝るのなんて、子供の時以来です」
フィエルさんが、私の左腕にぎゅっとしがみついてくる。
彼女の寝息が首筋にかかって、少しくすぐったい。
「ハルちゃん、寒くないですか?」
と反対側からはミリア。
薄い生地の寝間着なので……その……む、胸の感触が!
「う、うん……ちょうどいいかな~」
……本当は、ちょっと熱いくらいだけど、そんなことを言える雰囲気では……ない。
しばらくそうして天井のシミを数……天井を見上げていると。
「また明日もぉ……美味しいご飯……むにゃ」
という、とろけるような声が聞こえてきた。
どうやら、フィエルさんは一足先に夢の世界に旅立ったらしい。
私は隣に顔を向けると、ミリアはふふっと可愛らしく微笑んだ。
「よっぽど疲れてたんですね、フィエルさん」
「みたいだね、森の中で一人きりだもんね」
「きっと落ち着いて寝られなかったんでしょうね」
それから私たちは、フィエルさんを起こさないように声を潜めて、他愛のないお喋りをした。
しばらくそうしていると、ミリアの声は、とろんとした眠気混じりのものに変わってきた。
もしかしたら気を遣わせてしまったかもしれない。
明日もあるし、そろそろ休ませてあげよう。
「なんだか眠くなってきちゃった。明日に備えて、私たちもそろそろ寝ようか」
「……はい」
「おやすみ、ミリア」
「おやすみ、ハルちゃん」
瞼を閉じると、私の意識は、蜂蜜に沈むようにゆっくりと夢の中へ落ちていった。




