第11話
掲示板を確認してみると、板に所狭しと貼られた羊皮紙の数々。
一つひとつの依頼が、まだ見ぬ広い世界からの招待状のように感じられる。
けれど、背中に突き刺さる周囲の視線は相変わらず痛い。
「あいつら、何を選ぶんだ……」
「ああ、さっき水晶を爆破した新人か」
ヒソヒソ話が、風に乗るように聞こえてくる。
私は居心地の悪さに身を縮こまらせつつ、掲示板に意識を集中させた。
「えっと、初心者が受けられる依頼は……」
ランク『アイアン』の私たちが受けられるのは、基本的に危険度の低い採取や雑用。
あるいは、街周辺の低ランク魔物の討伐依頼くらいだ。
いきなりドラゴン退治!
なんてことはないし、あっても絶対に行きたくない。
「ハルちゃん、これなんてどうでしょうか?」
隣で食い入るように掲示板を見つめていたミリアが、一枚の依頼書を指差した。
掲示板の端っこに、ひっそりと貼られた羊皮紙だ。
【依頼内容:ヒールグラスの採取】
【報酬:100ユリー/束】
【ランク:アイアン~】
【場所:カナン近郊の平原および森林】
【期限:常時】
【備考:新鮮なものに限る。根を傷つけないこと】
「薬草採取、かぁ。これぞ冒険者の第一歩って感じだね!」
私が頷くと、ミリアがぱぁっと表情を輝かせた。
「はい! ヒールグラスなら私の村の近くにも生えていたので、見分け方はバッチリです」
彼女はそこで言葉を切り、少しだけ声を潜めて私に耳打ちする。
「それに、これなら戦闘の危険も少ないですし……ハルちゃんの魔法を抑える練習にもなるかなって」
ミリアは上目遣いに提案してくれた。
確かにそうかも。
さっきの水晶爆破騒ぎで目立ってしまった以上、派手な戦闘依頼を受けてさらに注目を集めるのは得策じゃない。
まずは地味に、堅実に実績を積むのが良さそうだ。
「よし、これにしよう! ミリア、頼りにしてるね」
「任せてください! 私、絶対ハルちゃんのお役に立ってみせますから!」
ミリアが嬉しそうに胸を張る。
その仕草が可愛くて、私はつい頬が緩んでしまった。
私たちは依頼書を剥がし(常時依頼なので剥がさなくていいと後で知ったけれど)、受付へ向かった。
◇
「あら、薬草採取? ……うん、いい選択ね」
受付のセシルさんは眼鏡を指で押し上げながら、ホッとしたように微笑んだ。
「さっきのアレで変に期待されてるけど、まずは基礎から固めるのが一番よ」
どうやら私が「いきなり凶暴な魔物を狩りに行きます!」とか言い出さないか心配だったらしい。
「採取用の麻袋は持ってる? なければ貸し出しもあるけど」
「あ、じゃあ一応二つほどお願いします」
「はい、じゃあこれね。気をつけて行ってらっしゃい。……あ、ハルナさん」
麻袋を渡してくれたセシルさんの目が、眼鏡の奥でキラリと光った。
「くれぐれも、草を全部刈り取ったりしないでね?」
「し、しませんよ!?」
食い気味に否定する。
念を押されてしまった私は、苦笑いしながらミリアの手を引いてギルドを後にした。
◇
カナンの街を出て、徒歩で三十分ほど。
街道を外れた先には、緑豊かな平原がどこまでも広がっていた。
ザワワ……と風が吹く。
膝丈ほどの草が一斉に波打ち、まるで緑の海のようだ。
「わあ……いい天気。ピクニック日和だね」
私が大きく伸びをすると、隣でミリアがクスクスと笑った。
「ふふ、お仕事ですよ、ハルちゃん」
ミリアは背中のカゴを下ろし、中から採取用の小さなナイフを取り出した。
「さて、ヒールグラスですが……ハルちゃん、この草とこっちの草、違いがわかりますか?」
ミリアが足元の草むらを指差す。
そこには、私の目には全く同じに見える二種類の雑草が生えていた。
どっちも緑色で、細長くて、先っぽがちょっと尖っている。
うん、間違い探しかな?
「えっ……どっちも一緒に見えるんだけど」
「ふふーん、実はですね、葉の裏側に白い筋が入っていて、根元が少し赤みを帯びているのがヒールグラスなんです」
ミリアが得意げに人差し指を立てて解説してくれる。
「こちらの草は『ネコジャラシモドキ』といって、薬効はないんですよ」
「へぇー! すごい、ミリア博士だ!」
私が感心して拍手すると、ミリアは「博士だなんて……」と照れつつも、嬉しそうにはにかんだ。
彼女が実際に一本採取してみせる。
根元の土を少し掘り、根を傷つけないように慎重にナイフを入れる。
その所作は丁寧で、無駄がない。
村で生活していた時の経験が生きているのがわかる。
「こうやって、根っこごと採るのがポイントです。根に魔力が溜まっているので、ここで切っちゃうとすぐに枯れちゃうんです」
「なるほど……。結構手間がかかるんだね」
私は立ち上がり、広大な平原を見渡した。
この緑の海の中から、その特徴を持つ草を一本一本見つけて、丁寧に掘り起こす。
……これ、普通にやったら日が暮れるまでに何束集まるだろう?
10束で1000ユリー(1000円)。
宿代が二人で10000ユリーだから、最低でも100束は採らないと赤字だ。
「……よし」
私はセーラー服の袖をまくり上げ、気合を入れた。
「ミリアの知識と私の魔法。合わせ技だよ」
「え? 魔法で採取するんですか? でも、ヒールグラスだけを見分けるのは……」
「ふふん。見ててね」
私はまず、ミリアが採取したヒールグラスを手に取り、じっと見つめた。
その「気配」を覚える。
魔力を目に集中させる。
すると、ヒールグラスからは他の草とは違う、淡い緑色のオーラのようなものが立ち昇っているのが見えた。
これが魔力を含んでいる証拠か。
私は静かに目を閉じ、意識を風に溶け込ませていく。
言葉にする必要はない。
頭の中で強く念じるだけで、世界が私の意志に応えてくれる気がする。
(風よ、大気よ。私の目となって、この平原に眠る『緑の光』を探し出して……)
風の属性魔法を応用し、広範囲の探索をかける。
風が平原を撫でるように広がり、私の脳内に地図を描き出していく感覚。
――見つけた。
あそこにも、ここにも。
平原のあちこちに、ヒールグラスの反応がホタルの光のように点滅している。
「特定完了。……次は、採取!」
私は両手を前に広げた。
イメージするのは、無数の優しい風の刃。
そして、土を柔らかく包み込む風のクッション。
カッ!
私は気合と共に鋭く目を見開き、魔力を解放した。次の瞬間。
ザザザザザッ!!
平原の草が一斉に揺れた。
「えっ!? きゃあ!?」
ミリアが驚いて声を上げる。
風の刃が、ヒールグラスの周囲の土だけを正確に切り取り、根を傷つけることなく空中に浮き上がらせたのだ。
一本、二本ではない。
十本、二十本……いや、百本近いヒールグラスが、まるで意思を持った生き物のようにふわふわと宙を舞い、私たちの目の前に集まってくる。
「こ、これは……!?」
「根っこの周りの土ごと風で包んで持ち上げたんだよ。これなら傷つかないでしょ?」
「す、すごいです! 魔法でこんなに繊細なことができるなんて!」
ミリアは目を丸くして、空中に整列したヒールグラスの列を見上げている。
私は風を操作して根に着いた土を払い落とすと、それらをミリアの足元にあるカゴの中へ、優しく着地させた。
ドササッ。
音を立てて、あっという間にカゴがいっぱいになる。
「はい、一丁上がり!」
「はわわ……一瞬で三日分くらいの量が……」
ミリアはカゴの中身を確認し、その品質が手作業で採ったものと変わらないことに気づくと、呆れたような、でも尊敬の眼差しで私を見た。
「ハルちゃんはやっぱり常識外れですね。でも、すごいです! これならあっという間に目標達成ですよ!」
「えへへ、でしょ? ミリアがどれがヒールグラスか教えてくれたおかげだよ」
私がそう言うと、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
自分の知識が役に立ったことが、彼女にとっては嬉しかったようだ。
その後も、場所を変えながら「検索」と「回収」を繰り返した。
基本はヒールグラスを回収しつつも、良く薬用で使用されるという、他の種類の薬草をミリアが見つけるたびに、私がそれを回収する。
一時間も経たないうちに、持ってきた予備の麻袋までパンパンになってしまった。
「……採りすぎちゃったかな?」
「そ、そうですね。ギルドでちゃんと買い取ってくれるか心配です……」
嬉しい悲鳴を上げつつ、私たちは木陰で休憩することにした。
◇
「ハルちゃん、お疲れ様です。お水、どうぞ」
「ありがとう、ミリア」
ミリアから革の水筒を受け取り、喉を潤す。
心地よい風が吹き抜け、少し火照った体を冷やしてくれる。
私はポーチから、いつものチョコレートを取り出した。
今回は、疲れに効きそうなホワイトチョコだ。
「はい、ミリア。口開けて」
「あ、あの……自分で食べられますよ?」
「いいからいいから。手が汚れてるからさ」
私がイタズラっぽく笑ってチョコを差し出すと、ミリアは顔を赤くしながらも、小さく口を開けた。
まるで餌を待つ雛鳥みたいだ。可愛い。
ポイッと口に入れてあげると、彼女はもぐもぐと口を動かし、たちまち蕩けるような笑顔になった。
「んぅ……甘い! 美味しいです、ハルちゃん」
「でしょ? ホワイトチョコは、ミルクよりも濃厚でミルキーなんだよ」
私も一粒食べる。
濃厚な甘さが脳に染み渡る。
ふと見ると、ミリアがじっと私を見ていた。
「ん? どうしたの? 口にチョコついてる?」
「いえ……。なんだか、幸せだなって」
ミリアは膝を抱え、遠くの景色を見つめながら呟いた。
「村を出るときは不安でしたけど、こうしてハルちゃんと二人で、青空の下でお仕事をして、美味しいチョコを食べて……。私、今が一番楽しいかもしれません」
「ミリア……」
「ハルちゃんはすごい魔法使いなのに、こうやって私と同じ目線でいてくれる。それが、すごく嬉しいんです」
彼女の言葉が、胸にじんわりと温かく広がる。
私は自然と、彼女の肩に頭を預けていた。
「私もだよ。ミリアが隣にいてくれるから、私は頑張れるんだよ。……これからも、ずっと一緒だよ」
「……はい。約束です、ハルちゃん」
私の頭の重みを受け止めながら、ミリアがそっと私の髪を撫でてくれる。
その手の優しさに、私はついウトウトしてしまいそうになった。
異世界に来て命がけの戦いとか、魔王討伐とか、そういう物騒なことよりも。
こういう穏やかな時間を守るためにこそ、私はこの力を使いたいと思った。
◇
休憩を終え、私たちはカナンへの帰路についた。
行きは軽かったカゴが、帰りはずっしりと重い。
でも、それは心地よい重みだった。
ギルドの扉をくぐると、相変わらずの喧騒が私たちを迎えた。
私たちは真っ直ぐに受付へ向かう。
「おかえりなさい。……って、早くない? まだ出てから二時間も経ってないわよ?」
セシルさんが時計を見上げながら目を丸くする。
まあ、普通なら採取場所への移動だけで往復一時間はかかるから、実質作業時間は一時間未満だ。
「えへへ、ちょっと頑張っちゃいました。これ、納品お願いします」
私たちはカウンターの上に、カゴと麻袋をドサドサと置いた。
中から溢れ出る、大量のヒールグラスとその他の薬草たち。
「ちょ、ちょっと待って!? 何この量!?」
セシルさんが悲鳴のような声を上げる。
カウンターの上が緑で埋め尽くされていく。
「ヒールグラスが……ざっと二百束!? それにマナハーブも、解毒草も……。これ、全部二人で採ってきたの? しかも、どれも根の状態が完璧じゃない!」
「ミリアが見つけて、私が魔法で採りました。品質は保証しますよ!」
私が胸を張ると、セシルさんは眼鏡を外してレンズを拭き、もう一度現実を確認するように山積みになった薬草を見た。
「……信じられない。ベテランの採取専門パーティでも、丸一日かけてこの半分もいかないわよ。魔法で採取って……そんな精密な動作、できるものなのかしら」
セシルさんはブツブツと呟きながらも、手早く査定を始めてくれた。
周囲の冒険者たちも、この異様な光景にざわめき始めている。
「おい、あの新人またなんかやったぞ」
「薬草の山だ……」
「あんな量、どうやって運んできたんだ?」
しばらくして、セシルさんが査定額を提示した。
「……はい、確認してね。ヒールグラス180束、その他もろもろ合わせて……合計30000ユリーよ」
「さ、30000ユリー!?」
今度は私とミリアが声を上げる番だった。
30000円。日給としては破格だ。
「品質ボーナスもつけておいたからね。……ハルナさん、ミリアさん。あなたたち本当にとんでもないわね」
セシルさんは呆れたように、でもどこか楽しそうに笑って、報酬が入った革袋を渡してくれた。
そして、少し声を落とすと。
「……ただ、次はもう少し手加減してちょうだいね? あまり一度に持ち込まれると、『需要と供給』のバランスが崩れて相場が下がっちゃうのよ。他の冒険者さんの生活もあるから、ほどほどにね?」
そう小声で言って、いたずらっぽくウィンクした。
「あ……そっか。すみません、考えなしに」
「ごめんなさい……夢中になってしまって」
私たちがしゅんとして頭を下げると、セシルさんは「ふふ、わかればいいのよ」と優しく微笑んだ。
ずっしりと重い報酬を受け取り、お礼を言うと、私たちは顔を見合わせて、「えへへ……」と少しバツが悪そうに苦笑いした。
叱られちゃったけど、これで宿代と食費の足しになった。
ちなみに現在の所持金は88500ユリーだ。80000-1000(通行料)-5000(宿代)-500(串焼き)+15000(報酬は後で分けますよ?)=88500。
「ちょっとやり過ぎちゃいましたけど、これでまた美味しいもの、たくさん食べられますね!」
ミリアが嬉しそうに笑う。
「うん、いっぱい食べよう! あ、でも貯金もちゃんとしないとね」
私が胸を張ってお姉さんぶり(1歳差)をアピールすると。
「ふふ、ハルちゃんはしっかり者ですね。頼りにしてますよ?」
ミリアは口元をそっと隠して、くすくすと鈴を転がすように微笑んだ。
その優しすぎる眼差しに、なんだかこちらが年下のような気がしてきて、私は少しだけ顔が熱くなる。
初めての依頼は経済の仕組み? も勉強できたし、ある意味で大成功。
ギルド内での「規格外新人」という噂はさらに加速してしまった気がするけれど、ミリアの笑顔が見られたから、まあいいか。
さて、今日の夕飯はどんな美味しい料理が待っているのかな。
どちらからともなく手を繋ぐと、私たちは茜色に染まり始めたカナンの街を、「陽だまり亭」へ向かって歩き出した。




