第10話
おばさんに教えてもらった串焼き屋は、広場のすぐ横にあった。
じゅうじゅうと脂が弾ける音と、焦げた醤油のような甘辛い香りが鼻腔をくすぐり、否応なしに胃袋を刺激してくる。
私たちは焼きたての串焼きを二本(一本500ユリー)買い、広場を見渡せるベンチに並んで腰を下ろした。
「ん〜っ! 熱っ、でも美味しい! 外側はカリッとしてるのに、噛むと肉汁がじゅわーって溢れてくるよ!」
「本当ですね。……んっ。このタレ、果実も使ってるんでしょうか。こってりしてるのに後味が甘酸っぱくて、お肉の脂とよく合います」
さすがはミリアだ、目まで閉じて味の分析に余念がない。
ハムスターみたいに頬を膨らませてモグモグしているその横顔があまりに可愛くて、私はついじっと見つめてしまった。
そんな彼女の桜色の唇の端に、タレがちょっぴりついているのを見つける。
「あ、ミリア、ついてるよ」
私は指でそれをすっと拭い取った。
「えっ? あ、ありがとうございます」
そして、無意識に拭った指をそのまま自分の口に運ぶ。
「……って、ハルちゃん!?」
直後、それを見たミリアはみるみるうちに頬を朱に染め、耳の先まで真っ赤になってしまった。
「ん、美味しい。……てあれ? ミリア?」
「も、もう! ハルちゃんは、その……すぐそういうことをするから!」
ミリアは空いているもう片方の手で、赤く染まった頬を押さえてうつむいてしまう。
うーん、ちょっと大胆すぎたかな。でも隣には可愛い女の子、手には初めて味わう美味しいお肉、テンションが上がっちゃうのも仕方ないよね?
そんなこんなでお腹も心も満たされたところで、私たちは串をきちんとゴミ箱に捨て、次なる目的地へと向かうことにした。
この街に来た一番の理由といってもいい。
冒険者ギルドだ。
まずは収入源を確保しないとね!
村のみんなの話では、この魔法があればお金はギルドの報酬できっと大丈夫、とのことだった。
大通りを街の中心にさらに進むと、周囲の建物よりも一際大きく、堅牢な石造りの建物が見えてきた。
入り口の上には、剣と杖が交差した紋章が掲げられた看板が、日の光を受けて輝いている。
重厚な木の扉は開け放たれていて、中からはガヤガヤとした熱気と、ジョッキがぶつかり合う音、そして何やら怒鳴り合うような低い声が漏れ聞こえてくる。
「……ここが、冒険者ギルド」
物語の中でしか知らなかった場所が今、目の前にある。
少しだけ足がすくむような、でもそれ以上にワクワクするような感覚。
「ハルちゃん、行きましょう」
ミリアが私の手をきゅっと握りしめ、力強く頷いてくれた。
その手のひらの温もりが、私の緊張をほぐしてくれる。
そうだね。一人じゃない。
私は大きく深呼吸をして、その扉をくぐった。
中に入った瞬間、酒と汗と鉄錆、それに埃っぽい匂いが混ざったような濃厚な空気に包まれた。
広いホールには、掲示板前に集まる冒険者のパーティーや、併設された酒場で昼間から酒盛りをしている人たちの熱気で溢れている。
誰もが強そうで、誰もが一癖ありそうだ。歴戦の傷跡を見せつけるような鎧姿の人や、巨大な斧を背負った人もいる。
私たちの場違い感は相当なものだろう。入り口に立った瞬間、近くにいた数人の視線が突き刺さる。
「あん? 見ねえ顔だな」
「お嬢ちゃんたち、迷子か? ここは遊び場じゃねえぞ」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら声をかけてくる男たち。
ミリアがびくりと肩を震わせて私の背中に隠れる。
大切なパートナーを怖がらせるなんて、許せない。私は内心ビビりまくりながらも、精一杯の虚勢を張って彼らを睨み返した。
「遊びに来たんじゃないです。冒険者登録に来ました」
「登録ぅ? あはは! このひよっこがかよ!」
「悪いことは言わねえ、怪我しないうちに家に帰ってママのミルクでも飲んでな」
ドッと湧き起こる嘲笑。
むっ。ちょっとカチンと来た。
ママのミルクはないけど、魔法とチョコならあるもんね。チョコパワーで吹き飛ばしてやろうか。
言い返そうとしたその時、奥のカウンターから凛とした声が響いた。
「そこら辺にしておきなさい! 登録希望者さんを脅すような真似は見逃せません。ギルド規約違反で減点しますよ!」
声の主は、受付カウンターに座っていた女性だった。
赤みがかったブラウンの髪をキリッとまとめ、眼鏡をかけた知的な美人さんだ。制服のベストがピシッとしていて格好いい。
男たちは「チッ、うるせえな」「冗談だっての」と悪態をつきながらも、バツが悪そうに視線を逸らした。
「……ふう。ごめんなさいね。気性の荒い連中が多くて。こっちへどうぞ」
彼女に手招きされ、私たちはカウンターへと進んだ。
「いらっしゃいませ、ようこそカナン冒険者ギルドへ。登録希望で間違いないかしら?」
「はい。二人ともお願いします」
「わかったわ。私は受付担当のセシルよ。これからよろしくね」
セシルさんは興味深そうに私たちを観察する。
特に私のセーラー服には視線が止まったけれど、さすがプロなのか、深くは突っ込んでこなかった。
「まずはこの用紙に必要事項を記入して。字は書ける?」
「あ、はい。大丈夫です」
女神様の「全言語理解」スキルのおかげで、この世界の文字も問題なく読み書きできる。ミリアも村で読み書きを習っていたようで、二人並んで羊皮紙に向かった。
名前、年齢、得意な武器や魔法。
私は正直に「全属性魔法」と書こうとして……ふと手が止まった。
門兵さんの反応や、今までのミリアの話を思い出す。
『一人一〜二属性が常識』。
いきなり全属性なんて書いたら、また騒ぎになるかもしれない。
とりあえず、入口の測定でも使った「水」「風」くらいにしておこうかな。……うーん、でもここで嘘をつくのも良くない気もする。
迷った末に、私は『魔法全般(修行中)』とぼかして書くことにした。
横を見ると、ミリアは『火魔法(初級)、地魔法(初級)、料理』と丁寧に書いている。最後に「料理」って書くところが家庭的で可愛い。
されに流れるように目線を動かすと、ふと、年齢欄に書かれた数字に目が止まった。
そこには綺麗な字で『15歳』とある。
(……って、え? 15歳!?)
年齢について話したことなかったけど、ミリアって15歳だったんだ……
そういえば以前、村の手伝いをしてる時、この世界の成人年齢は15歳からだと、何気なく話したのを思い出した。
考えてみれば、成人してない一人娘を送り出すのは、ご両親としてはもっと躊躇うだろうし。
うーん、でも15歳かぁ……
初対面から小柄で可愛らしいイメージだったし、もう少し下に見えてたので、これはかなり意外だった。
改めて考えると、年下の女の子に甲斐甲斐しくお世話される私……なんだか気恥ずかしいやら、情けないやら。
そんなどうでもいいこと考えてるうちに、提出した書類を確認したセシルさんが頷いた。
「はい、記入漏れはなしね。それじゃあ次は実技試験……はないんだけど、魔力測定をさせてもらうわ。魔法使いなら、自分の魔力量を知っておくのは重要よ」
セシルさんがカウンターの下から取り出したのは、門のところにあったものより一回り大きく、透明度の高い水晶玉だった。
台座には複雑な紋様が刻まれていて、いかにも「高価なマジックアイテム」という雰囲気を漂わせている。
「まずはそちらの……ミリアさんから。この水晶に手を乗せて、体の中の魔力を流し込んでみて」
「は、はい。……失礼します」
ミリアが緊張した面持ちで水晶に手を触れる。
彼女が目を閉じ、集中すると、水晶の中心にポッと温かな赤い光が灯った。
続いて、その根本を支えるようにどっしりとした茶色の光が混じる。
光はゆっくりと広がり、水晶全体を優しい色で満たしていく。
「ふむ……火と地の二属性持ちね。めずらしい。魔力量もかなり多いわ。これなら魔法使いとして十分にやっていけるわよ」
「ほ、本当ですか! よかったぁ……」
ミリアが安堵のため息をついて、私を振り返る。
私は親指を立てて「グッ」とサインを送った。
セシルさんが手元の書類に結果を書き込む。
「次はハルナさん、どうぞ」
「はい」
いよいよ私の番だ。
私は水晶の前に立ち、右手をそっと乗せた。
ひんやりとした硬質な感触が掌に伝わる。
門の時は、「水」と「風」の二属性に上手く調整したんだけど、今回はどうしよう。
ギルドの正式な冒険者登録だし、できるだけ抑えめに……普通に魔力を出してみようかな。
私は目を閉じ、体の中を巡る奔流のような魔力をイメージする。
巨大なダムの放水を止めて、蛇口をほんの少しだけひねる感覚で。
(……これくらいかな?)
恐る恐る目を開ける。
すると――。
「え?」
「なっ……!?」
水晶の中が、目も眩むような光で埋め尽くされていた。
赤、青、緑、茶、黄、白、黒。
七つの色が混ざり合い、荒れ狂う嵐のように渦を巻きながら、水晶の枠を越えようと激しく明滅している。
今にも溢れ出しそうな光量だ。
「ちょ、ちょっと! ハルナさん、抑えて! 魔力を止めて!」
セシルさんが顔を青くして叫ぶ。
えっ、抑えてるつもりなんだけど!?
「は、はい!」
慌てて手を離した、その瞬間だった。
ピキッ。
見ると、水晶の表面に蜘蛛の巣のような亀裂が入っている。
そこから漏れ出す光は、さらに強さを増し――。
パリーーーーーーンッ!!!
魔力測定用の水晶が粉々に砕け散った。
高い破砕音は、酒場の喧騒も、冒険者たちのざわめきをも打ち消して、ギルドホールは静まり返った。
七色の光の粒子が、キラキラと周囲に舞い散っていく。
「…………」
絶対的な沈黙が、ギルドを支配した。
酒場で騒いでいた人たちも、掲示板を見ていた冒険者たちも、全員がポカンとした顔でこちらを見ている。
もちろん目の前のセシルさんも、眼鏡がずり落ち、凍りついていた。
「あ……えっとー……」
私は恐る恐る、台座に残った水晶の残骸(ただのキラキラした砂利みたいになってる)を指差した。
「これ……弁償、ですか?」
私の間の抜けた問いかけが、静寂を破るトリガーとなった。
「えええええええええっ!?」
ギルド中から、驚愕の絶叫が同時に上がった。
「おい見たか!? 水晶が爆発したぞ!?」
「あんなの見たことねえ!」
「しかもちらっと見たが、色んな色が混ざってなかったか!?」
一気に騒然となるギルド内。
周りの冒険者たちが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、遠巻きにこちらを指差して騒ぎ始める。
ミリアが「はわわわ……」と震えながら、私の腕にしがみついてきた。
「ハ、ハルちゃん……やっぱり凄過ぎます!」
「うう、ごめんミリア。加減したつもりだったんだけど……」
やっぱり、全属性を流し込んだのはまずかったか。
セシルさんはハッと我に返り、ずれた眼鏡を指先で直すと、震える手で私の肩を掴んだ。
「ハ、ハルナさん……あなた、一体何者……?」
「い、田舎から出てきた魔法使い……です?」
「ただの魔法使いが、測定不能で特級水晶を破壊なんてしないわよ……! はぁ……、参ったわね」
セシルさんが頭を抱える。
どうしよう、怒られるのかな。それとも高額請求? すっごく高そうな水晶だったけど。
ポーチの中のチョコを売ればなんとかなるかな……なんて現実逃避しかけた時。
「――何事だ、騒がしい」
奥の扉が開き、低い、威厳のある声が響いた。
現れたのは、熊のような大柄な男性だった。
顔には大きな古傷があり、隻眼。歴戦の戦士といった風貌で、その場の空気が一瞬でピリッと引き締まる。
「ギ、ギルドマスター!」
セシルさんが起立して敬礼する。
この人が、このギルドのトップ……ギルドマスターか。
ギルドマスターは、粉々になった水晶と、立ち尽くす私を交互に見た。
「……測定水晶が割れたのか。ほう、久しぶりに見るな」
「ひ、久しぶりってことは、前にもあったんですか?」
「ああ。十年ほど前に、『剣聖』と呼ばれる馬鹿が剣気をぶち込んで割った以来だ。……嬢ちゃん、名前は?」
「ハルナです」
「ハルナか。……面白い力を持ってるようだな……まぁひとまず、弁償は要らねえ」
その言葉を聞いて私は、ほっ、と胸をなでおろした。
お金も、宿代を考えれば潤沢にある、という訳でもないしね。
しかし、直後に「……ただし」と続けた。
「その力……ギルドのために存分に使ってもらうぞ!」
ニカリと歯を見せて笑うギルドマスター。
そして上機嫌に「がははは!」と喉を鳴らすと、私の頭をガシガシと撫で回した。
いたいイタイ! 髪もボサボサになっちゃうよ!
ちら、と周囲を見渡すと、冒険者たちも呆れ半分、畏怖半分といった様子で、さっきまでの嘲笑の空気はすっかり消え失せているようだった。
「セシル、手続きを進めてやれ。ランクは……まあ、規定通り『アイアン』からだが、注記を入れておけよ」
「は、はい! 承知しました!」
ギルドマスターが奥へ引っ込むと、再びギルド内にざわめきが戻った。
でも今度私たちに向けられる視線は、「とんでもない新人が来たらしいぞ」「ありゃあ化け物か?」といった、好奇のそれに変わっていた。
「……ふぅ。お咎めがなくて本当によかったです」
セシルさんが深いため息をつきながら、新しいカード発行の準備をしてくれている。
鈍く光る鉄製のプレートが魔法の機械? のようなものにセットされ、そこに私の名前と、ランク『アイアン』の文字が刻まれていく。
「あと、依頼はそこの掲示板から剥がして受付に持ってくること。ランクに応じた依頼しか受けられないから注意してね」
作業の間にも、ギルドの簡単なシステムに関しての説明をしてくれた。
そして二人分のカードの用意が終わると、笑顔でそれを差し出した。
「はい、これがあなたの身分証になる冒険者カードよ。紛失したら再発行にはお金がかかるから気をつけて」
「ありがとうございます、セシルさん!」
私はお礼を言うと、受け取ったカードをしげしげと眺めた。
これで私も、正真正銘の冒険者だ。
ミリアにも同じカードが手渡される。
「ハルちゃん、お揃いですね!」
「うん。これから一緒にお仕事、頑張ろうね!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
派手なデビューになっちゃったけど、まあ、結果オーライだよね。
「……ふぅ。とりあえず、登録できてよかった」
「はい。ハルちゃんの水晶が爆発したときは、どうなることかと思いましたけど」
「ごめんごめん。……よし、お祝いにいつものチョコ、いっとく?」
私は腰のポーチをポンと叩いた。
ミリアの瞳がぱぁっと輝く。
「はいっ!」
ギルドの端っこに移動して、私はポーチから淡いピンク色の銀紙に包まれたストロベリーチョコを二粒取り出した。
銀紙を剥くと、甘酸っぱいベリーの香りがふわりと漂う。一粒をミリアの口元へ。
「はい、あーん」
「あーん。……んぅ、ほんのり甘酸っぱい風味がとっても美味しいです」
ミリアが幸せそうに目を細める。
私も残りの一粒を口に放り込む。
イチゴの爽やかな酸味とホワイトチョコのまろやかな甘さが、緊張で強張っていた身体を内側から優しく解きほぐしてくれる。
やっぱり、チョコは最高だよね。
「さてと。登録も済んだし、エネルギーも補給したし。早速何か仕事を探してみようか?」
「はい! 私たちの初仕事ですね!」
掲示板の前には、まだたくさんの人がいるけれど、私たちが近づくとサッと道が開いた。
……うん、なんか……すいません!
こうして、波乱含みの冒険者ライフの幕が上がったのだった。




