第11.5話
ずっしり、という言葉がこれほど心地よく響くものだとは思わなかった。
宿屋『陽だまり亭』の二階、私たちの部屋。
私は、ギルドで受け取ったばかりの報酬袋を、木製テーブルの上ドンッと置いた。
「……三万ユリー。一日でこれだけ稼げるなんて、ちょっと夢みたいだね」
袋の隙間から覗く硬貨の鈍い輝き。
それは、私たちがこのカナンで「冒険者」として最初の一歩を刻んだ証だ。
「はい。村にいた頃なら、お手伝いを何十回もしなければ稼げない額です……」
隣に立つミリアが、震えながらその袋を見つめている。
「それもこれも、ミリアの知識のおかげだよ。ありがとう」
私はそう言うと、袋の紐を緩め、中身の硬貨をテーブルの上にジャララッと広げた。
そして、それをきっちり二等分にして、半分を袋に戻す。
「はい、これミリアの分。一万五千ユリーね」
「えっ……半分、ですか!? いけません、多すぎます!」
差し出した革袋を見て、ミリアが慌ててブンブンと手を振った。
「私はただ場所を教えただけで……一瞬で素材を集めたのはハルちゃんですし……これじゃあ貰いすぎです!」
「ううん。ミリアがいなきゃ、どれがヒールグラスかもわからなかったし、そもそもこの依頼を選んでくれなかったら稼げなかったよ」
私は彼女の手を無理やり取り、半分の硬貨を詰め込んだ革袋を握らせた。
「それに、私たちはパートナーでしょ? 嬉しいことも、美味しいものも、『報酬』も半分こ。……だよ!」
「ハルちゃん……」
ミリアは手の中の重みを確かめるように、ぎゅっと握りしめた。
「……はい。ありがとうございます! 大切に使いますね」
もじもじと指を動かす仕草が、小動物みたいで可愛い。
思わず抱きしめたくなるのをぐっと堪えて、私は彼女の肩をぽんと叩いた。
「とにかく! 頑張って働いたことだし、今日は記念すべき初仕事のお祝いだよ。宿の夕飯食べて、ゆっくり休もう」
「はいっ!」
◇
宿の食堂は、一日の仕事を終えた冒険者や商人たちの活気で溢れていた。
運ばれてきたのは、焼きたての大きな肉厚ステーキと、ハーブをたっぷり使ったポテトサラダ。
それに、この宿の名物だという地野菜のスープだ。
「「いただきます」」
ふたりで手を合わせると、待ちきれない私は早速お肉を一口。
「んん〜っ! 美味しい!」
口に入れた瞬間、私は至福の声をもらした。
じゅわっと溢れる肉汁と、野性味のある肉の旨味。
村で食べていた素朴な料理も大好きだけど、大きな街のプロの味は何かが違う。
「カナンのお肉は、ノール村で食べていたものより少しスパイスが効いているんですね。……噛むたびに鼻に抜ける香辛料の香りがたまらないです」
ミリアは小さく切り分けたお肉を、味わうようにゆっくりと頬張っている。
ただ食べるだけでなく、隠し味を探るような彼女の姿は、なんだか職人っぽくて格好いい。
「ハルちゃん、このスープも飲んでみてください。お野菜がトロトロですよ」
ミリアに勧められて、スープを一口。
「本当だ……! これ、すごく優しい味」
「……この甘み、刻んだ根菜をじっくり煮込んで出してそうです。それに、果実酒も入ってるのかも」
ミリアはスープを一口含み、またもや真剣な表情で料理を分析している。
うん、正直私には細かすぎる味の違いは分からない。
これは女子力の差、に繋がるのだろうか……いや、違うよね? きっと。
「カナンのお料理は、勉強になります。いつか、ハルちゃんにも同じ味……ううん、もっと美味しいものを作ってあげたいです」
そう言って、彼女ははにかむように微笑んだ。
私たちは顔を見合わせて笑い合い、お皿が空になるまで夢中で食事を楽しんだ。
◇
食後、私たちはこの宿の自慢だという地下の大浴場に向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ入る。
こういう時は恥ずかしがらず、さっさと入ってしまった方がいいという事を、私は学校で学んでいる。
正面に見える広い石造りの浴槽には、たっぷりとお湯が張られていた。
湯気がもうもうと立ち込め、視界が白く霞む。
室内は日本の銭湯とよく似ていた。もちろんシャワーは無かったが、蛇口はきちんと付いている。
「ふはぁ……広いねぇ」
「はい。こんな大きなお風呂、初めて見ました」
ミリアは長い髪を頭の上で器用にまとめながら、少し恥ずかしそうに身体を隠している。
白い肌が、蒸気でほんのりと桜色に染まっていく様子は、同性の私から見てもドキッとするほど艶っぽい。
「まずは身体を洗おうか。ミリア、背中流してあげる」
「えっ!? そ、そんな、悪いです!」
「いいからいいから。今日はいっぱい働いて疲れてるでしょ?」
私は強引にミリアを洗い場の椅子に座らせ、後ろに回った。
お湯を含ませたタオルに石鹸をつけ、泡立てる。
しっかり泡立ったところで、彼女の華奢な背中にそっと触れた。
「ひゃうっ!?」
ミリアが可愛らしい悲鳴を上げて身体を縮こまらせる。
「ご、ごめん! くすぐったかった?」
「は、はい……少し……」
ミリアの背中は白くて滑らかで、かといって、普通の女子高生だった私のように、ただ柔らかいだけとも違う。
なんというか、村での生活で培われた健康的な肌の弾力、のようなものがあった。
円を描くように優しく洗っていくと、彼女の強張っていた肩の力が次第に抜けていくのがわかる。
「はぁ……気持ちいいです」
「よかった。ミリアの肌、すべすべで羨ましいなぁ」
「そ、そんなことないです……っ。あ、そこ……」
私のタオルが肩甲骨のあたりをなぞると、ミリアが小さく身じろぎした。
耳まで真っ赤になっているのが後ろからでも分かる。
……なんか、洗ってる私の方が恥ずかしくなってきたかも。
「は、はい、おしまい。次は私もお願い」
「は、はいっ! 任せてください!」
交代して、今度は私が椅子に座る。
ミリアの手によって、たっぷりと泡を含んだタオルが私の背中を滑る。
丁寧で、慈しむような手つき。
「ハルちゃんの背中……綺麗ですね」
「そ、そうかな?」
「はい。すごく綺麗で……大きく感じます」
背中越しに聞こえるミリアの声は、お風呂の反響のせいか、いつもより少し甘く聞こえた。
それから髪も身体も洗い終えると、私たちは広い湯船に肩まで浸かった。
「ふはぁ……気持ちいー……」
温かいお湯が、全身の疲れを溶かしていくようだ。
隣ではミリアがお湯をすくって肩にかけ、ふぅ、と息を吐いている。
ふと、視線が下がって、湯船の水面から少しだけ覗く彼女の膨らみに目がいってしまう。
……他意はない。
うん、私とおなじくらいかな?
自分の胸元にも視線を落とし、気付かれないように、何度か視線を行ったり来たりさせる。
……他意はない……ほんとに!
そして、私は脳内に浮かべた『極秘調査報告書』に、今回の測定結果をそっと書き込んだ。
『結果:成長期につき、判定保留』
『※伸びしろ、大いにあり!』と
「ミリア、大丈夫? のぼせてない?」
「……はい。大丈夫です! 何だかこれからのことを考えていたら、ワクワクしてきちゃって」
ミリアはキラキラした瞳で私を見た。
「ハルちゃん。今日いただいた報酬で……私、行ってみたい場所があるんです」
「行ってみたい場所?」
「はい。大通りにあった、あの大きな食材屋さんです!」
あぁ、確かに大通りに大きな食材店があったような気がする。
「通りがかった時に、珍しいハーブの香りがして……それに、店先には見たこともない野菜や果物が並んでいたんです」
さらに身を乗り出して興奮気味に続けるミリア。
「へぇ、ミリアらしいね。美味しそうなものあった?」
「はいっ! 真っ赤なトマトとか、黄金色のかぼちゃとか……もっとお料理も勉強したいですから!」
ミリアの瞳が、宝石のように輝いている。
お洒落な服やアクセサリーよりも、まず食材の話になるところが、本当に彼女らしい。
そんなミリアが愛おしくて、私は自然と笑顔になった。
「わかった、その食材屋さんも絶対行こう。……ふふ、楽しみだね!」
「……はいっ!」
初めて見る彼女のそんな一面も、愛おしく感じてしまう。
色々あった一日だったが、その疲れも吹き飛んでいくようだった。
◇
部屋に戻り、しばらくおしゃべりに花を咲かせた後、私たちはそれぞれのベッドに入った。
ふかふかの枕に頭を沈めると、一日中歩き回った疲れがどっと押し寄せてくる。
窓の外には、青白く優しく光る月が輝いていた。
「おやすみ、ミリア」
「……おやすみなさい、ハルちゃん」
ランプの灯りを消すと、部屋は静寂に包まれた。
そのまま、すぐに夢の世界へ……といきたいところだったけれど、興奮が冷めないのか、思いのほか寝付けない。
それでも目を閉じ、今日一日の楽しかった出来事を思い返していると。
ゴソゴソ。
隣のベッドから、衣擦れの音が聞こえてくる。
ミリアも起きているみたいだ。
「……ハルちゃん、起きてますか?」
暗闇の中で、遠慮がちな小さな声がした。
「うん。……どうしたの? 眠れない?」
私が身体を起こすと、ミリアも布団から顔を出してこちらを見ていた。
月明かりに照らされた彼女の表情は、どこか不安げに見える。
「あ、あの……その……」
言い淀むミリア。
どうしたんだろう。何か心配事かな?
「……一緒に、寝てもいいですか?」
蚊の鳴くような、消え入りそうな声。
「一人だと少しだけ、心細くて……」
ミリアが布団で口元を隠すようにして、私を見つめてくる。
そんなことを言われたら、断れるはずがない。
「……いいよ。こっちおいで」
私が掛布団をめくって手招きすると、ミリアはパァっと顔を輝かせた。
「はいっ……! 失礼します……」
ミリアが枕を持って、私のベッドへと小走りでやってくる。
そして、遠慮がちに、でも嬉しそうに私の布団へと潜り込んできた。
「……温かいです」
「くっつくと落ち着くね」
「はい……」
シングルベッドに二人。
必然的に密着することになるけれど、それがとっても心地いい。
ミリアの体温が、湯上がりの甘い香りが、私を優しく包み込んでいく。
「……ハルちゃん。明日からも、頑張りましょうね」
ミリアがこちらを向いて、上目遣いに言う。
「私、魔法もお料理も、もっと練習がんばりますから……」
「うん、ありがとう。……でも、無理はしないでね」
「はい……」
そう言うと、ミリアは小さくあくびをした。
「明日はどんな依頼受けようかなー、楽しみだよね」
「はい……きっとハルちゃんならなんでも……」
「うん、私たちならどんな依頼でも……ミリア?」
「……なんでもぉ……」
人肌に触れて安心したのか、ミリアはもう夢心地のようだ。
「おやすみ、ミリア」
寝息に溶かすように告げたけれど、もう返事はなかった。
代わりに聞こえてきたのは、すー、すー、という規則的で穏やかな寝息だけ。
でも、それだけ今日は頑張ったってことだね。
愛おしさがこみ上げて、私は彼女の頭をそっと撫でた。
サラサラの髪の感触と、伝わってくる確かな温もり。
今度はショッピングもしてみたいな……この世界の服とかも、そのうち……。
そんなことを考えているうちに、私の意識もふわりと溶けていく。
優しい月の光と、ミリアの温もりに包まれながら。




